商談ケース4:金も信頼もない奴との話し合い1
「おう、依頼されてたブツは出来てるぜ」
「ありがとうございます。いつも無理を聞いてくださり、感謝の言葉もありません」
「良いってことよ。代金はともかく、素材すらもそっち持ちでスゲェ剣を打たせてもらってるんだ。むしろこっちの方が礼を言いてぇぐらいだ」
「そう言ってもらえて恐縮です」
「だけどよ、一つ聞いてもいいかい?」
「はい。何でしょうか?」
言いにくそうに、呻き声を挙げ、頭を掻く。 僅かな逡巡した末、口を開いた。
「いつも聖剣ばかり打たされているけど、一体、誰に売ってるんだ?」
常に打たされるのは、聖剣のみ。それを作るのに必要な素材も、希少なはずなのに、必ず用意して持ち込んでくる。完成まで半年は掛かる魔を払う剣を、何本も何本も打ってきた。凄い剣を打たせてくれるのは感謝しているが、打った本人としては、手間も費用も掛かるこの剣を、一体誰に売っているのか気になってしまう。差支えがなければ教えてもらいたい。
まるで聞いてはいけないことを聞くような雰囲気で尋ねてきたが、その程度なら問題ないだろう。恐らく一生会うことはない相手であるし。
俺は笑みを作り、答えた。
「聖剣なのですからもちろん、勇者に決まってるじゃないですか」
「……ああ、そうですか」
まるで何かを諦めたかのような声を出して返答する。
おい戸川、棟梁もだが、何故そこで皮肉気な笑みを作るんだ。
「お待たせいたしました。聖剣が完成したので、お持ちいたしました」
「おおっ! 待っていたぞ貴様ら!」
棟梁に打っていただいた聖剣を持って、『闇を拒む光』という世界にある、世界最大の国家であり、最大の宗教の総本山でもある、宗教国家『純白光』の首都の城に赴いた。
謁見の間には、教皇であり国王のおっさんを初め、白い髭を蓄えたこの世界の宗教特有の法衣を着込んだ爺たちが、一等偉そうにふんぞり返っている。
「さあ、早くそれをこちらに寄越すのだ!」
その爺どもの中の一人が、横柄な態度で話しかけ、わざわざこちらに近寄り剣へと手を伸ばしてきた。
こちらの了承も取らずに聖剣をぶん取ろうとする手を避けると、目を血走らせて睨み付けてきた。そんな鬼のような形相で睨まれても、はいそうですかと渡すわけがないだろう。
「申し訳ありませんが、代金のお支払いの方をお願いします」
この聖剣はれっきとした『商品』なのだから。
しかしそれを理解していない爺どもからは非難が轟々と集まってくる。
やれ早く手渡してここから去れ、やれ無視をするな貴様、やれ我々に協力するのは義務である、などなど、それはもう沢山の罵詈雑言を浴びせられた。
「随分元気な爺さんたちっすね。これなら自分たちで魔王倒せるんじゃないっすか? わざわざ勇者なんか選出せずに」
隣で俺と同じように聞き流していた戸川がそう囁く。
この世界では、この最大宗教が『魔王』と認定する存在が時折現れ、その都度世界中の信者の中から、能力の高い者を選んで『勇者』として擁立し、その『勇者』が『魔王』の討伐を行ってきた。
ただその『魔王』と認定されたものは、軒並み能力が高く、いかな『勇者』としても容易に討伐できない。そこで魔を払う力を持つ剣を勇者に持たせることによって、討伐を果たしてきた。
神匠と呼ばれたあの刀匠に聖剣の鍛造を依頼したのは、その聖剣の製造、及び販売の依頼が『また』ウチに飛び込んできたためである。
ちなみに毎度毎度注文しているのは、保管が雑なせいで引っ張り出すときには、壊れていることが多いためだ。
そして『勇者』とやらが旅をしている間、この爺どもは戦線から遠く離れたこの城でふんぞり返っているわけだ。
確かにこの光景を見てしまうと、戸川の意見が正しいように思えるな。だけど黙っていた方がいいぞ戸川よ。そら、話してるのを見咎めたやつらが、なお一層囃し立ててきた。
しかしこのままじゃ埒が明かないので、此処は強引に話を戻さなければ。
「申し訳ありませんが、こちらも商売なので、代金のお支払いがない以上、お渡しすることはできません」
「この魔王との聖戦の最中だというのに、協力もしないどころか金を要求するというのか貴様!?」
「それがこちらの仕事ですので」
お前らの事情など知ったことではない、ということは、理解できてないのだろうなぁ。
「ならば何なのだあの額は!? たかが剣一本だというのに、非常識にもほどがあるぞ!!」
アンタ達がたかが剣とか言ったらお終いだろうが。
