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商談ケース2:信頼はないが金はあるお客様との商談 2

 明くる日、昨日と同様の面子が揃い、二度目の商談の時を迎えた。

 口火を切ったのは、国王。

「昨晩の内に臣下たちとも話し合いを行った結果、やはりいささか金額が大きすぎるようだという結論が出た。どうかもう一度考え直してもらえないだろうか?」

 こちらの提示した条件をクリアしようとしたが、力及ばず。なので条件を緩和してもらいたい。向こうの言い分はこうか。

 ウチを舐めてもらっては困るんだがな。

「そうですか? しかしこのまま戦を続けていきますと、拠点となる砦と大勢の兵士、そして優秀な将軍の喪失という、金銭では賄うことができない損失を被ることになりますよ。いや、場合によってはこの国そのものが亡くなってしまうかもしれませんよ」

「そこまでがこちらの事情が分かっているのなら、便宜を図ってくれてもよいのでは?」

「そちらが国家危急という事情を考慮しろというのなら、こちらは戦火そのものという危険地帯まで届けねばならない、という事情を考慮していただきたい」

 平行線、決して交わることのない話し合い、というわけではない。

 共に探っているのだ。攻め手と、妥協点を。

「確かに、その点に関しては十分に考慮されるべきことだろう。しかし無い袖は振れない。それなのに払えるなどと、不誠実なことは言いたくない。何も踏み倒そうとしているわけではない。今あるだけの金銭で払おうと言っているのだ。これは、そちらの一括払いという条件を『十分に考慮』したものではあると思うが?」

 こちらが提示した『一括払い』という条件を飲むから、少しぐらい安くても我慢してくれ。

 言わんとしていることはこうか。攻め口としては悪くはないだろうな。

 こちらが譲歩したんだから、そちらも譲れ。極めてシンプルな交渉な方法。正攻法と言ってもいいだろう。一考の余地は確かにある。

 本当に袖が無ければの話だが、ね。

「そうなのですか? てっきり戦時中なので民間人から特別に徴収しているのかと」

「まさか。そのようなことをしてしまっては、砦の兵士の士気が下がってしまうし、反乱の種を植え付けることとなってしまう。民たちが侵略に対して、真に危機感を持つに至って、やっと使える手段なのだ」

 袖などない。いくら探しても無駄だ。当然そういう反応をするだろう。

 だが俺には、袖が見えてるぜ?

