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商社マン股を掛ける!

「まずは一献。どうぞ」

「お! ありがとねぇアラタちゃん。じゃあこっちも注いであげる」

「ありがとうございます……社長」


 俺は現在、社長とサシで飲んでいる。

 発端は『純白光』との取引を終えた後。同期との飲み会に戸川を見送った時に、社長直々に声を掛けられ、飲みに誘われたのだ。

 社長に連れられたのは、政治家が使いそうな、一見様お断りの高級料亭であった。どうやら社長も多用しているようで、女将さんも子供みたいな見た目に騙されることなく、しっかりと対応していた。

 中は個室で区切られており、客同士の顔が見られない様にしてあった。その中の一室に入り、対面して酒を注ぎ合い、今に至る。

「それじゃあ、日頃の労働に感謝して、カンパ~イ」

「乾杯」

 猪口に注いだ日本酒を一息に煽る。口当りが良く、スッと喉を通っていく。通り過ぎたところに僅かな熱を置いていき、それが胃まで続いていく。そして胃に溜まった酒精が放つ香りが鼻まで遡り、豊かな風味を伝えてくる。

「どう? おいしいでしょ?」

「はい、凄く美味いです」

 これは社長が選んだもので、飲みやすくて美味しいお酒だと言っていたが、その評に違わぬものだった。

「でしょお! 商社マンたる者、一流の商品を知っておかなきゃねぇ」

 とっくりを持って俺の方に差し出してくれたので、猪口を突き出し有難くいただく。

「今日はお疲れだったね。『純白光』の相手は疲れたでしょ? プライドばっかり高くてさ」

「いえ、戸川に対処させたので、自分はさほど」

 へぇ、と感心したように社長は声を上げた。

 こちらもとっくりを手に取って、社長に返盃する。

「勉強になると思ってさせたんですが、なかなかどうして、堂に入った立ち回りでしたよ」

「またまたぁ! 自分が面倒くさくなっただけでしょ!?」

「そういえば社長は『永遠の未成年』なんで、お酒飲んじゃいけませんよね」

「やめてよぉ! 取り上げないでぇ!」

 酒を取り上げようとしたら、泣きついて腕を掴んできた。あまり苛めても話が進まないので杯を戻して、机に並んだ料理に手を伸ばす。天ぷらや煮物など日本食が主だったが、素材・調理の全てが上等で、こちらも大変美味かった。酒が料理を引き立て、料理が酒を進めていく完璧な組み合わせであった。

「『純白光』も最初はあんなのじゃなかったんだけどねぇ。何時からか権威を笠に着始めて、あそこまで考えが拗れちゃったんだよねぇ」

 ま、あそこのお金はもう持っているからいいんだけどね。社長は呟く。

「でも良かったんですか? もう取引しなくても」

「僕たちはお客様の要望にも応えるし、敬意を払ったりもするけど、基本的には対等の立場なんだよ。お客様と僕たち、どちらにも取引を断る拒否権がある。この料亭もそうさ。一見様お断りっていうのも、店側がその拒否権を行使しているだけなんだよ。今回の『純白光』の件も、こちらがそれを行使しただけ。だから、気にする必要はないよ」

「……社長」

「なに?」

「真面目な社長ってなんか、キモイですよね」

「その発言鬼畜すぎぃ!」

 いつもの不謹慎な顔を見せてツっこむ社長。

 いや、時々マジな顔を見せるのは知ってるし見たこともあるけど、やっぱり違和感あるな。

 咳を払い、再びマジの顔に戻る。

「まあ誰彼構わず拒否権使ってたりしたら、商売にならないから、ある一定のライン、基準なんかを設けてたりする。ウチの場合は、信頼に足るかどうか。実際、『純白光』はもう信頼に値する取引相手じゃなかったからね」

 信頼。信頼、か。

「なんか、不思議ですよね」

「ん? 何が?」

 不思議そうに尋ねてくるが、どう答えればいいか。

「その、ですね。商売では金やら商品やら、目に見えるもので取引するのに、目に見えない信頼とか、あれでも、情報も商売で扱うよな。えーと、その」

「言いたいことってさ、取引は即物的なものを扱うのに、目に見えない信頼なんてものが必須ってのが、何か面白おかしいな、ってこと?」

「そうそう! それです」

 いつもはボケてるけど、ほんとに能力は高いよな社長。俺の言いたいこととか汲み取るし。まさかこれも魔法か何かか?

