第2話・虫の行動
虫たちに関してのさらなる謎に悩んでいた俺だったが、俺の胃袋は御構い無しに食べ物を催促してくる。「ぐー」と3回目の腹の音が鳴った。
俺は目の前に置かれた獲物を見て喉を鳴らした。獲物を見て食欲が湧いたわけではないが、今はこれしか食べられそうなものはない。
この獲物は本来虫たちのものだが、彼らが手を付ける様子はない。もし俺の仮説が正しければ、虫は俺のためにこの獲物をとってきたことになる。
それを確認するためにもう一度獲物に触れてみるが、やはり虫たちがそれを咎める様子はない。これはもしかしたら、仮説が正しい可能性がある。
俺は獲物をつかんで虫たちが動かない範囲で距離をとった。明らかに俺が虫たちの獲物を奪ったことになるが、虫たちに反応はない。
手に取った獲物の様子を確かめてみると、どちらもすでに事切れているようだ。これなら獲物に反撃される心配もない。
「食べてみるか…」
口に出しながら、俺は決心した。とはいったものの二つの食料を目の前にしても、食欲はまったく湧かない。にもかかわらず、俺の胃袋は催促を続ける。獲物は狼と兎、どちらを食べるかといったら兎の方がマシだろう。
本当は火を通して食べたい。しかし、俺はマッチやライターなんて運良く持ち合わせてなんかいないし、火を起こすサバイバル術なんて知らない。そもそも、火なんて起こしたら、刺激された虫たちが何をしでかすかわからない。
危険だが、生で行くしかないだろう。この先何か食べ物が見つかるかもしれないが、この森の中ではその可能性は低い。下手に時間をおいて、肉を痛ませてしまうより覚悟を決めて食べる方がいいだろう。
俺は改めて、これから食べる兎を見た。サイズは普通のウサギより一回り大きい程度だ。しかし、明確な大きな違いがある。それは額から飛び出している螺旋状の角だ。こんなもの普通の兎にはない。ここが地球ではないという仮説を裏付ける要素がまた一つ出てきた。
そんなおかしな兎は首が半ばあたりまで切られている。おそらく虫たちがやったのだろう。首の切れ目から少し皮を剥ぐと、赤い血肉があらわれた。顔を背けたくなるがどうせこれから食べるのだから、躊躇せずかぶりつくことにした。
一瞬寄生虫なんかの危険が頭をよぎるが、それを振り払い意を決して生肉に噛り付いた。当然生肉だから美味しくなんかない。口の中に血の味が広がり、気持ち悪い。
なんとか、吐く一歩手前で抑えられる味だ。首を切られていたから、多少血抜きができていたのが幸いした。血抜きなしではおそらく吐いていた。これは食料、食べなきゃいけない。馬刺しか何かと思えば…うん。
やはり俺が獲物に手を付けても虫たちに動きはない。そうと分かれば、躊躇せずに食べられる。
リバースしかけること十数回。これだけの回数で済んだだけマシだ。腹が鳴らなくなるくらいには腹は膨れた。まだ口の中に、血の味が残っている。それを無くすため、ぺっぺっと唾を吐いた。再び兎を見たら吐きそうだ。
とりあえず空腹は凌げたから、次は問題の虫たちのことだ。先の獲物の件が、偶然でないのだとしたら虫は俺の指示を聞くということだ。
彼らは俺が獲物を横取りしても、ただ見つめていただけだった。この事実から考えると、やはり虫たちは俺の為にあの獲物を狩ってきたのだと推測できる。
しかし、この事実だけでは信用たり得ない。他の指示も聞くのか試してみるしかない。少し怖いが、何事も実践あるのみだ。
「ええと…この食料を運べ」
俺は食べかけの兎と狼を指さして命令した。するとカブトムシのような虫が兎を背中に乗せ、蟷螂が前脚で狼を掴んだ。俺はその姿を見て自分の仮説が確信に変わっていくのを感じた。
「俺を守れ」
そう俺が指示した瞬間に虫たちが俺の周りを囲んだ。やはりそうだ、この虫たちは俺の指示を聞く。俺はそう確信した。そうとなればこれは僥倖だ。
