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11 森の中

 それは、いろいろな事柄が重なり合って、実現してしまった。


 坊ちゃんの護衛が怪我をして、治療に行ってしまった。

 坊ちゃんの子守りのメイドは、上着を探しに行ってしまった。

 その後、上着を発見した坊ちゃんはメイドにその事を知らせようとした。

 それに付いてきた子犬が、途中で走り出た。

 それを追っているうちに屋敷の外に出てしまい、走りまわっているうちに裏門の方へ行ってしまった。

 裏門は、ちょうど荷物が運び込まれているところで開いていて、守衛も業者と話をしていて……。


 まあ、そんないろいろがあり、つまりのところミッシェルとリリーとチェイスは、誰にも見とがめられることなく裏門を出て、草原の細い道を通り、森に入ってしまったのだ。

 最初はチェイスをつかまえようと追いかけていたミッシェルも、そのうち楽しくなってきてしまい、追い越したり、追い越されたり、どんどん奥へと入っていく。

 リリーだけが『ああ、もう戻って~!』とハラハラしていた。


『先生が来ちゃいますよ! キャシーさんとニックさんも心配してますよ!』


 しかし、抱かれている身ではどうすることもできず、せめて抗議の声をと鳴いてみても、「そうなのー、楽しいの。良かったねー」と言われてしまい、逆効果にしかならなかった。


「もうすぐ湖があるからね。見たいでしょ? リリーちゃん」

『見たくないです、もう帰りましょう! 今頃みんな心配して探していますよ』


 懸命に言ってみるが勿論伝わるわけもなく、しばらく進むと、ミッシェルの言った通り湖に出た。

 澄んだ水、日の光に輝く水面。

 数羽の水鳥が泳いだり、潜ったりしている。

 その姿に興奮したチェイスがキャンキャン吠えたが、鳥たちはべつだん驚く風でもなく、のんびり泳いでいる。


(チェイスの事だから喜んで水に入っていくかと心配だったけど……良かった、まだ水は怖いみたいね)


 岸から水面に顔を近づけ、「クシャン」とくしゃみをしているチェイスを見てホッとする。


「ほら、ついたよ。きれいでしょう! 遠くにいっちゃだめだよ」


 そう言って地面に降ろされたが、言われるまでもなく、リリーはミッシェルの側を離れる気はなかった。

 とにかく少しでも早く戻らなければ。


「ここねえ、いつもお母さまと一緒に来てたんだよ。おやつ食べたり、ご本読んでもらったりね。楽しかったなぁ」


 手を水にパチャパチャとつけるミッシェルを『バランス崩して落ちないでしょうね?』と心配しながら見つめるリリー。


「ぼくね、お兄ちゃんになるはずだったんだよ。おとーとか、いもーとか……どっちだったんだろうねー。ぼくは、おとーとだったと思うなー。そしたらいっしょにあそべるでしょう? ウマにのったり、剣のれんしゅうとか、ぼくがおしえてあげるんだよ! お兄ちゃんだからね! ……でも……お兄ちゃんにはなれなかったんだけどね」


 そう言いながら撫でてくるミッシェルの顔がとても寂しそうなので、ビチョビチョに濡れた手でも我慢することにした。


「お母さま、わるいヤツにころされたの。だからぼく、つよくなるんだ。つよくなって、みんなを守るんだ。」


(なんてこと! ミッシェル君のお母さん、殺されたの?)


 ショックを受けるリリーをミッシェルが抱き上げ、歩き始めた。


「リリーちゃんのことも守ってあげるから、安心してね!」


(……ミッシェル君はわたしやチェイスの事、妹や弟のように思っているのかもね。ちょっと雑だけど、撫でたり抱っこしたり、いい子ねーって言って、可愛がってくれるものね)


 まだ戻りたくないのか、湖の周りをぐるっと歩き、来た道とは違う道を進んでいくミッシェル。

 追いかけてきたチェイスと、キャッキャ言いながら走ったり、歩いたり……。

 どんどんどんどん森の中を進み、そして、不意に立ち止まり、


「まだおうちにつかない?」


 衝撃の一言を発した。


(いやいやいや、だって、お屋敷に戻る道じゃないでしょ、これ。えっ? この道もお屋敷に通じてるの? いやいやいや、だって全く反対の道で……ええっ? うそでしょ!?)


 気づくと、あたりは薄暗くなってきている。


「……足いたい……」


 ミッシェルは、リリーを抱きしめて座りこんでしまった。

 チェイスは……自分の尻尾を追いかけまわしている。


(ここは、一体どこなんだろう。お屋敷まではどれくらい? お屋敷の人たちは探しに来てくれるだろうけど、湖よりだいぶ離れたここまで探してくれる? 『お母さん! カミーユさん!』 ……やっぱり駄目か、いないよね。さっき森に入る前に見たけれど、いなかったもんね。ああ、どうしよう!)


 子猫の姿の自分に、一体何ができるのか……。


(……ミッシェル君と一緒にいることしか……)


『ねえねえ、どうしたの? もう終わり? 走らないの? じゃあ帰ろうよ。ぼく、おなかすいてきたよ』

『チェイス!!』


 突然名前を呼ばれ、驚きながらリリーを見るチェイス。


『な、なんだよぅ』

『あなた、屋敷までひとりで戻れる?』

『え? ひとりって……ぼくだけで戻るってこと?』

『そう! ミッシェル君は疲れちゃって歩けないみたいなの。もうすぐ日が暮れて真っ暗になっちゃうわ。だから屋敷に帰って、人を呼んできてほしいの。できる?』

『えー、なんでだよー。そんなの、きみがやったらいいじゃないかよー』

『猫は弱くてバカなんでしょ? 実際わたしじゃ、どれだけ時間がかかるか……。くやしいけど、今回は認めるから! お願いします、屋敷まで行って、助けを呼んできてちょうだい!』

『あ……うぅ……わ、わかったよ! 行ってくるよ!』


 自分が言った事だし、リリーの勢いにも押され、チェイスは来た道を走って戻って行った。


『ありがとう! 気を付けてねー!』


 チェイスを見送り、ミッシェルを見てみると、


(ああ、寝ちゃったんだ……。泣いたり、動揺してさらに奥に迷い込んじゃうよりずっといいわ。……やだ、わたしもなんだか、眠くなっちゃった……ごめんね、チェイス、あなたに任せて、わたしは眠っちゃっ、て……)


 ミッシェルに寄り添い、リリーは眠りに落ちていった。



猫、とくに子猫は、たくさん眠るものなので。

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