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愛の鳥  作者: 天海 悠
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グリーン・グリーン










 まどろみから醒めて窓を開け、少女は声を上げた。窓の下から、一面の緑が目を刺すほど鮮やかに立ち昇って来る。

 所々にき散らされた家が、垣根まではっきり見えるほど、飛行機はみるみる地面に近付いている。

 少女はふと手を伸ばしら指で窓をでた。ガラスの外側に付着した水滴が凍り、駒かい氷の結晶になっていた。窓の向こうはるかかなたの空から真っ直ぐ地上へ降りる飛行機雲が縦に走る。揺れる翼が斜めを向き、雲と翼、貼り付いた氷の結晶が一瞬、すべて重なって彼女の瞳に映し出されていた。あっと唇を開く間に消え、通り過ぎて行く。

 まるで神様のプレゼントみたい。

 心がわずかに浮き立った。体を包んでいた不安のとばりをもう感じない。

 目を凝らして窓の外を見下ろした。まだ高度があるなのに、見渡す限り山らしい山が見当たらない。見慣れない形の雲に遮られながら目を凝らすが、山脈がない。広大な内陸の平地があった。

 割れない国だわ。少女はつぶやく。

 理由を言葉にすることはできなくて、直感でそう感じた。ひたすら平らな、緑また緑の平野に足を踏みしめて立ったなら、ここに生を受けたなら、足元が揺れてひび割れ、崩れて飲み込まれることや、海が壁となって押し寄せる事などあるわけがないと固く信じて生きていくだろう。

 隣の夫婦が今度は偏西風の話をしている。

「アンテイリクカイと、セイカイガンセイキコウだよ、学校で習っただろ?」

「そんなのとっくに忘れちゃった」

 飛行機がわずかに下へ傾く頃には、窓にこびりついた結晶は溶けていた。今度は太陽に照らされてキラキラ、細かい粒となって砂糖のように光る。

 激しい揺れが隣の夫婦共々、乗客全員を襲った。少女は吐き気をこらえてひたすら額を抑えていた。生まれてはじめての飛行機だったが、離陸はこれほど揺れなかったような気がする。むかつきが治まるのを少しだけ待って、最後の方でのろのろ降りた。観光が目的でもなく、望んで来たわけでもない。他に方法がなかったと体に言い訳するようにつぶやき、心が沈むのを感じる。それなりにときめきはあるのに立ち上がれない。下を向いていると、キャビンアテンダントがこちらを気にしてうかがう気配がして、少女はようやく立ち上がった。

 わかっている。これから直面する一幕が怖いのだ。迎えに来ているはずの人たち、兄であるかもしれないし、ないかもしれない者がそこにいる。

 待たせちゃったかな。待ってないかも。いらいらさせてたらどうしよう。

『そのまままっすぐ来れば分かるはずです。難しい空港ではありません。人の流れに添ってそのまま歩いて来て下さい』

 短いけれど丁寧な文面が、気さくな調子であるよりもありがたいと思っていた。

 迎えの車や飛行機について事細かなやりとりをしている時、少女はこのディスプレイの向こうにいるのは父かもしれない人なのかと思っていた。

『あなたがお父さんなんでしょうか』

『僕は違います。君の兄の立場にあたります』

 日本を出る直前に知った。

 落ち着いていて丁寧な、子供に道理を解いて聞かせる語り口の文だった。どんな声の持ち主だろう。姿かたちより何より、あの文面が唇から離れて音になった時の響きが知りたかった。

 スーツケースをぎごちなく引っ張って、メッセージの文面に忠実に、人波にひたすら付いて歩く。

 頭の痛みのさらにその向こうにもう一つ、涙が鼻を伝って塩辛い筋を残した。ここで立ち止まれない。少女は書類を握った方の手の甲ですばやくぬぐった。

 ここにあるべきだった何か、二度と戻ってこないのに、受け入れられない何か、考えないようにしていた何かが戻ってくる。

 だめ。

 戻って来ちゃだめ。

 いつも包んでくれていた、鼻を埋めて目を閉じる場所だ。真っ白な、染み一つない笑顔、どんなに怒っていても、喧嘩をしても、最後は必ずその柔らかい無私の幸福の中に戻る。

 二人、二人きりだった。

 ここからはもう、ひとりで行かなければならない。

 今はこの男姿が有り難い、と少女は思い、背筋を伸ばした。

 前を向いて進まなければ。女でいたいあたし、ママの可愛い娘だったあたしが、これ以上置いてきたものを叫び出さないように。ママが大好きだった髪、いつも撫でて唇を寄せ、いては結んでくれていた髪を切り落としたように。








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