「目に見えないもの、というよりあるかどうか不確かなもの、かな。それが大事にされる場面てのは、よくあるよね。日常生活でも愛とか。医学でも倫理観が大事にされる。不確かなものを信じるのも、意思あるものの特権じゃないかな。そして信頼とは」

 信頼とは?

「相手に求める安心感、なんじゃないかな?」

「安心感?」

「そう。盗まれる危険性があるのに、強盗と取引しようとか考える人はそういない。それと同じで、奪わない、盗まない、とかそういうものを保証してくれるもの。それが信頼。今回の場合、『純白光』は代金等を踏み倒そうとした。つまり『安心した取引』が出来ない相手ってことさ」

 なるほど。店主が盗みを働く宿屋なんか安心できない、つまり信頼できないということか。

「それに目に見えないからこそ、簡単に手に入る物でもない。お金を出せばいいってものじゃないから大事なんだよ」

 社長の言葉をしみじみと聞きながら、酒を呷る。

 空いた盃に、社長が酒を注いでくれる。

「それはそうと! トッキーはどんな感じ? ちゃんと教えてる?」

 注ぎながら聞いてくるのは戸川のこと。どんな感じ、か。

「怖い女ですよ奴は。今日、男の股間を思いっきり蹴り上げてましたよ」

「ひょえぇ!」

「あとは、意外と図太いというか、どんどんこの会社に染まっている感じはしますね」

「そっかそっか! それは重畳!」

 社長が手酌で注ごうとしていたので、とっくりを奪って注ぎ返す。

「自分からも聞いていいですか社長?」

「ん? 何かなアラタちゃん?」

「社長は最初から、純白光とは(えにし)を切るつもりだったんじゃないすか?」

 社長の笑みが一層緩くなる。目がその続きを促している。


 とっくりを離し、続きを離す。

「勇者との取引をしながら、魔王との取引も行う。戸川が入ったばかりの頃に行ったロケットパネルのコンペでも言ったんですが、敵対関係にある二者との取引なんて、本来はタブーだ。それでも今回あの世界ではそれを行っていた。それはどちらかの『信頼』を失うことになる所業だ」

「そうだね。本来ならしちゃいけないことだ。ウチにとっては縛るべきマナーでなくとも、守るべきものだと思うよ」

 社長が猪口に口をつけ、口から鼻に通る香りを楽しんでいる。

「してはいけないことをやった理由として俺が思いつくものとしては、単純に『純白光』との縁を切りたかったからぐらいです」

 こちらも酒を呷り、視線で社長に問いかける。その意を正確に読み取ってくれた社長が口を開いた。

「ちょっと違うかな。今までは彼らとの『信頼』を崩して、商品を卸していたけど、それも流石に限界でさ。そろそろ潮時かなって思ってた時に、ラールライ君がこちらに商談を持ちかけてきてね。その時は社長の僕の所までお鉢が回ってきたわけ。『純白光』と取引してたからね。それを丁寧に説明しても、彼はそれでもウチの会社を頼ってきたわけ。『信頼』も『金』も無い古株と、今から『信頼』を築こうとしているご新規さん。どちらを大事にするかなんて、自明の理でしょ?」

「だから、戸川の縁切りの練習台として利用したんですか?」

「練習台にしたのはアラタちゃんなんだけどねぇ」

 子供の様にゆるゆると笑いながら、ずばずばと言い捨てる社長。その眼は冷酷に何かを見据えていた。見た目はどうあれ、やはりこの人は上に立つものなのだろう。懐は深いが切るときは切れる、恐い人なのだ。

