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フェイクソウル ~Relight Ver.  作者: 木浦 耕助
23/28

19 お姉さまと子供と百円均一

 菊は一直線にショッピングモールを横切ると、正面の開いたエレベーターに飛び込んだ。そして、三階のボタンを押そうとしたが、既に他の客によって押されていた。ドアが閉まる。

 菊にはある確信があった。

(私にはあの香沙禰がやってくる。あの子はなぜか私に執着していた)

 その間も、菊は休まずスマホを操作して「二階の琉歌を助けて」と短くメッセージを津弓に送った。休日なので、二階にもエレベーターは止まって人の入れ替えがある。菊の<感知>では、確実にこちらを目指してくる素早い者がいるのが分かる。

 菊は気持ちを落ち着けた。一応、護身用に小刀はシャツの内側に入れてある。役に立つとは思えないが、香沙禰ならあるいは有効かも知れない。

 そして、三階に着くと菊は猛ダッシュでシネコンに向かって、素早く上映中の映画一覧を見ると、最近歴史的に大コケした大作「妖怪宇宙大戦争」という邦画を選んだ。

「もう始まってますがよろしいですか」

「いいわよ」

「あの、お席は」

「どこでもいいから早くして!」

 菊の剣幕にチケット売り場の女性店員はびっくりしたようだが、一番見やすい席を選んでチケットを渡してくれた。その間にも近づいてくるのが分かる。

(よっぽど映画がお好きなのかしら?)

 店員が首をひねる合間にも、菊は走って係員にチケットの半分を千切ってもらうと「シネマ8」と書かれた映画館に飛び込んだ。案の定日曜日でも観客はほとんどいない。真ん中に数人いるだけで、それも寝ているようだ。菊が一番上まで駆け上がると同時にドアが開いて、人影が入ってくるのが見えた。やはり香沙禰だ

 香沙禰は素早いだけで、それ以上の能力はない。それを少しでも無効にするには暗い場所の方がいい。しかし、追いつかれてしまった以上、隠れてもあまり意味はなさそうだ。

 一番上にいる菊を見つけると、香沙禰はほぼ一瞬で菊の目の前に現れた。しかし、すぐには刺されなかった。

「やっぱり、無駄だったか」

「あなたをずっと追っていた。見逃しはしない」

 菊は心を落ち着けて香沙禰をよく観察した。スクリーンの明かりで見える表情は無表情に見えるが、心なしか震えているようにも見える。手に持った小刀も同様だ。

「あなた、震えてるわよ」

「うるさい!」

 一歩、香沙禰が踏み出す。声も震えている。菊はそれで分かった。

「あなた……」

 ゆっくりと話す。

「こんなことするの、本当は嫌なのね」

「違う!」

 香沙禰は鋭く否定する。

「私の考えでは、あなたは宇月に脅されてる。この前の失敗の時も、こっぴどく虐められた」

 香沙禰は答えない。

「あなたは本当はこんな能力欲しくなかったんじゃないの。あなたがやりたいことは別……」

「ダメだったのよ! みんなに笑われた。中学生レベルだって!」

 香沙禰は短刀を持ったまま鋭く言った。

「私が描いた漫画。一生懸命描いたのに、漫研のみんなはバカにして笑った。一生懸命描いたのに。描いたのに!」

 菊は、ここが勝負だと思った。

「私は相撲が大好き。でも、友達のだれとも話さえできない。吹奏楽部で死ぬほど練習したけど、思ったほど評価はされなかった。私には好きな人がいるけど、決して私を振り向いてくれない」

「お前、何が言いたい?」

「努力したって無駄なこともある。持って生まれた才能の差も当然ある。運が悪い時もある。世の中は当然、結果で判断される。でも、やるのは自分。自分自身よ。それは間違いない。だから、本当に大切なのはどうするかではなく、どうしたいかよ。自分の主人は自分。結果はオマケみたいなもの」

