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片翼の纏輪  作者: 物語あにま
片翼の半天使たち
10/153

半天使たちの集い


 それは爽やかな朝の出来事だった。

 レイたちは、いつものように一般職員に一歩引かれ、朝食を取っていた。


「今日は――」


 と、慣習通りにフタバがスケジュールを言い渡そうとして、レイの視界の左でふっと何かが揺れる。たしか、隣にはホトリがいたはずだ。

 多少の驚愕はあったものの、レイは普通(、、)に手を出した。


「ホトリちゃん、大丈夫!?」

「あれです? 今日は朝食にだいぶすると思ったのでぇすが……」


 眠そうな垂れ目をこしこしと擦るホトリ。


「一体何が……レイさん、この手はどうしたのです?」


 ホトリは不思議そうにレイの腕を掴んだ。

 どうしたのですと言われても、身体が勝手に反応してしまったものだから、手が出てしまったからとしか。


(字に起こすととても犯罪臭い……よくお姉ちゃんが抱き着くから自然に動いちゃったよ……)


 レイの姉、片翅かたばねまことはよく抱き着く。レイ限定で発動するそれは、十年前のとある国がしていた水爆実験よりも、ある意味恐ろしい。なにせところ構わずぎゅっと、熱烈に抱擁されるのだ。