「それはあらかじめご提示させていただき、そちらも了承された上でのことだと記憶しておりますが」
一応映像として記録してるんで、確実な証拠ですよ。
「ふん! まあいい! 押し問答している場合ではないからな。おい! 早く金を持ってこい--」
「--いえ、それでは足りません」
そう、今回はそれでは足りないのだ。
その言葉を聞き、爺どもの視線に殺気が伴うようになった。
「それでは足りぬとは、どういうことだ? 返答如何によっては、ただじゃすまんぞ……?」
王が努めて冷静に、声を掛けてきた。しかしその声には、隠しきれぬ激しい怒りが乗っていた。
「此度の聖剣引き渡しの代金に加えて、過去二回依頼されました聖剣の分の料金も、一緒に払って頂きます」
前回と前々回の『魔王』討伐、そのときにも聖剣についての依頼があったが、その代金が払われないまま現在に至っている。そのため、今回の聖剣の代金に上乗せさせて払ってもらうだけの話なのだ。
ツケがあるなら払う。ヒトとして常識だろう。
「何故それを払う必要がある」
「国からの依頼として受けた以上、その負債は国にあるのでは」
「それは我々が依頼したものではないのだろう? ならば無関係だ! 払う義理などない!」
されど所変われば文化が変わり、文化が変われば常識も変わるもの。彼らの中に貸し借りという概念は存在しないのかもしれない。そう勘違いしそうになるほど素晴らしい言い分だ。
「そういうわけにも参りません。何、二回とも前払いとして代金の半分をお支払頂いているので、そちらが払うのはあくまで聖剣二本分の代金のみなので、そちらの経済状況ならば容易にお支払頂けるかと」
「ごちゃごちゃ抜かすな! 下賤な商人が!」
……あーもう! この権威主義の爺どもが! 権威が通用しない立場にあるということをいい加減分かれよ!
つーか元々払える額だっただろうが! お前らが戦争おっぱじめてなきゃ、それでなくともお前らが横領して贅沢なんかしてなけりゃ! それで経済状態火の車だってのに、他国からの支援を強制して、しかもそれを喜捨扱いにして踏み倒すし! お前らのその金、寄付と税金から出てるんだからね!? 自業自得なのに、まるでこっちが足元見てるような言い方をして! 借金にしても王様、アンタのご先祖が払わなかった分だっつーの!
俺がひたすら黙って怒り狂った心を鎮めるのに躍起になっている最中、国王が威厳だけはたっぷりと話し始めた。
「まあ落ち着け貴公らよ。商人、つまり貴様は、金を払わねば剣を渡さぬ。そう言っているのだな?」
「そのように受け取って頂き、問題ないかと」
「ふむ、さすればその代金、『勇者』から受け取ってくれい」
は? どういう意味だ?
「仰っている意味が、分かりかねますが?」
「愚昧な貴様に分かりやすく教えてやるが、現在『勇者』は『魔王』討伐の旅に出ておるのだ。その際に軍資金として幾ばくかの金銭を渡すのが慣例となっておる。此度の勇者はいささか難ありでな、討伐を確実なものにするために歴代の勇者より多くの金を渡しておったのじゃ。やはりそれも神の思し召しか。その額ならば勇者に渡した金で払うことができよう。さすれば、勇者に直接会い、そこで金を受け取り、聖剣を授けるのだ」
「つまり、こちらでは購入できないので、勇者様の方へ直接売れ、と?」
「そうだ。生憎戦費が嵩んでいてな。いくら神のご加護を受けた身であっても、無から金を生み出すことなどできぬのでな。そもそも勇者が自分の物を自分で買うのは、当然のことだろう」
その言葉には勇者に対する嫌厭の情が含まれている。
そういえば、たしか今回の勇者は大分性格が悪く、勇者という立場とその人気を利用して相当な軍資金を要求したと聞いている。
なるほど。それが気に入らなかった国王は嫌がらせとして、その金で聖剣を買わせようとしているのか。しかも自分たちの駒を使わずとも、俺たちが勝手に剣を届けてくれるのだ。一石二鳥の、良い考えではある。
「しかし王よ! こやつらでは道中行き倒れになる可能性がございますぞ! いやそれどころか、剣を魔王軍に奪われるかもしれませんぞ!」
その言葉に、その通りだと追従する者たちが現れる。
しかし国王はそれを笑顔で受け止め、手を挙げて遮った。
「貴様らは、確かこう触れ込んでおったよな。『あらゆる垣根を飛び越える』と。外連や過言でないならば、この程度造作もあるまいて」
我が社の社是を持ち出して、こちらを見下してくる国王。
まったくもって嫌らしい笑みを浮かべる王様だこと。俺たちに何かがあっても、聖剣だけは確保するつもりなのだろう。
