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フェイクソウル ~Relight Ver.  作者: 木浦 耕助
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14 相性の問題

 そこは、小奇麗なマンションの一室だった。3LDKの広さで、リビングダイニングは二十四帖もあるゆったりした造りだ。全館空調が効いているので暑くも寒くない。窓からは街が一望できる。

 その部屋の三つの高価な革張りソファーに、四人の男性と二人の女性が座っていた。

「山なら俺に行かせてください。あの木葉ってガキはぜったい許せねぇ」

「却下だ」

 兄木丸尾(あにきまるお)がそう言うと、無表情で座っていた宇月武(うづきたける)は首を振った。

「でも……」

「俺は却下と言ったんだ」

「す、すんません」

 兄木は顔を真っ青にして、俯いた。

「では、私が参りましょう」

 次に話したのは、ひげ面の男だった。それほど体は大きくないが、がっちりした体形で実際以上に大きく見える。顎から頬にかけての濃いひげと太い眉気で、ずいぶんと強面だが、瞳の色が青色だった。彼はどうやら白人とのハーフのようだ。品川ヤアンという名前で、職業は現役の神父だ。今もその恰好をしている。

「それも却下だ。お前は万一の時の予備だ。俺のそばにいろ」

「仰せの通りに」

「では、私が参ります」

 そう言ったのは、風呂場で菊と琉歌を襲った杉林香沙禰(すぎばやしかさね)だった。

「お前は足の怪我が治りきってない。それでは役に立たない」

 宇月は、猫のような眼を鋭く光らせて言った。

「これは相性の問題だ。お前達二人の失敗例から考えると、奴らは基本的に近接戦に強いが、遠距離戦には弱いはずだ。そこで今回は、音夢(ねむ)羽生(はぶ)六防(むぼう)の三人に行ってもらう。そして、俺はあいつを叩く。そのあと、俺も山に行く。秋人にも話すことがあるしな。いいな」

「はぁい! やったぁ、楽人(らくと)君と一緒なんて超ラッキー! お弁当作って楽しくいこうね」

 そう言ったのは横江音夢(よこえねむ)という少女だった。高校一年生だったが、童顔で中学生位に見える。柔らかな髪をピンクのリボンでツインテールにして、ストライプのシャツに白いスチュールスカートを履いている。大きい目がクリクリ動く。自分が「かわいい」ことを知っている目だ。そして、小柄にもかかわらず、かなり胸が大きい。

「俺は最悪だね。こんなバカ女とコンビを組むなんてサイテーだ。でも、リーダーには従うよ」

 横柄な態度を取ったのは羽生楽人(はぶらくと)。線の細い面長の顔に肩まであるロングヘアー。細いフチなし眼鏡が良く似合っている。大学生で、草食系の美男子だ。ただし、口が悪い。

「えーん、楽人君がひどいこというよう、私、バカ女じゃないもん」

「お前、最近本を読んだか?」

「もちろん! 二冊も読んだもん!」

「題名は?」

「『VARY(バリー)』と『ウェンチェル』だよ!」

「それはファッション雑誌だバカ! ツルゲーネフかトルストイくらい読んでから俺に話しかけろ。それまでは何もしゃべるな!」

「それって何のブランド?」

「死ねッ! このバカ女!」

「まあまあ、楽人君もその辺で……」

 そう言ったのは、六防堅(むぼうたかし)という五十年配の男性で、この暑いのに薄いセーターを着ている。眼鏡を掛けているのは楽人と同じだが、髪の毛も薄く、頬もこけ、貧相な顔つきだ。

「君の力は頼りにしてるよ」

「わかったよ、おっさん。まあ、とにかく、二人も返り討ちにあったんだ。油断はしないよ」

「そうだね。着実に、やってしまおうねぇ」

 六防のその細い目が、ギラリと陰湿そうに光った。

「これで決まりだ。そして」

 宇月は、不敵に笑った。

「俺は神殺しといこうか」


 吹奏楽部の練習は過酷を極めた。暑いのはもちろんだが、全員が殺気立ってきていて、些細なケンカも絶えない。とても全部員一丸になっているとは言えず、それがさらに曲を破綻させ、雰囲気を悪くした。とにかく銀賞狙いと言う低い目標だが、それすらも怪しい出来だ。

 学や琉歌は襲撃者に注意して、常に菊の近くにいるようにしていた。それに、誰かが近づいてくると、スマホで知らせてくれるようになっていたが、この間は何もなかった。あったといえば、学の成績のせいで、危うく部活を辞めさせられるところだったことぐらいだ。

 菊のパート練習の激しさは限界を突破し、ユーフォニアムの二人は泣き出すし、聡志とは喧嘩をするし、こちらもとても順調とは言えなかった。ただ、学はそれでもできる限りのことはした。たぶん、こんな経験は二度とできないはずだ。

