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片翼の纏輪  作者: 物語あにま
片翼の半天使たち
16/153

天使の告白

 ヘヴンズ静岡支部は、今日も今日とて平和そのものだった。

 変わったことと言えば、ヒヨリが甲斐甲斐しくクロを調教していることと、フタバが明らかにレイを意識しているくらいだろうか。

 そこで一番フラストレーションが溜まるのは誰なのか。頭が回る人ならすぐに分かるだろう。

 その人物は、日常通り朝食の席に着いて、矛のように鋭い言葉を放った。


「レイさん、フタバ先輩に一体何をしたのか、正直に言うです」

「「ぶっ!?」」


 サファイア色の鮮やかな瞳で、じっとりと疑いに濡れた視線を向けるのはホトリ。いつもジト目の彼女は、また一段と瞼を垂れさせて呟いた。

 クロは、彼女と離れた席でよろしくやっているので、こちらの騒ぎには気付いていない。


「その反応……怪しいです」

「あ、怪しくないです!」


(フタバ、君がそれを言ったら逆効果……)


「怪しい、でーす」

「大体どこが怪しいんですか、ホトリちゃん」


 またも地雷を踏み抜いてくスタイルを見せつけるフタバ。どうしてこうも真面目なのだろうか。

 内心を吐露するなら、レイは纏輪に目覚めた日に、フタバに魅かれていた。一目惚れほどの強烈さではないにしろ、憧れの一つになっていたことは否定しない。

 それが入隊直後から長野遠征を経て、遅蒔きながら形となっただけの話。

 遠征の帰りにした、フタヨに関する会話が最大の要因であることは疑いようがない。


「まず遠征帰り直後から距離が近いのです。三十センチは縮まっているです」

「う……」


(なんでそこまで見てるの……)


「あとやたらと見つめ合ってるのです、バレバレなのです」

「ぐ……」


(なんでそこまで見てるの……?)


「決定的なのはそこまで不自然なのに、フタヨ先輩が顔を出さないことです。これはもうお二人の仲を認めているとしか思えないのです」

「あうふ!?」


(なんでそこまで分かるの!?)


 レイが敢えて何も聞かずにいた案件を、ホトリはどでかいハンマーでもって叩き割ってくれた。

 情けなくフタバが崩れ落ちる。その傍でレイは、これはフタヨが心配するわけだとえも言えぬ感傷に浸るのだった。


「ホトリちゃん……もうフタバが」


 レイは、見るに堪えなくなったフタバの肩に手を置く。

 こんな時に限って、フタヨはリアクションを起こさない。

 当然と言えばその通りだ。

 フタヨはフタバにできない、または否定したいことに対して行動を起こす。それはつまり、ホトリの指摘が正しいことを如実に語っていた。


「私、最近蚊帳の外です」

「今日も目の前で寝落ちてたけどね、毎回焦るんだから」

「それ程でもないですぅ」

「笑顔は素晴らしいけど、壁に頭を打つところだったのは忘れないでね……」


 その後、どうにかしてフタバを復活させ、朝食を終えた。

 レイは、いつでもどこでも食べる癖がついたジューシーな唐揚げを頬張り、白くきめ細かい粒で誘惑して来るご飯をかっ喰らうだけだ。

 ウィジェルには栄養もクソもない。静岡支部の変人代表、渋実しぶみ涼花すずかが、夢も希望もなく説明した講義の一つだ。

 食べた端からエネルギーと身体の損傷の補修に回しているのだとか。使わない物質はないということだ、エコノミーな身体である。

 ただウィジェルにも味覚はある、ということは忘れないでほしい。


「まあ、フタバ先輩もレイさんもハッキリさせた方がいいです。でないと、クロ先輩はともかく、私はどうしたものかわからないのです。お二人も、良く分からないままもやもやするのではないです?」


 年下の子に諭されている。

 女と男の違いかと考えるレイだったが、フタバを思い出して速攻でその意見を取り下げた。

 ともあれ、胸に引っかかるものがあるのは否定のしようが無かった。


「しっかりしろよフタバー。今のお前、解放なきゃレイに負けるかもしんねーぞ。つってもレイも若干動きが鈍いかんな、イチャつくのもほどほどにしろよ」

「ごめんなさい、クロ君」


 午後の訓練では、身が入ってないとクロに叱られた。

 あのクロにである。

 現在進行形で色ボケしてそうなクロにだ。これが女に本気で惚れた男の違いという奴だろう。


「次は、ホトリちゃんなー」

「はいデス」


 早々に約束組手を含めた試合を始める二人。

 ホトリと入れ替わりで戻ってきたフタバは、レイの隣にぺたんとお尻を着けた。

 離れて休んだっていいはずなのに。

 組手試合をぼうっと眺めた後、彼女(、、)は硬い声音で話を始めた。


「シロ助」

「なに、フタヨ」


 レイはフタヨの顔を見ていない。

 今見たら、絶対に何も言えなくなる。


「今日の夜、大事な話がある。面貸せ」 


 その日の夜、支部の最上階で、フタヨの言葉通り、レイはベンチに腰を掛けていた。

 上を見上げれば、夜空が窺える。

 最上階のドーム状バルコニーは意外と広く、庭園としても人気の場所だ。

 だというのに人がいないのは、レイが来た瞬間に顔をしかめて出ていったから。

 吹き抜けの作られた構造が、夜風を通して風呂上がりのレイを攻める。

 

