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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

グラヴィティア

作者: 宿木ミル

 他人と自分の意見を結びつけようとする人間を、私は気持ち悪く思う。

 例えば私と姉の関係性。それに干渉されるのは、まだ構わない。しかし、意図的に比べられるのは不愉快だ。また、他人の主観で色々言われるのは特に嫌いだ。

 私の姉、グラヴィー・リユニエッタは大層優秀な魔法少女である。魔法学校における全ての成績で高評価を貰い、今では各地に渡り歩いている。

 残念なことに、私の能力は姉には到底及ばない。私の得意なものを1つ挙げてみろと言われたとしても、それを思い浮かぶことが出来ないほどに。全ての能力が姉に劣ってしまうと感じてしまうのだ。


 ここまでは、ただの一人の少女が抱えるコンプレックスのようなものだ。可愛げがあるほうだろう。それにまだ、自分ひとりで消化できる問題だ。しかし、姉と比較されて飛んでくる他者の言葉が私の感情を大きく揺さぶってばかりいる。


『お前の姉はそんなことを言わなかった』

『落ちこぼれの妹にはこの程度も不可能なのか』


 成績優秀ではないのは自覚をしている。しかし、私に他人を求められても困るし、姉の要素を求められても反応に困る。私は、姉のようにはなれないのだ。それでも他人は言い続ける。お前は姉のようになれと。


 ……ふざけるな。お前に何がわかる。貴様らが思い描くような、姉になどなってたまるか。


 他人によって培われたフラストレーションはやがて、感情に歪みを生じさせる。

 私は、それを心底気持ち悪いと思う。



 

 太陽がさんさんと照らす中、私は家の中に引きこもっていた。別に学校をサボっているわけではない。長期休日で暇なだけだ。

 大きく伸びをして深呼吸をする。最近はやたら遅く起きてばかりいる。生活リスムが乱れていると姉に言われてしまいそうだ。


「まぁ……それも悪くない、かな」


 姉に声をかけられるのは、どんな形であっても嬉しい。話しかけられるきっかけは、いつどんなタイミングでもほしいものである。


「でも……身支度くらいは自分でしないとな」


 思ったらすぐに実行しよう。冷凍魔法を使い、部屋の気温を涼しくすると同時に、光魔法で私の部屋の中を照らす。ちょっとした魔法の応用である。これくらいは、授業で学べば私でもすぐに使うことが出来る。

 それにしても、人間世界で人助けをしている姉は今日も私を起こしてくれなかったようだ。少し、がっかり。


「最近は、ちょっと寂しい……」


 物悲しい気持ちになりながら机の方を見てみると、姉が直筆で書いたメモ用紙と、出かける前に作っただろう朝ごはんが置いてあった。


『愛情たっぷりの朝ごはん、作っておいたから暖めて食べてね!』

「お姉ちゃんったら」


 今さっきのしょんぼりとした気持ちはどこにいったのか。心の中が満たされるような思いを感じた。

 ラップフィルムに覆われた朝ごはんのおかずは、まだ暖かく、今さっき丁度に作ったことが窺える。眠っている私に声をかけようと考えている姉の姿を考えたら、ついにやけてしまった。


「素直じゃないんだから」


 完全無欠に見える姉にだって弱点がある。それがいい。私の姉のことを完璧少女と思う奴は、そういうところをわかってない。ちょっとした優越感に浸りながら姉の手料理を食べることにした。

 姉の手料理は、ふんわりとした食感が素敵なのだ。

 



 姉と二人暮らしである私の家は町から遠く離れており、外部との干渉はあまりない。その為、私はいつも読書をして暮らしている。姉と一緒に人間世界に行けたらそれが一番いいのだが、残念なことに許されていない。成績優秀者のみが人間世界に行くことができる。当然、成績がよろしくない私は行くことが出来ない。


「はぁ……」


 なんとなく抱き枕を抱く。昔はもっと姉に抱きつけたはずなのに、最近はそうはいかない。私に抱きついてくるのは、もっと重苦しい姉以外の言葉の重圧だ。嫌になる。


「気持ちの整理が難しいなぁ」


 劣等感という感情はとても厄介だ。偉大な姉に抱きついてはいけないという錯覚さえ生み出してくる。それに、その劣等感は日に日に強くなっていく。姉が優秀であればあるほど。