 菊は言った。

「あなたは人殺しになりたいの?」

 香沙禰は小刀を突き出した。しかし、それは菊の背後の椅子に刺さった。

「私たちがあの宇月をやっつけるから、あなたは本当にやりたいことをやればいい」

 それはハッタリだったが、香沙禰はその場に崩れ落ち、さめざめと泣きだした。

「本当は嫌だったんだもん」

 意外に幼い声。そして、しばらくして顔を上げると、菊の顔を真っすぐに見た。

「菊さん」

 声が妙に湿っぽい

「これから『お姉さま』って呼んでいいですか?」

「はぁっ?」

 菊は思い切り脱力して、座り込んだ。香沙禰が手を重ねてくる。そんな趣味は菊にはない。


 一方、エスカレーターで二階に逃げた琉歌は心細さで、きょろきょろしながら走った。どこか逃げ込める場所があればと思うが、そもそも店が多くて判断できない。手芸用品店、カフェ、眼鏡店、帽子屋、雑貨店……どこで、どうやって隠れたらいいんだろう。琉歌はそれに、他の人をできるだけ巻き込みたくなかった。

 そうして迷っていると、背後から走ってくる片腕に包帯を巻いた中年の男が見えた。ショッピングモールで走っている中年はそういない。あれはたしか六防という男で、この前撃たれたはずだ。

(どうしようどうしよう)

 琉歌は駆け出したが、男も同じペースで付いてくる。肉食獣が獲物を追い詰めるようだ。もうすぐ、この広いショッピングモールも端の方だ。

(逃げなきゃ。私一人で何とかしなきゃ)

 そして、一番端にある大型のカジュアル洋品店の前まで来た。琉歌は迷った末、その横のトイレへの通路に入った。そこなら、人に見られずに能力が使えるかも知れない。

 しかし、男は直ぐに追いついて琉歌を見ると、実にいやらしく笑った。

「もう一度、その可愛い悲鳴を聞いてみたいねぇ」

 琉歌は決心して、無我夢中で腕を振って、自分の位置を入れ替えた。

「あれ?」

 それは男子トイレの中だった。ちょうど用を足して手を洗っていたお爺さんが、びっくりして素早く出て行く。個室には誰もいない。そして、足音が聞こえた。

「まさか、よりによってトイレとはねぇ。でもまあ、男子トイレで良かったよ」

 六防は懐から銃を取り出すと、無事な方の手でゆっくりと構えながら入ってきた。

「もしかして、君もそんな趣味があるのかい?」

「嫌っ!」

 琉歌は思わず悲鳴を上げた。一番奥の壁に背中を付けるが逃げ場所はない。場所の置換はもう一回だけ可能だが、恐怖で震えて腕さえまともに動かせない。

「大丈夫。今回は痛みを感じる前に死んでしまうからね、ククク」

 その時、お母さんらしい声と子供の声がして、小さな男の子がトイレに入ってきた。六防はハッとしたが、五歳くらいの幼児を見て警戒を解いた。

 男の子は無邪気に言った。

「あっ、エアガンだかっこいい。おじさんここで遊んでるの」

「違うよ坊や。これは遊びじゃない、本当の殺人ショーだよ」

「さつじんしょー?」

「今からこのお姉さんが死ぬんだよ。坊やもよく見ておくといいよ。きっといい勉強になるよ」

 男の子は不思議そうに六防を見上げていた。


 学は、なぜか幡田と一緒に一階を走っていた。

「着いてくんな!」

「それはそっちの方だろう学君」

「僕はできるだけお前とは離れたいんだ。こんな時じゃなくてもね」

「ハッハッハッ、なかなかうまいことを言う」

(何で笑ってんだ! こいつは本物の馬鹿だな)

