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猫に転生しましたが、思ったよりも大変です。  作者: カナリア55
第二章

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20/62

20 検証の結果

 その夜。


 自室に戻ったリュカは、ソファーに深く腰掛け目を閉じた。


「はー、疲れた……」


 思わず声に出してしまう。


「騎士団の訓練より疲れた……」


 午後からもリリーはあちこち歩きまわり、リュカはそれについてまわった。

 食堂、大広間、リネン室、客室、蔵書室、厨房……。

 行く先々でリリーは声をかけられ、撫でられ、可愛がられていた。

 そして、リボンを結び直そうとする者が現れると、『首が絞まって死にかけたからそのままで』とリュカが登場し……。

 午前中のうちは、『滅多に仕事を休まない旦那様が休まれた』『いつもはお部屋にこもってお仕事をしてらっしゃるのに、今日はお屋敷中を見て回っている』『なにかあったのだろうか』と不安がっていた使用人たちだったが、午後には、『真面目で仕事一筋の旦那様が休んで、猫の後をついてまわっていらっしゃる』『リリーがリボンを引っかけて死にかけたから、それを心配して休まれたらしい』『屋敷内、危険な所が無いか見てまわってるのか!』と、誰もが知るところとなってしまった。

 二度目に厨房に行った時には、『私らも、危険な場所が無いか見ておきますよ!』と、料理長に満面の笑みで言われた。どうやら、猫好き仲間と認定されたらしい。

 屋敷の使用人全員に、リリーの後をつけているのを温かく見守られているようで、ものすごく居心地が悪かった。


(こんな時くらい、おとなしく部屋で寝ていてくれたらいいのにあちこちと……まあ、ミッシェルの様子を見られたのは良かったが。だいぶ成長したな。まだ幼いから何とも言えないが、剣よりも勉強の方が得意そうだ。それでもニックの指導が上手いから、今後が楽しみだ)


 少し剣の相手をした時の事を思い出し、笑みがこぼれたが、


(さてと……こちらの問題にとりかかるとするか)


 いつまでも休憩しているわけにはいかない。

 背もたれから体を起こし、昨晩リリーが話した事をメモした紙と、ロイドに指示して調べさせた書類をテーブルの上に置いた。

 ロイドに調べさせた事、それは、マグノリア孤児院についての調査だ。


『知り合いから寄付を頼まれたので、どのような孤児院か知りたい。ここ数年の、独り立ちした孤児達がどのような所で働いているかも把握したい』


 その指示の元、提出された報告書。


「もう少し時間がかかると思ったが……」


 ペラペラと紙をめくり、内容を確認する。

 マグノリア孤児院。

 60年近い歴史を持つ孤児院。

 ここ十年程は、1歳から13歳くらいの子供達が40~50名くらい暮らしている。先生は現在5名、補助員3名。


「現在の院長はプレシラ、28歳か。随分若いな。3年前、前の院長が78歳で亡くなってから院長に就任、か……」


 プレシラはこの孤児院出身なので、それが関係しているのかもしれない。


「さて、次は子供達の身の振り方だが……」


 赤ん坊の頃に来た子供は、養子縁組している事が多い。

 それ以外は商店や作業所で働いたり、男は兵士見習いになったり。

 最近は、貴族屋敷の使用人というのもある。


「……コールドウェイ侯爵家もあるな」


 そこは、弟のエヴァンが婿入りした家だ。


「寄付も、コールドウェイ侯爵家がかなりしているようだ。いろいろ援助しているのか」


 そうして確認していると、ある部分に目にとまった。




 リリー(女)・・・在籍:生後数日~15歳 髪-薄い金 目-薄い青

          13歳からウエーズリー通り8番のパン屋に勤務 

          享年 18歳 ウエーズリー通りにて馬車と接触し死亡




「……本当に、存在したのだな……」


 呟き、ベッドに視線をやる。まあ、そこにリリーがいるわけだが、見えるのは小さな盛り上がりだけだ。


(いつ猫になるかわからないが、昨日は夜中に姿が変わった。昼間は猫のままだったので今日もその可能性が高い。確認のため、しっかり観察したいが……人間の姿になると、裸だからな。若い女性にそれは酷だろう。追々解明させていけばいい)