こんな森の中で俺1人で生きていけるわけがない。しかし、虫たちがいれば話は違う。敵としてなら恐ろしいが、味方と分かったなら頼もしいものだ。
獲物の中には三つ目の狼がいたことから同種のものが近くにいる可能性がある。丸腰の俺では狼に襲われてはひとたまりもない。しかし、虫たちにとってみれば、狼などとるに足らない。最高のボディーガードを手に入れたわけだ。
信用するには少し早いが、この虫たち無しでは俺はこの環境で生きられそうにない。どうせ信じるなら僅かに疑いながらよりも、信用しきってしまった方が気持ち的にも楽だ。
虫が俺の指示を聞くと確信した以上、これを活用しない手はない。
「俺を背中に乗せろ」
トラックほどの大きさの蜘蛛に対してそう指示をした。俺が蜘蛛を選んだ理由は虫が基本的に嫌いな俺だが、蜘蛛ならなんとか我慢できるからだ。というより、体毛が生えているため乗り心地が一番良さそうだったからだ。
俺が命令すると、蜘蛛俺の前に移動して体勢を下げた。俺は蜘蛛の柔らかい毛を掴みながら、なんとか背中に乗った。
目線が高くなり、先ほどよりも周りを見通せるようになったが視界には木々と虫しか映らない。
「周りを警戒しながら、俺を守れ」
残りの虫たちにそう指示をすると、蜘蛛になった俺の周りに集まり警戒体勢を取っていた。まるで、大統領にでもなった気分だ。まぁ、虫に守られる大統領などいないが。
「よし、進め」
そうすると、虫たちはゆっくり進み始めた。ゆっくりとはいっても虫たちにとってのゆっくりだ。俺の全速力くらいの速さはある。必死に蜘蛛につかまりながら、散策を開始した。
散策を始めてから1時間ほど経ったが基本的に風景は変わらず、ずっと森が続いている。同じ風景に退屈していたが、ふと、ザーっと水の流れる音が聞こえた。俺はすぐさま音がした方へ向かうように虫たちに指示を出した。
程なくして小川を見つけることができた。人間、食料よりも水のほうが生きていくうえで重要だ。食料無しでも1、2週間は生きられるらしいが、水無しだと3日ほどしか持たないらしい。
これでとりあえず、当面の危険は減った。見つけた小川は比較的きれいな川だ。よく見れば、小魚なんかも泳いでいる。
水分補給はしたいが、いくら綺麗な川といっても、生水ははっきり言って飲みたくない。
しかし、火は起こせない。煮沸して殺菌したのだが仕方がない。生肉を食ったのだから、気にしても遅いか…。水を掬って飲み、喉を潤す。その後、水源を見失わないように小川に沿って散策を再開した。
それから2時間ほど歩くと、あることに気づいた。木々に遮られて見えていなかったのだが、どうやらこの森は高い絶壁に囲まれているようだ。小川は崖に開いた穴から流れ出ていたようだ。もし崖に洞窟なんかがあれば、寝床なんかにできるかもしれない。
「寝床にできそうな場所へ向かえ」
そう虫たちに指示した瞬間に蜘蛛は俺を糸で体に張り付けて、森に向かってすさまじい速度で走り始めた。一瞬、出遅れて他の虫たちも追随してくる。
「なんだ、なんだ、なんだ、なんだ」
糸のおかげで振り落とされることはないが、いったいどこに行こうとしているのか。向かえとは言ったが、探せという意味合いで言ったつもりだったんだが。
どうやら目的の場所があるようだ。疾うに小川も見失って、少しするとさっきとはまた違う場所の崖が見えてきた。洞窟か何かがあるのかと思ったがそんなものは見当たらない。にもかかわらず、蜘蛛は崖に向かって走っていく。まさかこのままぶつかる気なのか。
「待て、待て、待ってくれ」
俺の指示が聞こえたのか蜘蛛は足を止めようとした。しかし、勢いはすぐには止まらない。
「止まれーーーー!?」
俺は生まれて一番の大声で叫んでいた。
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