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07話_人の話はちゃんと聞くことね

 「いいことアイリ? これからあなたに緊急指令を与えるわ。」


 「アイサー姐さん。で、何をすればいいの?」


 息を潜め身を潜め、ミレイとアイリが通りを伺っている。その後ろでは何をするつもりなのかと、エルアと圭吾が様子を伺っている。


 「あれよ。」


 そう言ってミレイが指差した先には1人の若い女がいた。


 「あの娘のスカートの中を探ってきなさい。探ってきたらパンツの色と柄を大声で叫ぶのよ。」


 「おい。」


 エルアが声をかけるが2人は全く気にする素振りを見せない。


 「アイサー姐さん。でもでも、もし何もはいてなかったらどうすればいいの?」


 その言葉にハッとしたようにミレイは自分の額をペチンと叩いた。


 「私としたことがその可能性を考慮に入れてなかったわね。そうね、その時はスカートを引剥がしちゃいなさい。」


 「何をやろうとしてんだお前らは!!」


 エルアが叫ぶと2人はキャイキャイ言いながら逃げていった。エルアは追いかけようと思ったが、その見た目とは裏腹の圧倒的なスピードを見て、足を踏み出すことなく断念した。


 「ったくあいつら、もうちょっと大人しく出来ないもんか。」


 「あはは、いくらあの2人だって本気でやろうとしているわけじゃないさ。エルアの反応を見て楽しんでるんだよ。」


 そのくらいエルアにもわかってはいるつもりではあるが、だからと言って放っておいたらどこまで突き進むかわからないので見て見ぬふりなど出来はしない。


 「まぁいいよ。さっさと宿を探しに行こう。あいつらのことだからそのうち合流するだろ。」


 「ついでに焼き鳥買い占めてくれると楽よねぇ。」


 いつの間にかミレイが後ろにいたが、その程度では一々驚きもしなくなっていた。最初は理不尽に感じていたことでも慣れれば気にならなくなるものだなと、エルアは思う。


 「買い占めはお前がやれよ。毎回毎回どこに仕舞ってるのかわからないけと、持ち歩ける量でもないしな。」


 ミレイが買い占めた焼き鳥が一体どのように持ち運ばれているかは謎である。ミレイが気まぐれに食べているところを見て、一体どこから取り出したのかとも思うが、ミレイだからの一言で済みそうなのであまり考えないようにしている。


 「姐さーーーーん!! いつのまにぃーーーーー!?」


 前方からアイリが戻ってきた。叫びながら飛んでいる妖精を周りの人が物珍しそうに見ているが、当の本人は全く気にしていない。アイリはただでさえ目立つのだからあまり顔を出さないほうがいいのではないかとエルアが提案したことがあるが、アイリをどうこうできる人間なんていないということで却下されていた。エルアにとっては同行者全員、信頼はできるがよくわからない連中である。




 一同、通りを歩いて宿を探している。これから冷え込んでいこうとする今の時期には旅人も少ないので人通りはまばらである。

 ミレイとアイリが相変わらず色々なものに目を付けてはあーだこーだハゲだオカマだ言ってるので、無駄だとわかりつつもエルアは注意をする。


 「お前らもうちょっと大人しくしてくれ。今のところトラブル起こってるわけじゃないけど今後もそうだとは限らんだろ。」


 「旅にはトラブルが付きものなのよ。最近は魔物も少ないし下手すると何もないまま過ごしちゃうんだから何とか盛り上げようとしてるんじゃない。」


 「エルア、今後何かあった時のために緊急事態に備える力は必要だよ!! だから妖精さんの力でトラブルを起こしてあげようとしてるんだよ!!」


 エルアは内心で頭を抱えた。トラブルが起こればいいと言う連中を一体どのようにして説得すればいいのだろうか。


 「ほらほらエルア、考えこんでないで。宿が見えたからさ、とりあえず休憩しながら考えればいいよ。」


 圭吾は一見エルアの味方をしているようにも見えるが、対処など特に何もする様子がないので自分達の様子を見て楽しんでいるんじゃあないかとエルアは密かに考えている。そしてエルアの考えている通り、圭吾には対処する気など全くない。別に楽しんでいるだけでもないようだが。


