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第3話・洞窟

 俺は崖にぶつかると思い身構えた。崖にぶつかり四散する夢をみたが、驚くことにスッと崖を通り抜けた。


 その先は洞窟のようになっており、崖を通り抜けて数m先でやっと蜘蛛が止まった。遅れて他の虫たちも入ってきた。


 俺はついつい自分の様態を確認するが、特に怪我はない。


「 なんだ、壁を通り抜けた? どうなって…」


 俺の声が洞窟に響く。どうやらずいぶん奥行きがあるようだ。入り口も大型の虫でも余裕で入れるほど大きい。


 来た道を戻ると無事に洞窟から出ることはできた。洞窟の中からは外の風景は見えたが、洞窟の外から見たらただの岩の壁にしか見えない。洞窟のあった壁を触ろうとすると、そのまますり抜けてしまう。


 崖に沿って100mほど移動して、先ほどとは違う場所を触ってみるとすり抜けることはなく壁に触れることができた。どうやら、さっきの場所だけが洞窟につながっているらしい。再び先ほどの場所に戻り、洞窟へと入る。


「お前たちはこの洞窟のことを知っているのか?」


 虫たちにそう尋ねると、虫たちはわずかに身じろいだ。虫たちは基本的に止まっている時はまったく動かない。ということは、この行動はYesということなのだろう。


「そうか…せっかくだ、案内してくれ」


 食料や水の心配など忘れて、俺はそう口走っていた。俺の指示を聞き、虫たちは洞窟の奥に向かって進み始めた。俺はまるで洞窟に引き込まれているような感覚を感じながら、蜘蛛の背で揺られていた。


 蛍のような虫が道先を照らし、洞窟を進む中、俺はこの洞窟について考えていた。どう考えてもこの洞窟は隠されていた。入口を崖と同化させてわからないようにする理由なんて、隠すため以外にないだろう。


 しかし、なぜこの洞窟を隠す必要があったのか、だれから隠していたのか。なぜ虫たちはこの洞窟を知っていたのか。


 考えれば考えるほど疑問はいくつも出てくる。なぜ虫たちは俺の言うことを聞くのか、そもそもここはどこなのか。

 

 そんなことを考えていると、洞窟の風景に変化が見られた。入口から100mほど進んだところに広い空間があったのだ。


 蛍のおかげで、真っ暗と言うわけではないがぼんやりとしか見えない。目視できる範囲では壁や天井が見えないため相当広いということはわかる。床には赤い絨毯が敷かれているようだが、長い年月が経ったのか穴が開いていたり、色褪せたりしている。


 この空間の全貌を確かめようとあたりを見渡す俺に対して、虫たちは迷うことなく進んで行く。


 やはり虫たちはこの洞窟のことをしっているようだ。絨毯が敷かれていることから、かつて誰かがここに住んでいたことは予想できる。


 その人物が生きていれば疑問に思うことも尋ねられるのだが、この絨毯の劣化具合から見るとその可能性は低そうだ。


 空間の様子を見てそんな考察をしていると、突然虫たちの歩みが止まった。


「 どうしたんだ?」


 虫たちに尋ねても特に反応はない。


「何かあるのか」


 俺は目を凝らしてあたりを見てみる。すると、なにやら玉座のようなものがぼんやりと見えた。


「その玉座を照らせ」


 蛍に指示すると、スーっと移動して玉座を照らした。


 玉座は埃をかぶってはいるが、見たところ劣化している様子はない。黒色の光沢があるところを見ると、黒曜石か何かだろうか。精巧な作りで気品さが感じられる。やはりここに誰かが住んでいたのだろう。


 俺が蜘蛛から降りると、古びた絨毯の埃がわずかに舞った。一歩踏み出す度に舞う埃が年月の流れを感じさせる。


 玉座の前で歩みを止めて玉座へと触れようとした最中、踏み出した足で何かを蹴ったらしく、カツンッという甲高い音が鳴った。


「ん? なんだ」


 音の鳴った足元を見ると、ソフトボール程の大きさの赤い球が転がっていた。不思議なことにその球だけは、埃もかぶっておらず美しい輝きを保っていた。


「綺麗な球だなぁ」


 美しいその球を見ていると、急に手に取ってみたくなった。いや、取らなければいけない、そんな感覚に陥った。俺はその誘惑に耐えられずに、しゃがんでその球をとってしまった。


 その瞬間、感情の濁流が俺を襲った。喜び、怒り、哀しみ、苦しみそして絶望、他にも様々な感情が赤い球から流れ込んできた。


「ぐわぁっ?!ぬわぁぁ!」


 まるで自分が塗り替えられるような莫大な情報が流れ込み、意識を手放しそうになった。その瞬間、何かに引っ張られるようにして右手が上がり、球が俺の手から離れた。


 球は宙を舞い、弧を描きながら床へと落ちて甲高い音を立てる。


 俺は両手を絨毯につきながら、荒い息を立てていた。


 球に触れていたのは一瞬のはずなのに、何十年と言う月日を過ごした気がする。そう感じるほどの感情の嵐が俺を飲み込もうとしていた。頭が割れるように痛い。


 視界の端に、虫たちが俺のことを心配そうに見つめているのが見える。俺はその体勢のまま、しばらく動けなかった。


 10分ほど経ち、やっと痛みが引いてきたところで俺は立ち上がったがよろけてしまい、ついつい近くにあった玉座に座り込んでしまった。フワッと大量の埃が舞う。


「なんだったんだ、あれは」


 玉座に座り、まだ少し痛む頭に手を当てているとまたあの球が視界に入った。初めて球を見た時のような、使命感にも似たあの感覚はない。


 とはいっても、あと球に良い思い出なんて一つもない。俺はできる限り視界に入れずに、頭の痛みが完全に引くのを待っていた。


 痛みが随分マシになると喉元過ぎれば熱さを忘れるというやつなのか、赤い球のことが気になった。綺麗だったな、とか触ればまた先ほどのようになるのか、とか考えると気になって仕方がなくなった。


 再びその球を視界に入れ、触ってみようかなと思った。しかし、先ほどのような目に遭ってはたまらないから、掴むのではなく指先で触ってみるとかにした。チョンと指先で触れてみた。


「あれ、今度は何も起きないな」


 先ほどと違い、何かなだれ込んでくる感じもしない。何もなかったから調子に乗って球を掴んでみた。すると、部屋がわずかに明るくなった気がした。


 上を見上げると、気のせいでないのがわかった。天井そのものがわずかながら光を放っていたからだ。天井だけじゃない、よく見れば壁も発光しているのがわかる。


「今度はなんだ」


 光は少しずつ大きくなっていき、やがてこの広間全体を見渡せるほどになった。これでこの空間の全貌を確かめられるようになったわけだ。


「デカ過ぎだろ…」


 呆然と立ちすくみ俺はそう呟いた。



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