お泊り! いざ片翅家へ
ツバサが長野支部に来てから、そこそこの日にちが経とうとしていた。
ウィジェル以外の職員の服装が冬服に変わり、普通の人間が寒さを感じつつある季節になった。
ウィンターバケーションとまではいかないが、それに近いものの許可を貰ったレイたちは、久しぶりに静岡の大地を踏みしめていた。
そこには、すっかりウィングズの戦闘服に身をつつん……ではいないが、隊員の一人として同行するツバサの姿もある。
そんな今回のメインイベントと言えば、ザ・お泊りである。
「レ、レイくんの家にお泊り……緊張します」
「何に緊張してんだよ、結婚するわけでもあるまいに……」
「おバカクロ君は、少しおだまりなさい。私にとっては今日が人生で一番重要なんですよ」
アタッシュケースを引いて静岡市清水区の行動を進む一行は、通り過ぎていく車や通行人の視線にされられていた。
フタバにとって、レイの家族に会うのは一世一代の大勝負の舞台のようなものである。
そんな会話を聞いて、レイは「まあ、お姉ちゃんにだけ気を付けてれば大丈夫……だよ」と目をそらして言うのだった。
「あの姉ちゃんか……うーん、可愛い弟に恋人ができたとあっちゃ黙っちゃいなさそうだな」
「うう……胃が痛くなってきました」
「……ホントに大丈夫?」
こういうやり取りは普通、レイがフタバにしてもらうのではと周りに突っ込まれつつ、無情にも片翅家に到着してしまう。
一般家庭にしては広い敷地の家で、クロとホトリは感心する声を上げていた。
対してフタバは、これ以上の大きさの家に住んでいたはずなのに、足までガクブルと震えている。
「頼りない隊長様だな。おい、カタバネ。この脳内淫乱ピンクを落ち着かせるためにも早く中に入るぞ」
「淫乱じゃないです!? 言いがかりはやめてください!?」
「はっ、どうだかな」
「い、淫乱……」
レイは、顔を赤らめつつ、玄関のチャイムを押した。
そのコンマ一秒後のこと。
「うわっ!?」
レイはいきなり開いたドアの内側に引きづりこまれた。
「レイ君!?」
「な、なんです!?」
ほんの一瞬のすきに消えてしまったので、状況が一辺たりとも理解できない。
急ぎ、フタバたちは片翅家のドアを開ける。
そこには――。
「お~か~え~り~! 会いたかったよぉー、レイー! さあ、お姉ちゃんの部屋に行こう!」
「はう!? お姉ちゃん変なところを触らないでー!? ああああ、ズボンがー!?」
あられもない姿にひんむかれようとしているレイと野獣と化したその姉、片翅諒が玄関スペースでじゃれ合っていた。
「お、お前たちは姉弟で何をやっているんだ」
「ツバサさんは知らないと思うです。あの人は弟のレイさんが好き過ぎておかしくなってるだけです」
「うむ、私には理解できないし、したいとも思わんが……この溢れんばかりの狂気は好意と認めざるを得ないか」
「小難しいこと言ってねえでさっさと止めてやれよ」
クロは呆れながらそう言うが、この姉弟のいちゃいちゃを止める様子はない。単純に関わるのが嫌らしい。
レイが好き勝手弄られるのを見かねて、ついにフタバが口を挟んだ。
「あのそのくらいでレイ君を放していただけませんか!」
「そ、そうだよお姉ちゃん! そろそろ僕のことを本気で勘違いしそうな人が出てくるからやめてえ!」
「ん!? おっとおっと、私としたことが久しぶりのレイ成分補給で羽目を外してしまったようだね! 歓迎しちゃうよ……うん……?」
高身長のマコトは、皆を見下ろすとある人物に目を止めた。
部隊長フタバである。
「ま、まさか……そんなこのまっすぐな瞳……これは恋する乙女のま、な、ざ、し!? 言いなさい、貴女もしやレイを狙ってるんじゃないでしょうね!?」
マコトは恐るべき姉パワーを発揮し、フタバの内情を読み取ってしまった。
だからといってフタバも一歩も譲るつもりはない。マコトからレイをかっさらうと、腕を組んで主張し始めた。
「そうです! よくぞ見抜きました、マコトさん……いえ義姉さん! ですが遅かったですね。私とレイ君はすでに結ばれているのですよ!」
「な、なんだってー!?」
「これは何のバトルなんだ……」
「知らないよ……もうめちゃくちゃだよ……」
こんな展開は予想していなかった。
レイが唖然としているのを、心中察したクロが背中をなでる。
――そこに救世主が現れる。
彼女はマコトの頭を鷲掴みにすると、顔を自分の方に向けさせた。
「マコト……」
「ひん!?」
「次、家で騒いだら外に放るわよ……わかった?」
「いえす、まむ」
その時のマコトの怯えようと来たら、ツバサを含めたフタバ隊一同が感心するほどだった。
暴君母、またの名を片翅朝。片翅家を締めるボスにして、鉄仮面を被った冷徹無比の女傑だ。
その隣には、いつも傍にいる一応片翅家の亭主である片翅新が微笑む。
「やあ、いらっしゃい」
レイの父は、一同に歓迎の意を示すのだった。
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