 宿に入ると、カラカラとドアに取り付けられた鈴が鳴る音とともに冷たい空気が中から漂ってきた。


 「あら、これから寒くなろうとしてる時期に冷房なんて気が効くわね。」


 「へぇ、冷房なんて開発されてたんだ。長生きはしてみるもんだね。」


 ミレイの少し皮肉めいた言葉を聞いて圭吾は辺りに視線を巡らせる。冷気の出処がどこか気になったが、どうやら目に見える範囲には内容だと判断した。


 「冷房なんて開発されてないわよ。」


 「え?」


 どうやら一杯食わされたようだとわかって圭吾は肩をすくめた。


 「なぁ、冷房って何だ?」


 「こっちの話よ。それよりも私はちょっとお花を摘んでくるわね。」


 そう言ってミレイは宿を出て行ってしまった。


 「今のって用を足してくるって意味じゃないのかい?」


 「焼き鳥買い占めてくるって意味だろ。」


 「ああ、なるほどね。」


 自分達も店のカウンター席に座って食事を摂ることにした。奥の方から遅まきながら店主がやって来て一同に気づいた。それでいいのかともエルアは思ったが、周りに客が全くいないのを見てそういう時期なのだろうなと考えた。


 「いらっしゃい。待たせてしまってすまないね。それにしても妖精とは、珍しい客が来たもんだ。」


 「そうでしょそうでしょ!! 珍しいでしょー!! 珍しいから何か奢って!!」


 エルアは呆れた。アイリも前はもうちょっと大人しい感じだったと思うが、ミレイが伝染ったのだろうか?


 「はっはっは、言うねぇ。蜂蜜ジュースでも飲むかい?」


 「飲む飲むーー!!」


 店主が気にしていないようなので何も言わないことにした。それよりもさっきから気になっていた疑問を店主に向けてみる。


 「この店って、何でこんなに冷えているんですか?」


 この時期そこまで寒いというわけではないが、暖かいと思うような人はいないだろう。何らかの冷やす方法が存在しているとしても、わざわざこの時期に行う理由がわからない。

 店主は言い難そうにこめかみをポリポリと掻いた後、あまり良い話でもないけど聞きたいかと確認した後に口を開いた。


 「実は女房が病気でなぁ。この冷気はその副作用だって話なんだ。」


 「病気の影響でこれですか? 何だか厄介そうですね。」


 「ああ、周りの熱を吸い取ってるらしいんだ。伝染るようなもんじゃないらしいから安心してくれよ? ただやっぱり恐いってんで客の入りも悪くなるし、女房もキツそうだしで色々大変だ。稼ぎ時じゃないってのが唯一の救いだな。」


 店主は軽く言っているが店にとって悪評が立つのは致命的である。人が病気をしていてもそれが見えないところならばあまり気にもしないのだが、冷気を伴ってその存在を示し続けているとなると、客としても不安要素がある店より他の店に行こうと思うものである。実際この状態が続けば宿をたたむのもやむなしと店主は考えている。


 エルアはと言えば、そこら辺のことは大して気にしていないようである。自分はその病気のことはよく知らないが、本当に危なかったら人生経験の豊富過ぎる連れどもが何かしら言ってくるに違いないと考えているからだ。人を困らせるような事をする連中ではあるが、罪もない人が傷つくようなことを平気でするような連中でもないと考えている。