「お姉ちゃん……」


 もっときつく抱き枕を抱く。姉が評価されればされるほど、私の孤独感は深まっていく。自分以外の人間に評価され続けてしまったら、やがて手が届かない、遠い存在となってしまうだろう。それが、怖い。


「私は、どうすればいいんだろう」


 1人になるとすぐに考えてしまう。追いつくための努力はしている。でも、届かない。一生懸命頑張ったとしても姉の領域には到達できない。絶対に勝てないと思ってしまう。

 他人を模倣しているばかりでは、何も解決しないのはわかっているし、自分の得意分野を伸ばすことには力を注いでいる。それでも、姉という偉大な存在に勝てる気がしない。その疑うことの出来ない真実に、悔しいと思う以前に悲しくなってしまう。

 母親の顔も、父親の顔も見たことはないが、私も姉と同じ血を引いている。どうしてこんなに差がついてしまうのだろうか。私自身の至らない才能がひたすらに憎い。


「やっぱり、駄目だなぁ」


 純粋に姉に対する好意のみを考えることが出来なくなっている。考えようとする度に、別の感情や言葉が思い浮かんでばかりだ。精神衛生上よろしくない。


「気分変えるために買い物でも行こうかな」


 家にはまだ食材があるから、買わなくても問題は無い。しかし、気分転換をするための、外に出るきっかけが欲しかった。それに、今日買った食材を使って新鮮な手料理を作るのも悪くない。


「なるべく涼しい格好でいかなきゃ」


 部屋着から夏服に着替える。夏の暑さに倒れたくないから暑い格好はしたくない。それと同時に、露出度の高い格好もしたくない。

 色々考えながら立ち上がり、タンスを開ける。ハンガーにかけてある露出度が高い姉の服から目を背けながら、自分の服を掴む。青いTシャツにホットパンツという組み合わせだ。足の露出が目立つ服装であるのは認めざる得ないが、姉に可愛いと言われたこともあり、自分でも気にいっている。

 服の準備はこんなものでいいだろう。手提げバックを背負い、財布を確認し、不備が無いことをチェックできたので外に出ることにした。





 外はやはり暑いもので、軽装していても汗が流れてくる。家からお店に行くのには、山の道を通らないといけない。その為、水筒を持っていかないと道端で倒れていた可能性すらあるだろう。


「行きはまだしも帰りが怖いかな」


 店に到着するまでの時間はそこそこかかる。丁度日が沈み始めたタイミングで外に出ているので、帰るころには夕方にはなるとは考えられるが、それでもまだ暑い可能性はある。そうなった時は荷物が重いと大変だ。あまり握力が無い私はばてて倒れてしまうかもしれない。

 そうならない為に、姉に魔法で連絡して持ち帰ってもらうということも一瞬思い浮かんだが、それだと姉に甘えっきりだ。そんなことはしたくない。なるべく内緒で食材を買って、一人で料理をして、姉を驚かせたいのだ。


「私一人でやるからこそ、意味があるのだから」


 だからこそ、私は歩く。山道を登り、求めるお店まで歩く。一歩一歩進んでいく。


「お姉ちゃんに、もっともっと見てもらいたいから……」


 下らない理由なのもわかってはいる。けれども、やっぱり見てほしい。私のことをもっと感じてほしい。だから、手料理を作る。その為に、私は食料を買う。それだけだ。

 カレーライスにするべきか。いや、姉が好きなシチューがいいかもしれない。色々なことを考えながら前に進んでいたら、何か良くわからない人影が目に映った。


「……何かが、あった?」


 数は3人だ。男性2人と少女1人。背の高さを見る限りでは、学校の高学年の男子、女子というところだろうか。

 見た感じ、なにやら揉めているようだ。男性二人が少女に絡んでいる。あまりいい雰囲気とは言い難い。


「避けて通ろうかな」


 対人関係のトラブルはあまり得意ではない。私が関わる必要もないだろう。それに、学校系のことにはあまり関与したくない。

 しかし、目を逸らして、別の道を通るというのは、何故だか忍びないと感じた。私の中で、姉ならきっとここは話を聞くだろうと考えていたからだろうか。それとも、魔法少女としての正義感か。

