第1話・転移
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洞窟の中、丸く広いドームのような形の空間には明かりが灯っていた。壁や天井は大理石でできており、地面にはシミひとつない綺麗な赤い絨毯が敷かれている。灯をともすようなものはなく、洞窟そのものがぼんやりと輝きを放っているようだ。
その空間の端には、黒い玉座が置かれていた。そこには1人の男が座していた。かつては美麗であっただろう容姿のその男は、今ではひどくやつれ、浅い呼吸はその男の最期が近いことを物語っていた。
「これ…で………や……と…ふ……く…しゅ……が……は…た……る」
男は赤い宝珠を震える手に乗せて、そう呟いた。
「ゆ…る……な…い………く……る…し…め」
男の最後のつぶやきとともに、洞窟は輝きを失い、宝珠が玉座に当たり、絨毯へと落ちる音が響いた。
「虫」、子供のヒーローたるカブトムシから嫌悪の象徴ともいえるゴキブリなんかもいる。そんな頂点から最底辺まで、さまざまな種類がいる虫。気づいたら、俺はそんな虫たちに囲まれていた。いや、たかられていた。
虫特有の複眼と触覚の付いた顔が視界いっぱいに広がる。
「うわっ。気色わるっ」
言うが早いか、俺は即座に飛び退いた。思考よりも体が先に動く反射に近い行動だ。さすがに芋虫や蟻、蝿なんかにたかられて平気な人などいないだろう。
飛び退いたと同時に、服についていた小さな虫たちがボロボロと地面に落ちた。落ちた虫たちはまるで俺を観察するかのようにその場でとどまる。
とっさのことで、状況の掴めない俺は辺りを見回すと沢山の虫たちが視界に入った。
まだ服についている虫をはたき落としながら、俺は倒れていた場所から数歩離れた。その位置から警戒しながら周りにいる虫たちを観察した。
百足に飛蝗に蜂に蟷螂、挙げ句の果てには悪名高いゴキブリまでいる。その他にも見知った虫から見たこともない虫まで、合計数十種類の虫たちがいた。
俺はそんな虫たちを見上げて観察していた。そう、見上げてだ。この虫たちサイズが明らかにおかしかった。
飛蝗はバイクのように背中に乗れそうなくらい大きいし、芋虫も人と同じくらいの大きさだ。百足や蟷螂に至っては、4,5mはある。その他にも10mを超えるほどの大きさのものまでいる。
本来の大きさと同じ虫もいるにはいるが、半分以上が地球で発見されれば大きなニュースになるような大きさの虫たちだった。
大きさだけでなく形状も俺の知っている虫とは違う。百足は足が鋭い鉤爪になっていたり、蟷螂は鎌状の前脚が4本ついていたりなど、俺が今まで見たことのない姿かたちをしていた
俺はそんなバケモノみたいな虫たちを見て虫酸が走った。俺は虫が好きじゃない。どちらかといったら、嫌いな方だ。カブトムシなんかは大丈夫なはずだったが、ここまで大きいと少し引く。
「なんなんだよ…。一体」
俺はそう呟いた。虫たちが返答してくれるわけもなく、俺の声だけが響く。
「はぁ…」
俺はため息をつき、途方に暮れる。顔を上げると視界は虫だらけだ。虫たちは俺のことを見つめてくるが、俺を襲う様子はない。
「おーい」
意を決して叫んでみたが、虫たちは特に反応しない。
ただ見つめているだけでとても不気味だ。現状では危害を加えてくる様子はないが、時間が経てばどうなるかわからない。
俺は虫たちを刺激しないように、ゆっくりと後退るようにして虫たちから距離をとった。少しずつ距離をあけて、虫たちから10mほど離れた時に動きがあった。虫たちが急に俺との距離を詰めてきた。
やっぱり俺を喰うつもりなのか!
