商談ケース3:金はないが信頼はあるお客様との商談 1
「いいよいいよ! その調子でガンガン稼いじゃってよアラタちゃん!」
「うぃーす」
「返事に気ぃなさすぎぃ!」
「そんなことないですよ社長」
カラカラと小気味よく笑う、その筋なら垂涎モノの、子供と見紛うばかりの、小さな男。
会話からわかると思うが、今俺が話しているこのガキこそが、『飛垣根総合商事』の創設者であり、社長である。上司曰く、『俺が入社して以来三十年間、まるで容姿が変わっていない』とのこと。
現在は二月に一回の、直々に社長の元を訪れて行われる定期報告の最中である。それに伴ってお褒めの言葉を頂くこともあるのだが、特段有難みがあるわけでもなく、正直早く終わってほしいと同僚皆が言っていたのを覚えている。
「トッキーもどう? 仕事にはもう慣れた? 楽しんでいる?」
「と、トッキー? え? しゃ、社長……何すか?」
「そうだよ! この姿だから面接にも顔を出してはいないけど、間違いなく社長でっす! はいこれ名刺!」
確か最終面接も副社長とかだけでやってるんだよな。まあ試験に来れる段階で入社確定みたいなもんだけど。
それより見た目相応の高い声が大きくて、キンキンとうるさいんだよなぁ。秘書の奴らもよく耐えているな、と思ったけど情報を遮断して、完璧に心を閉ざしてやがる。……手遅れだったんだな。
「あの、質問しても、いいっすか?」
「勿論! バッチコーイ!」
何でこんないつもテンション高いんだよ。ガキか? ガキなのか?
「えー、と。何で、お金の風呂? に浸かっている? んですか?」
あー、それね。いつもこのスタイルだから疑問も抱いてなかったわ。
湯船一杯に札束や金をぶち込んで、その中で寛ぐという、ドラマやフィクションですら、たまにしかお目に掛からない恰好を現実でやっているのだ。
誰が呼んだか『成金風呂』スタイルである。
「あ、これね! 実は僕、お金が大好きでさ」
「見ればわかるっす」
「あ、そう? とにかく国や世界問わず、お金ってものが大好きだからさ。好きだったら常に触れ合っていたいよね!」
「ちょっとなに言ってるかわかんないっすね」
「気にするな。ちょっとクレ○ジーなんだよ」
「耳が痛いね!」
何が楽しいのか分からんが、高い声で笑っている。
まあ、悪い人じゃないんだがな。色々と便宜を図ってもくれてるし。人間性がちょっとおかしいだけで。
「それはともかく、ちゃんとアラタちゃんから指導受けてる? なんかあったら言ってね! 僕の方からバシッと叱ってあげるから」
その言葉に戸川は俺と社長の間で視線を惑わせた。
「言いたいことがあるなら今のうちに言っとけ。いい機会だからな」
出来るだけ早い方がいいだろう。
「……それじゃあお言葉に甘えて。実はこの前ノーパラシュートでスカイダイビングさせられたんすけど」
「此処に居るってことは死んでないってことだから、オッケーオッケー! 生きてるんだからモウマンタイ! はい終了!」
「駄目だこいつ頼りにならねぇ……!」
「言葉使いひどすぎぃ!」
社長の人間性がおかしいってことを知るのは、早い方がいい。
生きているなら万事良し、そんな男に頼ることなんてこの世にないぞ戸川よ。
「すいません。仕事があるので、帰っていいですか? わかりました帰ります。行くぞ戸川」
「まだ何も言ってないのに決めつけないでよ! でも許可しちゃう!」
そうして社長室を後にさせていただいた。
「社長って一体どういう人なんすか?」
「今見たとおりの人だけど」
色々おかしいというのが分かってくれただけで十分だ。
「いや、そういうのじゃなくてですね。社長のおかげで異世界に行けるわけなんスよね?」
「『おかげ』っつうより、『せい』だがな」