 頭の中がごじゃごちゃと考えている間に、私の体は勝手に動き出していた。心の底ではやはり気になっていたのかもしれない。

 一呼吸おいて、木陰に隠れて男性と女性の会話を盗み聞きをすることにした。


「お前はいつもねーちゃんねーちゃん! ほんとに情けないよな!」

「そうそう! 自慢にしているのは姉のことばかり、お前は全く何もしていない!」


 男子2人の声が次々と飛ぶ。それに対して少女はただ頷くばかりだ。


「その、ご、ごめんなさい」


 少女が呟く言葉はか細く、今にも消えてしまいそうだった。


「偉そうにいつも姉のことばっかり言うお前が嫌いなんだよ俺は!」

「そうそう、ムカつくんだよねぇ」


 男性はただ、ひたすらに悪党の戯言のようなことを言っている。


「でも、その、お姉ちゃんは、すごいから、私だって、すごい……」

「またそれか。お前はどんなところが凄いんだ? 頭か? 知識か?」


 ただ、ひたすらに罵詈雑言を繰り返していた。


「そ、それ、は……」

「あぁそうか、お前が姉に優っているとこはあったよなぁ! それは……!」

「やめろ」


 どうしても、我慢が出来なくなって、私は男性2人の前に立ちふさがった。堂々と、目を反らさずに。


「その言葉を、やめろ!」


 少女の泣いている姿を見るのが嫌だった。それ以上に、動かない自分が嫌だった。そして、嫌気の差す言葉を連ねる男性が嫌だった。

 少女を庇うように私は立つ。どうしても、許せなかったのだ。


「そういう言葉は不愉快なんだ」

「何を偉そうに!」

「なんで最後まで聞いてあげられないのさ、偉そうに上から目線なのはお前たちじゃないか!」

「言わせておけば!」


 男性1人が突然殴りかかってきた。怒りに身を任せて、思いっきり。


「お前たちは何で、わからないのさ! 少女が一生懸命、言葉にしている姿を見てなんとも思わないのか!」


 風魔法、水魔法の応用で拳の方向を若干ずらす。そして、勢いよく向かう男性の体を両腕で突き飛ばす。

 体格差はあれど、姉に到底及ばないとしても、私も魔法少女である。魔力を使えばこれくらいのことはできる。


「てめぇ!」


 1人の男性の体が、魔法によって強化された突き飛ばしによって宙に浮いた。それが降下するのを確認している暇も無く、もう1人が走ってくる。それに対しての、私の準備は出来ていた。


「姉が好きで何が悪い」


 タイミングを合わせ、走る男性の両肩を掴む。それと同時に、掌に魔力を込める。


「姉にあこがれて何が悪い」


 魔力を充填。集中する。


「姉を、求めて、何が悪い!」


 解き放ち、突き飛ばす。衝撃が男性の体を弾き飛ばし、大きな樹木に衝突させた。

 もう一撃、近づいて殴りつけようかと考えたが、私の目を見た瞬間に二人の男性は逃げ出してしまった。


「あ、あの……」


 追い払えたとため息をついたら、少女に話しかけられていた。声を荒げていたからか、不安そうにしている。


「驚かせて、ごめん……」


 今更のように、恥ずかしくなる。自分のことのように怒ってしまったことに。

 引かれていないだろうか、と心配になっていたら少女の口が開いた。


「かっこ、よかったです」

「……え?」


 静かに告げられた言葉は、聞きなれないものだった。頭が一瞬真っ白になるほどに。


「私が、かっこいい?」

「はい。まるで……お姉ちゃんみたいで」


 その言葉も初めてだった。可愛いと言われたことはたくさんあったが、かっこいいなどと言われたことは無かった。そしてなによりも、お姉ちゃんみたい、とは耳にしたことすら無かった。


