商談ケース2:信頼はないが金はあるお客様との商談 1
「だから金は払うと言っている! とっとと俺たちに売って届けてくれ!」
「こちらとしても即決できないことでありまして」
「早くしろ! こっちは命が掛かっているんだぞ!」
「それは重々承知しております」
さて突然のことで一体なにがあったとお思いだろう。なので、順を追って説明させていただく。
事の発端は、あるお客様から大口の注文が来たことである。注文内容は一万の人間が一月は生きてけるだけの、膨大な食料。
より詳細を詰めるため現地に飛び、直に商談を行う運びとなり、現在に至る。
うむ。そこまで説明するものでもなかったな。
先方の言い分は、金は言い値で払うからとにかく早く届けてほしい、とのことだ。
契約の可否に問わず、実際問題それだけの量の食糧を急遽かつ迅速に運搬するのは困難であると言わざるを得ない。
その場での返答は避け、一旦席を中座させていただき、その間に本社の方へと問い合わせをする。
その結果、膨大な食糧については問題ないとのこと。大豊作だった地域から、販売ルートの委託をされたばかりだったようで、まさしく渡りに船という状況だ。食糧を輸送する手筈も既に整っているらしい。ただ目印がない以上、直接目的地の方へ運搬するのは不可能。
以上が本社から伝えられたことだ。幸い膨大な量の食糧を準備することは可能であったため、あとはどう輸送するかを考えるのみだ。
輸送方法について思考を巡らしていると、背後から肩を叩かれた。
「先輩。海藤先輩。ちょっといいっすか?」
「ん? どうした? 商談中なんだから手短にな」
振り返ると、ここについてから先ほどまで一言も話さず、俺の後ろをついてきているだけだった戸川が話しかけてきた。
「じゃあ一つだけ。……ここは一体どこなんしょうか?」
「世界名『トリアレイ』にある『カーニトリ』っていう国だ。覚えといても損はないぞ」
「……どこすかそこ?」
「それ二つ目の質問だぞ。だから、此処。此処のこと」
指を下に向けて、諭すようにそう話す。
付け加えるなら現在俺たちが居る城が、まさしく王都だと言える場所だぞ。
「……すいません、やっぱり後で詳しい説明お願いするっす」
「分かった分かった。さ、商談再開の時間だ」
「すいません、それでは再開させていただきます」
「ふん! 何を愚図愚図していたのかは知らんが、さっさと売れ!」
「はい。そちらが要求した量の食糧なら、こちらの方で在庫の確認が出来たので、すぐさまお売りすることはできます」
「そうか、では代金の方だが--」
「--ですが、お売りすることはできません」
「! それはなぜか、聞いてもよいか?」
今まではただ荒々しく言葉を発していただけの先方の声が、一転して低く、静かなものになった。
俺の言葉によって冷静さを取り戻した、わけではなく内に怒りを秘めている、ということでもなく、威圧的な人間という『演技』を辞めただけである。
恐らくだが、先方は初見の相手には常に威圧した態度を取り、それにどう対応するかで為人を把握していたのだろう。
先方の立場を考えれば、効果的な手だとは思う。威圧しても不思議ではないし、下げてから上げるというか、その後普通に接したとしても、相手が勝手に『認めてくれた』と勘違いしてくれる可能性がある。労せずとも人心を把握しやすくなるだろう。
閑話休題。
契約を結べない理由。それは極めて単純だ。
「安全の保証も確保されていないというのに、敵対している国の大軍に包囲されている砦へ、大量の食糧を届けろと言われているのです。当然でしょう?」
「それを加味した値を、こちらは払うと言っているのだが」
「その場合、かなりの手間賃を頂くことになりますが」
「構わない」
「そうですか。それでは一括払いを条件とさせて頂きまして、こちらがご提示させて頂く額として--」
こちらが提示した金額を聞くと、先方は目を見開いた。この表情は演技だろうが、金額に不満を持っているのは間違いない。この国の国家予算の数%に当たる金額なのだから。
「言い値で払うとはいったが、足元を見過ぎではないかね。もう少し安くしてもらいたいのだが」
「ご冗談を。私たちと貴方様の間には『信頼』も何もないのです。そんな我々があなたたちのために、わざわざ危険な橋を渡るのです。これは当然の要求だと思いますが」
「何故一括なのかね?」
「こちらも同様。『信頼』がないためです」
「ふむ。たしか『あらゆる垣根を飛び越える』だったか。この謳い文句は、騙りだったのかね?」
ほう、分が悪いと見て矛先を変えてきたか。上得意とのスムーズな商談も好きだが、こういうバチバチやりあう交渉も嫌いではない。