とっさに手を構えて目を瞑ったが、数秒たっても何も起きない。恐る恐る目を開けてみれば、また虫たちは目の前で俺のことをじっと見つめていた。
俺にはこの虫たちが何をしたいのか、さっぱりわからなかった。行動したかと思えば俺の近くに移動しただけだ。俺を観察しているのか、はたまた非常食のつもりなのか。今のところ危険はないようだが、これ以上虫たちを刺激するのは避けたほうがよさそうだ。
虫たちのことを気にしても仕方ないので、虫以外のものを観察することにした。虫以外のことで気になることといえばここはどこだということだ。
あたりを見渡して気づいたが、どうやら俺は森の中にいるようだ。今まで虫に気を取られて全く気がついていなかった。
見た目はジャングルのようだが、熱帯雨林というわけではないらしく、気温や湿度もそこまで高くない。
虫たちのように植物も大きさがバラバラで、普通と同じ大きさのものから数倍以上の大きさのものまである。形や色も変わったものが多く、ピンク色のものまである。
俺は植物に関しては詳しくないため、もしかしたら形や色に関しては俺が知らないだけで実在するものかもしれない。しかし、現代の地球上に高層ビルの倍以上の木々が樹勢する森があるはずがない。
「ここ…どこだ?」
俺の問いに答える者はおらず、俺の声が悲しく森に響いた。
俺、日暮 奏 は日本に住む受験を控えた高校生だったはずだ。別にトラックに轢かれたわけでも、神様と話をしたわけでもない。ただ自分の部屋で昼寝をしていただけだ。
それが目を開ければ巨大な虫たちに囲まれて、どこかもわからない森にいた。
「地球にこんなところがあるのか?」
状況を考えれば、ここが地球である可能性は低い。もしあんなバケモノみたいな虫や植物が地球にいたら、もっと世界的なニュースになっている筈だ。
植物を観察しながら、ここがどこなのか考えていると「ぐー」と音が鳴った。その音に反応してパッと振り向き虫たちを見た。
「………」
虫たちは相も変わらず、俺のことを見つめているだけ。どうやら虫たちが何かしたわけではなさそうだ。だったら何の音なのか、この虫以外の別の生き物かもしれない。あたりを警戒して見渡していると、また「ぐー」と音が鳴った。
「あっ…」
2回目の音でようやく気付いたが、どうやら俺の腹が鳴っていたようだ。そういえば、昼飯は食べずに昼寝してしまったのだった。
とりあえずここがどこかよりも、食料確保を優先したほうがよさそうだ。しかし、この森で食べられるものなんて見つかるのか疑問だ。
「なんか食えるものないかな?」
誰かに向けて言ったわけではなかったのだが、即座に反応する者たちがいた。虫たちだ。すべての虫たちが動いたわけではなく、蟷螂や蜘蛛なんかの狩が得意そうなやつらがガサッという音を残して消えた。
「えっ」
俺は驚いた。あれだけ俺を見つめることしかしなかった虫が、いきなり別の行動をとったのだ。呆然と立ち尽くしていると、いつのまにかまた目の前に、いなくなった虫たちが戻ってきていた。
「マジかよ」
俺は驚き、ついついそんな言葉を口にしていた。これには2つの理由がある。まず1つ目は、虫たちの動きを全く認識できなかったこと。俺はこの虫たちが動く姿を見たことがない。俺に近づいた時は目を瞑っていて見えなかったし、俺が見ている時はただじっと俺を見つめるだけだった。
しかし、俺は虫たちの動きを見てしまった。いや、正確には見ていた筈なのに見えなかった。あまりにも早かったのだ。瞬間移動したんじゃないのかと思ったくらいだ。
足跡が残っているからそうでないのはわかったのだが。もしこの虫たちがその気になれば、たとえ100m離れていても1秒もかからず俺に追いつくだろう。
虫たちが俺を殺そうと思えば、まず逃げられないとわかった状況。俺は只々立ち尽くしていた。恐怖から身動きがとれなかったのもあるが、それだけではなく俺は目の前に置かれた獲物をどうすれば良いか迷っていた。
そう、俺が驚いた理由の2つ目は、虫たちが獲物を狩ってきたということだ。獲物というのは、兎や狼だ。どちらも角が生えていたり、目が3つあったりと異形のものたちだが。
俺の目の前に供えるようにして置かれた獲物を虫たちは食べる様子はなく、まるで俺が食べるのを待っているかのように見えた。
俺が恐る恐る獲物に近づいても、触っても虫たちは反応を示さない。まるで、それが当然であるかのように。
思い返せば虫たちが行動を起こす前に、俺は「食料を調達するように命令している」ともとれる意味の言葉を発していた。その言葉を言った瞬間に虫たちは獲物を取ってきた。
これが偶然に起こったとは考えにくい。状況から考えれば、虫たちが俺の指示を聞いたともとれる。
「うーん、どういうことなんだ」
俺は腹をすかしながら、この大きな森で1人悩むのだった。
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