第1話 [森のくまさん]
俺の名前は慶一、勇者だ。身長は170cmぐらい。髪の色は黒。肌は色白。見た目は痩せ型。んでもって歳は18歳だ。これといった特徴は無い。
いつから勇者だって? それは産まれた時からだ。
なぜ俺が勇者なのかは自分にもわからない。
なにをやっても他人よりも劣っている自分が……。
そこら辺の雑魚モンスターの方がまだ、俺よりもたくさんの特技があるだろう。
そんな俺は逃げてばかりだ。逃げてばかりで今まで何もしてこなかった。
なに? 自分の良いところ?
う〜ん。影が薄過ぎてモンスターにも気付かれないところかな? 自分で言うのもなんだが、これは天性のステルス能力だ!
もちろんこの能力は自分のスキルウィンドウには書かれていない。
ついでに言うが、スキルウィンドウには自分の覚えたスキルが表示される。
え、自分のスキルウィンドウには何があるかって?
ハッキリと言おう!!
「何も無い!!」
そして今、俺は森で迷っている!
これはしょうがないことだ。
なんたって俺は方向音痴だからな。
とまぁ、今の説明でわかっただろう。俺は悪いところしか無いゴミだと。
笑うなら笑え。もうそんなこと慣れっこさ。
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森で迷ってかれこれ三時間はたっただろう。
元パーティのことを考えながらトボトボ歩いていた時だった。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!』と大地が大きく揺れた。
慶一は耐えきれず尻もちをついてしまった。
「何なんだよ、地震かっ!?」
ビクつきながら慶一は叫んだ。
イライラしていたこともあり、いつもより何倍もの大きな声が出た。
慶一は周りを確認したが、真っ暗過ぎて何が何かが分からなかった。
しかし暗い中でも音は聞こえる。
耳を澄ませると
『バキン、バキバキ、バキン!!』
だんだん音は大きくなる。
『バキン、バキン、バタン、バキバキ!!』
慶一にはこれが何の音かがわからなかった。
『バキン、バキバキ、バキバキ、バタン!!』
慶一は気付いた。実際は音の大きさは変わっていないと。音との距離が近くなっているのだと。
慶一は気付いた。この音の正体が木々が折れ、倒れている音だと。
しかし慶一が気付いた頃にはもう遅かった。
あと気付くのが三分早かったら、あの時に大きな声を出さなかったら良かったと後悔したがもう遅い。
なぜかというと今、慶一の目の前にはあの音を出していたであろうここの森の主がいるからだ。見た目は角の生えた馬鹿でかい熊だ。
慶一はこの時程、パーティがいてくれればと思ったことはないだろう。
とりあえず慶一は考えた。冷静になって考えた。
パターン1
走って逃げる。
………………。自分、足が遅いんだった。
パターン2
熊だから死んだフリ。
………………。気付かれないとしても、踏まれてペシャンコだ。
ん? 気付かれない。
そうだ! 自分は影が薄過ぎるからこのままで良いんだ!!
そしてパターン3、ただジッとしているだけという名案が生まれた。
この馬鹿でかい熊の名前は何だろうと考えているうちに熊は暗闇に包まれて消えていった。
熊が居なくなり安心したと慶一が起ち上がろうとしたその瞬間だった……。
折れかかっていた木が慶一に向かって倒れてきた。
慶一はあの馬鹿でかい熊にも負けないぐらいの大声をあげた。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」
その声に反応して熊がこっちに来る。
『ドタン…… ドタン……! ドタン……!! ドタン……!!! ドタン……!!!! ドタン……!!!!! ドタン……!!!!!! ドタン……!!!!!!!』
影が凄く薄い慶一も流石に気付かれ、熊にロックオンされてしまった。
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慶一は走った。一心不乱に走った。
「ハァ、ハァ、口の中が……ハァ、血の味がする……」
と、こんなことを呟きながら、慶一は終わりの見えない距離を走っている。
走り続け15分ぐらいが経過した時だった。
疲れが溜まりに溜まった慶一は足を挫いてしまった。
その瞬間、熊はニヤリと笑った。そして、爪をたてて振り翳してきた。
慶一はその瞬間逃げようとしたが腰を抜かしてまともに動くことが出来なかった。
しかし、そんな事は関係ないと熊の手は容赦無く慶一に近付いてくる。
慶一は自分が死ぬまでを心の中でカウントダウンした。
「 3 ……,2 ……,1」
と、1を数えるほぼ同時に。熊の爪と慶一の顔が触れ合った瞬間に何処からともなく『チリ〜〜ン』と美しい鈴の音が聞こえた。
熊はその音に反応したのか急にピクリとも動かなくなった。
そして何秒かの沈黙が続く……。