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フェイクソウル ~Relight Ver.  作者: 木浦 耕助
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1 四歩の夜空

挿絵(By みてみん)

1 四歩の夜空


 木葉学(このはまなぶ)は、完全に煮詰まっていた。一歩も先に進めない。それどころか、勝手にどんどん後退していくようだ。これではまるで下りのエスカレーターをゆっくり上っているようなものだ。

「休みたい」

 木葉学は、勉強をしていた。勉強と言ってもいろいろある。ひたすら上を目指して知識を蓄える勉強、好奇心に身を任せて野外に飛び出し世界を学ぶ勉強、手痛い失敗から学ぶ勉強……だが、彼が今やっている勉強は、それらより何だか無性に苦しく、果てしなくダラダラ続くものだった。

「そこで木葉、分かるかここが? 分からないなら全部暗記しとけ」

「あの、酒井先生」

「なんだ?」

「もし、この問題を暗記したとしますよね。でも、テストでこの問題と解答が同じで、しかし、僕にはまったく違う問題に見えた場合、僕はどうしたらいいのでしょうか?」

「応用するんだ、木葉。それこそ応用だ。いつも言ってるだろ」

「しかし、先生、例えばですね」

「例えば何だ?」

「例えば、僕が同じ吹奏楽部の須理戸(すりと)琉歌(るか)さんに恋をしていたとしますよね。須理戸さんもここのAクラスの塾生だから知っていると思いますが、子鹿のように可愛くて、カルフォルニアの空のように明るく、この練習問題よりも算数ドリルよりもやさしいですよね」

「カルフォルニア? おいおい、それは何の話だ。ふざけるのなら補講は終わりだ。先生も趣味で塾をやっているんじゃないぞ。あんまり成績が悪いから、親御さんから来年の受験に向けて何とか補講をしてくれとクレームが来て無償で追加講義をだな……」

「まあ、続きを聞いて下さい。これは数学の話です」

「どうもお前は真面目な顔をして何を考えているのかわからん。まあいい。休憩がてら話してみろ。五分休憩だ」

「はい。とにかく須理戸さんは、僕にとって大変好ましい存在であることを、当然僕自身は知っているわけです」

「まあそうだ。お前は恋をしたわけだからな」

「はい。もう、寝ても覚めても君ばかり、密かに撮ったスマホの写真を眺めたりします」

「隠し撮りは感心せんが、若い時にはありがちだな」

「そうでしょう。そう言うわけで、日々僕は、同じ部活にいながら須理戸さんには告白できず、悶々としているわけです。しかし、ある時転機が訪れます。秋の文化祭が終わった後、僕は勇気を振り絞って須理戸さんと一緒に帰りたいとお願いします。でも、即刻断られます」

「ふーむ。お前そんなことをしてたのか」

「あくまで仮定の話ですよ。でも、実はここが重要なことなんです。暗記しといてください」

「う、うむ」

「でも、僕は諦めきれずに、須理戸さんに何度も同じお願いをするわけです。それが噂になって吹奏楽部を辞めざるを得なくなっても、一度でいいから一緒に帰って下さいと言うわけです」

「それで終わりか? 結局、なんだ。お前は、須理戸にストーキングじみた行為を働いた挙句、フラれたことを聞いて欲しかったんだな?」

「違いますってば。だから仮定の話ですよ。実際にお願いはしてないし、ちゃんと今でも吹奏楽部です。しかし、ここからが問題です。それから僕は、まあ順当に行って高校を卒業し、一度も須理戸さんと一緒に帰ることもできず別れる事になるわけです。しかし、僕はその後何年かして成人になり、あるバーに立ち寄って、そこで働いている須理戸さんと出会うわけです。ここが特に重要なんです」

「何だ?」

「実はそこはニューハーフ・バーなのです。須理戸さんは男性だったのです」

「な、なにい!」

「一応それでオチが付いて終わりです。更に実は兄弟という設定も……」

「その話はもういい! しかし、それのどこが数学なんだ?」

「だからですよ。ここで、須理戸さんが男性と言うことを『10+2√31』という解答とします。そして、須理戸さんと一緒に帰りたい僕が問題を解きたい今の僕です。でもですね、僕は解答を確かめる確実な方法を知っているわけです。つまり、何らかの方法で須理戸さんの裸を見れば一瞬です。でも、常識人でしかも紳士的な僕は、そんな事は絶対しません」

 学は力を込めた。

「どうです。実は僕は解法を知っているわけですが、須理戸さんがあんまり可愛いからそれが分からない。そしてこの須理戸さんのように、小悪魔的な振る舞いに出るのが、入試問題って奴です。まったく始末が悪い。どうです、間違っているのは純朴で優しい僕ですか? それともわざと答えを隠している須理戸さんですか?」

「だ、だから、応用をきかせと言うのだ。騙されないようによく考えるんだ!」

「例えば、ネットの裏サイトでクロロフォルムを手に入れるとか?」

「そうそう、夜道で待ち伏せてクロロフォルムを染み込ませた布で眠らせて服をだな……ば、ばかもん!」

「すみません先生。今のは間違ってました」

「当たり前だ!」

「クロロフォルムには即効的な催眠効果が無くてですね、少量吸っても気分が悪くなる程度のものですよ。頭に袋でもかぶせる方がいいんじゃないでしょうか」

「自分でかぶってろ」

「その手がありましたか。それで須理戸さんの興味を引くと」

「……もういい。お前と話していると頭が痛くなってきた。とにかく下のトイレで顔洗ってこい」

「やった。休憩が伸びた」

「何か言ったか?」

「いえ。せっかくの休憩だからお茶でも出ないかなあって」

「治ったはずの胃潰瘍が……あたた」

「やはり少子高齢化で経営難の悩みが深刻ですか。相談に乗りましょうか?」

「いい加減にしないとご両親に……」

「顔洗ってきます」

 こうして、木葉学は、貴重な休憩時間を稼いで喜び勇んで外に出た。夜ももう更けている。なぜかこの酒井進学教室は田の真ん中に建っている。

「ジュースでも飲んでこよう」

 そして学は、階段を下りようとして、見事に踏み外した。

「あ」

 落ちなかった。木葉学は、空中を歩いていた。一歩、二歩。階段は低くなるが、逆に彼は見えない階段を上っていた。

「あれ、僕は浮いてるぞ」

 三歩、四歩、そして落ちた。大した高さではなかったが、着地に失敗して階段を滑り落ちた。

「いてて……」

 木葉学は、くじいた足をさすりながら思った。

(なんだ。僕は簡単に飛べるのか)

 彼は、夜空を見上げた。

(簡単だなあ……)

 それは、入試問題よりも、ずっとカンタンに思えた。

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