 学は思ったが、それどころではない。逃げ込む場所を探さなければ、さっきチラリと神父姿の男が走ってくるのが見えた。

「とにかく、どこかの店に入って隠れるぞ、幡田」

「俺を呼び捨てにするな。しかし、それはいい考えだ」

 学が高級時計やジュエリーを扱う店舗に飛び込もうとすると、幡田が腕を掴んで止めた。

「この馬鹿もの! こんなとこに逃げ込んで、商品を壊したらいくらかかると思ってるんだ!」

「それ、いま大事なことか?」

「僕は先を見通す男でね。君ほど浅薄じゃない」

「じゃあ、どこがいいんだよ!」学はやけくそだ。

「もちろんそこの百円均一だ!」

 二人はとりあえず、人であふれた百円均一ショップに入った。本能的に奥へ進んでいく。入り口に、神父姿の男がゆっくり入ってくるのが見えた。

 二人は一番奥の園芸コーナーにあったサオのような商品と、ガーデニング用フォークを手に取ってみたが、こんなものが役に立つとはとても思えない。

「せめて刃物コーナーにだな」

 そう言った学の前に、神父姿の髭面の男、品川ヤアンが現れた。

「あなたたち悪魔の子を退治するためにやってきました」

 ヤアンの右腕は、一瞬で五つに分かれた。

「私のこの手の握力は合計で五百キロ以上の力が出ます。あまり苦しまずに逝けるでしょう」

「どうする、幡……」

 幡田はその時すでに、逃げ出していた。その方向に触手が伸びる。しかし、(あいだ)にあった陳列棚に当たって間一髪で幡田は逃れた。ただし、陳列棚はぐにゃりと大きく曲がっている。あちこちで悲鳴が上がる。

「オー、失敗するとは」

 学も幡田を追って百円均一の店舗から逃げ出した。

「逃がしませんよ」

 もたもたしていた幡田に学は追いついて、また二人で走る羽目になった。

「お前また逃げたな!」

「犠牲者が必要なら一人だけでいい」

「それは仲間を守る時に言うセリフだ!」

 そうこうしているうちに、ヤアンが追ってくるのが見えた。警備員でも呼ばれてないかと思ったが、混乱に乗じて逃げたようだ。そもそも警備員がいても、警備員ごとやられるだろう。

「今度はどの店に入るんだ!」

「そこのスポーツ用品店だ!」

「壊したら単価が上がるぞ!」

「それはもう諦めた!」

 二人はスポーツ用品店に入ると、バットを探したが広すぎてすぐに見つからない。店員に聞いている余裕もない。仕方なく比較的に人の少ないゴルフクラブの売り場に飛び込んだ。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか」

「探されてるのは僕たちの方でして」

「はあ?」

 その若い男性店員は急に気を失って倒れた。後ろにはヤアンが立っている。

「追い詰めましたよ」

 二人はゴルフクラブを持ってみたが、サスペンスドラマじゃあるまいし、こんなものが凶器になるとは思えない。

「さあ、覚悟なさい。悪魔の子たち」

「幡田! なんかやれ!」

「切り札は最後に出すものさ! はあっ!」

「むぐぅ」

 どうせだめだろうと思って、学が見ていると、ヤアンのアゴが外れていた。これまでの幡田の成果に比べれば、十分上出来だ。ヤアンは動揺している。

「おおっ効果があった!?」

「自分で驚くな! とにかく逃げるぞ!」

 二人は再び、店を飛び出した。

「どうだ学君。敵の戦力を削いでやったぞ」

「あんな微々たる戦力を削いでどうするんだ!」

「しかし、こんなこと繰り返してても、いつかやられるぞ」

「分かってるよ! お前もちょっとぐらい考えろ」

 その時、学の頭でカーンと明るい鐘が鳴ったような気がした。

「よし、このフロアの先に『ガルディス』っていう食品雑貨店がある。そこの一番奥まで走れ!」

「俺に命令するな! 俺は俺の生きたいように生きる」

 そう言いつつも二人は食品雑貨店を目指した。後ろから顎が外れたままのヤアンが激怒して追いかけてくるのが見えた。

続きはまた週末に。

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