 普段はまったくそんな雰囲気は見せないから舐めまくられてるけど。

「ま、それでも嫌な役を押し付けたのは正解だから、僕を責めてもいいよ」

 一転して、全てを受け入れるような眼をして俺を見ている。見た目はガキのくせに、まったく……。

「いつも仕事で責めてるんですから、酒の席ぐらいは止めときますよ。泣き出したらこっちが悪者ですしね」

「その優しさに全僕が感動して泣きそうだよぉ」

「やめろクソガキが!」

 この遣り取りで、いつもの調子に戻ったのを感じ取れた。


「あ、もう一つ聞いてもいいですか?」

「何々? どんどん聞いてよアラタちゃん」

「このサシ飲みは、後輩持った奴全員にやってるんですか?」

「あ。ばれちゃった?」

 それぞれの空いた猪口に酒を注ぎあう。

「そりゃ俺と同じ境遇の奴が全員社長とサシで飲んだって言ってたんですもん。ばれますよそりゃ」

「なるほど~! 同期同士仲が良くていいね!」

「何か気になることでもあるんですか?」

 正直この人が新人にそこまで気を掛けてるとは思わなかった。

「う~ん。この会社の適正は条件に入れて入社させてるけど、先輩後輩はその限りじゃないからねぇ。もし仲が悪かったらどうしようかなぁ、とは思ってるよぉ」

「あいつ自身に聞いてみた方が早いんじゃ」

「そうだけどねぇ。それはそれとしてアラタちゃんは後輩持ってみて、どうだった?」

 露骨に話を避けたな。かなりの力技だ。

「まあ、見てて面白かったですね。自分の知らない所でちゃんと成長できていますし。目が離せなかったのが、今はちょっとぐらいなら……」

「信頼できる?」」

「……ですね」

「それはよかった」


「ですけど」

「うん?」

「慣れてはいますし、図太くはあるけど、ほんとにこの会社を、仕事を楽しんでいるのかは気になりますね」

 良く分からない場所、まったく異なる文化、普通の人間とは違うヒト。

 慣れはするかもしれないけど、果たして楽しんでいるのか。

 そういう言葉を出すと、社長はカラカラと笑い出した。

「何か、おかしいですかね」

「ふふっ! いや大丈夫だよアラタちゃん。だってねぇ……」

 だって?

「僕が選んだ社員だよ。彼女は」

 本当に子どもみたいに、屈託のない笑顔だった。

「社長って、本当に何者なんですか?」

「あ。それ聞いちゃう!? 聞いちゃうんだ!? どうしよっかな~? 言おうかな~?」

「やっぱりウザいんでいいです」

「やっぱり暴言ひどすぎぃ!」



 社長と飲んだ後、初の出社日。

 いつもは定時の十五分前には出社している戸川が、珍しく三分前に滑り込んできた。

「おはよう。いつもよりちょっと遅いがどうした?」

「おはようございます先輩。ちょっとしたトラブルに巻き込まれただけっすよ」

 そういって席に着き、俺たちが行く場所について軽く纏められた資料に読む。すると資料に通していた目を見開き、こちらを向いたので、簡単に説明してやる。

「中世とかファンタジーなんかは十分に経験したな。今度からこの世界よりちょっと技術が進んだ世界、いわゆる近未来とかSFとかに行くから、しっかり覚悟しといてくれ」

 準備ではなく覚悟というのがウチらしいが、こっちの想像から外れた世界が多いから、言葉としては間違っていないはず。入社当初のこいつなら顔をしかめていること請け合いだろう。

 されどその顔には、それとは真逆。まだ見知らぬ世界についての好奇心が溢れ、楽しみとしている、歓喜に満ちた表情が浮かんでいた。

 それを見て杞憂だと知った。やはりこいつはウチ向きの社員なのだと。

 ならばもう大丈夫。後は仕事を楽しむだけだ。

 そして定時を迎え、動き出す。

「定時が来たし、さあいくぞ」

「承知したっす先輩!」

 さて、今日もお仕事頑張り(たのしみ)ますか!


※※※※※


 この世には様々な人が、様々な物を求めて生きていく。

 欲しいものは十人十色。それぞれ異なっているだろうが、それが手に入るか、見つかるかどうかは不明である。

 手に入るのなら大丈夫。その幸運を喜べばいい。

 見つかるのなら大丈夫。あとはそれを手に入れるだけである。

 されど、見つからない、手に入らないということも、多々あるだろう。そのときは我が『飛垣根(ひがきね)総合商事』に連絡していただきたい。

 あなたの元へ駆けつけましょう。

 どのような垣根があろうとも。

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