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商談ケース4:金も信頼もない奴との話し合い3

「勇者一行を見捨てたこと。後悔している?」

 魔王さんとの商談をまとめ、本社へ帰った後戸川に聞いてみた。

「何でそんなこと聞くんすか?」

 聞きたいのは、人間とヒトの違いについてどう感じてるのか、である。ヒトは人型ではあるが、どこか普通の人間とは違う生命の総称である。今回ではラールライがそれに該当する。

 普通の人間なら、見た目が違う彼らを排斥するだろう。あの世界の宗教はただそれが過剰になってたにすぎない。元の世界である此処でも十分に起こりうることだ。

「お前、ラールライのこと、どう思う?」

 質問を変えてみる。これでラールライをどう思っているかで、ヒトについての感情を探ってみよう、と思ったけど、しばらく考えた末、こんな答えを返しやがった。

「強くて黒くてカッコよくて三つ目で、幽○白書のヒ○イみたいだなぁって」

 正直、マジかこいつ? って思ったよ。

「……そんだけ?」

「そんだけっす」

 俺が聞きたかった答えと、なんか違う。

「人間とは違う姿だったけど、それで忌避感を覚えたりしてないのかなぁって思ってさ」

 もうこうなりゃ直球で聞いてみるしかない、が、その答えもだいぶあっさりしたものだった。

「そりゃ今更っすね。龍やらなにやらと出会った段階で、もうそんなの気にしてないっすよ」

 ……わかった。俺の考えは、杞憂だったんだな。

「そんなもんか」

「そんなもんっす」

 そのとき、俺は悟ったよ。

 この軽さ、こいつも相当この会社に毒されているな、と。



 後日、ラールライへの商品の引き渡しを終えた後、再び『純白光』の首都にある城を訪れた。

 代金を持ち合わせていなかったので、勇者に聖剣を売らなかったと報告しようとした、のだが。

「貴様ら! 何故勇者に剣を売らなかった! そのせいで魔王を斃せなかったのだぞ!」

「そうだ! 責任を取れ!」

「勇者たちから聞いたぞ! 魔王に物を売るだと!? 人間としての誇りを捨てたのか!?」

 とまあ、一回目の時以上の非難轟々が俺たちを襲ってきた。

 そういえば勇者たちが逃げ帰っていたんだったな。遠距離通信の技術はあるから、その勇者たちから報告を聞いたんだろう。俺たちの行為を知った怒り心頭の爺どもが、俺たちを弾劾しようとこうしてわざわざ謁見の間に集まっているわけだ。

