第五話 嵐の予兆
三日後、謹慎が解けた尚人はいつも通り学校に向かい、教室に入るとすぐに何人かのクラスメイトが尚人を囲んで質問攻めをする。
どうして謹慎になったのか、北条と喧嘩してよく無事だったなとか、死人出したって本当といった噂話の類まで質問されたので適当に返しながら、親友達が待つ自分の席へと向かう。
「おっす。人気者だな、おい」
「うっせぇ、お前だってそうだったんだろ? 紗夜から軽く聞いたぞ」
「まぁな。おかげで一部の男子から怖がられるようになっちまった」
未だに頬の絆創膏が貼ってある柿崎をからかいながら席に座り、なにやらこちらの事をチラチラと見ては目を背ける天川の肩をドンと叩く。
「気にすんな。お前の臆病な性格は今に始まった事じゃねぇし、先生を呼んでくれたんだろ? だったら、十分役に立ったさ」
「で、でも……」
「柿崎にも言われたろ? 俺達は気にしていない」
真剣ではなく、あくまで冗談っぽく言う事で本当に気にしていない事を伝える尚人とその隣で週間少年ラックを読みながら静かに笑みを浮かべる柿崎を見て、天川はオドオドした様子からいつも通りちょっと気弱なオタク男子に戻った。
「まぁ昨日も大変だったんだぜ? 北条の取り巻きの一人がこっちにやたら突っかかってくるからよ……放課後にまたボコっちまった」
「大丈夫なのか、それって?」
「そいつはもう大丈夫だろうけど、問題は北条達だ。あいつら、お前に仕返しする気満々だったぞ?」
近い内にまた痛い目に遭う事に頭を抱える尚人だが、今日は木曜日……今日と明日、北条達に会わなければとりあえず今週は痛い目に遭う心配はない。
「今日からは俺と帰ろうぜ? 一人より二人の方が安心だろ?」
「そうだな。帰り方も考えないと……」
そう話していると担任が元気よく入口から現れ、立っている生徒達を座るよう促していく。
柿崎も天川も自分の席に戻り、ホームルームがスタートする。今日も変わらずたるい学園生活が始まったのだ。
それから昼休みをいつも通り紗夜と一緒に過ごし、放課後柿崎と一緒に帰ろうとした時、一人の女生徒が尚人の事を呼び止めた。
「早川君、ちょっといいかな?」
「別に……後は帰るだからいいけど、何の用?」
「話があるの。その……ちょっと二人っきりになれないかな?」
「オ~オ……モテる男はいいねぇ。じゃあ、俺は西門の方で待ってるわ」
冷やかしながら柿崎はその場を後にし、残された尚人と女生徒は空き教室の方に移動する。その間尚人はこの女生徒が誰だかを思い出した。
名前は確か……宮島椎奈だったな。紗夜がクールビューティ代表だったら、こっちはギャル代表と言われるほどの美少女。だけど、性格は少々高飛車で何人もの男子と付き合うが三ヶ月以上続かない……そんな噂が絶えない美少女だ。
その宮島椎奈が俺個人に話……こういう展開は紗夜関連で見慣れているので、何となく次の行動と言葉も予想できる。
「ねぇ……早川君って、彼女いないの?」
「それは俺の事を知っていて聞いているのかな?」
予想通り宮島から彼女の有無の質問が来たので、辛辣な質問で返答する。元々尚人は紗夜の事が好きだと同学年には言いふらしているし、強引に事を進めようとする輩にもうまく紗夜と合わせて対処している。付き合っていないと二人で言ってあるのだが、やはり幼なじみとは思えないほど濃密な時間を過ごしているので、どうしても付き合っていると同然の状態と見られてしまう。
それでも紗夜に比べれば尚人もよく告白される。だが、これは紗夜への嫌がらせも含めてでの告白なので正直対応にはほとほと困る。
「なら彼女がいないって事でいいのよね?」
「どう捉えるかはあんた次第だぜ、宮島さん?」
あくまで冷たい態度を崩さず、相手の勢いを萎えさせる言葉を投げつける尚人。彼はこの手の挑発の達人で、相手の怒りのラインギリギリを狙って絶妙な挑発をするので非常にタチが悪い。
その挑発を受けてなお、宮島は男を虜にしそうな挑発的な笑みを浮かべて話を続ける。
「ふ~ん……なら、早川君。私と付き合ってよ」
ほら来た。これも予想通りに告白だ。しかもかなり上から目線なのがさらに尚人を苛立たせた。先ほどの会話から何をどう取ればこの結論に至るのか、その思考回路の中身が見てみたい。
