22 湖へ
『……で、最近どうなの?』
『えっ?』
何を尋ねられているのかわからず、リリーは隣りを歩いているスピカを見た。
『何がですか?』
『何がって、リュカ様との事に決まっているでしょう? 進展はあったのかしら?』
『あのぉ、スピカお姉さま? お姉さまは何か勘違いされているのでは? わたし、リュカ様の事は敬愛しておりますが、それはあくまでもご主人様としてで、特別な意味は無くてですね。前にも言いましたが、リュカ様のお部屋で眠っているのには訳が』
『人の姿になってしまうから、他の人にばれないように、でしょう?』
『そう! それですよ』
『だったら尚更、何か関係が発展したかしら、と思うのは当然でしょう』
すました顔でそう言うスピカに、リリーは「うぅ~」と呻ってしまう。
人間の姿になった翌日、リリーはすぐさまスピカにその事を話し、今後はリュカの所で寝るという事も報告した。
スピカは頼りになる先輩だ。この危機を乗り越える為には、スピカの助けが絶対に必要だと思ったのだ。(ちなみにチェイスには秘密のままで、今のところ言う予定はない)
そうして、リリーは意を決して告白したのだが、それを聞いたスピカの反応は『あらそう。解ったわ』と、あまりにもあっさりしたものだった。
『お姉さま、嘘だと思っていませんか? 本当なんです、信じて下さい!』
『あら嫌だ、わたしがリリーの言葉を信じないなんて事ないわ。ちゃんと信じています』
そう言われ、一応安心したリリーだったが、『じゃあ、わたしをからかっているんじゃ?』と思ってしまう。
今日は、リュカとミッシェルが湖に遊びに行く日。
天気も良く、お出かけ日和となった。
リュカとミッシェル、ニック、キャシー、護衛が二名、そしてスピカ、チェイス、リリーというメンバーで、湖に向かっているところだ。
先頭になったり、最後尾に付いてみたり、とにかく走り回っているチェイスは放っておいて、リリーは年齢のせいでゆっくりとしか歩けないスピカの横を、歩調を合わせて歩いていたのだが、
『で、どうなの? リュカ様とは』
重ねて尋ねられ、『もー、何にもないですよ』と答える。
『わたしは猫ですよ?』
『人の姿に変わるじゃない』
『そうですけど、夜の少しの時間だけですし……リュカ様にとってわたしは、飼い猫でしかないんです』
『そしてあなたは、それが寂しいのね?』
『そんなことないですよ!』
むきになって否定するリリーを、スピカは無言で、しかし意味ありげに見つめるので、リリーはつい自ら話してしまう。
『そりゃあ……リュカ様は素敵ですよ。綺麗だし、優しいし、なんていうかこう……優雅、っていうんですか? 仕草とか綺麗で、お酒飲んでるところとか、思わず見とれちゃうというか……。でも常に冷静で、例えば、急に目の前に顔を出してみても、顔色一つ変えずに対応されちゃうんです。猫の時は優しくしてくれるんですけど、人の時はそうでもなくて……あ、でも、お菓子くれたりとか、眠っていると頭を撫でてくれたりとか優しいんですけど、なんていうか……』
『子供のように扱われている?』
『そう! それです、スピカお姉さま!』
『……なんやかんや言って、リュカ様に恋をしている目をしているわよ、あなた』
『そっ、んなこと!』
絶句してしまったリリーを見て、スピカは楽しそうに笑った。
『そんな事、あるでしょう?』
『で、でも、身分も全然違ってて……』
『いいじゃない、好きになるのは自由よ。そう……好きになる気持ちは、どうしようもないものなのよ』
『……スピカお姉さま?』
スピカの表情が沈んでいるようで、リリーは心配になって顔を覗きこんだのだが、
『……疲れたわ、もう歩けない!』
突如そう言い放ち、座り込んでしまった。
『あー、えっと、それじゃあ……』
『どうしたのー?』
あちこち走り回っていたチェイスが、駆け寄って来た。
『スピカおばちゃん、疲れたの? 僕の背中に乗る?』
『嫌。あなたは乗り心地が悪いわ。揺れるし、跳んだり跳ねたりするし』
『え~ぇ』
『わたしがニックを呼んで来ます。少しお待ち下さいね、お姉さま』
そう言うとリリーは、キャシーと並んで前を歩いているニックの元に走る。
「ニャーン」
「あら? どうしたのリリー?」
キャシーが声を掛けてくれたが、今用があるのはニックの方だ。
『ニックの方が力持ちだからね』
後ろ足で立ち上がり、膝のあたりに前足を掛ける。
「ん? なんだ? 抱っこか?」
両脇を持たれ、抱き上げられそうになったが、
『わたしはいいの。そうじゃなくって!』
ジタバタして地面に降り、ニャーニャー鳴く。
「違うのか? なんだ?」
見られているうちに素早くスピカの元に戻り、ニャーと鳴く。
