Interrupt(2)
ざあっと音がして暗闇から雨が落ちてきた。水銀灯は消えそうになりながら人気のない広場を無機質な光で照らしている。生暖かい風が、静かに吹き抜けていく。雨はすぐに止んだ。
「……」
水銀灯は、ぼんやりとした人影を浮かび上がらせた。
「ああ……」
その人影は重々しく呟いた。古い水銀灯の光はあまりに弱く、背が高いこと以外、その姿はほとんど見て取れない。声からすれば、男のようだ。もっとも、うめき声を声の仲間に入れるならば、である。
人影も木々もその空間も、石のように動かない。どれくらいの時がそうして過ぎたのだろうか、やがて、変化が訪れる。
りん、と鈴の音が響いた。人影はゆっくりと動く。何かを感じたように、一歩進む。また、鈴の音が、りん、と鳴った。人影は、肩を微かに震わせて、くっくと笑った。
「まるで幽霊だな」
いつの間にか水銀灯の下に一人の女が立っていた。藤柄の上品な和服を着こなした年齢不詳の美しい女性だ。洋髪に結い上げたモダンな髪型。和傘まで持っている。
「お初にお目にかかります。わたくし、早良心枷と申します」
女性は、高くて澄んだ声で名乗った。
「よく俺がここに来ると分かったな」
「それはもう、わたくしは古いものですので」
男は影の中から出てこない。
「今さらノコノコやってきて、用件はなんだ?」
「わたくし、一言、ご忠告を差し上げたいと思いまして」
「忠告? 笑わせるな」
女性は顔を上げた。小作りの美しい顔だが、やはり年齢不詳で、若いのか年増なのか判断できない。
「あなた、あまりお遊びが過ぎますと、警告では済まなくなりますわよ」
「警告? ククク、そんなもの、俺には関係ないな」
「そうですか。お聞き入れ頂けない、と。残念なことですわ」
「それだけか?」
「それだけでございます」
「俺は別に今やってもいいんだぞ?」
「いいえ、わたくしの力では無駄でしょう。わたくし、無益なことはあまり好みませんの」
女性は和傘を広げた。傘は羽二重だ。
「世の中というものは、いつも変わりゆくものですが、今回の変わり方は気に入りません」
「お前が気に入るかどうかは関係ない。この方が面白いだろう?」
女性は振り返って、一言だけ言った。
「顔すら見せないなんて、あなたはひとでなしですね」
それを聞いて、男はしばらく低く笑い続けた。
また小さく、りん、と音がした。女性の姿はもうない。
それからまた、細かい雨がざあっと音を立てて通り過ぎていった。