小壱期9
赤ちゃんの成長は早い。
この前まで寝返りがやっとだったのにもう腹這いで進んでいる。
お座りも上手に出来るようになったから、食卓に並んで座らせて離乳食を食べさせよう。
「はいはーい。みんなこっちおいでー。」
「あぅ」
「あー」
「うー」
フミツキとホタルとクジャクが元気よく返事をしてくれた。
もう言葉を理解しているのだろうか?
「にぃに、なに?」
ゲンブは最初から我の側にいたのだが、みんなに負けじと存在を誇示していた。
「うん。おやつの時間だから、みんなで食べよう。」
「やったー。なに?」
「えーと、シェーシャ母さんが用意した林檎のパンケーキかな。赤ちゃん達にはすり下ろし林檎だね。」
「フミツキはここに座って、ハツキはこっち、ホタルとクジャクはここね」
「にぃに、僕は?」
「ゲンブはもうお兄ちゃんだから、いっしょに手伝って。」
「うん。やる!」
一応、男女分けて座らせてフミツキとハツキは我が、ホタルとクジャクはゲンブが、おやつのすり下ろし林檎を一口づつ口に運んで食べさせた。
食後に人工乳も与えて、オムツも取り替えて、寝かしつけたらようやく自分達のおやつの時間だ。
「お疲れ様。助かったよ、ゲンブ。ありがとう。」
「どういたまして。」
「しが抜けてるよ。どういたしましてだよ。」
「あっ、どういたしまして?」
良くできましたという代わりに頭を撫でてあげて二人でパンケーキを食べた。
そういえば便利な念話を赤ちゃんのうちから教えたら覚えるんじゃないか?
よく子守り頼まれるし、ちょうどいいから教えてみよう。
赤ちゃん達は寝ているからまずはゲンブで試してみることにした。
「ゲンブ、今から僕が思ってることが分かったら言って。」
「何するの?」
「当てっこゲームだよ。」
「うん。やる!」
とりあえず単語からかなと思って、『林檎』と念じてみた。
「分かったかな?」
「んーと。もいっかい!」
今度は更に強く念じてみた。
「あ!りんご?」
「凄い!正解だよ。」
「やったー!」
「次はゲンブの番だよ。口に出さないで頭の中だけで強く何か言ってみて。」
「うん!」
顔を真っ赤にしながら「んー」と力を込めて頑張ってはいるようだが、なかなか伝わってこない。
「ゲンブ、息はしないと。あと最初は一言位にして。」
「あー、苦しかった。いっぱいはだめ?」
「初めは短いのがいいかなー。」
「うん。分かった。」
『...』
「お!もう少し!」
『..に』
「頑張れ!」
『にぃに』
「分かった!にぃにだね?」
まだまだ単語位しか伝えられないけど、ゲンブでも出来ることが分かったので、毎日訓練することにした。
『おはよう』
『あい』
『にぃに、おはよー』
獣人達に、余り小さいうちから念話ばかりしていると、言語の発達の妨げになりますと注意されているので、毎日少しずつ訓練していた。
最近では、喋るのと変わらなく出来るようになったので、喋る方の訓練を増やすことにした。
「これは、りんご」
「「「あい」」」
「返事じゃなくて、一緒に言ってみて」
「りんご!」
「りー...ご?」
「ゲンブはもう分かってるからやらなくていいよ?フミツキはあと少し!ホタル、クジャク、ハツキはもう一度!」
物の名前を教えるために、木札に一つ一つ果物の絵を描いたのだが、最初の一枚目でなかなか先に進めない。
仕方がないので、ホタルとクジャクとハツキはまた後でやることにして、フミツキのレベルで進めていくことにした。
数日もすると、用意した木札を全部言えるようになってきたので、新しく動物の絵を描いた木札を用意した。
最初に一枚づつ何の動物か教えて、木札をめくるたびに一緒に発音するようにしたので、今回はすぐにできるようになった。
更に数日後、覚える早さが早すぎて木札に絵を描く方が間に合わなくなってきたので、光精霊に映像を焼き付けてもらうことにした。
絵を描くよりも簡単に、しかも量産も出来るので託児所にも用意することにした。
複写した木札は好評で、学校から教科書も量産できないかと言われたので、薄い紙に焼き付けられるか実験してみることにした。
羊皮紙には大分上手く焼き付けられるようになったが、繊維で作った薄い紙は燃えやすく、上手く焼き付けても剥がれて落ちてしまった。
紙に直接焼き付ける方法は諦めて、版画に挑戦することにした。
どうせなら色を増やして綺麗な絵画のような本を目指そう。
七色で重ね塗りすることにして、同じ構図で微妙に凹凸を変化させた木版を光精霊に掘ってもらった。
何度か試し刷りをして綺麗に印刷出来たものを残して次の板を彫る作業を黙々と続けた結果、部屋が紙と木版だらけになってしまった。
「にぃに、どこー?」
「ミズ、生きてるかー?」
「ここだよー。もう朝ー?」
「いや、じきに昼になるぞー。朝食食べに来ないから、みんな心配してたぞー。」
キサラギ兄さんが紙と木版の山をかき分けながらやって来た。
いつの間にか積み上げた木版の山で、窓も扉も塞いでしまっていたらしい。
「印刷は業者に頼んだらどうだ?」
