白の兵舎
場所は変わって白の領。時は戻り、ハディクが気を失ったエマを抱えて黒の領に戻った時。
黒の領とは全く異なった造りの兵舎を、カツカツと靴音を響かせて歩く人影があった。
リル・エルタ・ルーラット。彼は腰元のサーベルがカチャカチャと音を立てるのも構わずに廊下を闊歩していた。
美しい顔に憤怒を滲ませて。
「この俺を怒らせた事、後悔させてやる」
そう呟いた声は、兵達が寝静まった後の廊下でおどろしく響いた。
やがて大きく重厚な扉の前で足音が止まった。
リルがノックをしようと片手をあげた瞬間、待っていたとばかりに「入れ」という低い声が鳴った。
一つ礼をして、音を立てずに部屋に入る。白の領兵舎で最も豪華な装飾がなされた部屋には、一つのデスクといくつかの本棚。
デスクの後ろには壁全面を覆うほどに大きい窓。その窓の前に、リルは探していた人物を見つけた。
白の領、キング。名を、アガレス・シー・リャナン。
腰まで届く銀色の髪。前髪も同様に長く伸ばされ、そのうちの一房が顔の前を流れていた。
その月光のような髪に隠されることなく覗いている、赤にも橙にも見える瞳は、月明かりに照らされて金色に光っていた。
スラリと伸びた手足に、均整のとれた体。その全てが彫刻のような美しさを醸し出していた。
リルの主は純白の軍服を纏い、裏地が金色のマントを片方の肩に引っ掛け、窓にもたれかかっていた。
「………リル、か。アインツから聞いている。……手短に報告を」
「はっ。本日、ムーンゲート前でアインツが異国の女を発見、拘束しましたが、例の能力によりコロレの拘束具を破壊。逃走しました。追いかけた先で黒の領幹部、ハディク・イー・ロヴェンとケイト・イー・ロヴェン、ジェド・ウィスプに遭遇。ジェドの銃撃が激しく、取り逃しました」
無感情で報告をしたあと、リルは申し訳ございませんと低頭した。
それに手を振って答えると、彼の主はゆっくりと窓から離れた。
そして、長い髪を揺らしながら、デスクに座り、机の上にあった紙を一枚取ると、ペンを走らせる。
書き終えると、二つに折り、白い封筒に入れ、封蝋を押す。
金色のそれには、白の領の紋章。
「………なかなか興味深い女だな。お前に歯向かうとは」
「……お恥ずかしながら」
手を動かしながら言葉を紡いでいた王は、手紙を目の高さまで掲げた。
「……久々に面白くなりそうではないか」
不敵な笑を浮かべながらリルに目を向け、手紙を差し出す。それを丁寧に受け取ったリルは、すっと懐にしまう。
「………連れてこい」
「はっ」
一言の命名を告げた時、彼の目が真紅に燃え上がった。