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フェイクソウル ~Relight Ver.  作者: 木浦 耕助
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9 裸の突き合い

 四人は、また長い廊下を歩いた。

「そういえば、着替えはどうしたらいいの、菊ちゃん」

「ヨシさんが用意してくれているわ。あなたたち二人の分も大丈夫よ。この家には大体なんでもあるのよ」

「はああ、すごいね、ほんと」

「両親の仕事の関係で、うちはいつも来客が多いのよ」

 廊下はまだ続く。

「ところで、幡田。スマホは分かるがそれは何だ?」

 幡田太平は、防水式の大きな袋にスマホと、結構大きな黒くて四角い箱を入れていた。

「幡田君といえ幡田君と。君は本当にしつけができてないな。これは予備バッテリーだよ。三万(ミリ)(アンペア)(アワー)もあるハイパワータイプだ」

「それを、風呂で? 何のために」

「スマホゲームだよ。『エヴリシング』って知ってるだろ。最近ハマってるんだ。時限イベントがあるから常に持ち歩く」

「とか言いながら、盗撮でもするんじゃないか?」

「ば、ばか、いうな」

(こいつ……)

 学は図星だと思ったが、黙っておいた。気持ちは分からないでもない。

「着いたわ。あなたたちは左。私たちは右」

 風呂場は、どこからどう見ても旅館の大浴場そのものだった。二つ入り口があって、大きな紺色と橙色ののれんが掛かっている。違いはのれんに「男」「女」と書いてないくらいだろうか。

「これ、一応、衣類入れ用の鍵だから。普段は使わないけど、その番号に着替えを入れたらしいから持っていって」

 三人は、腕輪型のキーを預かった。

「本物の温泉みたいね、菊ちゃん。じゃあ、また後でね!」

 琉歌は明るくそう言って、橙色ののれんをくぐっていった。学と幡田も同様に紺色ののれんをくぐった。

 脱衣場も少々小ぶりだが、完璧に銭湯のそれであった。本格的な衣類入れロッカーがあり、それぞれに鍵がかかっている。「か八」という番号の衣類入れを開けると、タオルとバスタオル、きちんと畳まれた男性用の白いシャツと黒いズボン、下着一式が入っていた。サイズもぴったりだ。振り向けば、二つの洗面台とドライヤーも設置されている。

「菊と結婚すると、お金の心配はなさそうだぞ、学君」

「何でそうなるんだ。お前こそ結婚して一から精神を叩き直してもらえ」

「失礼だな君は。まあ、菊ほどじゃないが、我が家の風呂も広くてね。君の家の足の伸ばせないユニットバスとは違うのだよ」

「はいはい、よかったよかった」

 学はそう言って服を脱いだ。ちゃんと畳む。贅肉はついてないが、かといって鍛えられた体でもない。腰にタオルを巻いて、風呂場に入った。

 幡田は、服を衣類入れにねじ込むと、本当にスマホとバッテリーの入った袋を持ち込んできた。見たところスマホは防水タイプではない。

 二人が風呂に入ると、きちんとかけ湯用の小さな水場があり、ヒノキ造りの大きな風呂と二つのジェットバス、そして四人が座れる洗い場があった。その先に露天風呂への扉がある。小さいが横にサウナ室まで設置されている。

「本当におじいさんは道楽者だったんだなぁ」

「とにかく君は早くその不快な汗を流せ、学君」

「前にも言ったが、俺たちは友達じゃないぞ。知り合いだからな」

「ははは、そういうことにしておいてやるよ。照れるんじゃない」

 何を勘違いしたのか、幡田は上機嫌でかけ湯をすると、早速風呂に入って防水ケース越しにスマホを取り出して操作を始めた。

 学は風呂には入らず、洗い場で体を洗った。想像するのは、もちろん、女湯の情景だ。特に、須理戸琉歌……。

(だめだだめだ、これでは幡田と同レベルだ)

 学はそう思ったが、琉歌のイメージが離れない。

「さあて、露天風呂でも入るかな」

 幡田はわざとらしく言って、扉を開けて出て行った。学も洗髪まで終わると、その後に続いた。髪が張り付いてキノコというより、タケノコに見えた。

 露天風呂はさらに広く、石造りで(あずま)屋まである。竹らしい素材を隙間なく並べたようなもので女湯とは仕切られている。高さは三メートル以上ある。菊と琉歌も露天にいるのか、微かに声が聞こえる。

「……くんの……が……なるかな……」

「ほんと……男子……」

 肝心なところが聞こえない。ふと見ると、女湯との仕切りに、にじり寄っていく幡田が見えた。

「何をしている」

 幡田は、口に人差し指を当て、しゃべるなというサインをした。続いて、仕切りを指さし、親指と人差し指で丸を作った。

(の、のぞきか)

 学の頭の中に天使の軍団と悪魔の軍団がやってきて、激しい戦いを始めた。しかし、悪魔の軍団の勢力は圧倒的だ。

 学は幡田に近づいて、耳元で囁く。

(見えるのか?)

(わずか五ミリだがな)

(そんなのよくわかったな)

(さっき、トイレに行ったときにな……)

(この犯罪者!)