 リュカの紳士的な考えにより、リリーは毛布を掛けてもらっていた。


(人間から猫に変化する……そんな事が本当に起きるなんて信じ難いが……)


「あ、あの……」


 突然の声に、リュカはハッと我に返った。


「変身しちゃいましたけど……」

「ああ、そうか……」


 毛布がもぞもぞ動き、金髪が覗いている。音もせず、苦しむような声も聞こえなかったから、痛いとか苦しいということはないらしい。


「そこに夜着を置いている。見ないから、安心して着替えろ」

「えーと、これですね。ありがとうございます」


 枕元にあった服を取ると、見ないと言われてもなんとなく毛布に潜って身につけてから、リリーはリュカの前へ立った。


「あの……これ、ありがとうございます。貴族の方って、こんなに上等な布を夜着にするんですか? 絹ですよね、 これ。寝るだけなのにレースもいっぱいついててすごいですね。わたし達平民の花嫁衣裳より上等ですよ」

「それは亡くなった妻が使用していたものだ。布の良し悪しやレースの事などわからない」

「えっ? 奥様の? そんなのお借りしていいんですか?」

「使い古しは嫌だろうが、新しい物を手配するとなると、余計な詮索を受けるからな。とりあえずは我慢してくれ」


 それを聞いて、リリーはブンブンと首を横に振った。


「とんでもないです! でも、本当にいいんですか? 大切な思い出の品なのでは?」

「そういうわけではない。片付けず残していただけだ。……まあ、座れ」

「はい……」


 リュカの向かいに座り、しばらくもじもじしていたリリーだったが、意を決したように頭を下げた。


「あ、あの! 今日は申し訳ございませんでした、わたしのせいでお仕事を休む事になって。昨日、あんな態度をとったのに……本当に申し訳ございません!」

「気にするな。昨晩は私も配慮が足りなかった。……クッキーでも食べるか? 今日、料理長にもらった物だ。冷めているが茶もある。」

「はい、いただきます。……えっ? なにこれ、すっごくおいしい!」 


 それほど食べたいわけではなく、勧められたので手に取ったクッキーだったが、あまりのおいしさに、リリーは思わず声を上げた。


「うわー、びっくり! わたしが働いていたパン屋さんでもクッキーは売っていて、おいしいって評判だったんです。でも、全っ然違います! 材料が違うんでしょうね。うっわ、冷めててもお茶おいしい! いいお茶っ葉使ってるんでしょうね。リュカ様もクッキー食べました?」

「いや、食べていない」

「えっ? そうなんですか? 食べた方がいいですよ!」


 ニコニコしながら、弾んだ声で話すリリー。

 クッキーのおいしさで、緊張が解けたようだ。

 話しやすくなった事を料理長に感謝しながら、リュカもクッキーを口に運んでみる。


「ねっ、おいしいですよね! 明日、料理長さんにおいしかったってお礼言いましょう!」

「君は、言えないだろう?」

「はい。ですからリュカ様が言って下さいね。わたしは可愛い仕草でお礼しますから。はー、おいしい。もう一個食べていいですか?」

「ああ、全部食べていい」


 そう答えながら、リュカは『確かに、おいしい』と思った。

 いつも口にしている食事や菓子、身に着けている物。どれも『間違いのない物』だとは思っているが『肌触りが良い』や『おいしい』と思ってはいなかったと改めて気付く。


(それが、当たり前の事だから……)


 自分を含め、父も母も弟も妻も、皆『当たり前』と思ってきた事。

 しかし、目の前にいる女性は、それらにいちいち感激し、嬉しそうに笑い、話す。


(平民だからか、それとも彼女がそういう人物なのか……)


