1 平凡で、それでも楽しい日常
初めての投稿です。よろしくお願いします。
「リリーおねえちゃん!」
馬車が行き交う石畳の通り。両脇に多くの店が並ぶ賑やかな街中で誰かに名前を呼ばれ、リリーは辺りを見回した。
「……ああ! マーガレット!」
人混みの中に見知った姿を見つけて手を振ると、少女が嬉しそうに走ってきた。
「リリーおねえちゃーん!」
「マーガレット! どうしたの?」
自分より頭一つ程小さい栗色の髪の少女に抱きつかれ、リリーは驚きながら尋ねた。
「久しぶりね! 買い物に来たの?」
「違うよ、リリーおねえちゃんに会いに来たの。パン屋さんに行ったら、すぐ近くのお花屋さんに配達に行ったって聞いたから、追っかけて来た!」
「わたしに会いに? じゃあ、もうすぐお昼休憩だから、一回お店に戻って」
「パン屋のご主人が、そのまま休憩に入っていいって言ってたよ!」
「そうなの? じゃあ、一緒にお昼食べようか。その辺の屋台のでいいなら買ってあげるわ」
「わ! ありがとう、おねえちゃん」
二人で通りの屋台を見て回り、安くておいしい物を買い込んで近くの公園に行く。
「あのね、おねえちゃん。わたし、院を出る事になったんだ。住み込みで働くんだよ」
鶏の串焼きを頬張りながら、マーガレットが言う。
「えっ?」
突然の話に、玉子と燻製肉がたっぷり挟まれたパンを食べようとしていたリリーの動きが止まる。
マグノリア孤児院で、一緒に暮らしたマーガレット。18歳の自分より、5歳くらい下だったと思うので、
「今、13歳?」
「12だけど、もうすぐ13だよ」
「そっかぁ~。えー、早いんじゃない?」
「でも、リリーおねえちゃんも働き始めたのは同じくらいでしょう?」
「ああ、まあ……でも……」
自分もパン屋で働き始めたのは同じ頃。しかし、
「16歳になるまでは孤児院からパン屋さんに通っていたわよ?」
幼い頃に引き取られる子もいたが、ある程度大きくなった子供は皆、そんな感じだったが。
「最近は住み込みで働く子が増えたから」
「あー、そっか。プレシラ院長先生になってから、変わったものね」
リリーがいた頃の院長先生は、高齢により2年前に亡くなった。
そして現在の若く美人の院長になってから、孤児院はいろいろ変わったようだ。
「ちょっと不安だけど、これまでにもマグノリア孤児院から何人か働きに行っているお屋敷だし、頑張るね」
マーガレットの言葉に、リリーはジンワリと胸が熱くなるのを感じながら頷いた。
孤児院では年長の者が年少の子供たちの面倒をみるのは当たり前の事で、特にリリーとマーガレットは仲が良かった。
「……わたしが孤児院を出る時、嫌だって大泣きしていたマーガレットが、自立するのね……」
妹というより、娘が自立するかのような感慨深さがある。
「どこで働くの?」
「侯爵様のお屋敷だよ」
「すごいじゃない! 王都内?」
「うん」
それを聞き、同じ王都内であれば会う事もできるだろうと安心する。
「急に決まって、明日から行くの。だからその前に、リリーおねえちゃんに会いたくて来たんだ」
「そうだったの……それならもっといい物食べさせてあげれば良かったわね」
「ううん! これ、すっごくおいしいよ! ありがとう、おねえちゃん!」
嬉しそうにそう言って、ムシャムシャと串焼きやパンを食べるマーガレット。
確かに孤児院育ちの二人にしてみれば、屋台で好きな物を買って食べる事自体、特別な事だ。
しかし、かわいい妹分の門出、もっと祝ってあげたかったという気持ちになる。
「あ、そうだ! ねえマーガレット、これ、かわいくない?」
そう言ってリリーは、自分のこめかみのあたりを指差した。
そこには桃色の水晶を花の形に並べた髪留めが輝いている。
「最近買ったの。まだ数回しか使っていないし、良かったらマーガレットにあげるけど」
「えっ? いいの? え、でも……そんな……悪いよ……」
と、言いつつも、マーガレットの視線は髪留めから離れない。
「おねえちゃんが欲しくて買ったんでしょう? 新しいんでしょう? 高かったでしょう?」