紗夜よりはボリュームがないものの、豊かな胸を押し上げるように腕を組み、まるでこの告白が成功すると言わんばかりの態度を取る宮島にきつい言葉を投げる。
「……俺には好きな人がいるんだ。その事は宮島さんも知ってるだろ? 実らない恋なんてほど不毛なものなんて無いから諦めな」
「あら、私ならその好きな人より早川君を楽しませる自身があるんだけど?」
「その自信はどっから出てくる事やら……なら、宮島さんは俺のどこが好きになったの?」
「理知的に見えて、意外に熱い所かな? この前の喧嘩だって誰かを守るためにやったのでしょ? 私そういう男の人に憧れるの」
漫画か何かから取ってきたような事を聞かされて、いよいよ尚人の苛つきが頂点に達しようとする。あまりに見たまんまの長所を挙げられてもそんなものは誰だってわかる。尚人は本来理知的でも熱い性格でもない。ただ裏表がなく、感情を素のままに出して生きている。また興味のない事には全くといっていいほど関心を持たないため、外から見れば、普段は理知的な性格で何かあれば熱くなる性格と取られてもおかしくない。おそらく宮島はその部分だけを見て、尚人の人物像を判断したのだろう。
ふざけるなよ。俺の性格をほぼ初対面のお前が語るな。ちょっとわかった振りして近づけばコロッといくなんて思っていたら大間違いだぞ?
「はっきり言うよ。俺って、宮島さんみたいな女の子は大ッ嫌いなんだ。自分が言い寄れば、男なんて簡単に落とせる……そう思っている自意識過剰さに虫酸が走るし、わかっている振りをして男に言い寄る事にも反吐が出るね。これは噂で聞いた程度だけど、付き合ってもすぐ別れるのは彼氏を自分のいいように利用するからすぐに愛想を尽かされる。そんな女の子のどこを好きになれと言いたいんだ?」
尚人は以前、宮島が彼氏らしき男と並んで歩いている所を見た事があるが、まさに女王様とその下僕という表現がぴったりという感じの歩き方だったのを思い出す。彼氏が行き先を提案するもすぐに却下して、自分が行きたい所へぐいぐいと引っ張っていく。彼氏の両腕には大量の荷物があり、荷物持ちさせられているのは目に見えて明らかだった。
自分は束縛されたくない。距離感を大切に保ち、相手の要求を見極めて、自分で叶えられる事であれば応じるし、無理ならば理由を話して諭し拒否する。これが一番長く続く付き合い方だと考えている。
もはや取り付く島もない尚人にまだ食い下がる宮島は、冷静さを保とうとするがどうやら自身の怒りも相当やばい所まで来ているらしく、瞼をヒクヒクさせながら先ほどの尚人の言い分を否定する。
「それは全部噂よ。今まで付き合ってきた男は私と相性が合わなかっただけよ」
「相性の問題か? あんたは男が自分の思い通りにならないから別れただけだろ? 好きになるって事はお互いの事を受け入れ、尊重し合うって俺は考えている。あんたのはただ男を自分の操り人形にしたいだけだ!」
「ッ……」
強い語気に言い返す事もできず、息を呑んで宮島は一歩下がる。その動作に終わった事を悟って、尚人は踵を返して教室の出口に歩き始める。
「わかったなら、俺は帰らせてもらうわ。友達も待っている事だしよ」
はっきりと断りを入れつつ、相手の欠点を指摘して尚人は教室を後にする。正直今回の告白はいつも以上に腹が立った。あれだけ尻が軽くて束縛の強い女と付き合えば、三ヶ月を持たずに彼氏の方が泣きを入れてくる。今まで宮島と付き合った男子が可哀想に思えて仕方がない。廊下を歩いていると、後ろから扉が荒々しく開けられる音と共に宮島の叫びが尚人の耳に飛び込んできた。
「後悔するわよ! 私を振った事を! 思い知らせてやるんだから!」
「そういう事するから長続きしねぇんだよ、バ~カ!」
売り言葉に買い言葉。できもしないと思い、尚人はさらに挑発を重ねてしまった。この時の宮島の顔は殺意で人が殺せそうなほど醜く歪み、その目線の先はずっと尚人の背中を捉えていた。
そんな事はつゆ知らず、裏門でポータブル端末を弄って待っていた柿崎に声をかけて帰路につく。
「どうだったよ?」
