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片翼の纏輪  作者: 物語あにま
片翼の半天使たち
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堕天使vs半天使

 天使とは天上の存在である。レイにはその程度の認識しかない。詳しく問われるならば、もう一つや二つくらいは納得の答えを出せるやもしれない。


 ともあれレイは、未知の体験と遭遇した衝撃が体の隅々を這っていく感覚に襲われたのだ。


 目の前には、片翼の天使がいるのだから。


「さあ、お遊びは終わったぞ人共。今こそ、羽ありき者達の世だ!」


 片翼を背負う少女は、声高に己が力を主張する。興奮を押さえきれない瞳はクロを視界から外し、機能停止したフォールに熱のある視線を注ぐ。誰が見ても彼女の目は上位者を敬うものだった。


「は、頭が狂ってるやがるな」


 クロは、あちらとこちらの距離を縮めていく。途中、標的が懐に手を伸ばすのに気付かずに。


 少女は割れ物を扱う手つきでキューブ状の物体を取り出す。レイにはそれが人間でいうところの心臓に見えた。


「さあ、お目覚めの時間ですよ」


 少女の態度は、モンスターペアレントが実子と他人を差別するのにそっくりだった。


 クロが様子の変化に気づいてはっと表情を引き締める。きっとレイも同じことを考えていたと思う。


「やめ」

「ハロー、エンジェル」


 少女は片言寄りの英語で異形に語りかけた。続いて、心臓マッサージのように片翼の先を突き込んだ。灰色の肉体を掻き分けて。


少女は間をおかず、掴むソレを真新しい刺し傷に挿入する。場所は肩甲骨のちょうど間。そこに立方体を模したモノが沼地に沈むように埋まる。


 途端、嫌な気配が微弱な脈を打ち始めた。


「ちくしょう、間に合わねえ!」


 クロは間に合わないと悟り、耳元の通信機を起動させた。仲間であろう少女二人に事態を知らせるために。


「こちらクロ。理由は後で話す、最大限の警戒をして避難民の誘導を急いでくれ!」


『えっ、ちょっと!?』


 「話す口があったらな」というブラックジョークを、クロは喉の奥にしまう。通信を切断し、救援信号を支部に送るボタンを押す。


「お前も早く……!」


 レイが二の句を聞き取る前に、互いに硬直した。


「モッ、オッ…………オ?」


 灰色の悪魔が体を起こし、蘇る。その恐怖が、市民に伝播していく。


「う、う、ああああああ!」

「どけっ、どけって!」


 押し合い圧し合い。成人男性の多く残っている。混乱はいとも容易く起こった。


「すまねえ、訂正する。全力で早く逃げろ!」


 クロの叱咤が、レイの痺れきった唇を動かした。


「あ、ありがとう!」


 多分、そう言えたのはこれから先も過去の自分に感謝すべきことだろう。


 レイが走っていく。クロはレイの名前すら知らない。


「ありがとうか……」


 暴走する避難民を守る。その中に混じるレイの姿が見えなくなくなるまでフォールを足止めする。それがクロの決めたこと。


 幸い謎のウィジェルはそそくさと退散している。追う必要性はあるが、そのタイミングは今じゃない。


「ふふ、やっぱ良い奴だよ。お前は」


 口元が若干緩む。だがしかし、纏輪に込める気持ちは冷めることも揺るぐこともない。


「今日の俺は機嫌が良いぞ、化け物。相手してやるぜ」


 青年の申し出にフォールは「オッ」と気前のいい返答をする。


 レイが走り去り、クロはじりじりと近くに寄る半天使と対峙する。


 応援が駆け着くまで、好意的な解釈をしても三十分はかかる。どんなに楽観的に見積もってもそれくらいは必要だろう。クロの脳内感覚では圧倒的に長い四半刻だった。


「これが美人でスタイルモデル級の女の子が相手ならやる気も出るんだがなぁ……」

「オ」


 余裕はなく、油断も出来ない。しかし、無駄口を叩くくらいは出来たようだ。フタバたちが聞こうものなら、それがいつもの強がりだとすぐに見抜いただろう。


 フォールは、へヴンズ戦闘員が複数で相手取る怪物である。その最大の理由は死亡率の低下。同時に新兵の訓練も兼ねている。


 クロとフタバの入隊から三年を経て、ようやく後輩のホトリが加わったこの頃。現在は小規模部隊として軌道に乗りつつある時期だ。早々、命の危機というのは戴けない。


「――危なっかしい隊長と可愛い後輩を放っておけねえしなあ! 死ねねえなあ!」


 クロは猛烈と駆け出す。金色の円環から形成したソードシルエットで斬りかかる。この動作は何千回と練習した型だ。


「セェィッ!」

「オォ!?」


 フォールの肩口から腰にかけて袈裟斬りの一閃が走った。


 降り下ろしに適した刀身は、抜き身の刀。スマートでいて、厚みを残したしのぎが日本刀らしさを主張している。鞘はないのでこいくちを切る動作がない。だから、そこには殺意を感じさせる風情もない。だが斬ることに限り、クロのソードシルエットは他の追随を許さない。