少なくとも社長が居なけりゃ異世界に行くことなどなかったろうしな。
「どっちでもいいんですけど、僕が聞きたいのは人柄じゃなくて、正体のほうっす」
「どういうこと?」
「自由に異世界に行き来できるようなことを可能にしている社長とは、何者なのかってことっす」
あー、それね。
「気にならないんすか?」
「気にはなる、というよりなってたって感じかな」
「……何で過去形なんすか?」
「俺の同期が社長に直に聞いたことがあってな」
「マジすか!?」
そう。どうしても気になった同期がさっきの定期報告の際に、直接問いただしたらしい。
「で!?、なんて答えたんすか!?」
「『永遠の未成年だから、個人情報は教えられないのだ! ごめんねごめんねぇ~!』とさ」
「ふざけてますね」
「ふざけてんだよ」
それを直接聞かされたそいつは、わざわざ忘年会の幹事を引き受けて、社長に『未成年なんでしょボク?』って言って、ノンアルコールしか飲ませないようにしたんだけどな。宴会場で公開土下座させて、やっと溜飲を下げたんだよな。
皆思ったよ。グッジョブって。
それ以降、あまり社長の正体については気にならなくなっていた。
「まあそれ以前にも、別の人が聞いても同じような感じではぐらかされていたようだし、答える気はないんじゃないかな。噂だけなら一杯あるんだけどな。『世界征服した魔王様のお遊び』やら『世界を救った勇者の道楽』、あと『お金の神様が降臨した存在」ってのもあったなぁ」
「ほんとバラバラですね」
普通とは違うからなあの社長。異世界に渡ったり、特定の人物のみ見れるようネットのページをいじったり。
「わかってるのは、お金やキラキラしたもの、珍しいものが大好きなショタってことだけだ」
「まるでカラスっすね。まあでも、わかりました」
残念そうな顔を浮かべているが、あまり深く突っ込まないほうがいいかもだぞ。
あんな見た目だけど、いろいろ規格外だし。
「まあ気にすることはないさ。人間性は色々おかしいけど、悪い人じゃないし、俺らも守ってくれているし」
「守るって、どういうことっすか?」
「お前入社のときに書類書いたろ」
「入社に伴う契約書のことっすか?」
「そう。それはお前の身を守る、結界のようなものを張るための契約書でもあったんだよ」
驚く戸川。良くは知らないがあれには特殊な文言で『会社に勤めている期間、身を守ります』という旨が書かれているらしく、サインと同時に目に見えない結界が張られるとのことだ。
「前回の飛竜に乗ったとき、高度何千メートルという高さに急に上がったっていうのに、高山病とかもにならなかったし、息苦しくもなかったろ」
「た、確かにそうっすね」
そもそも結界が無ければ、異世界特有の病気なんかで、すぐ死んじまうだろうしな。
自分の両手に視線を向ける戸川。どんなに目を凝らしても見えないんだが、野暮なことは言うまいて。
「さっき社長が、死んでなければ問題ないとは言ってただろ。あれは自分の結界が守ってくれると知っているから出る言葉なんだよ。結界がある限り大丈夫、ってな」
「じゃあ、あのまま何もせず落ちたとしても?」
「何事もなく生きてるだろうな。余裕で」
まあ無事なのは本人だけだから、服も魔法とかでボロボロになるだろうし、なによりその勢いで、砦がぶっ壊れる可能性が高かったろうけど。
「あの発言は、冗談とかじゃなかったんすねぇ」
「存在そのものは冗談だけどな」
違いないと、二人して肯く。
「さて、では仕事に行きますか」
「次はどこに行くんすか?」
「口実だったから特に急務なものはないし、とりあえず営業回りでもしようかな、っと。失礼」
懐から会社用の携帯が鳴り響く。名前を確認してから、通話ボタンを押す。
