婚約破棄したくてもできない!~婚約者が怖すぎる場合~
レイラ・エクスキャリバー公爵令嬢は婚約者であるトラス王子の言葉に黒い目を細めた。
クセのある黒髪に異国の血が混じっている、エキゾチックな容貌の彼女は凛とした美女であった。それだけに迫力が違う。
「殿下、私、その御令嬢の名前も顔も存じ上げないのですが、それでも私が虐めたと仰るのですわね」
「当たり前だ。本人がそう言っている!」
貴族の御令嬢としては眼光鋭すぎるレイラに、トラス王子は怯まずに答える。その顔には薄い笑みさえ浮かんでいる。
しかし、いくら眼光鋭いと言っても、貴族の神経のか細い御令嬢とは思えない物騒な言葉がレイラの口から出てきた。
「申し訳ございませんが、私なら階段から突き落とすくらいなら首を刎ねますわ。丁度、剣の切れ味を試したかったので、突いたり、切り裂いたりもしたいですわね」
「首を刎ねる?!」
トラス王子の背中で守られている少女が素っ頓狂な声を上げる。
「何を仰っているのかしら。私は近衛騎士団に属する殿下の警護責任者ですのよ?」
令嬢の言葉にトラス王子の警護に付いていた騎士たちが小さく頷く。
レイラはゆっくりとトラス王子の背後に回り込みながら話を続ける。
「殿下の命を守ることが使命である私が、その力を維持する為に研鑽を積むのは当たり前のこと。よもや、ご存知なかったのでしょうか? 手を変え、品を変え、暗殺者は後を絶ちません。この前の平民も男爵令嬢も侍女もみんな殿下を上手く誑かしておりましたわね。今度もそうでないことを祈るばかりですわ。一族の命の為にも――あら?お顔の色が優れないようですが、どうかなさいまして?」
「・・・大丈夫ですわ」
蒼白な顔で少女は王子の背中に隠れたまま答える。
「そうですの? ああ、師匠が仰るには数切らなければ得物との相性がわからないそうなので、自分にあった得物を探しているのですが、――本当にどうなさいまして? 貴女、お身体は大丈夫ですの?」
少女の身体は瘧にでも罹ったかのようにブルブルと震えている。レイラはそれに構わず、指を折りながら思い出して話していく。
「王家への反逆に、殿下を王太子の座から引きずり下ろしたい者、国家転覆を企む者に、隣国の間者。色々、おりましたわね。そろそろ、得物と出会えても良い頃だと思うのですが――あら、殿下。先程の御令嬢は?」
トラス王子は何事もなかったかのように肩を竦めてみせる。
「さあ」
そんなトラス王子の様子に、レイラは小首を傾げて言った。
「ところで、何のお話をしていましたっけ?」
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エクスキャリバー公爵家の一室で寛いでいた男は、弟子であるレイラ・エクスキャリバー公爵令嬢に泣き付かれていた。
「お師匠様、殿下が婚約を破棄して下さりません。それどころか私を乗り越えるくらいの想いを持った女性でなくてはと仰られる始末で。私、あの方のことを小指の先ほども想っておりませんのに・・・」
「あの家系はしつこいからな。一度、気に入ると喰らいついたが最後、絶対に離さない。諦めろ。王家に成るべくして成った家系だ」
「諦められませんわ! 諦めたら最後ですわ!」
「・・・そんなに嫌か?」
「嫌ですわ! 私を気に入っているなら、次々と違う女を見せつけるかのように連れ歩くことはない筈です!」
「男には見栄やら子どもじみたところがあるから、大方、お前に嫉妬して貰いたいんだろう。お前の様子からしたら逆効果にしかなっていないが」
「当たり前ですわ! 嫉妬なんかするもんですか!」
即座に否定され、師匠と呼ばれた男は溜め息を吐く。
「時代劇好きが高じて剣道や居合を習うんじゃなかったな・・・。スポーツチャンバラなら兎も角、お前が剣鬼になってしまったのは全部、俺のせいだ」
「お師匠様は悪くありません! お師匠様は異世界からいらっしゃった神子様ではございませんか!」
「そうは言っても、公爵令嬢のお前が剣鬼になってしまった責任は俺にある」
「お師匠様は元の世界に戻れなくても頑張ってらっしゃる! 私はそんなお師匠様に近付きたいのです!」
神子は自分を慮ってくれる娘が哀れだと思った。
剣馬鹿(正しくは時代劇オタク)の自分と一緒に稽古をさせているうちに女としての幸せより、剣の道を選んでしまわせたことに。
「レイラ・・・」
「お師匠様・・・」
「ちょっと、レイラ! 私のヒロを盗らないで下さる?!」
しんみりした空気を切り裂く言葉とともに赤毛の貴婦人が駆け込んできて、そのまま神子に抱き付く。
「なっ!!」
「止めないか、マリベル。みっともない」
言いながらも、赤毛の貴婦人を宥めるように神子はその頭を撫でる。
マリベルと呼ばれた女性は顔を上げる。その目には涙を湛えていた。
「でも、ヒロ・・・!」
「レイラもお師匠様と呼ぶのは止めてくれ。――なんで、レイラはお父様と呼んでくれないんだ? ――そして、マリベル。なんで、お前は実の娘に嫉妬するんだ?」
「お師匠様はお師匠様です。私は父と娘という関係よりも、師匠と弟子の関係を取ります!!」
「あなたたち二人が仲良く話していて、私を仲間に入れてくれないからでしょ!!」
神子は妻と娘の返答に深い溜め息を吐く。
異世界から来た神子は王女の婿として公爵になり、その娘は父親の影響で剣鬼になってしまった。
父親から剣鬼と呼ばれた娘のレイラは、剣姫、剣の王妃と呼ばれて国民に慕われたと言う。
王子は嫉妬して欲しいタイプ。
しかし、レイラに無視されすぎてヤンデレに進化。
怖いのは脳筋の剣鬼か、それともヤンデレ王子か、その判断は皆様がして下さい。