「オラもう一丁!」

「オォン!」


 地に足が着き、返す刃を振り上げて逆袈裟斬りを放つ。


 脛から膝までをざっくりと斬られたフォールの絶叫は中々様だった。


「ケッ、堅い上に汚ないねえ」


 その刀身に刃紋は無い。今は代わりに敵の肉でまみれている。勝敗を左右こそしないが、金色の輝きがドブネズミ色に曇って見えるのはよろしくない。フタバと共闘していたなら、刀身に付いた汚物を振り払う時間があっただろうに。


「ォン!」


 クロの心情は仄かに場の雰囲気として匂ったらしい。


 フォールは吠え、太く発達した腕がアスファルトもろともクロを押し潰そうとしていた。


「ハッ!いっちょ前に怒ってやがる!」


 クロは、大きなジャンプで半天使の一撃をするりと抜けて見せた。


 フォールに接触した車線の一部は音もなく吸収されている。焦げ茶の地表が露出していたが、今更だ。


 上下逆さまになりながらの跳躍は見事に山を描いた。通りがけに斬りつけるのかと思いきや、クロは放物線の頂点でソードシルエットを解く。


 歪曲した円環を形作る纏輪。ガンシルエットである。


「へへ、撃っちまうぜ」


 クロは、近接戦闘では飛び抜けて優の一文字を飾っている。それは本人も自負するところだ。その代償というところだろうか。ガンシルエットによる遠距離戦闘はからっきしなのだ。こと射撃、狙撃に関して無能と言っても差し支えない。


 ホトリ曰く「クロ先輩に見えているのは全て的。フレンドリーファイアが特技」である。


輪開全光フルバーストレイ!」


 ホトリの五条光狙撃がスナイパーのアンチマテリアルライフルならば、クロの銃態全火力攻撃は特攻覚悟のサブマシンガンだ。


 左肩の纏輪から放射状に弾ける光線量は圧巻の一言に尽きた。


 言わずもがな、クロの輪開全光はフォールだけを撃ち抜くわけではない。舗装された道路も漏れなく穴だらけにした。横方面に位置するコンクリートビルの壁にも、光は突き刺さる。


ーークロは、ノーコンだった。


「ふう」


 反対側に着地を決めるクロは、軽い吐息を漏らした。このコンボにはさしものフォールでもしばらくの時間を要するようだった。


「ブ、オ……」

「しぶとっ!? 統括部には直撃しなかったか……はは、ホトリちゃんの言うことは聞くべきだな。よし、今度から聞いておこう」


 まず間違いなく明日には忘れていそうな台詞だった。


 統括部は、いわゆる人間でいう脳の働きするものである。破壊すれば、怪物と恐れられていようと一撃で機能が停止する。


「オォ! オッ!」


 よもや痛みで呻いたわけではあるまい。


 フォールの重低音の吼えが、まるで「今から攻撃するぞ」と警告するようにクロの腹に響く。


「今頃騒ぎやがって……それに」


 へヴンズ戦闘員の仕事は、身を挺してフォールを食い止めること。


「再生が速いな、コイツにそんな能力はなかったはずだが……まあ、いいや」


もはやヤケクソ気味である


 フォールは強い。それこそ新人隊員はベテランと組まされるくらいには。


 クロの一撃は決定打に欠けていた。だからこそホトリの支援なりフタバの援護は必要だった。二人がいてこそ当初のスムーズさは実現されていたのだ。


「けっ、応援まで二十分以上か……まだ無茶できねえな」


 今までも十二分に無茶をやっていたが、クロがそれを自覚することは無い。


「必ず帰るぜ、ヒヨリ……おっと、こういうの死亡フラグっていうんだっけか?」


 クロは右腕のブレスレットに軽い口付けを落とす。


 手作りのミサンガのような編み物だ。それが自信を与えてくれるのを、クロは強く感じるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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