第11話・ダンジョンの過去
俺たちは侵入者たちの排除を終えた。ドームへと戻り、アラクネに約束を果たしてもらう。
「アラクネ、約束だ。先代のダンジョンマスターが今回のことを引き起こしたとはどういうことだ」
「ご説明いたします」
アラクネから先代のダンジョンマスターの話を聞いた。
このダンジョンは先代のダンジョンマスターが1から作ったものだ。かつては一般的な動物や爬虫類系統の魔物を配置したダンジョンだった。
しかし、一度最深部まで侵入されることがあり、何とか撃退はしたものの魔物も大半が死ぬことになった。それから虫の魔物によるダンジョンを作ったようだ。現在もわずかに虫以外の魔物がいるのはその時の生き残りだ。
なぜ虫の魔物のダンジョンを作ったかというと、虫の魔物は他の魔物よりも恐れられているからだ。それは見た目が気持ち悪いからというわけではない。
虫の魔物は他の魔物とは決定的に違う点がある。まず一つ目の大きな違いはその繁殖力だ。一度に数十、数百ものによってはそれ以上の卵を産む。そして普通の魔物よりも圧倒的な速さで成長して成虫になる。
二つ目の違いはステータスの項目にもある治癒力だ。生命力の値ともいえるこの項目は虫系統、または例外の特殊な魔物しか持ち合わせていない。人や普通の魔物はこの項目自体がないのだ。本来、人や魔物が傷を即座に治そうとすれば魔法やスキルを使うしかない。
しかし、虫の魔物はそれらがなくとも自らの治癒力で傷を治すことができる。それだけではなく、虫の魔物はその生命力の高さゆえに頭を落とされただけでは即座に死にはしない。普通の魔物であれば即死する怪我を負っても、虫の魔物は暴れ続ける。
三つ目は痛覚がないとさえ言われるその行動だ。動物系統の魔物であれば傷を受ければ少なからずひるむ。しかしながら、虫の魔物は足を切断されようともひるむことはない。これは対峙するものからすれば、恐ろしいものだ。
こういった利点が多いのに対し、なぜ虫の魔物がほかの魔物と同じくらいの脅威としてしか見られていないのは王の不在が理由だった。
この世界には魔物の王が存在する。それは決して魔王などではない。魔王は突発的に生まれる突然変異の魔物が、魔物を従える存在であり力の強い魔物たちはその影響を受けにくい。そんな魔王とは違い種族の制限はあるものの、力の強弱に関わらず魔物を従えることのできる王が存在するのだ。
獣の魔物の王である獣王、海の魔物の王である海王、鳥類や爬虫類の魔物の王である竜王、そして虫の魔物の王である蟲王。この中で最も秀でた力を持つのが蟲王だ。
個人の戦闘力であれば竜王が最も強いとされているが、蟲王の戦闘力はその竜王にも並ぶとされている。
しかし、蟲王の最たる力は戦闘能力ではない、眷属支配の能力こそが蟲王が最強と呼ばれる由縁だ。
魔物の中で強力なものばかりである虫の魔物。それを従えることのできる蟲王。その力を人だけではなく同じ魔物の王たちも恐れた。数千年以上も前に当時の獣王、海王、魔王と人が協力して蟲王を地下へと封じ込めた。
本来ならば目覚める危険を考え殺すところだが、魔物の王は死ねば、また別の個体へとその力が移るようになっている。そのため蟲王を殺すわけにはいかなかった。
蟲王を封じることで虫の魔物の力は弱体化し、象徴的な王を失った。そのため虫の魔物は他の魔物たちと遜色ない程度にまで力が落ち、かつてほどの脅威ではなくなったのだ。
ダンジョンは魔物たちと関係が深い。蟲王の不在の時から虫の魔物は呼び出すことができなくなった。原因がはっきりしているわけではないが、時期的にも蟲王の封印が原因といわれている。
しかし、先代のダンジョンマスターはそこに目を付けた。長い年月をかけて蟲王の封印場所、そしてその力を抜き出す術を見つけ出した。