 それに適応した結果がこれだ。


「ホトリちゃんの意識が飛んだ直後に、レイ君がナイスキャッチしたんですよ」


 フタバはやたら感心しているが、レイの理解は追いつかない。

 そもそも、なぜホトリはよろめいたのか。そこから説明が欲しい。


「ほえー! そうなのです!?」

「ちょ、ちょっと待って。僕には何が何だか」


 困ったときのクロ頼み。レイは応援を求めた。


「レイは初遭遇だよなー。ホトリちゃんな、寝起きから一時間以内にほんの一瞬だけ寝落ちすんの」


 起きてすぐの時もあれば、今回のように少したって落ちる(、、、)こともあるらしい。むしろ今まで出くわさなかった方が凄いとフタバに言われた。


「それってさあ。昼寝の後とか危険じゃない?」

「六時間以上の睡眠だとなるです。かくっとイクです」


 まだ不安を覚えるものの、本人が深く考えてないのが救いか。

 今後、朝方のホトリには注意不可欠だと心に誓うレイだった。

 そして朝食が過ぎ、しばらくのこと。


「うわ~です」

「おっと」


 廊下で突然、ふらり。倒れ込むホトリ。

 またレイの手がひとりでに行動。今度は抱え込むように受け止めていた。

 その反動で、レイは彼女ごと仰向きに倒れてしまう。


「おお……すげえです」

「凄いのは分かったから、早くどいてー!」


 レイは風呂覗きの一件から、ホトリの身体が危険だと認識している。正直、この悪ふざけでもドキドキする。

 お昼ご飯をいただいているときも。

 隣に居るホトリを怪しく思いつつ、お決まりとなった若鳥の唐揚げを摘まもうとし。


「ふうっです」

「はっ!?」


 ウィジェルの凄まじい動体視力で、ぎりぎりカレーライスダイブを阻止。当のホトリは感激してレイを凝視していた。


「わざとやらなくていいから、ね?」

「ダメです?」

「ダメです」


 フタバによると、ホトリの寝落ちは、どうも皆が油断しているときに発生すると言う。なので朝食時、顔面が味噌汁塗れになるとかが少なくないそうだ。 


「今日のホトリちゃんは楽しそうですねえ」

「フタバ、僕はハラハラしてしょうがないんだけど?」


 廊下はまだしも、食べ物に顔を突っ込むのは見過ごせない。そもそも見えてないだろうというツッコミは無しだ。

 辟易としたレイは、士官服の裾を引っ張らっれるのを感じた。

 瞳をキラキラとさせたホトリが興奮した様子で引っ張っている。


「レイさん、是非、我が家のお婿さんにどうです? その能力ちからを私の介護のために使ってくださいです」

「ぶっ! うえっへ、ゴホっ!」


 レイの咳き込みが止まらない。慌てて水を飲んだが、虚しくも気管に入っていくだけだ。ホトリが背中をさすってくれるが、それすら動揺を誘う。


「レイ、良かったじゃん。彼女ができるぞ!」

「クロ!? あの時のこと、まだ根に持ってるの!?」

「何のことだね、んん?」


 クロは耳をほじりながら、レイに湿度の高いジトっとした視線を送る。もう梅雨は過ぎたというのに。

 食事中に汚いからやめなさい、そうフタバに平手打ちを喰らっているので目も当てられない。


「しかし、ホトリちゃんも軽率ですよ。女の子が簡単に、お婿さんになってください、なんて言っちゃいけません」

「フタバ先輩は良い子過ぎるですぅ」


 レイはその真面目さに、通っていたはずの学校の委員長を思い出した。今頃、夏休み突入だろうか。ヘヴンズでは訓練と講義でぎっしりなので、そこは羨ましくもある。


「で、レイさんはどうです? 漏れなく私の膝枕が付いてくるですよ」

「ひ、膝枕……」


 ぽんっと自信ありげに太腿を叩くホトリ。彼女の脚の肉付きの良さが分かってしまう自分の目が憎い。


「はやく、食べなさい」

「あ、はい」

「はいです」


 今にも棒手裏剣のように箸を繰り出しそうなフタバが怖い。

 レイとホトリはすごすごとご飯を口に運んだ。



 夏本番とばかりに燦燦と陽の降り注ぐ昼過ぎ。ヘヴンズ静岡支部の訓練場は本日も賑わう。

 レイの相手を務めるのは、今回もノリノリのクロである。

 自由に召喚できるようになった巨大な金色翼が眩い粒子を振り撒いている。発現一ヶ月にサマな扱いができるようになったところだ。

 それでも近接の鬼であるクロには、手も足も翼も出ないのだけれども。


「ていりゃァ!」

「おおおおっ!?」


 側面に回り込んでクロの揺さぶりに付いて行けず、ただ避けるばかりのレイ。振り下されるソードシルエットモードの纏輪に遠慮はない。

 ウィジェルは、栄養素の経口摂取で、身体の欠損すら回復する。これもまた、人外扱いされる一つの要素だ。大事故に繫がりにくいのだから、鍛錬の場は勿論、任務でも重宝されている能力だが……。


(人外、か……)


「レイ君、ボーっとしない!」

「はっはァ! 余所見は、」


 フタバの檄が飛ぶが、クロはそれを哄笑で吹き飛ばす。


「イカンぜぇ!」

「かぁっ!」


 左肩から顕現するクロの纏輪刀。

 対して、レイの背の纏輪はソードシルエットですらない状態。だが、使っている内に色々と有用なことが分かるのだ。

 降臨型纏輪の大きな長所、それはとにかく攻撃範囲が広い。


「あぶねー!」


 体勢を崩したレイが、幅広の金色翼を横に薙ぎ払うだけで風圧が生まれるのだ。

 もう一つ、金色輪の長大な円周から放たれる輪開光レイの手数は驚異的だ。クロが飛びのいた一瞬に飛ぶ、計三本の輪開三光トリプルレイ

 まあ、手数が多いからと言ってホトリのような狙撃はまだできないが。

 虹のようなアーチを描いて迫るそれらを、全てソードシルエットで弾くクロ。とてもじゃないがレイやホトリには出来ないし、フタバですらまだ難しいらしい。


「上手くなったじゃねえか! つーか、降臨型ツエー!」

「強いとか言いながら、笑顔で来ないでえ!?」


 またも大きく跳躍して逃亡を図ったレイだが、クロの追尾は止まらない。


「このっ!」 


 もう一度、金色翼を肥大させて叩き付ける。フォール初撃破に使った、レイ命名の巨翼鎚ウィングハンマだ。


(しまった……!? クロ相手に使ったら!?)


