14 伯爵の決断
「旦那様、本当に申し訳ございませんでした」
執事のロイドが深々と頭を下げる先には、白金髪、碧眼の男性が立っていた。
長い真っ直ぐな髪を後ろで一つに結び、肌は白く、美しい顔立ちをしている。
背は一般的な男性の高さだが、細身で華奢な感じがし、官吏や学者、芸術家のように見られがちなのだが、実際は実力のある騎士で、近衛騎士団に所属している。
リュカ・ベルナルド、26歳。べルナルド伯爵家の若き当主だ。
「もう頭を上げろ、ロイド。お前のせいでは無い」
先ほどまで、大事をとってベッドで横になっている幼い息子に説教をしていた。その時から側に控えていたロイドは、説教が済んだ後、そのままリュカの書斎について来たのだ。
「今回の事は私の指導がなっていなかったせいです。そして一歩間違えれば、ミッシェル様は命を落とされていたかもしれないのです」
「間違えなかったのだからいいだろう。あのくらいの男の子にはよくある事だ。私だって、弟と一緒に屋敷を抜け出していただろう? その度にロイドに物凄く叱られた」
「それは、旦那様が10歳くらいの話で、5歳のミッシェル様とは意味合いが違います」
「そうだな。しかしミッシェルは今回の事で、自分の迂闊な行動がどれ程皆に迷惑をかけるか学んだ。素直に自分の非を認め、謝る事ができた。それにニックとキャシーも、これよりも責任感を持ってミッシェルの面倒を見てくれるだろう」
その言葉に、ロイドは少し驚いたように主人を見た。
「あの二人に、このままミッシェル様の護衛とお世話を任せるのですか?」
「ああ。勿論、変える事も考えたが……母親を亡くしてまだ間もない。そうでなくとも寂しい思いをしているのだから、慣れてる者と離すのは可愛そうだと思ってな。ミッシェルも、ちゃんと自分が悪かったと認め、反省していた。正直に話した事をほめてやる事も教育にいいだろう」
「ありがとうございます。……あの二人、本当に反省し、どんな処罰も受けると申しておりましたが……」
「処罰は考えてある。ニックにはチェイスの躾を、キャシーには猫の世話をさせることにする。ロイドから伝えてくれ」
「かしこましました」
ニックの方は罰になるが、キャシーの方はむしろ褒美だろうと思いつつも、ロイドは黙って頭を下げた。
「では、猫は正式に飼うということでよろしいのですね」
「ああ、ミッシェルの恩人と言えるからな。一応、このあたりの屋敷で子猫が迷子になったところがないかは確認しておくように」
「はい、それは既に確認済みでございます」
「そうか、さすがロイド、仕事が早いな。チェイスの方も確認済みだったな」
「はい。グランド家で、チェイスそっくりの子犬が5匹いたそうですが、使用人は、最初から5匹だと言っていたそうです。まあ、最後まで、目を合わせなかったそうですが」
「フッ、問題児で捨てられたか……まあいい、ニックに頑張ってもらおう。しかし……ミッシェルが言っていた事は、本当だと思うか? 猫が食べ物を運んだり、会話をしたり……」
「ミッシェル様には、そう感じられたという事でしょう。ただ、我々にミッシェル様の居場所を教えてくれたのは事実です。あの子猫、かなり賢いと思います。」
「……ロイドはあの猫が、オリヴィアが飼うつもりだった猫ではないかと言っていたな」
「はい、そのように思われました」
「確かに、まだ生まれてないが、母猫は黒猫だと言っていたな。」
ミッシェルのベッドの端で、スピカにピッタリくっついて眠っていた黒い小さな姿を思い出す。
「…………」
「旦那様?」
「あ、いや、もういい。下がってくれ」
「かしこまりました」
ロイドが下がってから、リュカは椅子に腰かけ、フーッと息をついた。
「……オリヴィア……君が、救ってくれたのか?」
屋敷からミッシェルが行方不明との連絡が入ったとき、近衛騎士団の会議中だった。
会議が終わるまでは、とそのまま参加しているリュカに、同じ年齢の娘を持つ団長が、早く帰ってやれと言ってくれた。
「明日、礼を言わなければな……」
呟き、リュカは少し休憩しようと、目を閉じた。
第一章、完結です。次回からの第二章も、どうぞよろしくお願い致します。