第13話・妖刀
今回はちょっと長めです
あれからアリシアは20個近くのケーキを食べた。普通なら気持ち悪くなりそうなものだが、彼女は全く気にせずに食べていた。
とうとうケーキ以外のお菓子も催促し始めたところで、いい加減に別のものを出すことにした。アリシアはジト目で睨んでいたが、とりあえずは満足したらしくこれ以上のお菓子は諦めてくれた。
「食料は出せることが分かったから、とりあえず家具でも出すとしようか」
「そうですね、でもここで出すんですか?」
アリシアに言われて気づいたが、俺はダンジョン最深部のドームで家具を出そうとしている。ここで出しても、どこに運ぶのか考えていなかった。まさか、出して放置というわけにもいくまい。
「ダンジョンマスターの力を使えば、ダンジョンそのものを変形させることができますよ。それを利用して、部屋でも作ればいいのでは?」
悩む俺にアリシアが助言をくれた。そういえばそんな能力もあった気がする。アリシアにダンジョンマスターのできることを一通り教えてもらったが、あまり覚えていないんだよな。
それはともかく、部屋か。どこに作ろうかな、安全性を考えれば最深部のほうが良いよな。とはいっても、最深部は森と壁しかない。部屋を作るならこのドームを利用しよう。
ドームの端に入口とは違う通路を作る。その通路の先に少し広めの空間を作り、2階と地下室も作る。俺の部屋は2階に作りそこで家具を生み出すことにした。
「アリシアの部屋も作るけど、どこがいい?」
「私の部屋ですか。遠慮してもまた無理やり作るんですよね」
「その通りだ。だから、正直にいってくれ」
「でしたら、カナデさんの近くがいいです」
俺の近くとなると2階かな。2階は俺1人のつもりだったから、階段と俺の部屋が直接つながっていた。それを変形させて2階に廊下を作り、奥が俺の部屋、手前がアリシアの部屋にした。
「それじゃあ、部屋も作ったし早速家具を出すとしようか」
俺の部屋に移り家具を出すことにした。まずはベッドから出そうとしたが、ケーキよりも時間がかかった。その後に棚や机を出してみて分かったが、どうやら大きさや材質によってかかる時間が違うようだ。
ここで思いついたことがあった。
「もしかしたら、銃とかも出せるのか」
「じゅう、ですか?」
「アリシアは知らないか。俺は召喚される前はこの世界とは違う世界にいたんだよ。その銃ってのは俺がいた世界での武器だよ」
「こことは違う世界ですか。ということは、さっきのケーキなんかもその世界のものですか?」
「そうだ。俺がいた世界はこの世界よりも文明レベルはもっと高かったんだよ。科学が発達した世界だったよ。魔法やスキルなんかはなかったけどな。」
「魔法もスキルもない世界ですか。それなら魔物が支配していた世界なんですか」
「ん?…ああ」
少し考えてから理解した。魔法やスキルがなかったら、単純な自力で勝る魔物に人間は勝てないと考えたのだろう。
「違うよ。俺のいた世界には魔法なんかは確かになかったが、魔物もいなかったんだ」
「魔物のいない世界ですか…。考えられません」
魔物のアラクネである彼女からすれば、自分の種族そのものがいない世界など想像できないのだろう。
「とにかく、銃ってのはそんな俺の世界で使われていた武器のことなんだよ。それを使えたら強いなと思ったんだ」
「カナデさんのいた世界の武器ですか。見てみたい気はしますね」
「やってみるか」
俺はできるだけ鮮明に銃の形をイメージした。しかし、何も起きない。
「おかしいな。ケーキや家具なんかは簡単にできたんだが」
もう一度、ケーキをイメージすればまた生み出すことができた。生み出したケーキはアリシアに渡して、銃をイメージした。しかし、何も起きない。
「出てきませんね」
「ああ、いくらイメージしても出てこない」
理由はわからないが、とりあえず銃は生み出せないようだ。ケーキや家具は生み出せたのに銃はダメか。その違いはなんだ。
ケーキも家具も地球のものをイメージして、その通りに生み出せた。だから、この世界にないものは生み出せないわけではないようだ。
となると、武器はダメなのか。武器全般がダメなのか、それとも地球の武器がダメなのか。確かめるには実践してみるしかないな。
まずはこの世界でも確実にある武器、剣から試してみることにする。何の特徴もない簡素な剣、ゲームの初期装備のような剣をイメージした。
ケーキや家具よりも時間がかかったが、剣は生み出すことができた。銃は無理で、剣は大丈夫か。恐らく地球の武器は呼べないのだろう。
なら刀なんかはどうなるのか。地球には間違いなくあるし、この世界にも剣があるなら刀もあるかもしれない。というより、かっこいいから持ってみたいのが本音だ。
