第9話・殲滅
戦闘準備をしてから10分ほどすると、足音が聞こえ始めた。足音の数はおそらく4人ほど、間違いなく奴らだろう。少しずつ足音が大きくなり、侵入者の姿が見え始めた。相手もこちらの姿をみて警戒している。部屋に入り少し進んだところで冒険者たちの歩みが止まった。
侵入者は一般的な体系の男と女、小柄な女、大柄な男の4人。見たところ剣士、射手、神官、重騎士の編成のようだ。こいつらがアラクネを泣かせた元凶か。
「ようこそ、我がダンジョンへ、クソ侵入者ども。あの世で懺悔する準備はできているか」
侵入者たちは俺の声を聴き、さらに警戒を強めた。
「あなたは何者ですか?」
俺の声に小柄な神官の女が応答した。
「俺はこのダンジョンの主だ。そして、お前たちは我が家を踏み荒らし、我が家族を泣かせた大罪人だ。」
「待ってください。確かに不法に立ち入ったのは謝ります。しかし、私たちはここを調査しに来ただけなんです。決してあなた方を傷つけるために来たのではないのです」
「調査?調査だと。ならお前たちは調査のために侵入してその地に住むものを皆殺しにしたわけか」
「違います。私たちは調査をしに来たのであって、魔物を殺しに来たわけではありません。私たちが魔物を殺したのはこちらが襲われたからです」
「あくまで正当防衛と言いたいわけか…襲われるとわかったならば引き返せばいいものを。まあ、はっきり言って俺はお前たちがダンジョンの魔物を殺したことに対して激怒しているわけではないのだよ。
自分がされたから腹立たしいのであって、私もきっと同じことを他人にはするだろう。だからこそ、ここでお前たちのできる精一杯の謝罪をすればそれに関しては許さないこともない。
しかし、お前たちは俺の家族を泣かせた。それだけは許すわけにはいかない」
「私たちにはそう簡単に引き返すわけにはいかない理由があるのです」
「もういい、これ以上貴様らの身の上話など聞きたくはない。俺は貴様らに慈悲をかける気はない。お前たちが俺に罵声を浴びせようが、地に伏し詫びようが関係ない。お前たちはここで……死ね!」
その瞬間に、見えない刃が風を切りながら重騎士の首へと迫る。重騎士は咄嗟に反応して不可視の刃の軌道へと大盾を割り込ませた。
ガキンという金属同士がぶつかる音が鳴り、不可視の一撃は大盾に防がれる。重騎士は見えない者の攻撃になんとか対処したが、対応できたのはここまでだった。
咄嗟に防御したため、衝撃を受けた瞬間に体勢が崩れてしまい2撃目の攻撃に対処できなかった。
2撃目の不可視の鎌は寸分狂うことなく、重騎士の首を切断した。
はねられた首は宙を舞い、グシャという鈍い音を立てて地面へと落ちた。その顔は自分に起きたことが信じられないという表情で絶命していた。
手に持った大盾は床へと落ち騒音を立てる。頭を失った胴体は血を噴出しながら、その場で崩れ落ちるように倒れた。
刹那の静寂が部屋を包み込んだ。そして、侵入者たちは何が起こったのかを理解する。
「「「うわぁぁぁぁぁ!?」」」
大声で叫び仲間の死に動揺しながらも、警戒する姿勢は変えない。流石は高位の冒険者ということか。
いち早くもう一人の男が正気に戻り、叫ぶ。
「お、落ち着け。ガイアスのことは後だ。警戒しろ、何かいるぞ。」
男の発言で冷静さを取り戻したのか、他の侵入者たちも仲間を殺した相手を探るように辺りを観察している。無駄だ、アサシン・マンティスの迷彩はそう簡単には見破れない。
再び、不可視の刃が男の首に向かって振られる。男はとっさに身を低くしてこれを躱す。見えるはずはないので、僅かな初動の音に反応したのだろう。
続く二撃目の音にも反応し、身を晒したが躱しきれずに左肩から右腰にかけて浅くない傷を負った。おそらく次を躱せなければ、戦えなくなるだろう。
アサシン・マンティスが三撃目の攻撃を仕掛けるが、その瞬間に甲高い声が響く。
「魔法障壁!」
突然、剣士の前に半透明の壁が出現する。アサシン・マンティスの攻撃は壁に遮られ、その隙に剣士は距離をとった。
魔法による障壁はなんとか攻撃を防いだものの、アサシン・マンティスがもう一度攻撃を当てるともろく崩れ去ってしまった。
しかし、その間に冒険者たちは態勢を整える。
「武器強化、はっ」