しかし言っていることに間違いはないので、ここははっきりと言わねばなるまい。
「かしこまりました。それではこちらでの商談は終わりまして、勇者様がご購入するということで、そちらの方と商談をさせていただきます。それでは急がねばなりませぬので、これにて失礼させていただきます」
真顔のまま言い切り、踵を返してこの場から去る。
その背中に、国王からの言葉が掛かる。
「言わなくても分かってはいるだろうが、魔王との決戦も近いだろうから、大至急な」
「心得ております」
そのまま立ち去ろうとしたが、伝え忘れたことがあったのを思い出して、振り返る。
「ただ一つ言っておきます。どのような結果が待っていようと、後悔だけはしないようにお願いします」
「それは失敗する言い訳かね?」
「いえいえ、ちゃんと勇者様には生きている内にお会いして、取引を持ちかけるつもりです。そこだけはご安心ください」
「言っておくが、失敗した時の言い訳は聞かんよ」
「ご安心ください。過不足なく報告させて頂きます」
そして今度は止まることなく、立ち去って行く。
本当に、後悔だけはするなよ。お前ら。
「なーんか、嫌な感じの人たちだったっすねぇ」
商談の席から離れてすぐ、戸川がそう愚痴ってきた。
「まあ、しょうがないわな。長年宗教と勇者様のご活躍によって、世界を牛耳ってきたんだ。そのプライドと増上慢は天井知らずってことさ。自分たちに歯向かえるものなどいないし、逆らう者もいないっていうある種のジャイアニズムさ」
「それにしても酷すぎるっすよ。まるで自分たちが神みたいな態度で」
「まるで神、じゃなくて、神そのものなんだよ。あいつらの中ではね」
過去の取引を見てみると、最初の方はそう悪いものじゃなかったようだ。ウチの会社と長く取引をし、『信頼』を得ているという点から見てもそれは伺える。
されどいつの頃からか、こちらを一方的に下に見始め、保証のないツケもし始めた。それでも今までは一部は払ってくれていたが、今回はそれもない。
そろそろ彼らとの関係も考え直さなければいけないようだな。
それはそうとして、まずは勇者たちに追いつかねばな。
「それで、どうやって勇者たちに追いつくんすか? また飛竜とか使うんすか?」
戸川の方も、どうやって追いつくか気がかりのようだ。がしかし、その点に関しては問題ない。
「大丈夫だ。そっちの方には秘策がある」
「とかなんとか言って、飛竜宅配便とか、全力ダッシュして追いつくとか、力技なんじゃないっすか?」
お前は俺をどういう風に見ているんだ。その場その場の最善策を取っているだけだろうが。なのにまるで俺が単純な方法しか取れないような風に言いやがって。
「それがこの場での最善ならその手を採用しているだろうが、今回はそれとは違うから安心しろ。それがお好みならしても構わないが」
「御免こうむるっす」
即答かよ。トラウマにでもなってんのかな? 今度空に浮かぶ石柱群に住む民族の人たちの所へ営業に行くんだけど、大丈夫かな。
「そういえばお前、この世界の言葉が分かるんだな」
それを聞くと、得意げな顔を見せた。普通なら凄いムカつくんだろうが、少しイラッとしただけで済んだのは、やはり顔がいいためか。
「頑張って通訳の魔法覚えましたから。ただこれ元の世界じゃ使えないっていうのが玉に疵っすけど」
ほう、こいつも頑張っているんだな。前に一回教えてそれきりだったんだが、ちゃんと練習していたんだな。後輩の成長が見られて少し嬉しく思えるのは、俺も年を食ったからなのか。
「魔法を使うとか、ロマン溢れてたんすけど、実際に使ってみるとただの便利な道具みたいなもんでショックだったっす」
そういう幻想もとっくの昔にどっかに行ったな。年を食ったもんだ。
「それはそうと、じゃあどうやって追いつくんすか?」
おっと忘れるところだった。今は仕事が優先である。できるだけ早く勇者たちに会わなきゃな。
「その通りだな。よしじゃあ帰るぞ。本社へ!」
「はい、帰りましょう! ……って帰るんすか? 何で?」
「そりゃ、あそこに行くために一旦戻るんだよ」
「あそこって?」
「決まってんだろ」
戸川に倣って、得意げな顔を決めてみたが。あいつをムカつかせただけに終わった。
さて、どこかに向かっている人間に確実に会うには、どうすればいいのか?
簡単だ。その『どこか』で、待ち受けていればいいのだ。
勇者が向かっている場所、そう、すなわち。
「魔王城に、だよ」