 致命的な弱点に気付きながら、ついかっとなって使ってしまった。

 降臨型のこういった一撃は、隙が大きすぎるから対人には向かない。


「貰ったァ!」

「うぶっ……」


 レイの一撃をひらりと避けたクロは、猛烈なダッシュで激突。

 ウィジェルとして成熟には遠いレイの身体。あっけなく水平向きに飛ばされ、これには堪らず失神。

 その様子を窺いに、フタバたちはレイの顔を覗いた。


「これは……完全に伸びてますね」

「クロ先輩容赦ないです。鬼です。鬼畜です。バカ餓鬼です」

「仕方ないだろ! レイの奴、ホント一日刻みで強くなってんだぞ?」


 自分の正当性を強く訴えるクロだったが、ホトリは既にレイの側に付いている。


「クロ君は先輩ですし、つい本気になって厳しく当たっちゃった、なんてことはないですよねえ?」

「うっ……」


 フタバにまで責めるような目をされたら、もうクロは黙るしかない。

 そして、にっこりと笑顔の花束で応えるフタバ。


「そんなクロ君は、私と本気の組手をしましょうね」

「えー、フタバはえげつない攻め方するじゃんかー」

「自業、自得です」


 クロは、ホトリの追撃にぐうの音も出なかった。


「でも、負けてしまったレイさんにもおしおきは必要でーす」


 隊長に連行されるクロを見送りながら、ホトリは一人ほくそ笑んだ。

 


「んん……う、ん?」


 いつぞやの医務室のベッドを思い出す柔らかさを後頭部に感じる。レイは考えもなしに、というより薄い意識でその温さを堪能する。

 頭だけやけに心地がいいのは気になるが、まあいいやと軽く考えた。

 レイはすっと細く瞼を開ける。


「おはようございますです」

「ホトリちゃん……おは、え?」


 目が覚めたら可愛い女の子に膝枕されていた。


(……オーイエ―)