彼は封印された蟲王から力を奪った。しかし、その代償は大きかった。力を奪う代わりに彼の魂はズタズタに傷ついた。ダンジョンマスターは不老スキルによって老化が遅い。
とはいえど、魂が傷つけば肉体の老化など関係ない。彼の寿命はほんのわずかな時間となった。その間に彼は蟲王の眷属創造スキルとダンジョンコアの能力を利用して虫の魔物を呼び出し続けた、人間を滅ぼすために。
そして、彼は次世代のダンジョンマスターに蟲王の力を受け継がせる術を作った。正確には自らが死んだ後に蟲王の力は封印された蟲王本体に戻り、次世代のダンジョンマスターが現れたときに再び奪うものだ。魂が傷つかないように肉体を先に召喚して力を授け、その後に魂が宿るように。
ダンジョンコアには召喚された素体がきちんとダンジョンマスターになるようにダンジョンコアひきつけられるように誘惑の魔法もかけた。ダンジョンコアに触れれば人間を憎む洗脳の呪いもかけて。
次世代のダンジョンマスターを召喚するトリガーはこのダンジョンが再び下層まで侵略されたときだった。一度目の侵略で彼は人間への復讐を誓ったため、再び愚かな行為をした人間に絶望をもたらす形にしたかったのだ。
数々の虫の魔物を呼び出した後に、やがて寿命が尽きダンジョンマスターは死んだ。しかし、それから500年間ダンジョンを攻略するものは現れなかった。年月による知識の風化によって、このダンジョンの存在そのものが忘れ去られてしまったのだ。
500年越しにやっとのことでダンジョンを攻略するものが現れ、次世代のダンジョンマスターの素体となる俺が召喚されたということだ。
俺がダンジョンコアに触れても洗脳されなかったのは、アラクネが途中で阻止してくれたおかげのようだ。洗脳されることはなかったものの、情報の伝達が途中でうまくいかなかったため、ステータス等の基礎知識の情報などが欠如していたということだ。
アラクネに先代ダンジョンマスター、そしてこのダンジョンについて説明されて俺が召喚された経緯が大体わかった。大まかにいえば先代のダンジョンマスターのせいか。
「先代のダンジョンマスターを止められなかった私にも責任の一端はあります。お好きなように罰を」
罰と言われてもな…。洗脳されかけたり、住居に侵入するものがいたりと危ない目には合ったが何とかなった。それにこの異世界にきて悪いことはそんなに無いかもしれないからな。地球では両親は早くに他界して、施設暮らしだった。親しい人はいたが、会えなくなったといってもそこまで悲しくはない。
俺一人ダンジョンで暮らすのは寂しいが、アラクネがいるのならダンジョンマスターもいいかもしれない。魔物とはいえ、こんな美人と暮らせるのは役得だ。
しかし、罰か…、別に罰したくはないのだが、それではアラクネは納得しないだろう。俺は今まで思ってきていたことを罰の形にすることとした。
「じゃあ、お前に与える罰を発表する」
「は、はい」
アラクネは身を強張らせて返事をした。
「お前に与える罰は俺がお前に名前を与えることだ」
「……はい?」
アラクネは可愛らしく首を傾げた。
いい加減にアラクネに名前を与えたかった。呼ぶときにお前なんて呼ぶのはもう勘弁だ。さて、何て名前のしようかな。
「そうだな。アリシア、お前の名前はアリシアだ。受け取ってくれるか」
「アリ…シア。アリシア。ありがとうございます。私は今日からアリシアです」
満面の笑顔でアラクネ…いや、アリシアは笑った。こんなに喜んでもらえるなら与えた甲斐があった。
こんな娘と暮らすのなら、多少の苦難くらい構わない。アリシアにはもう泣いてほしくはないしな。アリシアがいつでも笑っていられるように頑張らなければ。
地球の友人やお世話になった人たち、俺は異世界のダンジョンでアリシアと過ごしていくよ。
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