第12話・ダンジョンコアの能力
アリシアとダンジョンで過ごすことになったわけだが、1つの問題が起きた。アリシアとの距離が遠い。物理的な距離ではなく、心の距離的な奴だ。
アリシアは俺のことを蟲王様と呼ぶ。アリシアにしてみれば俺は敬語で話すべき相手なのかもしれない。しかし、これから一緒に過ごすのに気を遣う関係というのはよろしくない。
「アリシア、いい加減に敬語はやめないか」
「どうしてでしょうか」
「いやさ、これから一緒に過ごすんだから、いつもそんなんじゃ疲れるだろ」
「しかし、蟲王様は私たちにとっては神にも等しい存在なのです。そんな御方に無礼なことはできません」
「けど、前は抱き着いてくれたじゃないか」
「い、いや、あの、それは…」
侵入者を排除した時にアリシアが俺に抱き着いたことを言うと、アリシアは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「別にさ、抱き着けって言ってるわけじゃない。ただ敬語をやめようって言ってるだけだ」
「しかし…」
「敬語をやめるか、俺に抱き着くか。どっちか選べ」
アリシアはまた何かを言いだそうとしたが、途中でやめた。そして、諦めたようにため息をついた。
「分かりました。できるだけ言葉を崩して話します。抱き着くのはまた今度にします」
「えっ?」
冗談のつもりだったんだが、またやってくれるのか。俺は秘かにガッツポーズをした。
「その代わり、私のお願いも聞いてくれますか」
「お願い?何、言ってみて」
「蟲王さ…、ええと、あなたの名前も教えてくれませんか」
アリシアに言われて気づいた。そういえば俺はアリシアに名前を言ってなかったな。
「カナデ、俺の名前はカナデだ」
「カナデさんですね、これからもよろしくお願いします。カナデさん」
アリシアは、はにかんで俺の名前を呼んだ。やばい、可愛い。美人が笑うとこんなにすごいのか。
「?」
アリシアの笑顔に動揺している俺を、アリシアは不思議そうに見つめてきた。俺はにやけた表情を悟られないように顔をそむけた。
「そ、そうだな、これからもよろしくな。ええと、これからここに過ごすことになるわけだが、何か必要なものってあるか」
「私は大丈夫です。今までダンジョンで過ごしてきたわけですし」
「ああ、そうだったな」
何とか話題を変えようとしたが、アリシアの笑顔が脳裏から離れず頭がよく回らない。
「ダンジョンマスターの力を使うのですよね」
「ああ、そのつもりだよ。けど、本当にできるのか」
ダンジョンマスターの力の1つに、ものを生み出すものがある。イメージしたものを生み出す力だ。
「できるはずです。ずいぶん古びてしまいましたが、この絨毯も先代がダンジョンマスターの力で生み出したものですから」
アリシアはドーム一面にしかれている赤い絨毯を指さして言った。
「この絨毯が…。とりあえずやってみるか」
俺は自分自身へと意識を向けた。俺がダンジョンマスターになったときにダンジョンコアは俺と一体化してしまった。しかし、集中しながら手のひらを開くと、少しずつダンジョンコアが手のひらから浮き出してきた。
やがて、赤い球が俺の手のひらの上に現れた。それを握り、集中する。生み出すなら何がいいかな。とりあえず甘いものが食べたいからケーキとかでいいか。
俺は皿の上に乗ったショートケーキをイメージしながら、出て来いと念じた。すると、体から僅かに何かが抜け出る感覚がした。その感覚とともに、俺のイメージ通りのショートケーキが目の前に現れた。
「なんですか、これ!」
アリシアがテンション高めに俺に聞いてきた。この世界の文明は中世レベルだったはずだ。それにアラクネはこのダンジョンで一生を過ごしてきた。ケーキというものを見たことがないのだろう。
「これはケーキっていうお菓子だよ」
「けーきですか。すごくきれいな食べ物ですね」
せっかく出したのだから食べようと思い、フォークを出しているとアリシアの姿が目に入った。じっとケーキを見つめて口元にはよだれが垂れている。
「アリシア、よかったら食べるか?」
「いいんですか!」
アリシアはバッと顔を上げて、俺の声に反応した。
「いいぞ。試しに出しただけだからな」
「ありがとうございます!」
俺が生み出したフォーク渡すと、アリシアはすぐにケーキを食べ始めた。
「ふわぁ、美味しいです」
アリシアはケーキの美味しさに頬に手を当てて呆けている。なんだか、アリシアの地が出てきた気がするな。蟲王が相手ということで頑張って礼儀正しくしていたのだろう。ケーキを頬張るアリシアは幸せそうにしている。
その顔を見て、やっぱり助けてよかったと思えた。そもそも、ダンジョンマスターになった俺には、ダンジョンの侵入者と戦うしか選択肢はなかったはずだ。しかし、アリシアはそれを利用して脅すことはせずに、涙して懇願した。それだけで、彼女は信用たり得る存在だと思えた。
そんなアリシアはケーキを食べ終えてしょんぼりしている。もっと食べたかったんだろう。
「アリシア、もっといるか?」
「い、いえ、べ、べ、別にわたしは」
しどろもどろになりながら、悟られまいとごまかしていた。
「ならもういいな。別のものをだすとしよう」
アリシアはその言葉を聞いた瞬間に、まるで世界の終わりのような顔をした。
そんな顔をするくらいなら意地を張るなってんだ。俺は発言通りに別のケーキを出すことにした。別のケーキを出した瞬間にアリシアの顔は満面の笑みに変わった。彼女は何とか隠しているつもりなのかもしれないが、はっきり言ってまるわかりだ。
「ほら、食べたいんだろ。気にせずに食べろよ」
「べ、別に私は食べたいわけでは…」
「じゃあ、他のも出せるか試してケーキを出してしまった。けど俺はお腹いっぱいで食べれない。代わりに食べてくれないか?」
「そういうことなら仕方ありませんね。捨てるのはもったいないですからね。仕方なく、本当に仕方なく食べることにしましょう」
アリシアは幸せそうにどのケーキから食べるか選んでいた。恐らく俺に食いしん坊と思われたくないんだろう。これが彼女の地か。彼女も大概めんどくさそうな性格してるな。
結局俺は、知りうる限りのさまざまな種類のケーキを用意する羽目になった。
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