「最悪。取って付けたような長所が好きだって言ってきてイラッと来たぜ。思いっきり挑発して帰ってやった」
「お前も川上もきついなぁ……ま、それだけ深く愛し合ってる事なんだろうけどよ」
「……あぁ! イライラが収まらねぇな。柿崎、久しぶりに戦場の共鳴しにいこうぜ!」
「別にいいけど……ほどほどにしておけよ?」
二人はそのまま直接家に帰らず、商店街から少し離れた所にある大型ゲームセンターに寄っていく。ここは一階から三階になる構造で、一階はクレーンキャッチャーなどのプライスが所狭しに並び、二階はメダルゲームとアミューズメント用パチンコとパチスロで固められている。そして三階は格闘ゲーム、ガンシューティング、オンライン型麻雀ゲームなどのアーケードゲームが入っている。その中でも尚人が好んでやるのは三階にあるスティール・ファイターというオンライン型アクションシューティングゲームと稼働戦士ギャンダム・戦場の共鳴と呼ばれる乗り込み式オンライン型ゲームである。
今日はその戦場の共鳴をやりに意気揚々と三階に乗り込んでいくのであった。
「今日は意外に空いているな……」
「学校終わったばっかりだし、こんなもんだろ? さっさと入らねぇと埋まっちまうぞ?」
「わかってるって」
二人は開いている筐体に乗り込み、財布から三百円と専用ICカードを取り出して入れる。動き出したモニターを確認しながら、レバーの配置やフットペダルを調整していく。
『聞こえるか、尚人? 今日は不期遭遇戦でやろうぜ?』
「了解。三番ラインが開いているからそこでやろう」
隣の筐体から直接通信を送ってきた柿崎に返事を返しながら、今誰も介入していない三番ラインの戦場を選択する。
機体を選びながら待っていると、筐体内にアラートが鳴り響く。アラートの原因は所属不明機が接近しているという警報で、柿崎が乱入してきた事を示しているのだ。
柿崎の機体はすでに決まっている。高出力で防御力と火力が高い大型の機体だ。尚人はそれを見て、バランス型の機体を選択して戦場に出る。
『やっぱり堅実だな、お前って。そんなんじゃつまんねぇぞ』
「うるせぇ。俺にはまだお前みたいに重い機体を扱う自信がねぇんだよ」
柿崎からからかいの通信直後、筐体内にまたもアラートが鳴り響く。すぐさま遮蔽物に隠れると凄まじい爆音と共に衝撃が筐体内に走る。戦場のリアルな音、そして衝撃が体験できるのがこのゲームの醍醐味の一つでもある。
続けざまに弾丸がまるで小雨のように遮蔽物を遠慮無しに叩く。どれも全て遠距離から柿崎の機体が攻撃してきているのだ。開始早々長距離砲撃で敵を遮蔽物の中に動かし、そのまま連射速度の高い火器で釘付けにする……それが柿崎の十八番の戦法だ。
無論何度も戦っている尚人は、その戦法の破り方を知っている。この弾幕はそれほど長く続かない。ゲームとはいえ、弾は無限ではなくちゃんと弾数も設定されているので、いつかは弾切れを起こす。
その瞬間をじっと待ち続けていると、不意に遮蔽物を叩く音が消えた。好機と捉えた尚人は自身の機体を遮蔽物から飛び出し、接近戦に持ち込もうとする。それをただでやらせる柿崎ではなく、まだ弾が残っているキャノン砲を射撃レート限界のスピードで連射する。衝撃と爆発で揺られる機体を巧みに操りながら、尚人は機体に装備されているアサルトライフルをバーストショットする。
柿崎は重い機体を動かし、何とか回避に成功するが、すぐに次の攻撃が襲ってくる。これも装甲が厚い箇所で防御して防ぐが、眼前に尚人の機体が迫る。
「ちっ、やっぱりうまくなってやがるな!」
すでに抜かれているサーベルに気づいて、左腕に装備されている小型のシールドでその一太刀を防ぐ。と同時に先ほどまで弾切れだったガトリング砲と速射砲のリロードが完了したため、遠慮無しに撃ち始める。至近距離からの射撃を大型のシールドとアサルトライフルで巧みに距離を取りながら、尚人は先ほどの攻撃でダメージを与えられなかった事を悔やむ。
相手にキャノン砲しか攻撃手段がなかったのだから、慎重に距離を詰めずにもっと大胆に攻めれば良かった。反撃を恐れて、消極的になる所は直していかないと……