「ちょっとだけ、聞いていい?」

「なんでしょう……?」

「貴女の姉って、どんな人なのかな」

「私の姉、ですか?」

「気になっちゃって」


 少し照れくさいけれども、同じ様に姉が好きなのだから、きっと答えてくれるはず。そう思って聴いてみた。

 少女は少し悩んだ後に、しっかりと答えてくれた。


「その……他人に優しく、困った人を助けるんです。そして、一生懸命相談に乗ってくれるんです。そういう姿が、いつもかっこよくて憧れで……」

「そういう姿が、重なった?」

「そうなんです。私の憧れてる姉にそっくりで、すごい姉みたいになりたい模範解答みたいで……」


 そこまで褒められると、気恥ずかしくなる。姉自慢をしている少女の姿にも親近感を覚えた。同時に感じたことを口にしたくもなった。


「実は、姿が重なって見えちゃってさ」

「……え?」

「姉のことが好きな姿、姉のことを悪く言われたくない姿、姉に追いつこうとする姿。どれもどれも、私を見ているようで、足が勝手に動き出しちゃってたんだ」

「どういうこと、ですか?」

「私という存在は、憧れるほどのものじゃないかもってこと。……でも、褒めてくれて嬉しかったっていうのも本当。これでも、劣等感強いから」


 自分でもどう言葉を繋いでいいか、わからなかった。褒められたくてやったわけじゃないが、褒められて嬉しい。自分勝手に動いたことを複雑に思っていた私自身にぐるぐると色々な感情が混じっていることも、どれもこれも言葉にしようとすると難しかった。


「私達……なんだか、似たもの同士かもしれないですね……?」

「そうかもしれないね」


 しかし、その少女の一言には思わず頷き、同時に笑った。

 少女のお姉ちゃんのかっこいいという要素は私に対してとても似合うのかもしれない。ならば、そういう方向性で頑張ってみるのも面白いかもしれない。姉にもっと私のことを見てもらえるかもしれない。そう考えながら、私は笑顔で少女と別れた。





 少女を助けた足で、店まで行き、食料品を買って、家まで帰る。そこまで出来れば完璧だった。しかし、現実はそうもいかなかった。

 想定時間より早く人間世界から姉が帰ってきたのだ。しかも、帰ってきて早々、私を捜索していた。流石にそうした行動までは想定できず、悠々と歩いていた私はあっと言う間もなく姉に捕まってしまった。


「もう、家にいないから心配しちゃった。悪い人には会ってない? 大丈夫?」

「会ってないし、大丈夫だって」


 私の掌をぎゅっと大切そうに姉は掌を重ねる。暖かい掌の感覚をずっと味わっていたい気持ちになるが、ぐっと抑えて前に進む。まだ、買い物すら出来ていないのだ。


「でも、さっき調べてみたら、男性の人と戦ってたじゃない? 傷とか、出来てないよね?」


 姉の魔法は控えめに言って万能であり、草木の声を聴くなどは容易いらしい。だから、情報を集めることもできるし、独り言を聞いていた壁があるなら、そこからその独り言を聞きだすことも可能ならしい。そうした点から、姉には隠し事ができない。かなり恥ずかしい。

 口ぶりから、私が隠れていた木から情報を引き出していたのだろう。その状況に姉はいなかったのに、いたかの如く会話するのには改めて驚愕も覚える。


「だ、大丈夫!」


 それでも心配をかけたくないから、大丈夫と答える。心配し始めると姉は止まらないのだ。


「本当に平気なの?」


 首を傾げながら、姉が私の体をじっと凝視してくる。その仕草がなんだかもう、じっとしていると我慢ならない。


「もう、お姉ちゃん!」

「あら、どうしたの?」

「その、は、恥ずかしいからもっと離れて……」


 顔を背けながら、言う。本当はそうしたくない。もっと一緒にくっ付きたい。けれども、世間体というものはあるだろう。だから、やめておくべきだ。いくら山中でも、マナーがあるだろう。

 密着してくる姉の暖かさは、夏の暑さや煩わしさなど感じさせず、むしろもっと引っ付いていたいとまで感じさせてしまう。これはいけない。下手すれば病み付きになる。


「いいじゃない。一緒にいるときはもっと暖かさ感じたいから」

「とはいっても!」

「……ダメ?」


 誘惑を振り切ろうと顔をそむけ続けていたら、今度は、姉のつぶらな瞳が襲い掛かってきた。透き通っていて、それでかつ美しいその瞳を見ていたら、ダメだとはとても言えなかった。


「本当は、もっとこういう暖かさ感じていたい……」


 私も素直ではない。でも、嘘はつきたくなかった。だから、しっかり答えた。


「やった」


 夏だと言うのに、姉が右腕にぎゅっと抱きついてくる。それに対して、暑苦しいなどとは感じない。心地よい一体感を感じさせてくれる。

 しかし、私がもっと正直になれていればこの時間も、もっと長く出来るはずなのに。どうにもそうなれない私が少しもどかしい。


「どうしたの?」

「なんでも、ない」


 心配をかけたくないと思うと、心でそう思ってなくても逆のことを言ってしまう。


「悩み事あるの、わかってるよ?」

「……やっぱり」


 姉に対しては隠し事が出来ない。知っているからこそ、辛いのだ。


「お姉ちゃんといない時は、ツンケンしてぶっきらぼう。格好を付けたがる少女。でも、一緒にいるときは、甘えん坊。私、このギャップがどうしても受け止めきれなくてさ」


 姉がいない時くらい、いつも以上に張り切ろう、弱いところを見せないようにしよう。そう考えれば考えるほど、口調も性格も強気になる。しかし、一緒にいるときはどうだ。ぎゅっとされたい、甘えたい。そんな少女になってしまう。