「はい、はい、かしこまりました。それでは伺わせていただきます。はい、それでは失礼します」
通話を終え、携帯をしまい、戸川の方へ振り向く。
「よし、行くぞ戸川」
「どこにっすか?」
ニッと笑いかける。
「お得意様、いや、上得意様の所へ、だ」
※※※※※
山々が連なり、そこから溢れる溶岩が、山脈を赤く照らしている。溶岩が山筋を伝い麓まで流れ、幾本もの溶岩流が集い、血河のように赤い川を作っている。命を拒むようなその川の中には、驚くことに魚のような生物が生きており、時折粘度の高い水を振り切るように跳ねている。
空は火山灰の影響で黒い雲に覆われており、日光を完全に遮ってはいるが、溶岩から発せられる赤い光を受け止め反射しているため、山脈はむしろ一日中明るいままという場所になっている。そのため、明かりがなくとも登山は可能なのだ。溶岩や地熱、硫黄をはじめとしたガス、火山灰を含んだ雨など注意するべき点は多いが。
「先輩。暑い、というか熱いんすけど」
「まあ我慢しろって。そろそろ目的地なんだからよ」
「頂上に近づくほど、熱くなってるんすけど」
「火口に向かってるわけだからな」
「結界で守られてるんじゃなかったんすか」
「だから今生きてんじゃん。素ならもう死んでるぜ俺たち」
無駄口を叩きつつも、溶岩など足場に気をつけて、山脈の中でもひときわ大きい火山の火口へと向かっていく。
「そういや、このお客様は昔から社長をご存知あげているらしいから、社長についてもっと詳しい話を聞けるかもしれないぜ」
「それはちょっと楽しみですね」
そのような活力溢るるも、死を容易に連想させる山脈に挑む者も、俺たち含め、僅かながらに存在している。
「お? この音はもしや」
「はあ、はあ。この音がどうしたんすか?」
「ああ、こっちだ急げ。面白いものが見れるぞ」
一体どのような目的を持って、このような魔境を訪れているのか。噴火に伴って地中深くから掘り起こされる、希少な鉱物を求めてか。超高温地域のみに生えるという、極めて効能の高い薬草の採取のためというのもありだ。山があるからという哲学的な理由を持って登る者もいるだろう。もしくは溶岩内部でも生きていける、珍しい魚を捕獲するためというのも考えられる。
山々に挑むその僅かな人々の中で、さらに一握り。
火口近くに住みし、ヒトとは隔絶した存在である、『龍』。これを討ち取るために来たという者。
そして確かに今、目の前にいるのが、その一握りの、勇者たちである。
「喰らえ! 俺の、竜・破・斬! うおおっぷげぇ!」
「き、キーン!」
「くっそおぉ! よくもキーンを!」
まあ意気込み悲しく、あっさりと返り討ちにあっているわけなのだが。
「うお、えぐぅ。あれ右腕グチャグチャなんじゃ……」
「まあ、生きてるだけマシじゃね? 龍に挑んで即死は免れている以上、幸運だと思うしかないだろう。つーか思え」
ちなみに言うまでもないと思うが、俺たちは商売をするために火山に来ています。
そして先ほどの惨状の舞台の近くで、ご依頼主様と対面した。
「いやはや、先ほどの立ち回り拝見させていただきました。いつもながら、見事なものです。眼福いただきました」
[あらやだ、見られてたの~? もう海藤ちゃん! 見てたのなら言いなさいよ~。アタシ恥ずかしいわ~]
「いつもいつも殺さぬよう、絶妙な手加減。お見それいたします」
[ちょっとほめ過ぎよ~。本当に口が上手いんだから]
和やかな雰囲気で挨拶と世間話を行う。
え? 和やか過ぎる? さっきやられたばかりなのに頭おかしいんじゃないか?
いやいやこれでいいんだよ。
なぜなら今回俺たちが商売をする相手はヒトではない。今回のお客様は先ほど戦闘の勝者……『龍』なのだから。