射手の女は矢をスキルで強化して、アサシン・マンティスへと打ち込む。見えないにもかかわらず矢は的確にアサシン・マンティスへと向かったが、アサシン・マンティスは難なく両手の鎌で対処する。
「これじゃ無理か…。ルセア、守りを固めて。見えないけど非実体の相手じゃなさそう」
「分かった。魔法障壁、聖なる壁」
魔法の詠唱と共に冒険者の周りに魔法の障壁が現れる。1つ剣士を守ったものと同じで、もう1つは冒険者たちを囲むようにして白い球状の壁が出現する。
「アサシン・マンティス、もういい下がれ。」
俺は再び攻撃を仕掛けようとするアサシン・マンティスを止めた。アサシン・マンティスは指示通りに侵入者から離れて、俺たちの元へと移動した。
神官の少女は敵が下がったことを確認して、魔法で剣士の傷を癒し始めた。
神官が使用したあの魔法は恐らく防御系統の魔法だ。アサシン・マンティスの攻撃力なら突破することも可能だろうが、それではつまらない。
冒険者たちには自分たちの罪をかみしめてもらう必要がある。
「ベルゼブブ、やれるか」
俺が連れてきた魔物は何もアサシン・マンティスだけではない。魔法の扱いに長けたベルゼブブがいる。
「はい、お任せください。あの者たちに目にもの見せて差し上げましょう」
ベルゼブブは魔物の中でもかなり知能が高く、喋ることもできる。流石は王を名乗るだけはある。
「よし、簡単には殺すなよ。神官の餓鬼を残して、他には地獄を見せてやれ」
「はっ、了解致しました。しかし、なぜあの女には慈悲を?」
「慈悲ではない。あの女は素質が良い、お前の眷属を増やす苗床にするつもりだ」
「なるほど、了解致しました」
ベルゼブブは優雅な礼を見せる。ベルゼブブは人や魔物を苗床として蝿の眷属を増やせる。そして、生まれてくる眷属は母体の性質を受け継ぐ。
鑑定で気づいたが、あの神官の女は『聖女の卵』という称号を持っていた。おそらく珍しい称号のはずだ。称号はただの飾りではなく、持ち主の能力を高めたりする効果がある。
そのため、称号を持つものは優秀といえる。実際、冒険者たちが生き残っているのは神官のおかげだ。
他2人は大したものはなかったが、殺した男はそこそこなものを持っていた。殺したのは少しもったいなかったかもしれない。そんなことを考えているうちに、ベルゼブブが行動を開始した。
「では、王の御下命の通りに地獄を見せるとしましょう。眷属よ!」
ベルゼブブが錫杖を掲げて叫ぶと、ベルゼブブの周りに黒い霧のようなものが発生した。いや、あれは霧ではなくおそらくは奴の眷属の蝿だ。
「悪夢」
ベルゼブブの言葉と同時に、その蝿たちは全て地面に落ちた。おそらく生贄を必要とする禁忌魔法の影響だろう。眷属の蠅を生贄とした禁忌魔法は即座にその効果を発揮した。
ベルゼブブの周りから黒い波が現れる。その波は冒険者たちへと向かい、魔法の壁もすり抜けた。冒険者たちは黒い波にさらされるが、身体的な変化はない。
一瞬失敗したのかと思ったが、禁忌魔法はその効果を発揮した。
「う、うわぁぁぁぁぁ」
「いや、いやぁぁぁぁぁ」
魔法の対象となった男女が頭を抱え発狂したり、声を上げて剣を振り回し始めた。唯一魔法の影響を受けていない神官の少女が、二人を怪訝な表情で見る。
「二人に何をしたんですか!」
神官の少女が魔法を発動したベルゼブブへと問いかける。
「彼らには悪夢を見てもらっているんですよ。地獄のようなものをね。やがて精神が壊れ、自ら死を願うようになる。彼らには実にふさわしい最後ですね」
「ありえない、二人は魔法で守っていたはず」
「物理障壁では私の悪夢は防げませんよ」
「くっ」
神官は顔をしかめてベルゼブブをにらむが、ベルゼブブはまるで気にする様子はない。
神官はベルゼブブと仲間を交互に見てから、意を決したように魔法の障壁から外に出た。
「聖なる矢!」
神官が杖を掲げて叫ぶと、神官の周りに幾本の光の矢が出現する。その矢は標的を捕らえるかのように鏃の方向を俺とベルゼブブへと変える。
そして一瞬静止したかと思うと、即座に俺たちへ向かって飛んでくる。
「魔法障壁」
ベルゼブブはそれに対抗して錫杖を振るい、俺たちの周りに半透明の壁を作る。光の矢は障壁へと衝突して、無慈悲にはじかれる。
「それなら…」