 私の二つの入り混じった感情が、姉には間違いなくなれないだろうという根拠になると同時に、コンプレックスを広めさせる。それが、どうしても耐え切れないのだ。

 姉の腕から開放してもらい、もう一回、私から姉の腕を抱きしめる。何故だか、そうしたくなったのだ。


「私、お姉ちゃんがうらやましいんだ。強くって、可愛くって、素敵で、憧れで……ずっと届かない存在で、どうしても、求めちゃう」


 声になっているかはわからなかった。それでも、言葉を続ける。


「なれっこないのは知っているのに、お姉ちゃんになりたいと求めたり、似た魔法の努力をしたり、色々しちゃって。それでもやっぱり届かないんだ」


 姉に対して言っているのか自分に対して言っているのかも分からなかった。ただ、声にしたかった。


「どうしてかもわからないけど、やっぱり私はお姉ちゃんみたいな人にはなれないんだ。それが、悔しくて、悔しくて……」


 これ以上は言葉が続かなかった。涙が先に流れてきて、声にするのが出来なかった。

 姉の腕に抱きついたまま泣いていると、抱きついていない、もう一つの手で私を撫でてくれた。


「ふふっ、それでいいのよ、ティア」

「おねえ……ちゃん……?」


 私の名前を呼ばれ、姉の顔をゆっくりと見上げた。大人らしく、そして先輩らしく、そして姉らしく私のことを支える瞳をしていた。

 それは、グラヴィー・リユニエッタという、偉大な魔法少女が、ティア・リユニエッタという魔法少女に対して歴然としたアドバイスをするという雰囲気を感じさせた。


「魔法少女ってね、いくら泣いたっていいの。いくら悩んだっていいの。悩んだ回数が、そのまま力になってくれるんだから」

「でも、私……」

「大丈夫。お姉ちゃんはちゃんと見てたからね。しっかりと少女を守り抜いたこと、そして自分の感情をはっきり伝えたこと。とっても凄いと思うわ」

「それは、いっぱいいっぱいだっただけで……」

「ティア。もっと、素直になっていいのよ。ほら」


 両腕で、抱きかかえるように抱きしめられた。素直じゃない自分、素直な自分、どっちも抱きしめてくれるような抱擁は、心を落ち着かせてくれた。


「……私も、凄くなれるかな」

「なれるわよ」

「もっと、かっこよくなれるかな」

「当然」

「じゃあ、もっと素直になれるかな」

「うーん、それはどうかしらね?」

「お姉ちゃんったら」


 少し笑える余裕が産まれたのは姉のおかげだろう。自然とほほが緩んだ。


「素直じゃないところも、素直なところも好きなんだもの。そう簡単に素直になったらちょっぴり寂しいかな」

「……もうっ」


 恥ずかしいと同時に嬉しかった。受け止めてくれているという事実が特に、喜びを感じさせた。


「私も」

「ん?」

「私も、人間世界に一緒に行けるようになるまで頑張るから」

「頑張るから?」

「その……それまでは、えっと……」

「なになに?」

「一緒にいる時間……もっと、甘えても、いいかな?」

「ふふっ、勿論」

「……ありがとう。今日の、夕食、シチューにするね」

「やった! とっても嬉しい! ありがとう、ティア!」

「こっちこそ、ありがとう。お姉ちゃん」





 まだ私は姉には遠い存在である。それでも、一歩一歩進んでいけると信じている。まっすぐ進めないかもしれない。しかし、その中でただ、前に前に向いていこう。

 偉大な姉に負けないくらい頑張って、努力して、かっこよくなって。切磋琢磨の中で、もっと甘えたりもして。

 姉にはなれなくとも、私なりの魔法少女にはなれる。それを目指していこう。

 目の前の夕日は、まるでどこまでも続いているかのように眩しかった。 


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