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フェイクソウル ~Relight Ver.  作者: 木浦 耕助
14/28

12 定員オーバー

 それは長い階段だった。学は途中まで数えていたがすぐに諦めた。それよりも、後ろにいる琉歌が学の腕を無意識に握ってくるのが気になる。

 下を見ると、幡田がこわごわ階段を降りている。その先には、菊がスタスタ降りていくのが見える。

 長い階段を下りきると短い廊下があって、その先に大きな洋風のドアがあった。

「この中よ」

 菊は古めかしい鍵束を取り出すと、ドアを開けた。低い音を立てて不気味にきしむ。

「さあ、中へ」

 まるでお化け屋敷だ。幡田がビビりまくっているのが、学にはおかしかった。

(この意気地なしめ)

 部屋に一歩入ると、空気の質が変わったような気がした。確かにかび臭くて、真夏なのにひんやりとしている。しかし、そう言った具体的な感覚ではない部分で、確かに異様な感じがした。

「死んだ祖父の所持品を保管している蔵よ」

 裸電球がいくつか灯っているが、菊は持ってきた懐中電灯を付けた。

「一応注意しておくけど、その辺のものに触らない方がいいわ。何かの呪具が入っているとまずいから」

「ゆ、幽霊は出たりしないよな」

 幡田が聞くと、菊は鼻で笑った。

「見える人には見えるかもよ」

 幡田は戦々恐々として辺りを見回す。ほとんどが桐の木箱か古箪笥で、大きいものから小さいものまで様々だ。部屋は広くて、一応通路は確保されているが、うずたかく積まれた箱のせいで迷路のようだ。いわれの分からない甲冑や兜、刀も無造作に置かれている。確かに何か「出そう」だ。

「学君も幽霊が怖い?」

 学は琉歌に聞かれた。

「幽霊? うーん、見たことないけど、見たら怖いかもね」

「わたしもないけど、やっぱり怖いよ。死んだ人の恨みで出てくるんでしょう」

「まあ、基本的には『うらめしや~』だからね。今なら『マジムカつく』とか言って出てきたりして」

「何それ?」

「くだらない話してないで、さっさと来る」

 幽霊よりも菊の方が確実に怖いと学は思った。

 そうして、迷路のような地下倉庫を案内されて辿り着いた先は、またしても古いドアだった。今度は鉄の扉で、菊はまた鍵の束を取り出した。

「この鍵は特別で、私たちしか開けられないようになってるらしいわ」

 そんな鍵に指紋認証? と、学は不思議に思ったが、賢明にも黙っていた。

「さっさと、中へ」

 菊、学、琉歌、幡田の順で、部屋に入った。直径十メートルほどの円形の部屋で、ガランとしていて調度は何もない。壁や床は石づくりで、さらにひんやりしている。そして、一番奥に細長い「何か」があって、その上に裸電球が一つぶら下がっている。

 菊はゆっくりその前に進んでいく。他の三人もそれに並ぶ。幡田は怖さからなのか、いつもの無駄口がない。

 そこにあるものは横幅三十センチメートル、高さ二メートル程度の細長い木枠の置物のようだった。真ん中にはガラスがはめ込まれていて、その中に目盛りが等間隔で二十五まで刻まれている。一見すると、巨大な温度計だ。だが、二十五度で終わっているのはおかしい。

「これはね、真聖家に伝わる虚士計(きょしけい)よ」

 菊は言ったが、全く意味不明だ。目盛りはちょうど十二のところで止まっている。

「簡単に言うと、正式な虚士の数をカウントするものよ。つまり、今は十二人の虚士が存在しているってこと」

「それは本当なの菊ちゃん?」

「うん。祖父が亡くなった時、見に行ったら確かに一つ減ってた」

「ははは、は、なかなか便利な機械じゃないか。使い道は分からないが」

 幡田が言うと、菊は厳しい声で答えた。

「最後の規則。それは虚士の数には<定員>があるってことよ。それが十二人」

 そう言われると、目盛りの十二までは白い文字で彫られているが、それ以上は赤い文字になっている。

「最近までは、八人前後で安定していた。滅多に増えることもないしね。それが急に増えだした」

 菊は琉歌の方を振り返る。

「あなたは確実にカウントされている。太平は<なりそこない>みたいなものだからはっきり分からないけどね」

「なんだ、お前も僕と同類じゃないか」

「学君、『お前』は友人に呼びかける言葉じゃないと、何度言ったら分かるんだ。学習能力がないのか」

「あるから言ってる」

「お気楽ね。二人とも」

 菊の目は真剣だ。

「その規則には続きがあってね。この十二を超えると、強制的に減らされるのよ」

 琉歌が口元を抑えて、目を見開く。

「増えてから三十日間の猶予があるけど、それを過ぎると、管理官がランダムで犠牲者を選んで消しに来る。その間に公式に<決闘>するか<自決>するかを虚士同士で相談することになるのよ。ちゃんと決闘場の場所も決まってるわ」