 「まあ簡単に言うとそういうわけだから、沢山飲み食いしていってくれると助かるぜ。」


 店主は笑いながら言ってくるが、その目の下の薄い隈が張り付いているのを見つけていたのでエルアは同調して笑う気にはなれなかった。





 「圭吾ってここの店主の奥さんがどういう病気なのか知っているか?」


 食事も終わり、部屋も2つ取った後エルアは聞いた。あの場で聞くのは憚られたが、あのような冷気を放出する病気に興味が無いわけはない。


 「うん、知ってるよ。あれは病気でもあり、呪いでもあるんだ。」


 圭吾のその言葉に、エルアはいまいちピンとこなかった。


 「どういうことだそれ?」


 「あの病気は昔の戦争の名残なんだ。あれはとある魔法使いが作り出した生物兵器、風にのって運ばれる病原体に呪いを付加してばら撒かれたことがあるんだけど、それが今になっても残ってるっていう感じかな。」


 エルアには詳しく理解することは出来なかったが、それでも昔の戦争で今も苦しんでいる人がいるという事実にはゾッとするものがある。


 「なんたってそんなものを作ったんだ?」


 「戦争っていうのはね、沢山の人出とお金と時間、その他諸々の手間がかかるものなんだよ。それでいて確実に勝てる保証はないんだからはっきり言って分の悪い懸けの面が大きいんだ。戦争をそいうものだと納得している人ならともかく、普通はもっと楽に勝てるようになりたいと思うだろう? それには相手に気づかれないよう、長距離からひっそりと攻撃出来れば理想的だ。それはわかるよね?」


 圭吾の言葉にエルアは頷いた。遠くの相手を相手を狙うために弓があるわけだし、バレたくないから暗殺者がいる。すでにある概念を組み合わせているだけなのだからあまり理解に苦しむこともない。


 「だから攻撃手段としては、国境を超えても違和感のないものがいいね。魔物だと駆逐されるし、動物や昆虫が大量に流入してくればいくら何でも違和感がある。だから目に見えない病原菌が選ばれたんだ。一度ものを作れるようになればあとは量産して、風上から攻撃対象に向かってばら撒けばいい。誰がやったかもわからないし、上手く行けば変わった病気が流行りだしたとしか思われない、敵対国を弱らせる手段としては効率的だよね。」


 「そ、それってさ、兵隊だけ攻撃ってわけにもいかないんじゃないか!?」


 「そうゆうこと。ま、そこのところの是非云々は置いといて、奥さんの病気は正にその時の名残でね、これに罹ると周りの熱をどんどん吸収するようになっちゃうのは店主さんの話聞いてればわかるよね。この呪いの恐いところはね、体が受け付ける以上の熱を無理矢理吸収しちゃうところなんだ。体の中どんどんエネルギーが貯まって許容しきれなくなったら、体を破裂させることで熱を逃がそうとしちゃうんだよ。それこそ全身一気に破裂しちゃうし、状況を見る限り奥さんの余命は僅かだね。」


 「おおぉい!!? そんな呑気に構えてていいことじゃねぇだろ!?」


 エルアは慌てながらも、自分にはどうしようもないことがわかっているので取り乱したりはしなかった。そこまでわかっていながらも圭吾が何とかしようとしないのは、ミレイがいないからだということだ。特効薬は開発されていて作り方もわかっているが、材料の1つが特殊な環境にあるためすぐには取ってこれないとのこと。


 「店主さんがこの病気のことを知っている風な事言っていたのを覚えてる? ということは診断できる人がいたってわけなんだけど、今はどうしようもない状況にあるわけだ。店の状況を見る限り特にお金に困っているなんてことは無さそうだし、もしお金の問題だとしたら冷気で敬遠されている店を開けるよりも資金調達のために動き回るほうが自然だから、薬が手に入らないというよりも材料が手に入らないんじゃないかって考えたんだよ。」


 たしかにそう考えると現状出来ることは何もない。金の問題にしろ材料の問題にしろ自分達にどうこうできるような事で無いことも納得だ。しかしミレイにならどちらも問題ないのではないかと考えると、エルアは改めてミレイが何者なのかと思いを馳せるのであった。





