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ゲームスタート

「…ん、んん?」


 いつの間に気を失っていたのか、色々と記憶が曖昧である。瞬きをしつつ、視界に入る緑をぼやっと眺めて、そういや落ちたんだっけ、と思い出した。

 というか。


 痛い。

 身体のあちこちが痛い。しかもお腹が圧迫されてるのか、キリキリする。何故か揺れている気がするし、その揺れに合わせてお腹の圧迫が強くなって、時々息ができない。

 お腹に手を持っていこうとして、自分の両手が紐でがっちりと縛られていることに気がつく。

 なんだこれは、と思った瞬間、景色が変わった。

 緑が消えて、深い群青色に変わる。所々点々と黄色や白の光が散っていて、右上あたりには一際大きな黄色。見ようによっては少し青っぽく光るそれが、大きな満月だということに気がついてから、この群青色が夜空なのだと知った。

 そして次に訪れる全身を打つ痛み。ドサッという音は私だろうか。

 あまりの痛さに、うっと息が詰まる。

 身体を折り曲げて痛みに耐えると、その時に引いた足にも紐が巻かれていることに気がついた。

 全く動く気配がないくらいがっちりと結ばれた紐を見ると、青白い。

 これは、ゲームの冒頭で、主人公が白の領に捕まった時に縛られていたものだろう。

 しかし。

 目覚めた時には縛られており、地面に投げ出されるというシーンは無かった。

 ここに来ることになった原因と言い、おかしいではないか。イレギュラーにしても多すぎる。

 ぎちぎちと腕をどうにか動かしてみるものの。

 ………………痛い。

 どんな結び方をしているのか、動かすたびに締まっている気がする。


「あぁ、やめておいた方がいいですよ。貴女だって、腕をもがれたくないでしょう?」


 背筋を撫でるような、甘い、ぞわりとなる声。

 そんな柔らかい声が聞こえて、ハッとして見上げる。

 群青色を背に立っていたのは、妖艶な美青年。

 月明かりを受けて輝く髪は、日の元では金色で、肩から少し下の位置で揺れている。少し垂れがちな橙色の目には、色気が滲み出していた。

 丈の長い白を基調とした軍服には、金の刺繍と、赤いライン。

 この人は、知ってる。

 白の領幹部の、確か名前は………。


「ちょっと。何その犬」


 少し高めの、高飛車な青年の声。

 あー。この声も話し方も知ってる。

 足音が近づいてくるにつれて、私はげんなりとしていた。

 セクシーな美青年の隣に立つ、気の強そうな美人。

 白に近い桃色の髪をサラリと肩上まで流し、顔の左側の一部を編み込んで、後ろ側で留めていた。

 赤い目は釣り気味で、右耳から頬にかけて繊細な金色の飾りが輝いている。

 美青年と同じ軍服を着て、悠然と立つ彼は、地面に転がる私を見おろして、鼻で笑った。


「野良犬?」

「まぁ、そうですね。ムーンゲートの前で倒れてましたので」

「ふぅん。見慣れない格好だけど。どこから迷い込んだのやら」

「さぁ?犬ですので、どこからでもやってきますよ」

「……いい加減にしなさいよ!」


 私の中の何かがブチ切れた。

 人のこと犬犬犬犬って!確かにフワフワした犬は大好きだけれど、そういう事じゃない。自分が言われるのは何だかムカつく。

 ハッキリと思い出した。

 最初に私を担いで運んでいた金髪は、アインツ・フォン・ブリンドフィル。

 白の領の幹部で、主に拷問暗殺が仕事。

 攻略対象の中で1番のお色気さんだけれど、本当は寂しがりやの構ってちゃん。

 最初は素性の分からない主人公を警戒していたけれど、白の領に来て(拉致られて)から、居場所を作るために健気に頑張る主人公に好意を持つ最初の人。主人公が振り向いてくれるなら何だってしちゃうくらいで、どっちが犬だという話。

 そして、私を犬だと言う失礼な美人は、リル・エルタ・ルーラット。

 白の王の右腕として領の財政を担う。けど、必要があれば戦線にもでる、マルチな人。

 白の領で(身の安全のため)仕事をする主人公に、なにかに付けて食ってかかる。

 けれど、それは次の満月で帰る、という主人公の能力を欲して、白の領に永久的に留めるため。しかし元来の高飛車によって全てが上からになってしまうという。

 プレイヤーに『ツンデレリル様』と呼ばれる所以である。

 ちなみに、『可愛い』は禁句。

 しかし、主人公がその性格を知ったあとは急速に縮まる距離。そうなれば彼も素直になれるようになっていく。

 思い返せば、ゲームプレイ中にリルから好きだと告げられた時はキュン死にするかと思うほどだった。

 二人とも、仲良くなれば優しいし、恋人にはめちゃくちゃに甘くする二人なんだけど。

 な ん だ け れ ど。


「人のこと犬って!そっちこそ人としてどうなのよ!」

「は?何なのコイツ。この俺に向かって」

「リルさんに向かっていい加減にしなさいよ、人としてどうか、ですか。いやぁ肝が座っているというか、馬鹿というか」


 クスクスと笑うアインツの横で、憮然としたリルがスラリとサーベルを抜いた。

 その切っ先が光ったことで、私は慌てた。

 まずい、この人怒らせたら容赦ないんだった…!!

 しかし言ってしまったことは取り返しがつかない。今更慌てたって後の祭りだ。………そういえばお祭りちゃんと見れなかったなぁ。

 って現実逃避してる場合じゃないことくらいわかってる。

 逃げないと、と四肢を動かすけれど、縛られていて動かせない。

 せめて紐が解ければ…!!

 隙間を見つけようと手を動かすけれど、ギリギリと締まっていく。わりと本気で焦る。このままじゃ本当に手首から下が無くなる!!


「………外れてよ!!」


 と、叫んだ瞬間、紐を淡い光が覆った。

 えっと思うまもなく、手の締め付けが無くなる。


「なっ、!?」

「…!?」


 二人分の驚きが伝わった時には、一瞬の光は消えて。

 残ったのは、地面に散らばる青白色の紐だった切れ端と、自由になった両手両足。


「コロレの紐が切れた…!?」

「あの双子の発明品を壊すとは…………」


 その光景を見て、私は大切なことを思い出した。

 白の領が欲しがった主人公の能力。それがあったからこそ攻略対象との関係が出来上がったそれ。

 エストラルで発明された武器や拘束具などを、破壊することが出来る能力。物理的にでは無く、意識的に。

 まっっったくもって忘れていたそれのお陰で、ゲーム内の『エマ』も助かっていた。

 この隙にと、脱兎のごとく逃げ出す私。

 こういった時の反応の良さは父の折り紙付きだ。

 小さい頃、近所の同年代の子達とイタズラをして怒られる時。大人達が駆けつける前に私はいつもスタコラサッサと逃げていた。


「あっ!ちょっと待ちなよ、犬!!」

「おやおや。リルさんが逃げられるとは……」


 後ろから追い掛けてくる声を無視して走る。

 足がもつれそうになりながらも逃げる。

 逃げているうちに、ここが何処なのかを理解した。

 ムーンゲートと言われるあの扉は、エストラルの白の領と黒の領の丁度中間に位置する境界にあった。そこから白の領に少し寄った場所には、綺麗な白薔薇が咲き誇る庭園がある。

 その一角にある『グリーン』と呼ばれる休憩所だった。

 場所が分かればこっちのもの。

 私は、ゲームでエマが逃げた方向に走り出した。

 そこに行けば、あっちの世界で会った、彼に会えるはずだからだ。

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