 胸中でエセ外国人のような反応を取りながら、レイは天井を背景にするホトリを見返す。

 ホトリもまた、陰ってコバルトブルーに見える瞳にレイを映す。爽やかなブルーハワイ色よりも存在を感じられていいと思う。


「ボーッとしてどうしたのです?」

「ははは、ホトリちゃん。それはこっちのセリフかなー、なんて」


 ゆっくりと起き上ろうとしたが、額と首元を押さえつけられて動けない。


「クロ先輩に負けた罰です。レイさんは二人の組手が終わるまでこのままでーす」


 言われてみれば年下の女の子に太腿を貸されているのは恥ずかしい。しかし、それよりも役得の方が大きい気がするレイだった。

 仕方がなく、レイは訓練場に目を向ける。


「はっ!」

「ぐィっ!?」


 丁度、クロがフタバに蹴り上げられたところだ。しかも無防備な顎を直撃している。悲鳴が声になっていないところにゾッとする。

 レイは背筋に冷たいものを感じ、自分の顎をさするのだった。


「今日も派手にやられてるですぅ」


 横向きに蹴り倒されたクロ。クリティカルヒット一撃で終わりと約束で決めてある。もう勝負は着いただろう。

 フタバはクロに手を貸している。


「三回に一回くらいはクロ君も勝ってるじゃないですか」

「その度に三倍返し喰らってるけどな!」

「クロ、膝が笑ってるよ」

「バカヤロウ、これはあれだ。夏祭りに備えて、盆踊りの練習をし過ぎたせいだ」


 一体いつしたんだという突っ込みしなかった。これ以上は、クロのプライドに響くだろうから。


「ふひひ。で、レイはいつまでその状態でいるつもりなんだよ」


 クロの言う通りだった。もう二人の組手は終わったのだ。

 レイへの罰は『二人の組手が終わるまで、ホトリの膝枕を受けること』のはず。ホトリの膝から離れるこれとないチャンス。

 しかし、それを勝手に良しとするホトリではない。


「そうは、イカのさせませんです」

「それだいぶ違うよ!?」


 ホトリは上から覆い被さろうとする。レイもマグロになるわけにはいかず、一息に抜け出した。


「お遊びはそこまでです。ホトリちゃんもふざけない」

「私は至って真面目にレイさんを確保しようとしたです」


 ぷうと頬を膨らませるホトリだったが、フタバを含め全員が綺麗にスルーした。

 なぜならこの後、フブキから特別な指令があるから。待ちに待ったレイの初任務が言い渡される日だ。

 どこから抜き取った情報か知らないが、クロが拾ってきた噂で少し聞いている。

 それによるとレイたちの行き先は、ヘヴンズ長野支部。なんと地図北側のお隣様だった。



 『長野でウイングズの活動が激しくなっていてね。ちょっと遠征に行ってもらいたいんだ。そうそう、長野の支部長は結構緩い人だから、訓練漬けの日々はしばらくないかもね。あははは』


「あははじゃねーんだよ! あの老害支部長!」


 フタバ……ではなくフタヨは、目尻を上げつつ、ワゴン車のシートで踏ん反り返る。

 ストレスが一定値を超えても人格が切り替わるのか、フタバは妹に身体を明け渡していた。しかしまあ、こんなものでレイにフタヨの存在を隠そうとよく思えたものだ。

 レイには、彼女がフタバに戻ったとき赤面顔をするのが目に見えていた。が、言っても無駄なような気がするので黙っておいた。


「そうは言っても、俺たちゃ所詮、一般上がりの戦闘員だからねえ。仕方がないじゃねえの」


 怒り心頭の部隊長に対して、クロは気持ちを割りきって接する。というより、携帯ゲーム機を弄くりながら適当に反応を返しているだけだ。

 一昔前に流行ったハンティングアクション系のロールプレイングゲームらしく、ハードはやたら分厚くて古臭い。このブラックボーイ曰く「それがいいんじゃないか」とのこと。レイがコミックを書籍で買うのと共通する理由があるのかもしれない。


「だからっつーか、気楽にいこうや」

「ケッ、クロ助め。湿気た海苔みてえな反応しやがって」

「へーへー、パリッと気の効いたことも言えんでごめんよ。あ、死んだ……」


『FAILED』。

 でかでかと画面を多い尽くす赤い文字が、プレイヤーを煽っている。


「レイもやるかー?」

「操作方法わかんないけどやってみる」

「チャレンジャーだなー、まあ移動と攻撃が分かればなんとかなるか」


 そう言って渡されたゲーム機の画面の端には『NOW LOADING』と映っている。


「これは?」

「高難度のクエスト、まあ頑張れ」

「えー」

「正に鬼の所業ですう」


 ホトリが言葉を切った途端、ミッションは開始された。

 長野支部に到着するまで数時間。レイは、何度もリトライして遊んだ。しかも、ハンティングする側だというのに敵モンスターから逃げ通し、クロを大いに笑わせた。

 長野支部に着いたのは、丁度三時のおやつどきくらいだろうか。

 フタヨは今から小一時間前に突然引っ込んだ。レイにベタベタと絡んでいるときだった。フタバは案の定赤面物のタイミングで意識が戻ったわけで、真っ赤になってそっぽを向いてしまった。

 フタバとフタヨは記憶を共有していて、不可抗力なのが分かっているだけに悔しいらしい。


(フタヨがわざとやってるんじゃ……いやまさかね)