 「皆喜びなさい、私が戻ってきたわよ!!」


 「やったぜ姐さん!! こうなったらもう怖いものなしだね!!」


 ミレイのよくわからないノリに瞬時に合わせられるアイリは流石である。エルアは何か言いたそうにしたが、ミレイが戻ってきて何か状況が進展するかもしれないと思い黙っていることにした。

 と言いたいところだったが、ミレイの後ろにいる男を見てその意志は早くも崩壊した。


 「ミレイ、後ろにいる人は誰だ?」


 燃えるような紅い髪と目をした男がミレイの後ろに立っていた。背はエルアより少し高いくらい、年齢は同じくらいの細めの筋肉質で、エルアの素人目に見ても只者でない雰囲気が感じ取れる。


 「こいつはね、私の弟子みたいなものよ。さっきそこで会ったから拾ってきたの。」


 「弟子? お前の?」


 エルアが男を見ると、男は頷いて自己紹介を始めた。


 「はじめましてっす、ミレイさんの弟子みたいなアルワードって言うっすよ。よろしくお願いするっす。」


 ミレイの弟子、のようなものを名乗るにしてはなかなか礼儀正しい。エルアがその事に安心すると、男の瞳の奥に何やら今まで見たことのないような、しかし何だか親近感が湧くような光を目にする。その意味することに瞬時に気づいたエルアがアルワードに自己紹介をする。


 「エルアです。・・・その、大変そうですね・・・。」


 「わかってくれるっすか・・・。」


 エルアは共感者を得た。


 「失礼しちゃうわねぇ。でもまあいいわ。エルア、どうせアンタのことだから店主の奥さんの病気を何とかしたいなんて思ったんでしょう? アルワードはこう見えて炎魔法のエキスパートだからちょうど役に立つわ。」


 「ん? どういうことだ?」


 「あら圭吾、アンタまだちゃんと説明してなかったのね。薬の材料は火山洞窟の中にあるのよ。その中に咲いているフラフレアって花が必要なの。でも普通に火山洞窟に行ったんじゃあ焼け死ぬから結界を張れないと駄目なのよ。」


 自分達の行動を全て見透かしているようなミレイの言動にエルアは驚いたが、同時に自分の意図を汲んでくれた事に感謝もした。

 フラフレアとは火山洞窟に咲く一風変わった花で、周りの熱や溶岩から放出されるマナをタップリと吸収しているので薬やアクセサリーを作るのに重宝されている。


 「フラフレアっすか。あれは最近数が減ってきてるから採取は自重してほしいっすよ。」


 「花びら取るくらいなら平気でしょ。それじゃあさっさと行くわよ。」


 宿の外に出ようとするミレイに置いていかれないようエルアも急いで後を追う。そしてその時点でアルアは気づいた。


 「火山って・・・どこにあるんだ?」


 少なくとも近くには無いことを思い出したエルアは一体どうするつもりなのかと少し不安になった。




 火山洞窟は火山の麓から空いた穴に直接入っていく構造になっていた。周りには粘性の低い溶岩が赤い光を放ちながら流れているので視界には何ら問題がない。足元にも溶岩が流れていることがあるようで、足場に見えた所から急に溶岩が湧き出すようなこともあるので油断ができない。