「うん、そのつもりだよ?これは試しずりだから。」
「これでか!何枚あるんだよ?」
「えーっと、一冊で千枚くらい?」
「多すぎだろ!って一冊でって何冊作る気だよ!」
印刷した本は普通に売られているけど、精々十数枚を綴じてあるのが普通だった。
百枚を越えるような本は、図書館に保管されている自筆で書かれた原本か、原本を書き写したもの位しかない。
我が作っているのは図解入りの子供にも分かりやすい辞典だった。
最初は学校に一冊で、最終的には各家庭に一冊普及を目指している。
床に散らばっていた一枚を拾って、キサラギ兄さんが驚いていた。
「なんだこれ!多色刷りか!しかも細かい説明文まで!」
「うん。とりあえず、魔物辞典を作ってみてる。危険性と弱点なんかも入れてみた。」
「いいな、これ。地域別になってるのか?」
「うん。各国で魔物が違ってたから、分けてみた。新種の魔物が出たら教えて。」
「ああ、各国に伝令を出しておくか。ミズ、この素材とか食用とかの記述もいるのか?」
「倒したときの利益が書いてあれば積極的に狩りに行く人間が増えるかと思って。」
「なるほどな。あ、この蛇の魔物は食えるけど不味いぞ。」
「えっ、どこどこ?修正しなきゃ。」
該当する木版を探し出して破棄し、また新しく作って試しずりをする。
「なんか大変そうだな。余計なことを言ったかな。」
「んー。まあ初版だから間違えてても仕方ないかな?完成したら校正に出して修正するから、まだまだ大変かな?」
散らばっていた紙を拾い集めて纏めながら、今後の作業の話をしていた。
「纏めるで思い出した。ここの大陸もひとつの共同体になるんだが、名前をどうするか決めかねているらしい。なんかいい名前はないか?」
「うーん。全部で七ヶ国だっけ?レーゲンボーゲンとかは?」
「ん?なんでだ?」
「虹は七色だし。各国の国名も色からきてるからぴったりだと思うよ。」
「そっか。今度コクヨウ兄さんに言ってみるか。」
昼食後、製本して七冊になった辞典を持って兄姉達の所に出掛けることにした。
空路で往復すると時間がかかるので、いつものように獣人の国経由で転移した。
「大姉、ちょっといい?」
「ああ、お昼に連絡のあった件ね?」
「うん。間違ってたり足りなかったりしたら教えて?」
「ええ。夕飯に戻るときまでに確認しておくわ。」
ムツキ姉さんの所に行った後、キサラギ兄さんには昼に渡しているから、ヤヨイ姉さんのところに行って、次にウツキ兄さん、サツキ姉さんとお願いして回った。
残りは自国とブラウ王国のチェックなのだが、ブラウ王国は各国の魔物が集まってきている上、更に変質して新種の宝庫になっているからどうするか。
とりあえず現状で分かっている範囲の魔物の記述と、危険区域につき立ち入り制限有りとしておいた。
一度ちゃんと調査しておいた方がいいかもしれないが、少々危険なので暫くは放置する方向で話が進んでいるらしい。
光精霊には定期的に監視をお願いしているので、何か動きがあれば連絡が来るだろう。
夕食後、兄姉達から間違っている箇所と不足している情報の追加をそれぞれ聞き取ったので、修正作業を開始した。
数日徹夜で修正作業をしていたせいで、最近はよく昼寝をしてしまい、昼夜逆転の生活が続いてしまっていた。
今夜もせっせと作り直していると光精霊のオプトがやって来た。
『ミズ様。ブラウ王国で異変が起きているそうです。』
オプトは分霊体である光精霊達と絶えず繋がっているので、すぐに異変を知ることが出来るのは良いことだが、真夜中過すぎて兄姉達を起こしても良いものか躊躇ってしまう。
『何があった?』
『凄い勢いで氷が溶けてきているそうです。』
一人で勝手に行っては駄目だと言われていたので、申し訳ない気持ちでムツキ姉さんを起こしに行った。
「大姉、起きてる?寝てるよね?でも大変だから起きて!」
部屋の外から扉を叩きながら声をかけた。
まだ起きているのか寝相が悪いのか、大分遅い時間だったのに、中から物音が聞こえてきた。
「大姉、大変なの!起きてる?」
暫くバタバタする音が聞こえた後、コクヨウ兄さんが出てきた。
「どうした?ミズ。何があった?」
「あれ?大兄?大姉は?」
「あー。もう暫くしたら起きると思う。今すぐはちょつと無理かな。」
「えー?。どうしよう。ブラウ王国で異変があったみたいだから見に行きたいんだけど。」
「ブラウか。父さんかパール母さんについていってもらいたいところだが、どこにいるか分からないし。困ったな。」
「大姉も強いから、大姉にお願いしたいんだけど?」
「あー。今は足腰立たないから無理だと思う。」
「え?怪我してるの?治すよ?」
「あー。怪我じゃないから大丈夫だよ。暫くしたらもとに戻るし。」
「そうなの?でもどうしよう。すぐにでも確かめに行きたいんだけど。」
「キサラギはどうだ?少し頼りないけど、ムツキの次に強いし、様子見適度なら何とかなるんじゃないか?」
「うーん。仕方ないか。中兄の所に行ってみる。」
「すまない。宜しく言っておいてくれ。」