 必要ないとは思うが、一応事情説明しとかなければな。

「どうやらお聞き及びになっているご様子。説明させていただき--」

「そのようなものは必要ない! 貴様らが勇者を見捨てて、魔王に与したのは自明の理! そのような良い訳は聞きたくないわ!」

 ほらこうなった。

 俺もする必要はないと思ったんだけどな。上司に報告したら、最低限の説明をするのが義務だって言われたから来ただけで。

 ……あ。そうだ。

「戸川、今からお前がこれ黙らせて事情説明しろ」

「は? 自分がっすか?」

「そう。こういう場で説明するのも、いい経験になるだろう。やってみろ」

 このような場で己の意見をしっかり伝えなければいけないことも、多々あるだろう。これも戸川のことを思ってだ。なんていい先輩なんだ俺は。

「ただ面倒くさくなっただけっすよね先輩?」

「ないないないない。んなわけない」

 俺はあくまで、お前のためを思っての行動だよ。爺どもを黙らして説明をしないきゃいけないのがだるいしめんどいな~、とか全然思ってないよ。

 なのにこいつときたら、こっちをジト目で()め付けてきて。ほら、こっちが余所見をしているのに気付いて、お爺ちゃんたちが一層大声を上げて怒鳴ってきてるぞ。

「申し訳ありません。こちらの戸川から説明ありますので、お聞きいただければ幸いです」

 先んじて逃げ場を封じてしまう。

 戸川の視線を無視して、背中を押して前に突き出す。

 下を向いて諦めたように溜め息を吐き、気を引き締めて顔を上げた

「ご紹介に預かりました、戸川と申します」

「何が説明だ小賢しい! 貴様らがどう責任を取るのかだけ言え!」

「そうだ! さっさと下がれこの小--」

「--まず最初に申し上げておきますが!」

 戸川が大きな声、この広い謁見の間で反響が起こるほどの大きな声を発した。その声に爺どもが動きを止めている間に、戸川は話を続けた。

「まず最初に申し上げておくのが、我々は今後一切、そちらとの取引を行わないことを決定しました」


 取引の終了。社長を含んだ上司と話し合いを行い、決まったことである。

「……戸川、とやら。それは何故かな?」

 唯一戸川の剣幕に押されなかった王が、厳かに聞いてきた。並の人間なら圧倒されてしまい、王の都合のいいことしか話さなくなるのだろうが、お生憎様、新人と言えど、その程度でビビる領域は既に通り過ぎている。

「簡単です。そちらが代金を支払わなかったから。それが理由となります」

「何を言っている!? 我々は聖剣を手に入れてないのだぞ!」

 王の態度で冷静さを取り戻した一人の爺が、唾を飛ばして訴える。聖剣を譲ってもないのに代金の請求したらおかしいわな。でも残念ながらそれは今回の分じゃない

「こちらが申しているのは、過去二回において支払いが滞っている代金のことです。猶予が十分にあったにも関わらず、返済がなされていない。それが主な原因となります」

「前にも言ったであろう! それは我々とは--」

「--関係あります。これは勇者個人の負債ではなく、国が負った債務なのです。ならばそれを国家が払うのは当然でございます。また先ほども申しましたが、返済の猶予は十分にあり、またその能力もあるというのに、返済が成されていないということは、そちらには払う意思がない。そのように捉えさせていただきました」

「それは、戦費が嵩んでおるからであって--」

「年がら年中、戦争をしているわけでもないでしょう? ならば返済は可能だったはず。いや前回訪ねた時も同様だったのでは? それなのに支払わないということは、そういうことだと認識しております。また!」

 口を挟もうとした爺を抑えるように、再びの大声。

「そちらが債務を勇者に引き受けさせたので、勇者の方に請求させていただきましたが、こちらにも支払い能力がないことが認められました。これにて、過去の負債が回収できないと判断させていただきました」

 以上より、と続けて。

「貴国は商売相手として『信頼』するに値しない、その結果の取引終了です」


「……そうなると、今後、聖剣はどうなる?」

 王が声を掛けてきたが、先ほどとは様子が異なる。声に滲むそれは、怒り。

「それはそちらがお決めになること。自前で用意するのも良し。別の業者に依頼するのも良し。ただこちらの決定といたしてましては今後一切、我々がそちらに関知することはございませんので、あしからず」

「……ふざ……な」

「お、王」

「ふざけるなよ貴様!」

 突然、王が態度が豹変させた。怒りを隠すことすらせずに、怒鳴り散らしてきた。その剣幕は周りの爺たちを硬直させ黙らせるほどのものだった。

「勇者が魔王に挑んで逃げ帰ってきたことは、既に周辺国や、市井の者にまで伝わった! このままでは我が国の、教会の、私の威信が失われてしまうのだぞ! 貴様らが大人しく勇者に剣を渡してさえおればこうはならなかったのだ! 何故我々の邪魔をする!? 何故我々が金を払わねばならない!? 何故魔王に協力する!? 教会に! 勇者に! 神に等しき我々に! 無償の奉仕をするのは人類として当然の行為であろうが!」

 突然の変貌、王の狂騒に、周りの爺どもは恐れ(おのの)いている。

 されど戸川の顔は、何の感慨も抱かず、冷めた表情をして、王を見ていた。そして一言。

「知ったことではありません」

「な、にぃ……!?」

 溜め息を吐いて、それはそれは面倒くさそうに、口を開く。

「貴公の威信など知ったことではありません。お客様ではない方々の事情など考える必要はありません。また一切の邪魔もしていません。代金が払われなかったので商品を渡さなかっただけです。我々はボランティアではありませんので、代金を頂くのは当然のことです。そして我々はただの一企業。融通を効かすことはございますが、貴方方や魔王様に極端な肩入れや協力をしているわけではありません。お客様に商品を売っただけです」