「はい、今日はこれで終わり」

 菊はそう言うと、コントラバスを持ったまま、珍しく言葉をつづけた。

「みんな、ごめん。私が焦って雰囲気を悪くしてるのは分かってる。でも、チャンスは一回だけ。だから、できる限りやろう」

「うん、僕はけっこうこの状況を楽しんでるよ」

 学がそう言うと、菊が汗を拭いながら少しだけ笑った気がした。

「じゃあ、また月曜日に。学は明日、朝、八時半の電車よ」

 大肥田バレースキー場までの電車の時刻は、ちゃんと秋人からスマホで送られてきていた。丁寧に案内図のリンクも添付されている。駅からバスでさらに二十分ほどでスキー場に着く。小規模なスキー場で、リフトは山頂駅までのロープウェイと、頂上まで行けるリフトが二人乗りのものが二機と一人乗りが四機あるだけのようだ。これに乗って、頂上まで行けるらしい。

「今日はゆっくり休むよ」

 学はぐったりと言った。そういえば、コンクールに備え、来週から合宿が予定されているのだ。彼はふと、菊に聞いた。

「明日、何が分かるんだろう?」

「それは分からないわ」

 菊は独り言のようにそう答えた。


 翌日の午前八時「五十」分ちょうど、学は息を切らせて駅の改札をくぐった。菊からは「先に行く」とだけ、短い連絡がスマホに入っていた。その文面だけで彼女の怒りの表情が目に浮かんだ。

「くそ~こんな時に寝坊するなんて」

「まったく、君は本当にここ一番に弱い男だな。時間の守れない男は信用されないよ」

 学の後ろから、新型の大型スマホを弄りながら幡田太平が声を掛けてきた。

「……お前なぁ」

「勘違いするなよ。俺は親切にお前を待っていてやったんだからな。それにいい加減、幡田君と呼ぶんだ」

「じゃあ、なぜ、僕より後に改札を通ったんだ」

「そ、それは……つまりだな、余裕と言うものだよ、学君」

「寝坊したってことだろ」

「それは君のことだ」

「僕たちのことだろ!」

「まあまあ、せっかくの遠出なんだから喧嘩はやめよう。楽しくいこうじゃないか」

(何が楽しくいこう、だ)学は突っ込むのも疲れて、心の中で毒づいた。

 二人が三十分遅れで電車に乗ると、車内はクーラーが効いていて涼しい。幸い二人とも座れた。

「あーあ、せっかく須理戸さんと一緒に電車に乗れたのになぁ」

「それは同感だ」

「言っておくが、お前にはチャンスは絶対ないからな」

 学は「絶対」の部分を強調した。

「はっはっはっ、君は鏡を見たことがないのかい?」

「お前はその性格で人に好かれると思っているのか」

「また、お前呼ばわりか。俺には友人が多いんだよ。君と違ってね」

「金の切れ目が縁の切れ目」

「何か言ったか?」

「何も」

 二人はむっつりと黙り込む。電車は次第に郊外へ向かう。

「まあ、僕たち二人の相性は最悪と言うことだな」

「おお、珍しく意見が一致するな、学君」

 そんな調子で、二人はスキー場に着くまでやりあっていた。

 バスを降りると琉歌が手を振っているのが見えた。菊は水筒からお茶を飲んでいる。

「あなたたち、わざとやってるんじゃないわよね?」

「僕が幡田と二人で待ち合わせて来ると思う?」

「確かにそれはないわね。でも遅れた事は事実よ。だいたいね……」

 菊はお茶を飲み終えると、きつい「おしかり」を二人にした。琉歌が止めてくれなければ、まだ五分以上続きそうだった。

 入場料を払うと、四人はまず大型のロープウェイに乗った。これで山頂駅に行き、そこから二つのリフトを乗り継ぐことになる。

「見てみて、町があんなに小さく見えるよ!」

 琉歌は楽しそうにはしゃいでいる。

「秋人兄さんは、先に行ったわ」

「ごめん、遅れて」

「まあ、こんなことだろうとは思っていたけどね」

 四人が山頂駅に着くと、思った以上に素晴らしい景観が眼下に見えた。空も快晴。山頂駅の周辺はちょっとした遊び場になっていて、水鉄砲や竹馬、ビニールで作った簡易スライダーなどもあって、小さな子供が遊んでいるのが見えた。高度が上がったので、気温も若干下がっている。

 学は危ないことは何もなかったので、ほっとして改めて他の三人を眺めた。

 琉歌は白いTシャツに黒いスカート、腰に薄い上着を巻いている。麦わら帽が意外に似合う。菊はレトロなボーラーハットと白いワンピース姿だが、スカートは短く、歩きやすいウォーキングシューズを履いている。幡田は何を勘違いしたのか、アウトドアブランドのカーキ色のシャツと登山パンツに本格的な登山帽をかぶっている。どこまで行くつもりだ。

 そういう学は、新しいグリーンのシャツを着て、新品のジーンズに、父親に買ってもらったわりと高価な太いベルトといった姿だ。自分では精いっぱいやったつもりだっただろうが、客観的にみると「緑と青が混ざったさえない男子」以外に表現できないだろう。

「今日は楽しい一日になりそうね!」

 琉歌は、歌うようにそう言った。

「さあ、行こうか琉加君」

 幡田は記念写真をスマホで取っていたが、スマホを左胸のポケットに入れて朗らかに言った。

 菊はそんな二人を少し不安そうに見ていた。

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