 「あれ、おかしいな・・・。」


 そんな光景を見てエルアは頭を揉んで何かを考え始めた。


 「どうしたんだい、エルア?」


 「いや、ここに来るまでの記憶が全く無いんだ。おかしいなぁ、宿を出ようとしたところまでは確かに覚えているんだけど・・・。」


 「そうかい。エルアはきっと疲れているんだね。最近はミレイさんとアイリに手綱を必死に握ろうと頑張っていたからね。」


 「ミレイさんだけでも手に負えないのにもう1人いるんすか・・・、同情するっすよ。」


 エルアは自分が宿からどのくらい離れた所にいるかもわからない様子だ。しかしこのまま考えていても仕方がないと思い直し、とりあえず目的を達することにした。

 今火山洞窟の中にいられるのはアルワードが結界を張っているである。それがなければ今頃圧倒的な熱でやられているだろう。


 「それじゃあ行くっすか。くれぐれも離れないようにするっすよ。足元が危ないのはもちろん、結界から一歩踏み出したら目は干からびて体中から水分が蒸発して、息を吸えば肺が焼ける灼熱地獄っすからね。」


 随分と危険な所に来たもんだと、エルアは歩きながら改めて周りを見回す。溶岩が流れているのを見ると、実際に噴き出している所はもっと上の方にあるのだろう。溶岩の赤い光の中に時々黒いものが入っているが、あれにはマナを弾く物質が含まれているらしい。溶岩は燃焼とマナを用いて赤く明るく輝いている。

 こんな所にも住んでいる生き物がいるらしい。でかいトカゲのような、石に覆われて見える生き物とか、石自体がフワフワと浮いているように見えるものとかが、こちらの姿を確認するなりゆっくりと離れていく。


 「あいつらって魔物だろ? 魔物って結構積極的に襲ってくる印象があったんだけど、ここの連中は違うのか?」


 エルアの疑問にミレイが口を開いた。


 「ここの連中も考えなしに襲ってきたりするわよ。でも今はアイリが冷気で牽制しているから近づいてこないのね。ここの連中って冷気が苦手だから、冷気を感じると余程のことでもない限り逃げて行っちゃうのよ。」


 そう言われてアイリを見ると薄く青い光がアイリを包んでは消え、また包んでは消えている。おそらく魔法を発動している時にこうなるのだろう。


 「そうなのか。戦わずに済むんならその方がいいよな。魔物を倒すことが目的な訳じゃないんだし。」


 改めて魔物の方を見ていると、先程のトカゲのような魔物が同じ場所でグルグル回ったり行ったり来たり、不自然な動きをしているのが見えた。


 「こういう所の魔物って面白いくらいに反応するよね!! 上手くやったらダンス躍らせることができるかな?」


 どうやらアイリが冷気を使って操作していたらしい。


 「やめてやれよ。向こうだってこんな所で生きてるんだから変なストレス与えようとするなって。」


 第一ミレイが真似をしてしまうかもしれない。遊ぶのは構わないが、それで生き物を巻き込むとかはどうにも好きになれないエルアである。第一、状況から言って向こうはとても迷惑だろう。

 そのミレイはというと、歩きながら溶岩の中に釣り糸を垂らしている。溶岩に入れて何とも無い釣り糸も驚異的だが、こんな所で何をおかしな行動をしているんだと思っていたら溶岩の中から魚が跳ねてきて、世の中というのは自分が思っているよりも色々なことがあるのだな、と呆れながらも実感した。




 「で、これがフラフレアって花か?」


 溶岩洞窟の奥へ奥へと進み、時間の経過もわからないまま進んで、奥へ来すぎているんじゃないかとエルアが不安になった頃、壁に白い花が咲いているのを見つけた。

 溶岩の放つ赤い光りに照らされて、灼熱地獄の中岩にこびりついている花はものすごい違和感のある光景であった。


 「そ、これよ。昔はもうちょっと早めに見つかるもんだったけど、これからもっと大変になるのかしらねぇ。」


 「やなこと言わないで欲しいっすよ。これでも絶滅しないように気を使ってるんすからね。」


 ミレイは花びらを一枚取った。これで溶岩洞窟での目的は達成である。


 「これでいいのか。毎度のことながら俺って必要だったか?」


 「気にすること無いっすよ。どうせどう転ぼうともミレイさんの気まぐれに付き合わされるんすからね。楽なら楽にこしたことはないっす。」


 つまりはこれからも付き合わされるということである。


 「はぁ、まああんまり考えてても仕方ないか。それならさっさと戻ろうぜ。」


 「待ちなさい。」


 待ったをかけたのは当然ミレイである。


 「なんだ、まだ何かあるのか?」


 「あまいわねエルア。こういう所で奥深くに進んで目的を達成した時こそ油断しちゃいけないのよ。こういう時には大抵強くてそこそこ珍しい魔物が出てくるものなのよ。私達の業界じゃボスと呼んでいるわ。」