神官は攻撃が防がれても、うろたえることなく杖へと魔力を籠めだした。先ほどまでとは比較にならないほどの魔力量だ。
神官は魔力を籠め終えると、天へと杖を掲げる。
「裁きの光」
杖に込められた魔力が解放され、それは光の柱となって俺の上空から降り注ぐ。光の柱は魔法障壁に遮られるが、降り続く攻撃を受けて魔法障壁にひびが入る。
「おや…これは、イブリース!」
これにはベルゼブブも驚いたようで、声を荒げる。やがて魔法障壁はガラスが割れるような音を立てて砕け散り、俺たちへと光の柱が降り注ぐ。
その瞬間にイブリース・スコーピオンが俺を守るように覆いかぶさる。俺は守られたが魔物たちは攻撃を受ける。
俺はイブリース・スコーピオンの懐で、雨が屋根に打ち付けるような音を聞いていた。
光による裁きは数秒続き、光の柱が止んだところでイブリース・スコーピオンが俺から離れる。
その時、俺が見たのは驚愕した神官の顔だった。
「そん…な…。あれを受けて…」
その表情の通り、その口から出た声もか細いものだった。
恐らく、先ほどの魔法は神官のとっておきだったのだろう。しかし、守られていた俺が無傷なのはもちろん、アラクネも即座に退避しており無傷。アサシン・マンティスやベルゼブブも多少ダメージを受けた程度だ。
イブリース・スコーピオンに至っては直撃していたにもかかわらず、目立った外傷はない。
「油断してしまいましたね。全く不甲斐ないばかりです。それにしても我らが王を狙うとは…不敬な。今すぐ殺してやりたいところですが、あなたは苗床に…でしたね。相応の痛みを知りなさい、眷属よ」
ベルゼブブは頭に手を当てて怒りを我慢するように呟きながら、錫杖を掲げる。すると錫杖を掲げるベルゼブブの周りに再び眷属が現れる。
「行きなさい」
ベルゼブブが錫杖を振り下ろすとともに、蠅の群れが少女へと向かっていく。
「聖なる矢、火球」
少女は魔法を使い光の矢や炎の玉が虫たちを消していく。しかし、蠅たちはベルゼブブの周りから湧き続け、少女へと向かっていく。
「聖なる壁」
再び、神官のまわりに光の壁が展開される。どうやら神官は蠅を消し去るのは不可能だと判断して、防御に徹するつもりのようだ。
蠅たちは神官を襲おうとして群がるが、聖なる壁に阻まれてしまう。それでも蠅たちは構わずに次から次へと群がり続ける。
障壁にはに蠅がびっしりと張り付いて、もはや神官の姿は見えない。傍から見れば蠅の塊にしか見えない。
やがて、聖なる壁が蠅の攻撃に耐えられなくなってきた。少しずつミシミシと音を立ててひびが入っていく。
そして、バキッという音と共に聖なる壁は崩壊した。
「きぃやあぁぁぁぁぁ!?」
もはや蠅を遮るものがなくなった。蠅は大群で神官を襲い、少女は甲高い悲鳴を上げる。蠅はようやく苗床へと行きつき、神官の体へと卵を産み付ける。神官は杖を振り回し何とか蠅を退けようとするが、それでどうにかなる数ではない。
「いやあぁぁ、あ、あ、あ」
卵を産み付けられる痛みからか、それとも卵を産み付けられるというショックからかは分からないが、少女は意識を失いその場に倒れた。
蠅たちはたとえ神官が気を失おうとも、襲うことはやめない。殺さないように指示してあるので、死にはしないだろうが人としては再起不能だろう。
「これでこの餓鬼は終わりだ。さて、残りはどうかな」
俺はベルゼブブの悪夢を受けた二人に視線を向けた。使用者の状態の影響か、はたまたただの時間切れかは分からないが、すでに魔法障壁や聖なる壁は消滅していた、
剣士の男の方は自らの剣で首を突き刺し自害しており、女の方は涙とヨダレを垂らしながら、体は痙攣している。どちらもこれ以上戦うことはできないだろう。
「終わったな」
一人は首をはねられて死に、一人は自ら自害し、一人は精神が崩壊し、一人は魔物の苗床となった。侵入者には相応の報いだろう。
俺は後ろにいたアラクネへと体を向けた。
「これでお前の、いや俺たちの家を守れたな」
俺がアラクネの頭を撫でながら微笑むと、アラクネは一瞬、キョトンとしていたが頰を赤らめ泣きながら俺に抱きついた。
「ありがとうございます」
彼女はそう呟いた。
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