「はい。ですからこの金額さえ払っていただければ、どのような危険が待ち受けようと飛び越えましょう。そう意味でお伝えしたのです」
これは間違いのない事実。契約を結んだならそれは絶対である。
「君は、得意としている顧客が同様の依頼を持ち込んだとき、同じような額を吹っかけているのか?」
「まさか。そのようなことはございません。贔屓をいただいているお客様にこのような金額、とてもとても」
「ほう。では何故我らにはこの金額なのか、納得いくような説明を願いたい」
「簡単でございます。こちらとそちらには、『信頼』がない。その一言に尽きます」
初めて交渉を行う以上、両者の間には『信頼』という結びつきが存在しない。そのような相手に良心価格など提示するわけがない。それは向こうも承知しているはずだ。
しかしだからといって、高すぎると安易に突っぱねることもできないだろう。国境の近く、戦の最前線の砦がピンチなのは事実であり、兵士の士気を維持するためにも、可能な限り早く救援物資を送らなければならないのだ。ウチに頼んだのも、他に頼れる商人などが居ないための、苦肉の策なんだろうし。
抜き差しならぬ現状。されど即決できない。もっと考える時間が欲しい。
「すまんが、一日時間をくれぬか?」
となるとこうなるわけだ。
「はい。畏まりました。では翌日の、今日と同じ時間から再開いたしましょう」
こちらとしても是非はないので、一日『こちらの世界』のことを学ばせていただこう。
宿に向かう道中、戸川に話しかける。
「ちゃんと見学してたか戸川」
「はい、ばっちり見てたっすよ。ただ……」
「ただ?」
「言葉が分からなかったので、本当にただ見てただけっす」
……あー、それは申し訳なかったな。
「それじゃあ先輩、お願いします」
「何を?」
それを聞き、戸川は呆れた様にはあー、と溜め息を吐いた。
「だ・か・ら、今この現状について、とことん説明してくださいって言ってるんすよ!」
ああ、それか。
まあこれも先輩としての務めか。最初に教えるのは、やはりこれだな。
「とりあえず、まず俺たちがいる此処は、いわゆる『異世界』ってやつだ」
さて、どんな反応するのかな。
怒声が飛ぶのか。馬鹿にするのか。頭を抱えるのか。
こいつが取る反応は?
「……それで?」
……頭を傾げるだけ、だと!?
「でって、何が?」
「それはもう何となく分かってるんすよ。『カーニトリ』なんて国名、聞いたこともないですし。聞いたこともない言葉を使ってるし。なにより黒い穴みたいなものを潜っただけで、いきなり見たこともないような場所に出でるし」
まあ、前二つはともかく、最後の一つは間違いなくおかしいと分かるよな。にしても受け入れるのが早すぎるよなこいつ。もっと慌てふためいて欲しかったのに。
「そうじゃなくて! 何でそんな事できるのかとか、どうしてこんな事してるのかとか、色々教えろってことっすよ!」
「俺お前の先輩だぞ? 何だその口の効き方は?」
「教えてくれたら直してやるっす」
うわっ。脅しかよ。先輩を脅迫しようとか全く嘆かわしい。以前の俺を見ているようだ。
「仕方ない。お前のために色々教えてやろう」
「お願いするっす」
まず答えるのは、どうやって異世界に行くのか。とは言っても伝えるのは最低限のみでいいだろう。
とりあえず、異世界人の社長が不思議な力を使って始めたのがこの商売であること。その力のおかげで世界を飛び越えてること以外、どう移動しているかも知らんし、知る必要もないことを伝えた。
「いやいや、必要でしょ?」
「今俺たちは商談のため、異世界くんだりしてるんだ。ゆえにこの場で最も大事なのは、先方が置かれている状況やら、商談に関わる情報だ。それ以外は後回し」
「ええぇ~?」
戸川の不満を無視して本命、この国についての説明へと入る。
先ほども言った通り、ここは『トリアレイ』という世界にある、『カーニトリ』という名の国。海に面していない内陸国であり、鉱山や森林からの恩恵によって成り立っている国である。
この国は現在戦時中であり、隣の国と領土を巡って交戦している。国境近くで戦端は開かれ、開戦にして決戦でもあったらしいが、あえなく敗れてしまった。幸い、周辺国にも名が伝わっているほど優秀な将軍が囮となり、敗残兵の大半は国へと帰還することができたらしい。
その囮となった将軍たちも前線近くの砦に逃げ込んだようなのだが、今度はその砦を敵の大軍に包囲されてしまったとのこと。
もし此処を落とされてしまうと、優秀な将軍を失ってしまい、さらには敵軍進攻に関して強固な拠点として活用されてしまうので、それだけは避けたい。
敗残兵の一部も吸収しているため、兵力的にはすぐに落とされることもないだろうが、予想外の人間の増員に、備蓄している食糧では遠からず賄いきれなくなってしまう。
