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18 そういうものだから

 ベッドからソファーに移動したリリーは両手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返している。 

 そんな彼女を見て、リュカは考える。


(どう見ても猫じゃない。しかしこの部屋に入り込む事なんて簡単にはできないし、リリーにしかわからない事を言っていたし……しかしそんな事、有り得るのか?)


 リュカはそっと、自分の腕に爪を立ててみた。


(……夢ではない。さて、どうするか……)


 強い酒を二つのグラスに注ぎ、テーブルへと運ぶ。


「あ、あの、わたしお酒は……」

「飲めないのか?」

「えーと、飲んだことが無いので……」

「そうか」


 それではと、ベッドサイドに置いてある水差しを取り、グラスに注いで酒の横に置いた。


「茶でも用意できればいいんだが、水で我慢してくれ」

「いえ、ありがとうございます」 


 恐縮しながら礼を言い、すぐに目を伏せたリリーを、リュカはまじまじと見つめた。


(歳は、17、8くらいだろうか。金髪で美しい娘だが……)


「黒猫っぽくない姿だな」

「えっ? あ、はい……申し訳ございません」

「謝る事は無いが……」


 酒を一口飲み、リリーを見つめる。


「納得できる説明をしてもらいたい」

「え、と……何から話せばいいのか……わたし、元々は人間です。マグノリア孤児院で育ったリリーと申します。パン屋で働いていました」


 具体的な名詞が出て来たので、後で調べようと書き留める。


「一年くらい前に、馬車、というか、馬に蹴られて死にました。18歳でした」

「それはどこでだ?」

「お城につながる、南の大通りです。商店街の……」


 一年前の商店街での事故。記憶にあるような気がしながら、リュカはメモを取った。


「それで? 死んだ人間が、どうして猫になったんだ?」

「えーと……その時わたし、猫が馬車に轢かれそうなのを見つけて思わず飛び出してしまったんです。で、気付いたら猫になっていて」

「待て」


 急すぎる展開に、リュカが待ったをかける。


「もっとしっかり話せ。なぜ猫になっていたんだ?」

「ええと……なぜでしょうか……そこには母猫と子猫がいて、ただもう、子猫の方は死んでしまっていました。そして、母猫はそこを動けないようで……。わたし、夢中で飛び出して馬に蹴られて死んだんですけど、でも、意識は子猫の中に入って……という事です」

「…………」


 一生懸命話してはいるが、肝心な説明が全くされていない。


「それで、こちらでお世話になる事に……」

「お前をここに連れて来た人物がいるのか」

「え? あ、はい。でも……最初の頃、子猫と人間の意識がごちゃまぜのような感じで、そのあたりの事はあまりわからないというか……女性でした、名前はわからないです」

「生前、妻のオリヴィアは猫をもらう約束をしていたようだ。お前はその約束の猫か?」

「あーはい、そうだと思います」

「なぜ生前の名前と同じ、リリーという名前になったのだろうな」

「さあ……なんか、そんな感じがしたとか?」

「普通黒猫に、リリーなどという白い花の名前は付けないと思うがな」

「それは……いろいろな考えがありますし」

「そもそも、なぜ人間の魂が猫に宿ったりする? そんな話、聞いた事が無い」

「…………」

「そのうえ、人間の姿になる!? 有りえないだろう!」

「…………」


 無言になり、俯いてしまったリリーに、リュカは大きなため息をついた。


「もう少しまともな説明をしてもらおうか。私がちゃんと納得できるような説明をな」


 イライラする気持ちを落ち着かせようと、グラスを口に運び、酒をグイッと飲み干した。


(こんなんじゃあ、足りない。落ち着くには瓶を一本空けても足りないのでは)


 そう思った時だった。

 カンッ! と大きな音が響き、驚いて見ると、向かいに座っているリリーがグラスをテーブルに叩きつけた音だった。

 酒が入っていた方のグラスが、空になっている。


「いきなり大きな音を立てるな、驚くだろう」


 ため息混じりでそう言ったリュカだったが、


「……納得するかどうかは、リュカ様次第では?」


 これまでの、おどおどしたような話し方とは全く違う、リリーの言葉。


「だいたい、わたしだってわからないのに説明できるませんよ! どうして猫に意識が入ったのか、どうして人間の姿になったのか、そんなの、わかりません! わたしだってびっくりしているんです!」


 キッと睨むようにしっかりと目を合わせ、話すリリー。


「わたしが人間の言葉が理解できると知った時、事情を上手く説明できないわたしにスピカお姉さまは『犬がワンと鳴き、猫がニャーと鳴くのはどうしてかと尋ねられても答えられないようなものだろう』と言って下さいました! リュカ様だって、なぜ犬がワンと鳴くかは、『そういうものだから』としか答えられないのではありませんか!?」


 そう言うと今度は水をガッと飲み干し、ソファーに横になってしまった。


「お、おい! 話はまだ……」

「納得できるよう説明しろと言われても、わたしにこれ以上は無理です! もう寝ます! 猫はいっぱい眠らなきゃ駄目なんですっ!」

「おい! じゃあせめて、猫の姿に戻るのかどうか」

「知りません! 今日初めて人間の姿になったので、これからどうなるかなんてわかりません!」


 そう言うと、リリーはすべてを拒否したように顔を隠して丸まってしまった。


「……まったく……」

 

 ため息をつきながら、リュカはベッドから毛布を取ってきて、リリーに掛けてやった。


(こういうところは猫っぽいか……さて、本当にどうしたものか……)


 話を書きとめたメモを眺めながら、リュカは、この夜何度目かとなる溜息をついた。





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