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片翼の纏輪  作者: 物語あにま
片翼の半天使たち
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プロローグ

推敲しました。

本日も雨だった。


 失敗作の綿飴のようなどんよりした暗灰色の大雲。それを引き立てる淑やかな雨。諸々が合わさり、片翅かたばねれいのため息を誘導させるのに一役買っていた。


「買い物があるのに……ツイてないな」


 梅雨の猛威をまざまざと見せつけられるこの頃。


 レイは自室の窓辺から、目にかかる黒髪越しに空を見上げた。


 よりにもよってなぜ今日買い物に行かねばならないのか。それというのも全て母親のせいだ。連日の雨にうんざりしたという理由で、買い物をサボったのが事の発端である。


「漫画の新刊をついでに買おう」


 本棚に視線をやる。外に出る理由をこじつけなければ、やってられない気分だ。


 レイはドアノブに手を掛けた。


 一階には誰もいなかった。家族は揃って姉のバスケットボール試合を見に行ってしまった。


 静寂で、ひっそりとした廊下を抜け、玄関を出る。傘を差すと雨粒が小汚なく音を奏でた。


「靴に水が染み込むな……早く行こ」


 もう腹立たしさも湧かない。母にも、雨にも。レイは時間を無駄にしたくない一心で両開きの門を押した。


 住宅の密集した地域を通り、ひたすら右へ。住宅街から交通の便が捗る道に出る。レイは襲い来る騒がしさに顔をしかめた。


『先日、フォールの発生が確認されました。この事態にへヴンズは……』


「また東京、物騒だな」


 レイは馴染みのある電器店を通り過ぎる。液晶に映るニュースのテロップに向けて、不安を込めた一言を呟く。


 フォールと呼ばれる超生物を相手に自分が何かできるわけでもない。敵は、人工物を親の仇とばかりに奪い、人類文明の物質を残さず平らげる化け物だ。


 レイのような一般人に許されるのは、怯えて禍事をやり過ごすことだけだ。



 幼い頃、とても綺麗な女性と会った記憶があった。対になった純白の翼。足元まである金髪を、水をかけ流すように伸ばした女性。


 人に話せばバカにされるだろうから誰にも話していないが、その姿は鮮明に覚えている。


 だが会話が思い出せない。子供ながらにその姿に見惚れて、何かを約束したことは覚えている。残念ながら、レイはその内容を失念してしまま、高校生になってしまったわけだが。


 フォールと名付けられたのは、その暗い灰色に染まった姿が、まるで堕天使のようだと言われているからだ。しかし、レイが出会った女性は、間違っても堕天使などとは呼べないくらい清謐なオーラを纏っていたと思う。


 今でも、レイは彼女が天使だったのではと思うことがある。


(ま、過ぎたことか)


 そして、最後にはそう結論付けるのだ。


 目指していた本屋には思っていたほど客はいなかった。連日の雨天に、客の気分も削がれたのだろう。


 レイはやりきれない足取りで新刊コミックスの並ぶコーナーに向かった。


「あった……もう次の新刊も出てるか」


 財布の口を開くと数枚の英世(、、)が確認できた。高校生にとって、心強くもすぐに無くなる有能な紙切れたちだ。税込にして四百幾らかの漫画は、着実にレイの財布へダメージを与えるのだ。


 さて、と意を決したところで、レイは新刊に伸ばした手を止めた。


 棚と棚の間で品物も決めずにうろうろする少女がいた。その容姿はどこか奇妙に映った。じめじめとした湿気が肌を蝕む時期に、ニット帽で綺麗に覆われた頭。ついでにサングラス。


 言い訳不要、問答無用で不審者のレッテルを張って差し上げたいところだ。


「怪しっ……!?」

「……? ……!」


 視線に敏感な反応を返すニット帽の娘。彼女は不思議そうに首をひねり、レイの視線を受け止める。


サングラス越しに瞳が合う。


直後、少女は慌てて店を出ていった。


「なんだったんだろ、今の」


 もしかしたら仕方のない事情があって変な格好をしていたのかもしれない。


取り合えず心の中で、少女の未来に合掌。変質者になったら、目を会わせただけとはいえ、レイも悲しい。



 スーパーマーケットについて、特筆して語るところはない。強いて言えば、レイと同じ表情をした人間しかいなかった、だろうか。


 帰路に着いたレイの利き腕を見事に封殺するスーパーバッグ。傘を指すために、一つのポリエチレン袋に商品を詰め込みすぎた。


 肘関節が「もう無理」と訴えている。


 もう全て母が悪い、と軽弾みな責任転嫁をしたところで、レイは公園に入った。


「あー、疲れた」


 手製感の滲む屋根付きベンチの真ん中は、まるで特等席のようだ。レイは誰も居ないのを良いことに堂々と占拠した。


 これが晴れた日ならどんなに気持ちの良い一日になっただろう。


「それにしても、僕の筋力情けなさ過ぎる」


 レイは上腕二頭筋から 肘周りの筋肉を申し訳なさそうに摘まむ。ふにふにふにふにふにふにふにふに。返ってきたのはほどよい筋肉と脂肪の感触だけだった。


 十分に休息を堪能し、雨降る外界に戻ろうと立ったとき、携帯端末が不気味に吠えた。


 不快感を催させる警報音だ。掌に収まるサイズの端末は唸り続ける。強制電源のスイッチが入ったのだろう。携帯としても機能するそれは、レイの薄暗い表情を良く照らす。


 フォールダウン警報。


 その文面が告げるのは、地震、津波に次ぐ現代の天災。堕天使たちの降臨である。


「逃げないとッ……」


 荷も傘も、持っていたものは全て置き去りにした。持っていてもどうせ消えて(、、、)しまう。


 目指すのは、避難民を受け入れる駅前地下シェルターだ。全町民を格納するだけの広さと、数日分の食料が確保されている。


 同じ方向に逃げ行く人の群れが見えた。


「やった……」


 それは、レイと同じように避難しようとしている人々に会えたことからの安堵。しかし、残酷な現実は、そんな平和を許さない。

 幅広い道路を挟んだ白い車線の上、そこに空間を裂く堕天使がいた。


 色彩を欠いた全身灰色の肉体に、焦点の合っていない眼球。


 全てが異様だった。地球の生命体をいくつか混ぜた、合成獣キメラのようにも見える。盛り上がったつるつるの疑似筋肉の上を冷徹な雨が叩き、粗末な飛沫を作る。

 人類が名付けたその名はフォール。物質を喰らう、史上最悪の天変地異存在。

 そいつは、小さく醜い膜翼を持っていた。


 後に堕天使の末端兵だと知る相手に、今はただ絶望を沸かせた。

お読みいただきありがとうございます。

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