「まだかな……」


 話がある。

 訓練の後、そう告げられた時は酷くどぎまぎしたものだ。

 レイも覚悟を決めてやってきた。


「待たせた」

「あ、えっと。待ってないよ」


 本当は三十分も前に来ているが、フタバに気づかれることはないだろう。

 纏輪覚醒者は外的要因で体の温度が下がりにくいから、触れられたとしても悟られづらい。


「ハッ、今さら俺に遠慮してんじゃねえよ」


 フタヨは、少し嬉しそうにレイの隣に座った。


「ち、近くない?」


 肩がピッタリくっつくほど側に寄られると、嫌でもフタヨを意識してしまう。


「こんなもんいつもやってんだろ」

「あれはプロレスみたいなもんじゃない……」


 表情筋やらが緩みきって気の抜けた声が出る。

 フタヨも入浴してきたのだろう。ほんのりとしたピンクローズの甘い香りが、レイの鼻孔をくすぐる。


(ダメだ、いつもみたいに言葉が出ない)


「あ、あの。フタヨはさ……」

「レイ、今アネキは俺の中で寝てる。だからここでは一切邪魔が入らない」

「へ!? ああうん」


 ある種の期待をしていたレイも悪いが、それにしても空回りした会話。

 爆弾を投下したのは、フタヨからだった。


「俺、レイが好きなんだ」

「ああ僕も………………」


(…………………………好きってなんだ? 好き、好きスキスキ)


「…………!」


 ぞわりと今までにない感情の波がレイを襲う。

 ベンチに座っていられずに、レイの膝が跳ね上がった。


「あ、いやその僕も気持ちは同じっていうか、えと、むしろなんていうか好きっていうか、その……」


 自分で自分の言っていることが分からない。

 もう行けるところまで行ってしまえと、覚悟を決めた一時間前の自分がレイを後押しした。


「ぼ、僕はフタバもフタヨも、どっちも好きだ!」

「……」


(言ってしまった……)


 ちょこんとベンチに座るフタヨは、黙ってレイの告白を聞いていた。

 そして、思わず噴き出した。


「はっはっはっ! いや、アネキにも聞かせたかったな、二月前ならともかく今言われたら嬉しいだろうしな」

「え……あ、あれ!? フタバは今聞いてないの?」


 フタバとフタヨは繋がっている。

 今の一通りの告白は、全てフタヨにも届いているはずだ。


「だからアネキは寝てるんだよ。まあ、俺の力で眠らせたっていうか」

「眠らせたって……うぷ?」

「んっ……」


(……!?)


 レイが思考に割いた一瞬の隙を見て、フタヨはキスをした。

 そして、すぐに終わる。

 

「ななななななな!?」

「ふっ、ビックリさせちまったな。すまねえ、でももういいかなって思ったんだよ。お前とキスするのも二度目(、、、)だしな」


 フタヨはいつもの吊り目ではなく、慈愛に満ちた瞳を向ける。


「二度、目……?」

「もう覚えてないか。当たり前だな、鳳凰寺双葉として長いこと慣れすぎたからな。口調も違うし」


自嘲気味にそう言いつつ、フタヨは衝撃的な言葉を口にした。


「『ふっ……ありがとう。我が愛しき人の子よ』とでも言えば良いのか? あの時は勝手に消えちまって悪かったな」

「あ、ああ……!?」

「お前は俺との約束を守った。堕ちた天使どもと闘うという荒唐無稽な話をな」


レイはにわかに信じられなかった。

しかし――。


『ああ!? 人の名前を覚えてねえたあいい度胸じゃねーか! 俺の名前は双葉だ!』


(そうか、あの時からフタヨは天使として僕に気づいていたんだね)