「でも、最近高いじゃないですか」

「……何がだ?」

「塩」

 俺の指がその袖に触れる。

 僅かに揺れたが、まだ平静を保っている。

「戦時中なのでね。民たちには心苦しいが、我慢してもらっている」

「本当にそれだけですか?」

「……何が言いたいのかね?」

「戦争では色んな物資が使われるので、高騰するときは市場全体が高騰していきます。しかしこの国では塩だけが、異様に値段が高くなっています。これはおかしい」

「おっしゃる通りだが、我が国は内陸国だからな。簡単には塩が手に入らぬのだ」

「さればこそ、生命線たる塩は、国が管理して然るべきなのでは」

 袖を掴んだ。

 未だ同様を見せず、しかし平静を保てず、見せかけているだけ。

「すまんが、話が見えてこぬな」

「本当に貴方様は冗談がお上手だ。貴方たちが塩の管理をしているのなら、高騰した塩の値段の分、国の元へと入っているではありませんか」

「ご期待に応えられず残念だが--」

「--管理されてはおられない、のですよね。半年前から」

 相手がないように誤魔化していた袖を掴み、引っ張る。相手が体勢を崩すまで、こけるまで、袖の存在を認めるまで、何度でも。

「半年前から徐々に塩の値段が上昇していたと、市井の方々から伺いました。そのころではないですか? 塩の専売権を売ってしまったのは」

 ならば。

「その専売権を売却した額がいかほどかは存じ上げませんが、安いものではなかったのでは?」


 無いはずの袖を掴まれて、転ばされた国王が、ふっ、と笑みを浮かべた。演技で貼り付けたモノではないが、とても疲れていて、乾いた、真実の笑みだった。

「君の言うとおりだ。経済がより活発になればと思い、塩の権利を商人に売却した。その売却益がまるまる残っている。それを合算すればそちらが提示した金額に届くだろう」

「左様ですか。それはよかった。ではどうされますか? ご契約なされますか?」

「……いいのか? こちらは君たちを騙そうとしたのだぞ?」

 騙す? とんでもない。

「それは大きな勘違いでございます。これは商談。こちらとそちらが提示する条件が合わない以上、話し合って摺りあわせるのは当然でございます」

 紹介する商品に関して、誤った情報を与えるのは禁じ手だ。依頼主だけではなく、委託してくれた業者両方への裏切り行為である。

 されど商談である以上、少しでも安く上げようと動くのは当然であろう。そうする権利を持っているし、自分たちの情報を晒すのも隠すのも自由である。


 しかし、今回の問題はそこではないな。

「何より、一度たりとも『払わない』や『不足している』などとは、おっしゃってなかったではないですか」

 まったく。ここで騙しただ何だと言おうものなら、イチャモンを付けたとして条件の緩和を強要してただろう。ただ値下げ交渉をしていただけなのに、と。

 それを聞き国王はニィ、っと顔をさぞ愉快そうに歪めた。演技の笑顔を再び貼り付けている。本当の顔すら交渉の道具として活用するとは。

 本当に(したた)かな国王だ。

「何だ気づいておったのか。まったくつまらん」

 国王からすれば頑張って隠した罠をあっさり躱されたようなものだ。表面上どうあれ面白くはないだろうな。


「そこまでこの国を現状を把握できているのだ。もしやこの戦争がどのようにして起こったものかも、把握しているのか?」

「推測の域を出ないのですが、これは商人たちが画策した戦争なのでは?」

 俺が考える商売においての極意とは、優れた商品を製造することでも、高級品を扱うことでもなければ、数多のコネクションを保有することでもない。

 需要を作ること。これに尽きる。

 商品が優れていようが、高級品であろうが、人脈が豊富だろうが、それに需要がなければ品物は売れない。買う人がいないのだから。

 どれだけ供給が多くても、需要が少なければ意味がない。需要が大きければそれだけ商品は売れるのだ。

 恐らく、この国の塩の専売権を購入した商人が画策したのではないだろうか。戦争中の隣国にも商売の手を伸ばし、食糧や武器などを売っているようなので、戦争というものが生み出す需要で一気に稼ぐ腹積もりだと読んでいる。

 これが事実なら、勿論一人の商人だけで行えるものではないだろうから、他の商人たちと結託しているのだろう。それもこの国の商人ではなく、他国を拠点としている商人と、である。

 俺の言葉に国王は(がえん)じた。

「ああ、そちらの言うとおりだ。これは商人たちが仕組んでいた戦争に他ならない。しかしだからといって商人を無視することもできない。彼らが居なければ、今この国は立ち行かんのだ」

「そうですね。今まで政府側で握っていた塩の専売を失ってしまったことにより、今度は商人たちが塩を独占して販売することになってしまいます。国が使っていた販路も彼らが潰しているのでしょう。それによって塩の専売権を取り上げることもできない」

「そうだ。塩を失うことがこんなことに繋がるなんて。先見の明がないことの証左だろうな」

 そういって王は苦い、苦い笑みを浮かべていた。

 そして姿勢を正す。

「そんな愚王でも、いや愚王だからこそ、民を、臣下を、無下に見殺すことなど出来ぬのだ。無理を言っているのは重々承知している。されど金額を含め、そちらが提示した条件を全て承諾するゆえ、引き受けてはくれぬだろうか?」