 「どこの業界だよ。でも、それって本当か?」


 いくらなんでもそんなに都合よく出てくるわけが無いだろうというのがエルアの認識である。その様子を見て圭吾が解説を加える。


 「目的云々はともかく、こういった特殊な環境の奥地はマナが溜まりやすいからね、自然と強い魔物が集まったり生まれたりすることはあるよ。」


 「へえ、そうなのか。」


 そう言われて改めて周りを見る。そこは相も変わらず溶岩の発する光で真っ赤に照らされた洞窟であり、所々で溶岩が噴出している。奥地に来たからといって目立った変化は見受けられない。


 「特に何もいないみたいだな。それならさっさと出た方がいいんじゃないか?」


 「本当に何にもいないみたいね、残念だわ。仕方がないからアルワード、アンタがボス役やりなさい。」


 「うえぇ!? いやいや、別に無理して戦う必要なんてないっすよ!!」


 アルワードは両手を前に出してブンブン振りつつ抵抗する。


 「戦う事自体は別に重要じゃないの。ここでボスが出るということが重要なのよ。」


 「そんなもん知ったこっちゃねぇっすよ。ここで暴れて怪我人が出ちゃあ元も子もないっす。」


 「怪我なら私が治すわよ。ところでアルワード、私ってばあの責任誰に取らせようか考えてる最中なのよね。」


 「ふはははは、よく来たっすね人間ども!! この灼熱地獄が!! 貴様達の墓場になると思い知るがいいっすよ!!!」


 突然エルア達に向かって宣戦布告するアルワード。その表情はこれから戦うにしてはかなりやけくそ気味である。


 「おいおい、どうしたっていうんだ? どうせミレイの気まぐれだろ? ほっときゃいいじゃないか。」


 「ええい、問答無用っすよ!! 自分は今、何だかわからない窮地に追い込まれているんすよ!!」


 エルアとしてもやる気はないのだが、どうにも向こうがそれを許してくれそうもないらしい。溜息を交えつつ剣の柄に手を掛ける。


 「いよっしゃあああぁ!! この妖精さんの力、存分に味わってもらおうじゃないのさ!!」


 アイリはやる気のようだ。むしろこういった事には進んで突っ込んでいくタイプのような気がした。

 アイリが片手を掲げるとその全身が青く光りだす。移動中、その姿は見せていなかったが氷魔法を使う際に現れる効果である。


 アイリの掲げた手の先に氷が収束していく。収束された氷はエルアほどの大きさの槍を形作り、アルワードにその穂先を向ける。


 「アイサー(アイスランサー)!!」


 アイリの放った氷の槍は空気中の水分を凝縮し、そして凍らせながら突き進んでいく。形成した氷でキラキラとした軌跡を描きながら超高速でアルワードに迫る。

 この氷の槍は突き刺さったものを内部から凍らせ、たとえ避けられたとしても爆散して氷を相手にまとわりつかせ、氷のツブテでダメージを与える代物である。その特性を知ってか知らずか、アルワードはその氷の槍を殴りつけた。


 「っしゃあ!!」


 アルワードが氷の槍を殴りつけると、氷の槍が消滅してしまった。


 「うそっ!?」


 氷の槍が溶けたのでもなく、水蒸気に昇華したのでもなく、消滅してしまったことにアイリが驚きの声をあげた。アルワードはそんなアイリには構わず、一足飛びでエルアの目の前に現れる。


 「許すっすよ!!」


 「んなっ!?」


 突然常識外のスピードで目の前に現れたアルワードに対し、それでも剣を盾にして防御しようとするエルア。しかしアルワードはその剣ごとエルアを蹴りつける。

 蹴り抜くのではなく蹴り飛ばすように放たれた蹴りを受けてエルアは盛大に吹っ飛んだ。そして壁に打ち付けられて、意識を失って崩れ落ちる。


 ギイイィィィィンン!!