「元はまあまあね。でも安くなっていたの、わたしでも買えるくらいにね。だから大丈夫よ」
頭から外した髪留めを手の平に乗せてやると、マーガレットがパッと頬を赤らめ、瞳をキラキラさせてリリーを見た。
「あのねっ、会った時からすごく素敵だなって思ってたの! いいの? 本当にもらっちゃって」
孤児院では装飾品は与えられない。髪を束ねるリボンはもちろんのこと、水晶の飾りが付いた髪留めなんて、憧れの品だ。
だからこそ、祝いの品にぴったりだろう。
「マーガレットに、もらって欲しいのよ」
「ありがとう、おねえちゃん! 大切にするね!」
ピョンピョン飛び跳ねて喜んでいるマーガレットを見て、『この子、侯爵家でちゃんとやっていける?』と少々不安になりながらも、リリーは一度髪留めを取り、こめかみの横に付けてあげた。
「うん、かわいい。わたしより似合ってるわ」
「それはないよー。リリーおねえちゃんは金髪で、院の中で一番美人だったから、なんでも一番似合うよ。わたしも茶色じゃなく金髪が良かったなぁ」
「なに言ってるの! 今はまだ可愛いけど、あと二、三年もしたらマーガレットの方が綺麗になるわよ。それにこの髪留め、わたしにはちょっと可愛すぎたみたいだし。この前、偶然マイクに会ったんだけど、『子供っぽ過ぎるんじゃないか? 俺ならもう少し大人っぽいのを選ぶ』なんて言われたのよ。まあ、あいつの言うことなんて気にしないけど」
同じ孤児院で育った同じ年の幼馴染に言われた事を思い出し眉を顰めるリリーに、マーガレットは『イヒヒッ』と笑った。
「きっとマイク兄は勘違いしたんだよ、男の人からの贈り物だって。だからやきもちでわざとそんな事言ったんだよ。マイク兄は昔っからリリーおねえちゃんが好きだったから」
「はっ? マイクがわたしを? なにそれ。そんなの聞いた事ないけど!」
「マイク兄だけじゃなく、スティーブ兄さんもだよ。二人で牽制しあってるの。そんな事してないでさっさと告白すればいいのに。二人でもめているうちに、他の人に取られちゃうのにね!」
初耳だ。
18歳といえば結婚する人もいるのに、自分は彼氏さえできないと悲観していたが、
(えっ? いきなり彼氏候補が二人も?)
「そういえば、さっきパン屋さんにお花持った男の人が来てたよ。おねえちゃんがいないかって聞いてたけど」
「ああきっと、よくお花くれる常連さんね」
「あの人もリリーおねえちゃんの事好きでしょう?」
「えっ? そういうわけじゃないと思うけど……」
(……いや、そういえばいつも「リリーに」と持ってきてくれる。深く考えず「ありがとうございまーす、お店に飾りまーす」ともらっていたけれど。おかみさんに「店に飾る花を買わなくていいのはありがたいけど、たまには家に持って帰ってやったら?」と言われた事もあったけれど……え? すごい、彼氏候補三人目……)
「リリーおねえちゃんは、そういう事に鈍感だからね。自分がもてるって事を自覚した方がいいよ」
「い、いやぁ……う~、まぁとにかく!」
しかし、実際にはまだ誰からも告白されていない。今ここであれこれ考えてもしょうがないと思い、リリーは話を変えた。
「マーガレット、あなた、もう大人扱いされるのだから、しっかりやるのよ。院から行っている先輩がいるなら心強いわ。なんでも相談して、無理はしないようにね。もちろん、わたしの事も頼ってね」
「うん! お休みももらえるから、落ち着いたらまた会いに来るね」
食事を終え、二人は笑顔で別れた。
(マーガレットが独り立ちかぁ、早いものね。そうだ、わたしにも彼氏ができるかもしれないっていう情報を得たんだった。これからが楽しみだわ)
今日はいい日だ、と嬉しくなる。
きっと明日もいい日だろうと、ワクワクする。
(これからも楽しい事がいっぱいあるんだろうな)
そんな、いつも通りの。
いや、いつもよりいい日だった。
その時、までは。
書き終えてだいぶ経ちましたが、2025.1.30~修正をし、ついでにここにも一言入れていきます。(元々入っているところもありますが)改めて、よろしくお願いします。