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フェイクソウル ~Relight Ver.  作者: 木浦 耕助
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5 おしかり

 木葉家の乱闘騒動は、土日で大体の処理は済んだ。父親が事なかれ主義なので、なるべく穏便に済ませたいということで、いくらかのお金で示談という形になった。本当は殺人未遂じゃないかと思うが、学より割れた特選醤油の心配や送別会の料理が食べられなかった愚痴をこぼす母親を見て、それ以上この件に関わるのは馬鹿馬鹿しくなったので、何もしなかった。

 友達に話すのも色々聞かれて面倒なので、きっぱり忘れて目下の課題である吹奏楽部の練習に専念することを学は決めた。


 吹奏楽部の練習は、暑い中、さらに熱を帯びていた。課題曲もそうだが、皆で選んだJ・S・バッハの「ブランデンブルク協奏曲・第3番」が猛烈に難しい。低音部の複雑な音階と、難解なリズム。学は彼なりに頑張ったが、どうしても遅れてしまう。先生にマンツーマンで指導もしてもらったが、みんなの冷たい視線を感じる気がする。特に、真聖菊から。

(これがアニメならここで急に上手くなって金賞を貰うんだけどなぁ)

 パート練習も相変わらずで、菊に怒られっぱなしだ。今週末で終業式だが、吹奏楽部の練習スケジュールは夏休みも延々と続いていた。

 そして、その日練習が終わると、学は再び真聖菊に呼び止められた。嫌な予感がした。

「あなたには気の毒だったけど、私の忠告も聞かなかったわね。二日後、また、練習後に図書館に来て。みんな危機感がなさすぎる」

「それはどういう意味で……」

 真聖菊は難しい顔をしたまま、ポツリと言った。

「急に増えすぎだ」

 結局、それ以上何も話してくれない。学はそれでも話しかけてみた。

「そういえば、北稲妻関(きたいなづま)は勝ち越したね。たしか十一勝四敗で」

殊勲(しゅくん)賞も貰ったわ……来場所は小結(こむすび)を狙える」

 真聖菊が珍しくほんの少し笑ったのを学は見逃さなかった。

「じゃあ、絶対来るのよ」

 菊の笑顔は一瞬で、再び学は鋭く睨まれたのだった。


 二日後、浮かない顔の学は、それでも指定された図書館に向かった。菊は、練習が終わるとさっさと先に行ってしまった。

(今日こそ、ちゃんと話してもらおう)

 学はそう思って、図書館に入ると、前と同じ一番奥の席を見た。そこには、菊以外に男女が一組座っていた。

「須理戸さん……」

 一人は須理戸琉歌(すりとるか)だった。相変わらずショートボブの似合う可愛い顔で、菊と何か話している。学は一気にテンションが上がった。

 もう一人は、幡田太平(はんだたいへい)だった。こちらは難しい顔で腕を組んで黙っている。学のテンションはやや下がった。

「ようやくご登場だね、木葉君。いや、学君と呼ぼうか?」

 近づくと幡田が声を掛けてきた。四席しかないので、仕方なく、幡田の隣に座る。

「この際なので、はっきり言っておくけど、僕たちは友達じゃないからね。知り合いというだけだ」

「はっはっは、君は照れ屋だなぁ。遠慮はいらないよ、学君」

 どういう頭の構造をしているのか、学は深く疑問を感じた。

「待ってたの木葉君。今日も練習大変だったね。でも、確実に上達してるよ」

 琉歌が優しく声を掛けてきた。学は思わず笑顔になるのを自分で感じた。こちらは「学君」の方がいいと思った。

「ダメ、全くダメ。木葉君は音楽に向いてない」

「それはひどいよ菊ちゃん。ほんとに頑張ってるじゃない」

「僕が聞くところ、菊の論評の方が正確だろうね」

 幡田が嫌味を言ってきた。学が幡田への反撃を考えていると、菊が鋭く叱咤した。

「楽譜も読めない音痴の癖に横から口出しするな、この小ネタ集の太平」

「なんてことを言うんだ菊。それに、その呼び方はするんじゃないと言っただろう」

「あんた、こないだの物理の坂本にもやったでしょ。まあ、あんまりみっともない効果だから、見逃されてるけど、私には分かるのよ、小ネタ集」

「くっ、本当に嫌な女だ」

 幡田が言い負かされるのを見て、学はスカッとした。しかし、小ネタ集って何だ?

「こんな無駄話してても仕方ないから、今日の目的を言うわ」

 菊は三人の顔を見回して、きつい口調で続けた。

「再警告。もう分っていると思うけど、私たちは同類よ」

 菊は須理戸琉歌を見る。

「いくら子供を助けるためとはいえ、あんな人通りの多い所でやるなんて、ちょっと無謀すぎる。あなた、死にたいの? 幸い、警告一回で済んだけど、次はないわ」

「ごめんね。あんなに注意してもらったのに。私、カッとなると自分が分からなくなって」

「その短気な所は直した方がいい」

 話の意味は分からないが、琉歌が短気とは学は知らなかった。「アツイ性格」と言うことなのだろうか。見た目には全く分からない。

「それと太平。あんたも自分の無能をいいことにむやみやたらと使いすぎ。そのうち、キツイのが来るわよ」

「青少年特有のちょっとしたいたずら心だよ。キツイのはお前だろ菊」

「あんたって本当にどうしようもない大馬鹿ものね」

 幡田はムッとして黙り込んだ。

「そして木葉君。あなた自宅で使ったわね。幸い、目撃者はいなかったから良かったけど、次は絶対に警告が来るわ」

 菊はもう一度、三人を見た。

「警告二回で消される。これは絶対ルールだから」

「お前は頭がおかしいんじゃないか、そもそも俺たちが何を……」

「黙れ!」

 静かな図書館に菊の声が響いた。図書室にいた生徒が全員一瞬振り向くほどだ。菊はそれに気づいて声を落とす。

「ちゃんと私の忠告を守るのよ、絶対」

「はい……」

 琉歌が力なく返事をした。怒られた幡田も黙っている。学だけが取り残された気分だ。

「あの、そろそろ詳しい話を聞かせてもらってもいいかな。僕たちは何の同類なんだ?」

 菊はじっと学を見た。

「今は知らない方がいい。その方があなたのため」

 それで、その話は終わってしまった。あとは吹奏楽の話だった。幡田は暇そうに欠伸をしているが、帰らないところを見ると、確実に琉歌が目当てだろう。

(僕が飛べるということは、他の三人も飛べるのか? いや、そういう感じではなかったし、そもそもこれは何だ。超能力ってやつか? よく分からないな)

 しかし、小心な学はそれ以上聞くこともできず、できるだけ忠告を聞くことに決めた。さっきの菊の言い方は本気だった。

 菊が一方的に吹奏楽部の惨状をまくしたてて解散となったが、琉歌が信じられないことを言った。

「木葉君、今日は一緒に帰らない? 菊ちゃんとは逆方向だし、友達はみんな帰っちゃったし……」

 学は色々なモヤモヤが吹き飛んで、心が晴れ上がった。幸運は突然やってくる。

「もちろん帰りましょう!」

 そして、幡田太平が言った。

「じゃあ、俺も方向が一緒だから、三人で帰ろうじゃないか!」

 学は幡田に確かな殺意を覚えた。

「でも、嫌な予感がする……三人とも気をつけるのよ」

 菊の言葉はほとんど、予言のようだった。

禍福(かふく)(あざ)える縄の如し、ってことかな)

 学は、菊の真剣な表情を見てそう思った。

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