09話_井の中の蛙の方が案外強かったりするのよね
山道を歩いていると周りの茂みがやけに気になる。厚着をしなければ確実に体温が奪われて体が震える気温であるが、周りにある木や草が生き残るにはまだまだ十分な環境である。
見えない所から何か出て来たりはしないかと、注意を払いながら進むのはごく普通の事である。
「そんなに気をつけなくたって危険なものはいやしないわよ。あえて言うなら蚊が少しいるくらいかしらね。」
周りをしきりに気にするエルアにそう言い聞かせるミレイ。
「お前としては大丈夫なんだろうけどな、こっちとしては色々と不安要素があるわけなんだよ。」
「まあそうかもしれないわね。別に私達がいつまでもいるわけじゃあないんだから警戒に慣れておくにこしたことはないわね。なら多少危なくっても黙っておくことにしようかしら? 先に何が起こるかわからないから人生って楽しいものなんでしょう? そして強くなりなさいなエルア、できれば鬼神のように。」
「いや、危なかったらちゃんと言ってくれよ。それに俺はそこまで強くなる気はねぇぞ。それとさ、まさかあの変態教師付いて来てねぇだろうな?」
エルアがそう言って振り向くとムービンがビクッと反応したので少し悪いことをしたかなと思った。
木々の隙間からは以前いた街が小さく見える。ここまで小さくなるくらい進んできたと言えばいいのだろうか、それともまだ見えるほどしか進んでいないと言えばいいのだろうか。
「私達の行動を誤認させるくらいの事はしてあるわよ。心配症ねぇ、でも悪いことじゃないわ。」
軽口を叩きつつ進んでいくと吊り橋が見えた。太い縄で崖の両側を結び、足場も結構しっかりしている吊り橋である。1人しか渡れないような幅ではあるが、全員まとめて渡っても問題無さそうである。
ただ、そこは周りに風を遮るものが無いため寒風が一同に容赦なく襲いかかる。
「おぉ~、さみ。これからもっと寒くなって来んのかなぁ。」
「しばらく進めば暖かい所に出るからそれまで我慢しなさいな。」
「あぁ、そうらしいな。今でも若干信じられんが、行ってみればわかることか。」
「そういうことよ。さぁ、さっさと渡って橋の安全性を確かめるのよ。ムービンが落ちちゃったら大変だわ。」
「ちょっとは俺の事も気遣ってくれよ。」
そうは言ったものの危ない橋には見えないのでエルアに依存はない。念の為に橋の音や揺れ具合に注意しながら橋の中程まで渡って行ったが、特に危ないこともなさそうだ。
「特に問題なさそうだぞ。」
それを聞いて今度はムービンが橋に乗る。ムービンは吊り橋を渡ったことが無いのでどんな感じなのかとウズウズしていたのだ。
バキッ!
ムービンの足元の板が割れて、シンシアがすかさずムービンを抱える。
「はぅ・・・あうぁ・・・。」
突如発生した浮遊感にムービンはすっかり怯えてしまった。
「お、おい!! 大丈夫か!?」
「心配しなくてもお嬢様は私が守ります。」
ムービンを抱えたままキリリとした表情を浮かべるシンシア。そのままお姫様抱っこに持ち替えて橋を戻っていく。
エルアはあれなら大丈夫かと、安堵感からため息をついて、そこで新舌が何故が戻っていった事に気がついた。別にそのまま渡ってしまえばいいのではないか?