 一息にそこまで言い切り、なお続ける。

「そして、お前らに協力するのが当然、だと? それこそふざけるな! 貴様らの権威がいつどこでも通用すると思うなよクソ爺どもが! 過去の人々が作った権威にしがみ付き生きてる貴様らが神に等しいわけあるか! この害虫どもが!」

 戸川が激昂して、啖呵を切る。その勢いたるや、縮こまっていた爺どもを更に震え上がらし、怒り狂っていた王すらも一瞬たじろがせる。かくいう俺もちょっとビビった。こいつは激しく罵って起こるタイプなのか。覚えておこう。

「……っ! 衛兵ども! こやつらを取り押さえよ!」

 気圧された王が、最終手段に訴えかけてきた。

 言葉と共に広間に飛び込んできたのは、二十を超える衛兵たち。

 俺たちを確保し、聖剣を奪取。しかるのち人質として取引にでもするつもりなのだろう。

 まあ、取り押さえられればの話だけど。


 迫りくる衛兵たちを倒す。倒す。

 鎧に包まれているので、もっぱら顎を撃ち抜いて意識を刈り取る。ただ数が多いだけの相手にさほど恐れることはない。

 だが最も恐ろしかったのは戸川であろう。

 金的。

 極めて効果が高いが、その痛みをよく知るがゆえにあえて撃たなかった一撃を、こいつは躊躇なく撃っていく。

 それを見ていた衛兵が遠巻きに戸川を見ていたが、来ないならこっちから行くと言わんばかりに戸川が攻めていくので、これ以上被害者を出さない様に急いで衛兵たちの意識を断って行った。そのせいで俺の撃破数が多くなってしまったのはご愛嬌だ。

「う、がう……っ」

「はっ、はっ、はが……っ」

「そ、そんな馬鹿な」

 倒れこむ衛兵たちを見て王が呻く。選りすぐりだったようだが、それを倒されてしまったので、相当ビビってる。だけど戸川がここまで戦れるとはおもってなかった。また後輩の成長を実感できて俺も嬉しいな。

 戸川が再び王たちの前に進む。

「わ、わかった。代金を払う。だから聖剣を譲ってくれ」

 威圧しているわけではないが、先ほどの光景を見せられたせいで、声に勢いがなくなっている。脅しのようになっているのは否めないが、金を払うとは言っている。

「結構です」

 だがわざわざそんな戯言に付き合う必要もない。答える顔はあくまでにこやかだ。

「過去二回の負債に関してはこれまでの『信頼』を代金として頂き、今後一切の(えにし)を切らせていただきますので、ご安心を。それでは失礼」

 そう吐き捨て、目的を果たした俺たちは本社へと帰ってきた。

 戸川の綺麗すぎる笑顔を見て、顔を引き攣らせた王を無視して。



 会社へ帰還した途端、戸川が文句を言ってきた。

「面倒だからって自分に全部押し付けるのは勘弁してほしいっす」

「いや、衛兵退治は手伝ってやったろうが」

 衛兵退治っていうか、むしろ救ってたんだがな。男性的に。

「まあけどいい経験になっただろう」

「それはそうですけどね。で、どうでした?」

「どうって、なにが?」

「決まってるじゃないですか。自分の華麗な交渉術についてですよ」

 ふふん、と音が付きそうなほどドヤ顔を見せてくる。

 どうか、か。華麗かどうかはともかく、一番すごかったのはやっぱりあれだよな。

「今日ので分かったよ」

 啖呵を切ったところも捨てがたいんだがな。

「お前って、本当に--」

 一番はあの大立ち回り。あれは俺では真似できないだろうな。あんな全力の金的。

「--恐ろしい女だな」

 男の俺じゃ絶対に打てないわ。



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