再び遮蔽物に隠れて弾幕の嵐をやり過ごそうとするが、今度は遮蔽物もろとも吹き飛ばすかのごとくキャノン砲を撃ち込んでくる。直感で危険を感じた尚人はシールドを頭上に掲げた次の瞬間、至近距離で砲弾が炸裂して破片がシールドを叩く。
「曲射なんてめんどくさい事してんじゃねぇ!」
このゲームはシステム上砲撃は直線で飛ぶようになっているが、自分でデータを入力すれば曲射もできる。だが、戦闘中にそんなめんどくさい事をすればたちまち的になるか、足手まといになりかねないので、殆どはチーム戦で狙撃を担当するパイロットが使う程度である。今回柿崎が使用できたのは、尚人が遮蔽物から出てこなかったので片手で射撃動作を入力しながら、じっくりと曲射用のデータも入力していたのだ。
このままではじり貧になるので、尚人は一か八かシールドを構えながら前に出る事を選択する。遮蔽物から出た瞬間、凄まじい弾幕の嵐がシールドを叩く。見る見るうちにシールドの耐久力が減っていくが一切構わず愚直に前に行く。直感的にまずいと感じた柿崎はキャノン砲の最後の一発をシールド目がけて撃ち込む。無論高威力のキャノン砲を喰らって、シールドが砕けるが、それでも尚人は止まらない。右手のアサルトライフルをフルオートで撃ち込み、左手にはシールドが砕けた瞬間抜いたサーベルを突き刺そうと前を詰める。
「ちっ!?」
柿崎も先を越されまいとガトリング砲と速射砲を尚人の機体に向けるが、一斉射したところで弾切れになる。その隙を尚人が見逃すわけがなく、サーベルで連続攻撃を喰らわせる。
凄まじい勢いで瀕死の域まで追い詰められるが、柿崎には起死回生の手は無い。それでも尚人は驕ることなく距離を取り、弾倉に残っている弾を一発も外さすに柿崎の機体にたらふく撃ち込んだ。
そこでゲーム終了のアラートが鳴り、再び機体の調整画面に戻った。すぐに先ほど感じた違和感や微妙な調整を機体に加えていると、入り口から柿崎が入ってきた。
「全く……弾幕の中を突撃してくるなんてバカじゃねぇのか?」
「射撃武装で固めた機体の対処法は弾幕が張れる武器がリロード中の時に攻撃を仕掛ける事と、シールドを持っているならば文字通り盾にして中央突破……これ、攻略ウィキでも推奨されている戦術だぞ? 第一タイマンであんな機体使うなよ。素直に高機動調整している二番手を使えよ」
「バ~カ、ロマンだよ、ロ・マ・ン! あの機体でタイマンに勝つのが一番気分がいいんだよ!」
「まぁ勝てなかったけどな? それよりも集団戦やろうぜ。お前の得意なダイレクトカノンサポート、期待しているぜ」
「ちぇ……ちょっと勝てたから調子に乗りやがって。まぁいいや、やってやんよ」
文句を言いながら柿崎は先ほど入っていた筐体に戻り、再び三番ラインを選択する。無論使う機体は先ほどと同じだ。尚人も先ほどの機体を選択しようとするが、気分を変えて自身が使える三番手の機体……狙撃用に調節された機体を選択して出撃する。
『おい! サポート頼んでおいて、それはねぇだろ!?』
「気にするな、たいした問題じゃない」
「まったく……」
そういいながら、全国オンラインで繋がった戦場を二人は駆けていく。すでに前線の方では激しい戦闘が繰り広げられており、位置についた柿崎は早々に火力支援を始める。尚人はさらに深く進み、遮蔽物と敵から発見される確率が低い可能性の場所で大型の狙撃銃を構える。
モニターが精密射撃モードに切り替わり、倍率を上げて遮蔽物から頭を出している敵をロックオンして撃ち抜く。クリティカルヒットしたのか、一撃で爆散してその穴を前線で戦っている機体が押し広げていく。横やりを入れようとする機体を片っ端から撃ち込んでいき、次の狙撃地点に移動を開始する。
このゲームにおける狙撃手の役割は、敵を撃ち抜く事はもちろん、存在する事で敵にプレッシャーを与え続ける事も重要な役割である。居続ければそれだけ敵は狙撃手を潰す事に力を入れるため、味方が動きやすくなる。そういった意味でも尚人はこの狙撃型の機体が気に入っている。
次の狙撃地点に到着した尚人はすぐさま銃を構えて、先ほどまでいた地点に走る敵を撃ち抜いていくのであった。