「それは本当のこと?」

「祖父からはそう聞いた。祖父は絶対に冗談は言わない性格だった」

 その時「虚士計」から歯車が回るような鈍い音がして、目盛りが一つ増えるのが見えた。これで定員オーバーだ。

 琉歌が小さく悲鳴を上げる。幡田の顔は真っ青だ。

「俺はなりそこないだよな、菊」

「さあね。でも、たぶん、あなたは成ってる(・・・・)わ。無能だけど。さて……」

 菊は深い深いため息をついた。

「困ったことになったわね。そもそもペースが速すぎる」

 四人の間に沈黙が下りた。<決闘>だの<自決>だの、そんな物騒な話になるとは思っていなかったのだ。

「とにかく戻りましょう。こんな所にいたら風邪を引くわ」

「そ、そうだな。早く出よう」

「とにかく、このことを(いわい)姉様に相談してくる。三人はさっきの部屋で待ってて」

 歩き始めた学の腕を、琉歌がまたそっと握ってきた。素晴らしい階段だ、学校にもほしいと、彼は思った。


 菊は中々帰ってこなかった。時刻は夜十時を回っている。三人は一応、気持ちが落ち着いてきたので、琉歌はカバンから楽譜を取り出して、楽器なしでトランペットの運指の練習をしている。学は何もすることがないので、スマホをいじったりしていたが、実はさっきの腕の感触を記憶に刻み込もうと必死だった。幡田は壊れたスマホを恨めしそうに眺めながら、腕を組んでいたが、いつの間にか眠っているようだ。

 十時半を回ったころ、突然、菊が戻ってきた。

「ごめん、遅くなったわ。実は、祝姉さんが直接話をしたいってことになって」

「こんな遅くまでお待たせして申し訳ありません」

 そう言って菊に続いて入ってきたのは、真っ白な洋服に身を包んだ、痩せた女性だった。目の色素が薄いのと青白い顔色で、本当に具合が悪そうに見えた。髪は耳元できれいに切りそろえられているが、特徴的なのは白いつばの付いた丸帽子をかぶっていることだ。何か違和感がある。これが真聖家の長女の真聖祝(まじりいわい)だった。両親はここには定住しておらず、それぞれの会社の都合で全国を飛び回っているということなので、実質の家督長ということになるだろう。

 菊と祝も席に着くと、祝は静かに話し始めた。

「先ほどの件、琉歌さんの不思議な話も含め菊より詳しくお聞きしました。十三人に増えたそうですね」

 その声はとても細くて聞きづらい。

「何か、異常なことが起こっているのは間違いありません。少しの例外を除けば、最近は虚士同士が争うことは、ほとんどありませんでしたので」

 祝は少し咳き込んでから話を続ける。

「私には一つの考えがあるのですが、この体調ではそれを確かめるすべがありません。そこで明日、上枝秋人(かみえだあきと)という人物を訪ねてください。彼にはメールや書面で大体の考えは伝えてありますので、私の代わりに案内役になってもらいます」

 祝はまたひとしきり咳き込む。

「姉さん大丈夫? やっぱり寝てなきゃ」

「大丈夫よこれくらい。菊、吹奏楽の練習は午後からだったわね。上枝君には話は通してあるから、明日の朝、津弓に運転してもらって、みんなと一緒に訪ねて詳しく話してきなさい。ただし、萌夏は省いていいわ」

 学はそこで地獄の練習を思い出した。それはやはり確実に続いているのだ。

「上枝秋人は、真聖家の遠縁ですが、古くからの虚士で、この手の話には最適な人物です。小さい頃はよく一緒に遊びに行きましたね、菊」

「うん……」

 菊はそこでなぜか、下を向いた。また、祝は激しく咳き込み始めた。思わず、菊と琉歌はその背中をさすった。

「ありがとう。いつものことだから心配しないで」

 そして、祝は深く息を吸って、静かに言った。

心枷(しんか)さんが言っていました。変なのが混じってしまった、と」

 学はその声をはっきり聞いたが、やはり意味は分からなかった。

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