このままでは兵力以前に士気が無くなってしまうので、前線の砦で戦っている兵士のためにも、急いで食料といった救援物資を送りたい。されど包囲されている現状、簡単に運ぶこともできない。
そこで、どこであろうと駆けつけることを信条としている我が『飛垣根総合商事』にコンタクトを取ってきた。
最後に、言語の壁に阻まれて理解できなかったという商談内容の説明をした。
「これが、現在こっちが把握している範囲での、この国が置かれている状況であり、商談の中身だ」
「はあ。なるほど。この国も大変そうっすね。街行く人々がどこかピリピリしてる理由もわかったっす」
街の風景をざっと見渡した戸川は、そう評する。
戸川の言うとおり、街行く人々の顔にはどこか陰を帯びている。談笑する男女も、営業スマイルするおばちゃんであっても。その雰囲気を察してか、子供たちもどこか大人しい。
未だ戦火及ばぬこの地であっても、戦争の影響は間違いなく出ている。
「じゃあさっきの人は、国のお偉いさんですか? 大臣とか」
「偉いと言えば偉いな。何ていっても国王だし」
実際に会ってみると、なかなかどうして優秀だったな。
「へぇー。そうなんすか」
「おや、あまり驚いていないな」
「いや、さっきから衝撃の事実の連続で、聞いてもふ~んって感じなだけっす。あえて感想を述べるなら、入る会社を間違えた、っすね」
「……もっと驚いてもいいのよ?」
「異世界に来る以上に驚くことなんて、そうはないっすよ」
そう思っているうちは、まだまだなんだがなぁ。
「ま、安心しろ。入社出来た段階で、この仕事は天職だと決まっている」
「憶測で勝手に決めつけないでほしいっす」
ところがどっこい。社長がそういう奴のみ集めている、って言ってたから、限りなく事実に近い憶測なんだな。
「ま、この国のことをもっと知るためという名分を持って、ちょっと飯でも食おうぜ。ちょうど近くにあるし、そこでいいか?」
「ちゃんと質問には全部答えて欲しいっす」
飯屋に入る直前、振り返る。
「何かあったっけ?」
「どうして異世界まで行かなきゃいけないんすか?」
ああ、それか。
先輩の受け売りだけど、やはりこう答えるだろうな。
「ウチを必要とする人が居るならば、世界の壁程度飛び越えて、架け橋となりたい。それだけの話だよ。ただし、代金払う相手限定だかな」
それを聞いた戸川が、まるで何かを振り払うように上を向いた。
「異世界にも、鳥っているんすねぇ」
「遠すぎて分からんかもだが、ありゃ鳥じゃなくて飛竜だろうな。小さくても三メートルはあるから、食われないように」
「……流石異世界。マジぱねぇっす」
飯時の時間からずれているのか、客が少なく料理もすぐに出てきた。メニューを見てもよく分からないので、女将さんのおススメを二人前。
食事に一口つけた時の感想、それは。
「ま、不味い」
俺の名誉のために言っておくが、そう口から漏らしたのは戸川であるから、あしからず。
でもこの国の言葉を使ってないし問題ないか。
「アンタ! 文句あるなら、代金置いてさっさと出ていきな!」
と思っていたら先ほどの女将さんが戸川に詰め寄った。ニュアンスや雰囲気を読み取ったのだろうか。
それはそうと、確かに酷い味である。ただこれは素材が悪いとか、調理法を間違えたとかではなく--。
「--不味い、というより、薄いと言った方が適切ですね。塩が少なすぎます」
共に言葉が分からず、女将さんの肉体言語による一方的に話し合いが起こる寸前だった。
そう、塩分がなさすぎる。塩はお菓子にすら使われ、もしこれを抜いてしまえばその味は著しく落ちてしまう。それと同じことが、この料理には起きている。
女将さんが苦み走った顔をした。
「アンタらのそのナリからして外国の人なんだろうけど、今こっちは戦争の真っただ中でね。半年前から微妙に値が上がりつつあったんだけど、戦争が始まってからは戦場優先で塩が回っててね。一気に値が高騰してんだよ」
ナリとはスーツのことを言っているのだろう。それはともかく、戦争の影響による塩不足、か。
「食糧自体はあるんですか?」
「そっちは大丈夫だね。飢えることはないんだが、如何せん、ね」
「なるほど。ありがとうございます。ちなみに聞いときますが、追加料金を払えば塩を加えていただくことができますか?」
「そりゃご勘弁願いたいね。他のお客さんに回せなくなっちまうからね」
「わかりました。連れが失礼な真似をしてしまい、申し訳ありません」
ふむ。どうやら戦争の影響……だけというわけではないか。これは明日の商談でもタネになるかな。
とりあえず、今は目の前のこの風味に満ち過ぎた料理に立ち向かうか。