「ちょっと待って、本来のフタヨはどうなってるの?」

「それは話せば長くなるな。アネキからも聞いた通り、この俺、フタヨは本来バニシングツインで消える定めだった」


 それを聞いて、レイの心がきゅっと締まった。



「俺はその直前に下界で死に、魂だけでさ迷った。そこで、消えかかっていたフタヨと出会い、ある取引をした」


 それは、今こうしてフタヨが存在していることと関係があるのだ。


「すなわち、天使である俺と融合し、アネキのなかで生き続けることだ。お陰でフタヨの人格と元の天使としての内面は混ざっちまったが、些細なことだ」

「良かった……じゃあ、フタヨは本当に死んでしまったわけではないんだね」

「まあ、そうなる。けど、覚醒までに偉く時間をかけちまった。本当にアネキには申し訳ないと思ってる」


『これまで何も出来ずに済まなかった』


 フタバが聞いたその言葉は、寸分違わずフタヨの本心だったわけだ。


「でも元天使であるキミはともかく、融合したフタヨは僕のことどう思ってるの?」

「え、あー……」


 そこでフタヨは歯切れが悪くなった。

 その顔は珍しくほんのり赤くなっている。


「天使としての内面に引っ張られてその……ごにょごにょ」


 もうそれだけで察したレイは、自分を称賛したい。好きって気持ちは強いから、引っ張られてもおかしくはないだろう。


「まあ、それでレイとアネキの仲が進むまでは、手を出さないと決めてたんだ。意識が無くすとは言え、好きでもないやつとキスさせるのは気が引ける」

「それで回りくどくスキンシップとかしてたんだ……」

「う、うるさい。あれでも精一杯だったんだ! それも無用のお節介だったが。俺の知らない間に、大胆な男に育ったもんだな、アネキのどんな汚い部分でも受け止めるだなんてハハッ!」


 聞かれていたのか、とレイは言葉に詰まった。

 フタヨはいつものキリッとした顔で、レイの頬に手を当てる。


「だけど嬉しかったぞ。前に会ったときよりも、ずっと男前になってくれたみたいだからな」

「え……あのフタヨ? 顔が近いんだけど?」

「近づけてるんだバカ……あと、この後アネキはすぐ目を覚ますから。さすがに今の状態で天使の力を長くは使えなかったみたいだ」

「それって……まさか!?」


 「ふっ、がんばれ。アネキのことも俺のことも頼むぜ」とだけ残して、フタヨはフタバと入れ替わった。

 一瞬据わった眼をしたフタバが、徐々に状況を理解し始める。まず目の前にはドアップのレイの顔があり、自分の手はすぐ近くに添えられていて……。

 これではまるで恋人同士の距離感だ。

 そのせいか、レイまでフタヨとのキスを思い出し、頭がオーバーヒートしていた。

 

「あ、あのあのあの……これはいったいどういうことですか!?」

「うん。話したい気持ちはやまやまだけど、少し落ち着こうか!?」


 真っ赤な顔でパニックを起こすフタバ。さながら瞬間湯沸かし器とでも名付けようか。

 レイは、フタヨとの嬉しき再会を喜びつつ、フタバにどうせ話したものかと悩むのだった。

 落ち着いたレイは、フタヨについて話した。過去に会った天使のこと、バニシングツイン時に起きた真実、そして現在のフタヨがどうなっているのかを。


「そうですか。じゃあ、私はこれまで思い違いをしていたんですね。ずっとフタヨちゃんに責任を感じていましたけど……」

「うん、フタヨはフタバのこと責めたりしてないよ。むしろ、僕と出会うことができたから、感謝したいぐらいだって、頭を下げるのは自分のほうだって」

「本当に助けてもらったのは私も同じなのに……やっぱりフタヨちゃんは私の妹ですね。そっくりです、そういうところ」


 フタバが涙をこぼしながら、愚痴を言った。

 恐らく、こうなることがわかっていたから、フタヨはフタバに直接言えなかったんだろう。


「でも……」

「……?」


 フタバはその先の口調を強めて言う。


「全部フタヨちゃんの掌の上で踊っていたと思うとすごく悔しいです! もう妹なのに好き勝手してー!」

「ぷっ、ははは! ……僕はそのおかげでフタバと仲良くなれたし、今こうしていられると思ってる。それに、全部が全部踊らされてたんじゃなくて、僕からも踊れたと思うから悔いはないよ」

「ううん、そう言われると反論のしようがないですね」


 フタバは苦笑しながらも、フタヨの行動を認める。どこまで行っても可愛い妹なのだろう。体まで共有しているのだから特に。

 一息ついたレイは、「あ」と重要なことを思い出す。


「どうかしましたか?」

「いや、フタヨとの話のときフタバは聞いてなかっただろうから、言わなきゃいけないことがあるなって」

「まだ何かあるんですか?」

「うん、フタバとフタヨの両方が好きって……」

「……はう!?」


 レイは、これが二度目の告白なので緊張がほぐれ、ストッパーが機能していない。


「あ……!」


 レイが自分のミスに気付いた時には、フタバは知恵熱を起こして医務室に運ばれる事態となっていた。

お読みいただきありがとうございます。

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