(じゃあこれから君は共犯者だ)

 学はごくりと唾を飲み込んだ。幡田はスマホを操作しているが、さすがに五ミリの穴では防水ケース越しでのスマホで盗撮は無理っぽい。彼は無念そうだ。

(仕方ない、せめてこの記憶にだけ留めよう)

(やめろ、これは犯罪だ。俺たちは清く正しく……)

 学の頭の中では大天使が、ちょうど悪魔の王に胸を刺し貫かれたところだった。

(そして時々、汚れている)

(くっつくな、当然俺が先だ)

(だめだ、ここは平等に)

 二人は息をつめて隙間に顔を近づける。


 菊と琉歌も汗を流すと、菊は長い髪を結いあげて、露天風呂に移動した。

「わああ、やっぱり菊ちゃんの家、凄すぎるよ」

「こんな不経済な家、お金の無駄だと思うけど。付いてきて」

 そう言いながら、菊はちょっと変な歩き方をして、露天風呂に入った。琉歌もそれに続く。

「でも、パート練習頑張ってるよね。みんな上手くなってるよ」

「当然よ。でも、私はそれよりあなたの事故と復活のことが気になるわ」

「うん。どうしちゃんだろうね、私」

「後で知ってることは話すけど、今は考えても仕方ないわ。とにかく、疲れを取るのが先ね」

 菊は気持ちよさそうに全身を伸ばす。

「知ってる? 関取は対戦後にすぐ専用の風呂に順番に入るんだけど、終盤になると大関や横綱に先に譲ったりするのよ。どんな世界も厳しいわね」

「はあ……菊ちゃん、本当に相撲が好きね。どうしてなの?」

「人間という生き物が裸一貫になった時、どれほどの力が出せるのか――そう言っていた人がいてたけど私もまったく同感よ。力とは純粋なものだわ。その力が相撲に美しく結晶しているの」

 琉歌は苦笑いした。これでは友達は少ないはずだ。

「ところで、菊ちゃん……」

「なに?」

「あの……けっこう、大きいよね」

「うん?」

 菊はしばらく考えていたが、急に意味が分かって両手で胸を覆った。

「それ、大事なこと?」

「もちろんだよ。私はすっごく悩んでるんだよ」

 菊は思案顔だ。

「世の中には貧乳好きの男子も多いって聞くけど」

「それってひょっとして慰めているつもりなの……」

 琉歌は、本気で落ち込んでいるようだ。菊は不思議な生き物でも見るような目線で琉歌を見ている。

「物事には両面あるのよ。胸が大きいということはメリットとデメリットがあって……」

「やめて菊ちゃん! それ、今は嫌味にしか聞こえないよ」

「……ごめん。私、話が上手くなくて」

 菊はやや迷って付け加えた。

「だから、こうやってあなたとお風呂に入れて、本当はとても嬉しい。パートが違うし、余り話もできなかったから」

「そうなの。それ聞いて私も嬉しい。菊ちゃん、ちょっと怖いところあるから、友達になれないなって思ってた」

「友達……そうね、それは素敵ね」

 二人は小さく笑い合った。

「ところで、あなたは木葉君のことが好きなの?」

 いきなり聞かれて、琉歌は目を大きく見開いた。

「そんなこと、考えたこともなかった。でも、最近は少し気になる、かも」

「そうなの。ぱっとしない男子と思うけど」

「ホントに少しだけよ。なんか最近、ちょっとだけ……」

「しっ!」

 菊が急に真顔になると、耳を澄ませるように目を閉じた。

「まずいわ。とても速いやつが急速に近づいてくる。もう門を越えた」

「それって……?」

「まあ、敵でしょうね」

 そう言って油断なく移動しようとした時、露天風呂の外側の仕切りを飛び越えて、一人の女が現れた。唐突に話し出す。

「私は香沙禰(かさね)宇月(うづき)様の部下だ。あなたたち、特に琉歌を我々の組織に入るようにと事づかってきた」

 小柄だが、菊よりもさらに長い腰まで届く黒髪を後ろで無造作に束ねている。真っ黒なシャツと黒いパンツ。右手には鋭い小刀を持っている。そして、ちょっと虚ろな暗い目。衣装を変えればくノ一のように見えるかも知れない。

「宇月ね……色々、よくない噂を聞いてるわ。でも私は真聖菊。そして、この子も今は真聖の範疇にあるのよ」

 菊は冷静を装っていたが、かなり危険な状況だ。接近してきた速度から考えると、一瞬で刺されてしまうだろう。

「私は承諾するか、しないのかだけを聞いてる。真聖菊」

 香沙禰は菊だけを暗い目でじっと見ている。

「もし、嫌だと言ったら」

「二人とも始末する。琉歌、あなたは空間を入れ替えるそうね。その時、手を上げないといけないと聞いた。少しでも動いたら、まずあなたが死ぬ」

 琉歌はびっくりして声も出せない。

「動いちゃだめよ。琉歌」

「う、うん」

 香沙禰は一歩踏み出す。

「答えは?」

 次の瞬間、菊は大声で叫んだ。

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