 そんな事を考えながら、自分用に酒を用意し、「さて」と切り出す。


「マグノリア孤児院を調べた。君が実在したリリーという女性で、猫になってしまったということは認めざるをえない事実のようだ。不明な点も多いが、それについては君自身わからないのだな?」


 コクコクと頷くリリー。


「では、しかたがない。これからの事について話をしよう。……まだはっきりはしないが、君が人間の姿になるのは、夜だけのようだな」

「そうですね……今のところは」

「それなら、夜は私の部屋に来れば問題は無いな。勿論、非常時に備えて逃げ込める場所を何か所か用意しておく必要はあるから、明日確認しよう。何か心配事は?」

「えーと……今すぐには思いあたらないです」

「そうか。では、ちょっと尋ねたいのだが」

「はい」

「人間になったり猫になる時、なにか兆しはあるのか? どこか痛いとか苦しいとか、体調の変化などは?」

「えーと……あまり無いです。昨日は眠っているうちに変わっていたし、さっきもウトウトしていて、なんだか身体がムズムズするなぁ、と思ってたら変わってたし」

「そうか、わかった。何か変わった事や気づいた事があったら、すぐにわたしに報告するように。……では、そろそろ休むか」


 グラスに残っていた酒を飲みほしソファーを立ったリュカを見上げ、リリーは「あの~」と声を掛けた。


「すみません、今日もソファーをお借りしていいでしょうか。できれば毛布も……」

「それでは体が痛いだろう。私のベッドで一緒に眠るといい」

「えええええーっ?」


 大げさなほど驚き真っ赤になるリリーに、リュカまでつられそうになるが、そこは8つ年上の大人の男性として、平然として見せる。


「騒ぐな、なにもしない。大体、猫だった時は一緒にくっついて寝ていただろう。ベッドは広い。お互いの身体に全く触れることなく眠れる」

「そ、そりゃあそうですけど……じゃあ、有り難くそうさせていただきます」


 あまりにもリュカが平然と言うので、恥ずかしがっている事の方が恥ずかしいと、リリーは素直にリュカの後に続いてベッドに潜り込んだ。


「うわー、猫の時も気持ちいいと思っていたけど、この姿だとさらにベッドの気持ち良さがわかります。はー、ふかふか、最高」


 恥ずかしがっていたわりに、ベッドを満喫するリリー。

 そして、横のリュカに、小さな声で話かけた。


「あの……本当に、どうしてこんなに良くして下さるんですか? それこそ、化け物として殺そうとか思わないのですか?」

「……リリーだからな……」

「えっ?」

「可愛がってきた黒猫のリリーを、殺せる訳がないだろう。……最初のうちは、ミッシェルの命を救ってくれたのだから、というくらいで、触れ合うつもりはなかった。だがすぐに、その可愛さに参ってしまった」


 リリー自身にばれているのだから、いまさら取り繕っても意味がないだろうと、リュカは言葉を続けた。


「城でも屋敷でも、いつも気が抜けなかった。正しい近衛騎士団員、厳格な当主でなければならないからだ。それが、リリーの前では何も気にせず、何も考えず、柔らかい毛や早い心音や温もりを感じて、ありのままの自分でいられた。舌を出したままにしていたり、白目をむいて眠っていたり、寝返りをうってソファーから落ちたのに『わざとですけど?』というような顔をしている姿が可愛くて、癒されていた。見ているだけで、身体と心の疲れが消えていくようだった」

「……リュカ様……」


 意外な言葉に、リリーはキュンとして言った。


「あの……昨日はやめて欲しいって言いましたけど……これからも、お腹に顔埋めていいですよ?」

「……もう、黙って寝ろ」

「はぁい」

 

 ピシャリと注意され、調子に乗ったと反省し、リリーはおとなしく目をつぶった。




猫には本当に癒されます。

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