「着いた着いた! それにしても、二年前より規模がでかくなったよなぁ」


 窮屈ではなかったが、多少小さめのワゴン車に詰め込まれてわけである。夏の灼熱とした空気が肺を活気づけ、気分転換を買って出ていた。

 高さ、広さ、奥行きのそれぞれを観察し、クロはしみじみと呟く。その発言からして一度来たことがある物言いだ。


「静岡支部より大きいです」

「そうだね」


 ホトリまでしげしげとその外観を眺めている。長野への遠征に関して、彼女は今回が初めてらしい。

 後は――。


「……あ、あのフタバ、そろそろ機嫌を直してもらえると嬉しいなー?」


 妙に乾燥しきった声は、果たしてこの暑さのせいなのだろうか。声を掛けたことでフタバが振り向いた。


「フタヨちゃんは……いえ、もう行きましょうか」

「うん。分かった」


 寂しそうに片腕を抱えた女の子。少なくともレイにはそのようにしか見えなかった。


「大丈夫ですよ。気が動転しただけで、別に不快だったわけではないんです」

「そっ、か」


 気を取り直して一行は、支部の回転扉を押す。中は冷房が効いていて、ひんやりとした空気がレイたちをささやかに出迎える。

 エントランスに直通する廊下を抜け、一般職員の案内で受付を済ませた。


「支部って、どこも似たようなものなんだね」


 病院で見られるような真っ白の内装は、質素な印象を持たせる。

 ふと、レイは自分の白髪を思い出す。そして、影が薄くなってはいないかと要らぬ心配をしてみる。


「規格が同じだからな。よっしゃ、チェックも終わったし部屋行こうぜ」


 クロは、最近になってシェアルームライフをするようになった相棒を誘う。男二人、一部屋で過ごすのも悪くないと思い始めるこの頃である。

 エレベーターで運ばれた先からは、女性陣とは離れ離れになった。

 レイとクロは予定通りのシェアルームで談に勤しんでいた。


「夜には支部長さんに挨拶して、ここの隊員さんとミーティングだっけ?」

「おう。気のいい奴らだから特に注意しておくことはねえな」


 お調子者で気さくなクロの基準からして気の良い奴。そう考えれば確かに注意しておくことは少ないかもしれない。

 「どっこいせ」とオヤジ臭く二段ベッドに這い上がっていく相棒。もしや夜まで仮眠する腹積もりなのだろうか。


「じゃあ、俺昼寝すっから。レイも今日はゆっくりしとけ……よ…………」

「あ、ああ」


 それはもう昼寝ではない気がした。まあ本人が言い切った以上昼寝でいいのだろう。恐ろしいことに、もう当人は寝てしまったことだし。

 寝つきの良さはホトリの瞬間寝落ちと同レベルなんじゃないかと思うレイだった。

 それからレイはマコトに電話を掛けたりして、ゆったりと過ごした。思い出したようにクロを呼ぼうとしたら、目を覚ました彼が横にいるのに気付かぬほどに。

 その表情から、まだ寝足りないと見える。


「あ、あー……よく寝たぜ」

「うん、クロ。ひとまず寝癖を直そうか」

「んー」


 クロはシャワーを浴びに浴室に踏み入る。

 しばらく待つこと十分少々。生き返ったような面をしたクロが姿を現した。


「おまたー、んじゃ行こうぜー」

「ちょ、髪を乾かしてからいかないと失礼だよ。ドライヤー持ってくるから待ってて」

「お前は俺のオカンかよ」


 ぶつくさ文句を言いながらレイのお節介を受けるあたり、根の真っ直ぐさは折り紙付きだ。

 この分ならば数分もあれば招集時間に間に合うように出発できるだろう。

 レイは、クロの癖毛気味の黒髪をとかしながら、長野のメンバーへの想像を募らせる。

 まずは支部長にお目通りだ。

 フタバたちと合流してからは、トントン拍子で支部長室まで進んだ。


「フブキ支部長みたいのだったらどうしよ」


 肝心の顔合わせは、やはり好印象で迎えたい。

 フブキ以外の支部長に会うのは、レイにとって初のことだ。それなりに身だしなみに気を使うし、それに倣って相棒もきちんさせておく。


「そんな緊張しなくていいんだぜ? 変態染みたただの筋肉だし」

「それは、色々とどうなのさ……」


 いくら諭されようとレイは支部長を肉眼で確認するまでは気を抜かないつもりだ。


「もうお喋りは禁止ですよ……失礼します、鳳凰寺双羽隊です。静岡支部から派遣されました」

「んー、入りたまえ!」


 精悍さを思わせる低い声だ。


(うわあ……)


