黒髪の魔女と復讐を願った少年
日の光も通さないうす暗い森。その奥の奥に1人の魔女が住んでいた。森の近くに住む人々の話では、人を食う悪い魔女らしい。
その魔女の家をある日、小さな少年が訪ねた。
「おやおや、人食い魔女に何のようだい?」
現れたのは長い黒髪の長身の女性だった。
女性は血と泥で薄汚れ、襤褸切れのようなものしか纏っていない少年を見て顔を歪めた。
「お、俺に魔法を教えてくれ」
少年は恐怖のせいか全身を震わせ、それでも力強く握ったナイフと鋭い視線を魔女に向ける。
「魔法を教えて欲しい? この私に? 坊や、命がいらないのかい?」
「命なんていらない! あいつらに、村の奴らに復讐さえ出来れば」
「……ほう、覚悟はあるようだね? いいだろう、ただし少しでも弱音を吐いたら追い出すからね!」
少年の様子に何となく事情を察した魔女は、少年を受け入れる事にした。
それから少年と魔女の共同生活が始まった。
「いつまで掃除してんだい? これじゃ夜になっちまうよ」
「うるせー!! 俺は魔法を覚えに来たんだ、掃除するためじゃねぇ」
「へったくそな魔法だねぇ。体鍛えた方が早いんじゃないかい?」
「うるせー! やっと成功したんだ! 絶対、最後まで諦めないからな」
「おなかがすいたねぇ。飯はまだかい?」
「うるせー。 今作ってんだろ。座って待ってろ」
それまで静かだった魔女の家は、あきれ声と怒鳴り声が響く騒がしい家になった。
そして20年。少年は魔女に言われたとおりに体も鍛え、がっしりとした、目つきの鋭い青年になっていた。
「まったく、いつまでここにいるつもりだい? もう復讐するのに十分な魔法は教えただろう」
変わらぬ姿のままの魔女が、窓を拭く青年にあきれた様子で尋ねる。
「うるせー。復讐とか、なんかもうどうでも良くなったんだよ」
青年が窓を拭く手を止めずに答える。
「だったらなおさら、ここを出て自由に暮らせばよいのに」
魔女が心底不思議な様子で尋ねる。
「うるせー。 ――あんたと、一緒にいたんだろうが」
青年がぼそりと、目の前の窓ガラスにさえ届きそうにない声で答える。
「ん、よく聞こえんぞ?」
魔女が首を傾げる。
「うるせー!! 何も言ってねぇよ! 掃除中なんだから話しかけんな!」
青年がまるで少年だった頃のように答える。
「その乱暴な口調、いつまでたっても治らんな」
魔女がケラケラと笑いだす。
「あんたが無神経なこと言うからだろ」
青年が素っ気なく答える。
「はて、無神経なことなど言ったか」
窓が白く曇った。