 このとおりだ。その言葉と共に、王と呼ばれる人間は、深く頭を下げる。

 なるほど、な。

「分かりました。引き受けましょう」

「おお、……ありがとう」

 これにて商談成立、だな。

「されど、どのようにして食糧を届けるのだ?」

 国王にとっては気になることだろうな。ここまでやり合っときながら、やっぱりできませんでした、なんてことは聞きたくないだろうし、言わせないだろうな。

「ご安心ください。それについては秘策がございます。つきましては僭越ながら一つお聞きしたいことが」

「一体何かな? もし抜け穴などについての質問なら、無駄だと言っておこう」

「いえ、そのようなことではございません。ただ--」

 窓の方へ視線を向ける。窓越しには、空を飛ぶ飛竜の影が。

「--飛竜が生息している山をお教え頂きたいだけです」



「センぱい。せんパイ」

「どうした? 壊れたスピーカーみたいな声出して」

 声の音程がまったく一定してない。低速運行中なんだから落ち着けいいのに。

「こっ、ここは、一体、どこなんすか?」

「どこって、決まってんだろ? 俺たちが食糧を届けなきゃ行けない砦……の数千メートル上空だよ」

 飛竜の端から見下ろせば、米粒ほどの大きさの砦が見える。

 あの後、国王から飛竜が群生している山を訪れ、そのうち俺たち二人を乗せても砦の上空まで運べる、五メートル級の一匹の飛竜と交渉し、ここまで連れてきてもらった。

「な、なナ、何デ?」

「本社のほうで準備してもらった食糧を、直接砦の方に転送してもらおうと思っててな。でも転送の際の目印がないから無理だというからさ、だったら俺たちが目印として砦に行こうかな、と」

 そう、それが俺の秘策だ。そうすれば大量の食糧も簡単に運べるだろう。そのために上空から俺たちが侵入する必要があるというわけだ。

「ど、どウ、やって?」

「こう、ピョンって」

 その場で飛び跳ねる仕草をする。

「い、いッて、らッしャい」

「いやいや、お前も一緒に行くんだよ」

 飛行中、ずっと飛竜の背中にしがみ付いていた戸川を引っぺがし、ロープで俺の体と隙間のないように固定する。

 ジタバタともがくが、それを無視して疑似二人羽織完成。両者同じ方向を向き、前は戸川、後ろは俺というポジションで縛る。そのまま飛竜の端に立ち、砦を望む。

「さ、最ゴに、ひと、ツ」

「も~。なんだよ。シャキッとしろよ」

 唾を飲みこみ、いささかはっきりとした口調で問いかけてきた。

「パラシュートは、ありますよね?」

「お前何言ってんだよ。当然……ないよ」

「うおおぉおー!! はなせぇえー!!」

 うおっ、急に暴れだしやがった。

 面倒になったので腹パンして黙らせる。

「げほっ、おぶっ、む、むり、っす。とべない、っす」

 おお、まだ話せるのか。こいつ見かけによらず頑丈だな。とは言えこのままじゃ埒が明かないので、一喝してやるか。

 一息ついて、滔々と、語る。

「飛垣根とは、あらゆる垣根を飛び越えて、縁を結ぶことに他ならない。これは国王と砦の兵士の意思を結ぶための大仕事だ。だが気にするな、世界の違いという垣根を越えた俺たちにとってこの程度大したことない。つーか後降りるだけだし、大丈夫大丈夫」

