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ルート選択

 兵舎という場所には不似合いな程にガーリーなドレッサーの前に座って、私は仏頂面の自分と向き合っていた。

 片手にはブラシ、もう一方の手には己の茶色い髪。

 それなりに綺麗なほうだと自負しているけれど、毎朝本当に大変なのだ。特段寝相が悪いわけでもないのに毎朝爆発する髪は、もはやファンタジーだ。

 毛先→真ん中→根本といった順にとかして、ぐいーっと押さえる。しかし、ブラシを抜けば、忽ちぴょんと戻ってくる髪に悩まされること暫し。

 やっと母のゆるふわに近づいた髪に満足しつつ、いつも結んでいるリボンを手に取る。

 昔適当に買ったもので、特にこだわりはないけれど、新しいものを買う程でもなくてずっと使っている。そのせいで、もうよれよれだ。

 ハーフアップにまとめて、きゅっと縛る。

 顔を左右に揺らして、解けないのを確認して、ドレッサーを離れた。

 遠目から、改めて自分の格好がおかしくないかを確認する。

 ルナねぇが用意してくれたらしい服の中で、一番動きやすそうなものを選んだ。

 なんせ、今日は大切な日。ルート選択が開始される日なのだ。

 開始される、というのは、実を言うと『エストラルの薔薇』では、主人公の選択肢によって攻略対象が決まる訳では無い。

 昨日の白か黒かという選択を過ぎて、主人公は眠りにつく。と、そこまでが共通の流れで、それが終わると、攻略対象選択画面に移り、そこで攻略対象を選ぶ。と、次の日から、その対象との話が進んでいくのである。ただ、面倒くさい選択肢がここから始まるわけでもあるけれど。

 しかし此処はリアル。選択画面など存在しないのである。

 ならばどうするか。自ら行動するまでである。

 両頬を叩いて、よし、と気合を入れる。が、気合を入れすぎて思いのほか力が入ってしまい、じんじんしている。頬が赤くなっていないか慌てて確認した。

 何ともなってないのを見てほっとすると、改めて行動に移る。

 与えられた部屋を簡単に掃除して、幸せを掴むため、廊下に出る。

 まだ日が昇る前なので、兵舎と言えども静かなものだった。

 なるべく音を立てないように廊下を進んで、キッチンに向かう。

 お腹は減っているけど、別に盗み食いしようとかではない。断じて。

 キッチンの前につくと、控えめにノックをする。中には彼がいるはずだから。

 程なくして、扉か遠慮がちに開かれた。

 顔を覗かせたのは、少し眠たげなハディク。


「……あれ。エマ………。おはよう。どうしたの?」

「おはようハディク。朝ご飯作るんでしょ?『お手伝いしようと思って』」


 挨拶と前振りは自分の言葉。その後ろに、ゲームと同じ台詞を載せる。

 昨日、あのあと、兵舎の食事はハディクとルナねぇが請け負っていると聞いたから、その手伝いをしようと思った、と伝えると、ハディクは瞬きを二つしてから、キッチンに入れてくれた。


「手伝ってもらうのは申し訳ないんだけど……」

「私だって、タダで置いてもらうわけに行かないから、私に出来ることはさせて?」


 恐縮するハディクに笑顔で伝えると、彼は首を傾げた。


「俺たちがいいって言ってるんだから、ゆっくりしててもいいのに」

「『落ち着かないの。』手伝わせて」


 ゲームと同じ問いかけに、同じ答えを返す。

 実はこれ、ハディクルートを確定して進むために必要な選択肢だったりする。

 攻略対象を選択したにも関わらず、続く三つの選択肢によって、低確率ではあるけれど攻略対象が変わってしまうのだ。

 なんでそんな面倒くさい設定にしたんだと、製作者は気でも触れたのかと前世の私は心配になった。

 ハディクルートから変化する対象は3人。ケイトとウィル、ルナねぇの3人。

 私が選んだのは、手伝わせて、と、落ち着かないから、の二つだ。

 これによって、ハディクルートとルナねぇルートに絞られる。

 もう少しでルナねぇが来るから、そこからもう一つの選択をえて、ハディクルートが確定。

 色々と細々しているけれど、この複雑さが話題だったりもしたけれど、必要性は完全にないと思う。

 そんな事を考えてますなんて顔には出せないから、割と必死で笑顔を浮かべていると、ハディクは根負けしたように笑った。


「君は面白い人だね」


 そのはにかむような笑顔に胸がきゅんとなったのをどうにか悟られないようにするので精一杯だった。

 前世からある意味で片想い状態の私は、もうハディクの顔が見れません。


「なぁんでそんな可愛い顔してるの!!」

「ぎゃっ!?」


 およそ女子とは思えない声で驚いてしまったけれど仕方ないと思う。なんせ全く気配がなかったのに、ルナねぇに後ろからぎゅっと抱きしめられたのだから。

 いや、シナリオであったけどね!あったけど今か!っていうか!っていうか本当を言うと頭からすっぽり抜けてたというかね!


「あ!分かったわ!ハディクに何かされたのね!」

「何かって何」


 興奮するルナねぇに、黒のエプロンを付けながら小首を傾げるハディク。そしてその二人に挟まれた状態の私。傍から見て滑稽ではないだろうか。


「ルナねぇ?何もないよ?ね、だからちょっと苦しいかな……」


 ちなみに、これが選択肢。「苦しいと言う」か「黙ってる」か「ハディクに助けを求める」の三択。

 しかし、これは私の本音である。思わずこれしか浮かばなかったと言おうか。

 中身はお姉さんでも、身体は男。忘れてないだろうか。普通に締まってる!

 ペシペシと肩をだくルナねぇの腕を軽く叩くと、あら、と驚いた顔をする。


「ごめんなさいね、後ろ姿も可愛くって、ついつい手が出ちゃって」


 てへぺろ☆、と舌を出してウィンクを下さったお姉様。美しいけれど、男である。女である私としては負けた感が凄く、グサリと刺さる。もう私この人のこと自分と同性として見ようかな。


「おはよう、エマちゃん」

「おはようルナねぇ」


 解放されたので挨拶を返すと、やーんもう可愛い!と抱きしめられました。もう私この人の「可愛いスイッチ」が分かりません。

 と、じゃれている私たちをみて、ハディクはため息を一つ。


「二人とも。皆起きてきちゃうから、早く作るよ」

「「はーい」」


 元気よく返事を返すと、ハディクは肩を竦めて、材料を取り出し始めた。


「怒られちゃったね」


 小さな声でルナねぇに告げると、ルナねぇはクス、と笑って人差し指を自身の唇に当てた。

 そして、いたずらっぽくウィンクを一つ。


「また怒られちゃうし、さっさと始めましょうか」

「うん!」


 自然と浮かんできた笑を抑えることなくにっこりと笑うと、ルナねぇにみたび抱きしめられました。

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