「エルア、後ろだよ。」
エルアの疑問に答えるように圭吾が注意を促した。振り向いてみると、いつの間にやら薄汚い男達が展開していた。
着込んでいる鎧は所々くたびれており、そのデザインも様々である。剣や槍やら弓やらをそれぞれ持っており、爽やかとは決して言えない薄ら笑いを浮かべながら油断なく一行に視線を向けている。
どう見ても山賊である。
「ちっ、こんな所で。」
エルアは剣を抜き、構える。山賊の中の一番前に出ていた男は、そんな事構わんと言わんばかりに前へ出て来る。この男がリーダー格なのであろう。
「要求は、言わなくてもわかるよな? 大人しくしときゃあ何もしねぇよ。抵抗しようとしたら射殺されるぞ。」
橋の向こう側からは何人もの男が弓を構えてそれぞれ狙いをつけている。吊り橋の上では行動が制限されるので、普通ならば詰んでいる事だろう。しかし返ってきた反応は、山賊達の思っていたものとは全く異なるものであった。
「いやですわ、汚らわしい。こんな連中を見てお嬢様の目が腐ってしまったら一体どうしてくれるんでしょう?」
シンシアの言い様にリーダー格の男は頬を引き攣らせる。ただ、状況を冷静に見ればただの強がりにしか思えないので何か言いたくなる気持ちをぐっと抑えた。
「ふんだ!! あんたらみたいな薄汚いゴキブリのような連中は殺虫剤ぶっかけてバチンと潰したうえで谷底にポイしちゃうんだからね!! ってエルアが。」
「いきなり俺に振ってんじゃねぇよ!!」
山賊を警戒しているため振り向けないのがもどかしい。アイリが好き勝手言っているが、圭吾は普段のごとく笑って何もない感じで流しているのだろう。
「エルア、せっかくだから追い払っちゃいなさいな。アンタなら何とか出来るはずよ。ほら、遠距離攻撃は封じといてあげたから。」
ミレイの足元に弓矢と投げナイフが散乱しているのに、リーダー格の男は気がついた。慌てて振り返ってみると今まで手にしていた武器が消えた山賊たちが戸惑いの表情を浮かべていた。
ミレイはそんなこと気にせずに、落ちていた投げナイフをいくつか拾い上げ投げつける。
ヒュヒュヒュヒュンとキレイに空気を切る音を響かせながら投げられたナイフは、対岸の気に突き刺さり綺麗なハート型を描き出した。
それを見てリーダー格の男は汗を一筋垂らしながら振り返る。ひょっとしたら自分達はとんでもない連中を相手にしようとしているんじゃあないかと、今更ながらに気がついた。
慌てて逃げようとするが、逃げたら射殺すといったオーラがミレイから露骨に放たれていて逃げ出すことが出来ない。
「くそっ、やるしかねぇってことか。」
どうしてそんな発想になるのか、エルアには理解できなかった。ミレイの放つオーラがエルアには全く感じられないようになっていたので当然ではある。ただ、これから戦うことになることは感じ取れるのでエルアは気を入れなおす。正直言って後ろの連中に任せれば勝負は一瞬でつくとわかってはいるのだが、あまり頼りっぱなしも情けないと感じているので出来る限りは自分でやろうと決めている。
「頑張りなさいなエルア、そんな連中に負けちゃダメよ!! なんたってその連中は時々山を降りては <ピ―――――――――― 自主規制 ――――――――――> なんてことやってるしその時ついでと言わんばかりに <ピ―――――――――― 閲覧注意 ――――――――――> みたいな外道だし、そして何より手近な村に入っては <ピ―――――――――― グロ注意 ―――――――――― グロ注意 ―――――――――― グロ注意 ―――――――――― グロ注意 ―――――――――― グロ注意 ―――――――――― グロ注意 ―――――――――― グロ注意 ―――――――――― グロ注意 ―――――――――― グロ注意 ―――――――――― グロ注意 ――――――――――> な連中なんだからね!!」
『誰がそんなグロいことするかあああぁぁぁぁぁぁぁ!!』
今まで黙っていた山賊たちも、さすがの濡れ衣に抗議の声を上げる。
「てめぇ、さっきから黙って聞いてりゃあ好き勝手言いやがって!! 一体人を何の悪魔だと思ってやがる!?」
「全くだよ。そりゃ悪魔だってドン引きするレベルだぞ、ミレイ。」
話をまともに聞いてしまってエルアは片手で口元を抑えて吐き気を堪える。ムービンはシンシアに耳を塞がれて難を逃れ、あとは動じない連中しかいない。山賊たちもそれぞれ青い顔をし、吐き気を堪えたりめまいを起こしたりしている。
「くっそ、遊ばれてる感じしかしねぇ。だけどせめて、てめぇだけはボコボコにしてやる。」
一番手近にいたエルアはとばっちりを受けた。もともと戦いになることは避けられそうになかったが、それでも必要以上の理不尽を感じてしまう。
「どうやら始まるみたいね。ほらムービン、一言応援してあげなさいな。」
「う・・・うん。エルア、がんばりゅぇ!!」
どうやら舌が上手く回らなかったようである。ムービンは真っ白な肌を真っ赤に染めてうつむいてしまった。
「あああああぁぁぁぁぁお嬢様可愛いですううううぅぅぅぅぅ!!」
その様子を見てシンシアが思わずムービンを抱きしめる。
「あらあら、仕方がないわねぇ。」
「ははは、まぁそういうこともあるよね。あまり気にする必要は無いよ。」