「なわけねぇー!」

 戸川の言葉を無視し一歩踏み越える、そのまえに聞いとこう。

「異世界に来たことと、今現在のこの状況。どっちの驚きが強い?」

「こっちだよバカヤロォ!」

 食い気味の返答ありがとう。さて、そろそろ行くか。

「あーい!」

「やめてやめて!」

「きゃーん!」

「あやまりますからためぐちききませんからどうかほんとうに」

「ふらーい!」

「ふんぎゃあぁあああ!!」

 そして、俺たちは、鳥となった。

 この世界には居ないけどね、鳥。 



 体勢を変えて空気抵抗を調整し、降下速度を調整していく。落ちてからこっち『死んだ』しか連呼してない戸川は無視だ。

 高度一千メートルは切っただろうその時、炎の矢と呼ぶべきものが側方を通過した。それを見て戸川が情けない声を上げるが無視する。

 矢や魔法といった攻撃が来るのは五百切ったころだと思っていたが、この高度でも魔法なら届くようだ。

 火や水、氷や風、雷といったものが、矢、弾、刃等の形状をもって迫りくる。

 空気に乗って身を翻し、射線から逃れていく。

 砦に近づくほど攻撃の密度は高くなり、五百メートルを切れば予測通り弓矢も混じり、躱しきれなくなってくる。

 当たるものだけを選び、弾き、逸らしていく。

 三百を切り、こちらも風の魔法を使い、攻撃を弾くと同時に減速を始める。

 百。躱すことはせず強引に突っ切る。

 五十。密度は逆に減ってきた。

 三十。砦の兵士たちによる援護もあり、攻撃は完全に止み。

 十。完全に減速を終え、零で、着地した。

「どうも。『飛垣根(ひがきね)総合商事』の者です。国王からのご依頼で救援物資をお届けに参りました」

 一瞬の静寂、そして、大爆発が起こった。

「……自分、生きてる?」

「だから言ったろ。世界を渡るより、大したことないって」


「ありがとう。これで兵士たちの士気も保てるだろう。陛下にも良く伝えておいてほしい」

 砦の兵士にも手伝ってもらい、無事搬入を終えた。それの確認と証明をもらうため、現在この砦のトップなっている優秀な将軍さんにサインを頂いているところだ。

「はい。たしかに承りました」

 さて。これで本社経由で国王の元へと戻れば、万事解決。

「ところで君たちは商人、なんだよね」

「はい。その通りですが……」

 というところで将軍から話しかけられた。何の用だろ?

「あー、あそこにいる丁稚は、その、一体いくらなのかね?」

 丁稚? その指先には、戸川の姿が……。

 わーお。将軍、そっちの趣味なのね。

 しかしここははっきり伝えておかねば。

「申し訳ありませんが、我が商社は幅広く商品を扱っておりますが、人身売買などはしておりませんので。悪しからず」

 これは事実である。性的なことも含み、人身や臓器などの売買はしていない。理由は人道がとかではなく、社長がそういうのが大嫌いだからである。

 それを聞いてあからさまに落ち込んでいる。まあ俺たちはある意味恩人だし、無理は言わないか。

「ご理解いただきありがとうございます。ちなみにおいくらほどお払いになるおつもりだったので?」

 値段を聞いて驚いた。お前は安くないぞ。良かったな戸川!

 


 王城を訪れ、国王と謁見した。浮かべる安堵の表情は真実の顔だろう。一先ずは肩の荷が下りた、といったところか。

「ありがとう。これでこの国もしばらく持ちこたえるだろう。もちろん砦もな」

 王様への報告を行い、お褒めの言葉をいただいた。

「その分高い、かなり高い買い物であったがな」

 違う。これは恨み節だ!

 だが実際、国庫は空に近いだろう。ここはフォローが居るだろう。

「それにつきましては、今後も末長くご贔屓頂きたいと思います」

「冗談が下手だな。俺とは違って」

 これは一本取られたな。しかし冗談ではないんだけどな。

「冗談ではこのようなことは言いません」

「……本気か? こちらは本当になにもないんだぞ」

「いえいえ、今回手に入れたではないですか」

「何を」

「『信頼』ですよ」

 呆気にとられた顔をしているが、今回の商談の結果を考えればそう難しくはない。

 カーニトリ側からすれば、こちらが謳う『あらゆる垣根を飛び越える』というものがハッタリではないことが証明された。

 こちら側からすれば、提示された額が莫大であっても、ちゃんと支払ってくれる国であることが証明された。

 普通ならこのような契約は成り立たない。額が高ければ払われない可能性もあるし、ちゃんと届けてくれるかもわからないのだから。

 しかしそれを乗り越えて契約は結ばれた。ならそこには『信頼』があると言っても過言ではない。

 それを笑みと共に伝えると、理解が及んだ国王は、述べていく。

「これで我が国と貴公たちの間に『信頼』が生まれた、と捉えてよいのかな?」

「そのように考えられて、差支えないかと」

「即日支払うことはできないが?」

「貴国を『信頼』しておりますゆえ、後日でも構いません」

「ちなみに、貴公の方では塩は扱っているのかね?」

「勿論でございます」

「ではまず件の専売権を持った奴らを排除するまで、お世話になろうか」

「畏まりました」


 この時の国王は、やはり皮肉気な笑みを浮かべていた。

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