どうせ生み出すのなら、かっこいい奴のほうが良い。俺は刀をイメージした。イメージするのは刀身が黒く、すべてを切り裂くような切れ味を持つ刀だ。
俺はケーキや防具とは比べ物にならないほどの時間を費やしてイメージをした。俺の中の何かがごっそり漏れ出すのを感じた。
「うっ」
俺はその感覚が気持ち悪く、片膝をついてしまった。
「大丈夫ですか」
突然片膝をついた俺を、アリシアが心配してくる。
「ああ、別に大したことはない」
恐らく、何かを生み出すのには代償が必要なのだろう。ダンジョンコアは人の魂の魔力といわれるものを喰うことで生きている。今まで何かを生み出す度に、何か漏れ出す感覚がしていたのはその魔力が消費されていたのだろう。
今までも生み出す度に抜け出す感覚はしていたが微々たるものだった。しかし、今のは桁が違うほどに持っていかれた。
剣でも家具よりわずかに多いくらいだったのだが、なぜ刀はこんなにも消費したんだ。そもそも刀はちゃんと出てきたのか。
「カナデさん。あれ、一体何出したんですか!」
アリシアが焦ったような口調で俺に問いかけた。
「何って、刀だけ…ど…」
俺は頭を上げて生み出した刀を確認した。そこにはどす黒いオーラを放っている黒い刀があった。
「なんだよ、あれは…」
「それは私が聞きたいですよ!どう見ても魔剣の類でしょ!」
アリシアが声を荒げるのもわかる。あれはマジでヤバい奴だ。あんなものを生み出したから、ダンジョンコアの魔力を大量に消費したのか。
あの刀はかなり危険なものかもしれない。俺は黒い刀に鑑定スキルを使った。
【武具:刀】 黒蛍
呪具のなかでも最上級の妖刀。歴代最強ともいわれた虫族魔王の外皮から作られたもの。黒い輝きを放ち、闇をもたらす。
これダメな奴だ。魔王の素材から作った刀なんてまともなわけがない。そもそも妖刀なんて書かれてるし、危なすぎる。
「これ……結局なんですか」
「どうやら妖刀らしい」
「妖刀ですか、あんなものが欲しかったんですか?」
「いや、ただの刀が欲しかったんだが、イメージを膨らましすぎた」
「あれ、触ったら危なそうですよね」
「呪われそうだよな」
俺とアリシアはこの妖刀をどうするか目配せをした。
「このまま放って置くわけにはいかないよな。仕方ない、触ってみるか」
「大丈夫なんですか?」
「万が一、俺がおかしくなったら刀を取り上げてくれ」
「分かりました。ご武運を」
俺は改めて妖刀を確認した。柄も鍔も黒く、刀身までもが黒い。よく見ると黒い刀身には血管のような赤い血走った模様がある。妖刀全体から黒い煙のようなものが湧き出ている。
「ふう、よし!」
俺は気合を入れて、妖刀をつかむ。その瞬間に意識がなだれ込んでくる。初めてダンジョンコアを触った時と似ている。しかし、あれよりも明らかに弱い。
「黙れ!」
俺はそう叫ぶとともに、流れ込む意識を抑え込むように力を入れた。一瞬、妖刀は俺に抗うように浸食を続けたがすぐにおとなしくなってしまった。
まるで野犬が獲物にかみついたものの、次の瞬間その獲物が獅子であることに気が付いたように。
俺は急にめっきり大人しくなってしまった妖刀に戸惑っていた。こいつどうしたんだ、最初はえらく楯突いてきたくせに、今じゃ借りてきた猫のように静かだ。
「あの…大丈夫だったんですか」
アリシアが心配そうに聞いてきた。
「ああ、なんか知らんが大丈夫みたいだ」
そう言いながら、妖刀を振ってみた。妖刀がヒュンという音ともに空を斬る。
俺は何度か妖刀を振ってみたが、なんだか手になじむ。妖刀が俺の機嫌をうかがっているように感じる。
妖刀がこんなになってしまったのは、たぶん俺が蟲王だからだ。この妖刀はもともと虫族魔物の素材からできている。恐らくこの妖刀の意思は素材だった魔物のものなのだろう。
自分を使ったものを乗っ取ろうとしたら、自分たちの王であったからとっさにおとなしくなったのだろう。俺が出したものなんだし、俺が使っても問題ないだろう。呪われるとかでは無いなら、この容姿はかっこいい。
「この妖刀、俺が使うわ」
「かまいませんけど、安全なんですね?」
「俺以外が使ったらどうなるかわからんが、俺ならとりあえず大丈夫そうだ」
「さすがは蟲王ですね、妖刀も屈服させてしまうとは」
「まあな。しかし、鞘はないのか」
俺が呟くと同時に、妖刀から湧き出る黒いオーラが刀身にまとわりつき鞘となった。
「こいつ、気が利くな」
俺は妖刀を褒めると、妖刀から喜びの感情が伝わってきた。なかなか可愛いところがある。これから俺の武器として使っていこう。
「これからよろしくな、ええと…黒蛍」
妖刀黒蛍は俺の言葉に応えるように輝いた。
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