「ムービンがんば!! またこの次頑張ればいいさ!!」
一同をほのぼのとした空気が包み込む。
「てめぇら和んでんじゃねぇ!!」
叫んだリーダー格の男が駆け出すと同時に、エルアの戦いが始まった。
「すごい、すごいよエルア!!」
エルアの意外な活躍にムービンが目を輝かせている。1対1とはいえ、ただの村人が山賊を圧倒しているのだから熱くもなる。山賊側は危なくなれば下がるだけなので死人は出ていないが、それでも重傷者がちらほらと見受けられるようになっている。
「やりますね。彼は本当にただの村人ですか?」
シンシアの問いかけももっともなものである。
「そうよ。もともと才能はあったけど、あの村じゃあそれを活かす機会もなかったでしょうね。こういうことって結構よくあることなのよ。」
エルアが戦っていた山賊が下がると、さすがにもう積極的に戦おうとするものはいなくなっていた。ただそれでも、山賊たちは引くことが危険だと認識していたのでどうしようもなく立ちすくむことになる。いつの間にか回り込んだ圭吾が後ろから威圧しているためである。もっともこれも、エルアにはばれないようにしているが。
「はぁ・・・はぁ、お前らいい加減どっか行けよ。」
「はぁ・・・ぜぇ、てめぇ、本気で言ってんのか?」
なのでこういった不毛な会話も成り立ってしまう。このまま膠着状態になってしまうかと思われたが、その状況を覆す存在が地響きを立てながらやって来た。
それは一見馬のようではあるが、足の長さが木の高さもあるほど背が高い。目は山羊のように黒目の部分が丸くなく、たてがみには毛の代わりに無数の歪な角が生えている。体の所々も歪んでおり、一目見ただけでとても良くないものだとわかってしまう。
山賊たちはその姿を見て一目散に逃げてしまった。エルアも後ずさりながら橋を戻ってくる。
「おおおぉいぃ!! 何なんだあれは!?」
「エリアルドシグニスよ。シグっていう馬の魔物の覚醒種ね。あんなでかい体してても滅多に人目につかないものなんだけど、これはまた珍しいものを引き寄せたものねぇ。」
エリアルドシグニスが首を傾ける。目があってしまったムービンが小さな悲鳴を上げてシンシアの後ろに隠れた。
「一見馬だけど肉食でね、あの草食獣の持っている形をした歯で相手をすりつぶしながら喰らうのよ。噛まれた方はたまったもんじゃないわよね。それにあの角はね、魔力で浮かせて超高速で操ることが出来るの。あれには5万本程生えてるみたいだけど、あれくらいなら全部いっぺんに操れるでしょうね。でもあの角ね、倒した後に引っこ抜くととても気持ちいいのよ。ほらね。」
ミレイは倒れているエリアルドシグニスの死体から角の1本を引っこ抜いた。スポン、という小気味の良い音が辺りに響く。
「え、えぇ!? いつの間に?」
いつの間にかエリアルドシグニスを倒し角を引っこ抜いたミレイを見て、ムービンは目を白黒させる。
「やぁねぇ、ずっと見てたじゃないの。」
そう言われると反論できないが、事実エリアルドシグニスの巨体が倒れるところすらわからないというのはどう考えてもおかしい。
「お嬢様、考えるだけ無駄ですので気にしない方がいいですよ。」
シンシアはそう言うが、どうにも納得出来ない。
「エルア、エルアは気にならないの?」
「ん? ああまぁ、気になるっちゃ気になるが、聞いても教えてくれないんなら考えるだけ無駄だろ。」
エルアも諦めているようだ。圭吾とアイリは、いつの間にかいなくなっているので聞くことは出来ない。ムービンは仕方なく諦めることにした。
「それにしても、こんなのがいるとは知らなかったな。」
「人里に出ないように幾つもの要素が交じり合っているのよ。故意に変な所に行こうとしない限りはこういったのと遭遇することなんて無いから仕方ないかもしれないわね。」
「ふぅん、そうか。ちなみにコイツが人のいる所に出てきたらどうなるんだ?」
「国が滅びるわ。」
「え?」
「国が滅びるわよ。こんなのに対抗できる国なんて1つ2つある程度かしらね。それでも国の壊滅は免れないだろうからコイツを見つけたらさっさと逃げるのが吉ね。私はほら、ヴァンパイアのお姫様だから? なんともないわけだけど。」
「いや、初耳だって。」
エリアルドシグニスの死体を見ながらエルアは思った。世界のことが色々と調べられている状況でも見つからないような存在がそこまでの力を持っているなんて、まるで自分達が何をしたって辿り着けない所に色々な角度から眺められているようである。あまり気分のいい話ではないが、そもそもこちらからは向こうに気づくことも出来ないのだろう。
「さて、せっかくなので少しお肉を頂いておきましょう。お嬢様には栄養のあるものを沢山食べてもらいませんと。」
シンシアは取り出したナイフでエリアルドシグニスの体を刻み始めた。ミレイが国を滅ぼす力があると言っていたのは間違いなく、事実その体には並大抵の攻撃では傷一つ付けることは出来ないのだが、そんな様子を見せることもないシンシアにエルアは呆れ混じりに呟いた。
「あの人も大概だなぁ・・・。」
「シンシアは頼りになるから。」
肉の獲得が終わり、圭吾とアイリがのんびりと戻ってきた所で一同は再び歩みを再開した。ムービンはシンシアに抱えられたまま吊り橋を渡っていたが。