 恐らく年齢は二十代なのだろうが、支部長は老け顔だった。いや、肌の張りつやは十代のだというのに、やけに毛深いのだ。

髭にモミアゲ、浅黒い肌。この分なら腕や脛も剛毛に侵食されているのではなかろうか。

纏輪覚醒後は髪の毛も髭も延びていないだろう。あの鉛色の髪は何年も前からそのままという可能性がある。

 正直、三十越えたオッサンと言われても不自然じゃない。

 そしてこれでもかと隆起した筋肉。

 なにより板チョコレートのようなシックスパックを惜しみなく曝していた。そこには斜めに走る傷痕が一本ある。


「相変わらずだなー、ハガネ支部長は」

「おお、君はクロか!そっちはフタバだな! そこの二人は……初めましてだな! 私が長野支部を治める斥蔵せきくらはがねだ! 以後よろしく!」


 パワフルアンドエネルギッシュ。体全てを使って、それらを現すハガネは、レイとホトリに分厚い掌を寄越す。


「は、初めまして。最近入隊しました、片翅かたばねれいです」

島崎しまざきほとりです。入隊して一年ほど、です」


 ホトリは目の前の筋肉に萎縮して、レイを盾にした。そんなふうに使われても縮こまっているのはお互い変わらないのに。


「オーッ! 私としたことが、部下から名刺を渡すだけにしろと言われていたのを忘れていたぞ!」


 机の下で蠢く筋肉。名刺を差し出す筋肉。

 いいんじゃないかな筋肉。なんだか筋肉したくなってきた筋肉。


「しっかりしろレイ。筋肉に乗っ取られるぞ」

「あ、ああ。うん」


 何を? などと聞かなくても十分体感済みである。

 あな恐ろしやハガネのマッスル。


「大方はフブキから伝えられているだろう、ガハハッ! しかし、君たちの仕事は長野市のパトロールくらいだから、いざというときに備えてくれていれば、私は満足だ!」


 ハガネ支部長の話では、長野市以外の各所は警察機関が動いているそうだ。つまるところ、レイたちは重要拠点であるヘヴンズの関係各所を守ればそれでオーケーだという。

 貴重な戦力であるウィジェルを分散させるというのは、よほど緊迫した事態だと考えていい。


「ここでの過ごし方だが、以前フタバとクロは経験しているだろうから、彼らに教えてもらうといいぞ!」


 これが本日のハガネの最後の言葉だった。

 フブキの言った通り、随分と規則の緩さに定評のある人柄だ。それは後からクロに聞く話でも頷ける。

 長野支部では、訓練ではなく自主鍛錬を大事にし、「自分が強くなるんだ」という意思を育てたいらしい。そのため訓練は週に一回の定例日のみとし、講義は毎夜ごとに一時間だけ。

 そんな、フォールやウィングズの驚異が無ければ、一日足らずで堕落してしまいそうな環境だった。


「ねえ、クロ。あの支部長を見てたら、急に今日の会議が怖くなってきたんだけど」

「あれが一番の変態だから、力抜いてもいいと思う。着いた時も言ったけど気の良い奴らだよ」

「ふ、ふうん」


(一番、ね……)


 暗に二番手の変態が存在すると言っている口ぶりに、レイは余計な心労を重ねた。


お読みいただきありがとうございます。

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