「ああ、スピカの方が抱っこか」
「疲れちゃったのね」
無事、スピカはニックに抱き上げてもらえた。
『ふう。ありがとう、リリー』
『どういたしまして、お姉さま』
『じゃあ僕先に行ってるね!』
元気に駆けて行くチェイスを見送り、リリーはスピカを抱いたニックの横を歩いた。
『……ニックも、そろそろ告白できるといいのだけれどねぇ』
ふいに、スピカが言う。
『あー、キャシーにですよね? 無理なんじゃないですか? だって、だいぶ前から好きなくせに、全然告白しないじゃないですか』
『……それがねリリー、わたし見たのよ。ニックが宝石の付いたネックレスを持っているのを』
『えっ? 本当ですか!?』
『ええ、本当よ。時々胸元から取り出して眺めては、溜息をついてしまっているのよ』
『キャーッ! 知らなかった! 早く教えて下さいよ!!』
『ごめんなさい、忘れてたわ』
「……なんだか煩いな、スピカとリリー」
自分の事を話題にされているとは思わず、ニックは呟く。
「お話しているのかなー? リリーも抱っこしてあげようか?」
『ありがとう! その方が話しやすいわ! お願いしまーす』
キャシーを見て「ニャーン」と鳴き、リリーも抱き上げてもらった。
そして『いつ告白できるかしらね』『もしかして今日ってことも!?』と、湖に着くまで二匹は大いに盛り上がったのだった。
湖に着くと、既に木の下に大きな敷物が敷かれ、食べ物や飲み物が準備されているところだった。
「料理長が来てくれたのか」
「はい。今日は食べやすいようにと思い、手で持って食べられる物を中心に用意してみました」
「そうか、楽しみだ」
「犬や猫の食事もちゃんと用意してますんで」
「それは助かる」
リュカがそう言うと、料理長は嬉しそうに頭を下げ、遅れてやって来たリリーとスピカの頭を撫でてから屋敷に戻って行った。
「父上! 何をしますか? 泳ぎますか? 釣りをしますか? 昼食ですか?」
「そうだな……食事をしながら、何からするか考えようか」
「はいっ!」
嬉しそうに返事をし、早速用意された料理を見るミッシェル。
肉や野菜、卵がたっぷり挟まれたパンや、ミートパイ、サラダ、魚やイモのフライ、ゼリー寄せ、チーズ等が籠に綺麗に詰め込められていた。その他に、沢山の焼き菓子や果物もある。
「わー、おいしそうです!」
「ニャー」
いつの間にかリリーがミッシェルの横に並んで、料理を覗き込んでいる。
「あらあら、リリーはダメよ~、あなたのもちゃんと用意してあるからね~」
そう言ってキャシーはリリーを抱き上げようとしたが、
「そのままで大丈夫だ。リリーは料理が見たいだけだから」
「え? そ、うですか? はい」
主人の言う事なので、キャシーは戸惑いながらもリリーを放した。
『リュカ様の言う通り、見るだけ見るだけ。わぉ、綺麗~、豪華~、おいしそう!』
四方から眺めて満足すると、リリーは自分に用意された食事の方へ向かった。
『リリー遅いよ、もう僕食べたいよ。でもスピカおばちゃんが待てって言うんだ』
『ご主人様達もまだ食べていないでしょう? まったくチェイスは……』
『あ! ほら! みんな食べ始めたよ。僕らも食べよう! すごいよ今日は、特別だ! お肉も魚もある! おいしそう!』
『そうね、じゃあ、いただきましょうか』
三匹は並んで食事をとり、食べ終わった後は思い思いに湖を楽しんだ。
チェイスはミッシェルと一緒に泳ぎ、リリーは蝶や鳥を追いかけて、スピカはリュカ達とそれを見ていた。
「父上! 父上! 見てますか? 僕、早く泳げるようになったんです!」
『リュカ様見てますか? 僕こんなに泳げるんですよ! スピカおばちゃんも見てる? リリー! リリーどこー? 見てーっ!』
『……やっぱり男の子は同じね』
バッタをチョイチョイ前足で突きながら、リリーは笑っていたが、
『ん? ニックとキャシーがいない?』
キョロキョロ見回していると、籠を持ったニックとキャシーが、小道からひょいと姿を現した。
『あれ? あっちはミッシェル君が迷子になった……ああ、クロモモを採りに行ってたのかな? いっぱい採れたかな?』
そう思い様子を見に向かったリリーだったが……二人を間近で見ると、すぐにクルリと方向を変え、物凄い勢いで一直線にスピカの元に走った。
『おね、お姉さま! 大変ですっ! キャシー、キャシーが、ネックレスをしているんですけど! スピカお姉さまが見た、ニックが持ってたっていうネックレスかどうか』
『すぐ確認しましょう!』
リリーの言葉が終わるのを待たず、スピカはスクッと立ち上がり、見たことが無い速さで二人の元に走って行った。
スピカとリリーは、ニックとキャシーの恋の行方に興味津々。