 今の攻防を見て圭吾が手甲を打ち付けた。今のはアルワードがかなり手加減しているように見えたが、それでも男1人吹き飛ばすほどの威力がある。それに加えてアイリの魔法を消したのを見れば油断はできない。

 アイリも再び氷を作り出している。今度は複数だ。


 圭吾は手甲を打ち付けた反動に逆らわずに体を動かし構えをとる。アルワードからかなり離れた所から拳を打ち出し、その拳は少し何かに押されたように抵抗されたが圭吾は構わず振りぬく。

 圭吾が拳を振りぬいた直後、見えない無数の空気の塊が超音速でアルワードに迫っていく。殺傷力は低めにしてあるが、音よりも早く迫る空気の塊を察知するのは難しい。何か攻撃を仕掛けられたとわかっても対応する暇も無いであろう。そしてそれと同時にアイリが次の魔法を放つ。


 「アイサー(アイスサーベル)!!」


 先程と同様、高速で迫る魔法は圭吾の攻撃の目眩ましにも十分な効果を発揮する。圭吾の攻撃だけでも避けづらいものではあるが、2人はアルワードの実力を過小評価してなどいない。しかしそれでも、アルワードは2人の予想を上回った。


 「喝!!!!」


 パパパパパパアアァァァン!!


 ただの一喝で空気の塊が全て弾かれてしまうなど考えてもいなかった。と同時にアイリの放った魔法も全て掻き消える。

 慌てて構えを取ろうとする圭吾だが、一喝の衝撃が体を痺れさせ多少対応を遅れさせる。その隙をつき、アルワードが圭吾の懐に潜り込んだ。


 「甘いっすよ!!」


 アルワードの拳が圭吾のみぞおちにキレイにめり込んだ。衝撃を体に十分に伝えるよう放たれたその一撃で圭吾の体は宙に浮き、圭吾は意識を手放してしまった。


 「いよっしゃあ、勝ったっすよ!!」


 流石にアイリを攻撃する気にはなれないらしい。これで自分の役目は終わったかと、ミレイに振り向いたアルワードの表情が一気に凍りつく。ミレイが珍しく、少し不機嫌そうな顔をしていたからだ。


 「あ、あの~、ミレイさん?」


 アルワードが声をかけるとミレイの目がすぅっと細くなる。ただそれだけで身の凍るような圧力を受けたアルワードは身をすくめる。


 「まったく、別にアンタが負けるなんて思っちゃいないわよ。でもね、それでもなんで戦わせたのか、わかってるのかしら?」


 「えっ? えと・・・あ!!」


 ミレイの言いたいことに気づいたアルワードは、しまったと思いながらもこの先の状況をどう凌ごうか頭を巡らせる。


 「気づいたようね。まったく、もうすぐヒロインと合流する予定なんだから、しっかりしてほしいわよね。」


 「お・・・おぉ、いよいよっすか。そりゃあ楽しみっすねぇ!!」


 「・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・」


 「・・・アルワード。」


 「はっ、はいっ!!」


 「お仕置きよ♪」


 「ちょまっ!!」


 ドゴバキガスゴッゲシガッゴンドゲガンビキグシャボキドフザシュペキャボンッ!!


 「ぐはっぶふはかがあぁぁっ!!」


 ミレイの華麗な16連コンボが決まりアルワードの体が宙に浮く。ミレイは軽く飛んで同じ高さまで到達し、トドメに回し蹴りを放った。アルワードは壁にたたきつけられ、そのまま意識を失ったように落ちていく。


 ドボン


 アルワードは溶岩の中に沈んでしまった。


 「あっ、姐さん!? ちょっとやり過ぎじゃない!? 殺しちゃダメだよ!!」


 あまりに出来事にさすがのアイリも慌てた様子である。


 「大丈夫よこれくらい。もうこれ以上ここにいても仕方ないし、戻りましょうか。」


 ミレイはエルアと圭吾を担いだ。アイリはミレイに寄りつつも、心配そうな表情でアルワードの沈んた辺りを見つめていた。







 「はぁ、えらい目にあったな。」


 フラフレアの花びらを薬にして持って行ったら店主はものすごく喜んだ。お礼にということで、宿代がただになり飲み食いも好きにしていいということになっている。


 「いやぁ、強かったね彼。万全の状態で挑んでいたとしても負けてたと思うよ。」


 そう言う圭吾の表情は何だか嬉しげである。圭吾にそこまで言わせるなんてどれほど強いのかとも思ったが、それよりもその本人がここにいないことが気になった。アルワードのおかげで花は取れたわけだし、気絶している間にいなくなるにしても言伝くらいあってもいいだろう。


 「当のアルワードさんは一体どうしたんだ?」


 「アルワードなら姐さんが溶岩に沈めたよ!!」


 「はぁ!!? 何やってんだてめぇ!!」


 エルアはこれでもかと言うくらいの勢いでミレイに振り返った。


 「大丈夫よ、そんくらいでどうにかなるような奴じゃあないわ。それよりもそろそろご飯にしましょ。今日は焼き鳥三昧よ!!」


 「いつもそればっかりじゃねぇか。」


 いくらなんでも手に負えない様なことをしてしまったのならば周りももうちょっと慌てるだろうと思い直し、エルアは後でちゃんと話を聞こうと、とりあえず食堂に向かっていった。





 一方、再び溶岩洞窟である。

 洞窟の中を大量に流れる溶岩の中から突如一本の腕が現れた。腕は岸を掴み、もう片方の腕を表すと一気のその体を溶岩の中から引き出した。出てきたのはアルワードである。


 「あ~~、ひどい目にあったっす。」


 体に張り付いた溶岩を払い落としつつ溶岩の中で加えた魚を吐き出すなどという古典的なな事をしながらアルワードは周りを伺った。


 「皆戻ったみたいっすねぇ。まったく、何か適当な魔物でも出てくれりゃあややこしいことにならなかったっす。」


 そもそも自分もミレイのやっていることを失念していたのが原因だが、自分としては役目が割り振られていなかったので少しくらい失敗してもいいじゃないかと思っていたりする。


 「ま、ミレイさんから呼び出しかかった時に何か聞いておくべきだったっすかね。にしてももうすぐっすか・・・、エルアも大変になりそうっすねぇ。頑張るっすよ。・・・ん?」


 何かが近づいてくるのにアルワードは気づいた。洞窟内に響くような大きな足音を立ててアルワードへと近づいてくる。

 なんとなしにそちらの方を見ていたアルワードの前に現れたのは、ファイアドレイクである。

 全身を炎に包まれて翡翠のような目でアルワードを見、鋭い牙でもって威嚇している。分厚い筋肉と頑丈な鱗、背中に生えた立派な翼を持つその姿はドラゴンと言った方がわかりやすいだろうか。


 「グルルルルル・・・!!」


 通常の人間ならば近づいただけで黒焦げになる熱量と、圧倒的な存在感でもって威嚇してくるファイアドレイクに、アルワードは怯まずに前へ進んで睨みつける。


 「何で今頃出てくるんすかああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 「グゴ!?」


 アルワードの叫びは溶岩洞窟内に虚しく響き渡った。

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