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05話_ノーパン主義者を見つけたわ

 馬車に揺られて数日間、もうすっかり日も暮れて夜のご飯を考え始める頃に街が見えてきた。


 「ふぅ、やっと着いたな。」


 「全くね。休憩以外はずっと馬車の中で退屈だったわ。」


 「ずっと歌ってたくせによく言うよ・・・。」


 ミレイは道中暇を持て余し、どうせ誰も何もしていないからと言って歌を歌っていた。それがエルアが感嘆するほど上手く、まわりの客にもウケておひねりをもらったりもしていた。それで調子に乗ったミレイが夜通し歌っていたため、眠れない周りの客からのクレームも絶えることがなかった。そのクレームを主に受けていたのはエルアである。


 「まぁ今更どうこう考えてもしょうがないか。それより見ろよミレイ、星の巨人も凄かったけどこっちも凄い光景だとは思わないか?」


 エルアは街を見る。そこにあったのは眼前一杯に広がる光。街のいたる所に様々な色の明かりが灯り、周りの夜の景色と混ざり合って何とも神秘的な光景を見せている。夜になると灯るこの大量の光は街全体を明るく照らし、その光景から眠らない街と呼ばれている。


 「すげぇなぁ。この光って火でも魔法でもないらしいぞ。やっぱこういうのは話に聞くよりも実際に見た方が感動するってもんだな。」


 「えぇ、綺麗な光景ね。でも・・・、私がちょっと目を離しているうちにこんなことになっていたのねぇ・・・。」


 「うん? ま、何もかも知っている奴なんていないさ。それよりもそろそろ降りるぞ。」


 ミレイの言葉に若干の違和感を感じたエルアだが、何を感じたのかわからなかったので問いかけをすることも出来ず、それ以上は考えないことにした。

 馬車は光り溢れる街へと向かう。エルアはあの光の中がどうなっているのか今から楽しみであった。





 眠らない街とはその通りの光景で、もう夜だというのに通りに人はひしめき合い、未だ休むのを許さぬように明るい喧騒が耳につく。エルアは臆面もなく辺りをキョロキョロとしながら街の中へと進んでいく。


 「いやぁ~、すっごいなぁ。昼間のように明るいけど陽の光とは全く別もんだよな。あぁ、そういや宿に行く前に夕食でも買っていくか。」


 ここまで来た馬車はあえて夜に着くように計算されて走っていた。乗客用の宿も確保してあり、一種のパッケージツアーのようなものである。

 エルアはミレイの方を見ると、既に焼き鳥屋の屋台を見つけて注文していた。


 「おっちゃん、塩200本お願いね。」


 「おう、たくさん買うなぁ、嬢ちゃん。これからパーティでもやるのかい?」


 「やぁねぇ、全部私の夕食に決まってるじゃない。」


 「な・・・なんだと!?」


 特に問題は無さそうなので放っておくことにしよう。

 エルアは街を見渡すと、そこかしこの家の窓には何とも頑丈そうな窓が付いているのがわかる。今は開け放たれているが、一旦閉めればこのまばゆい光も遮断出来る事だろう。

 光は色々な所から灯っており、大半は手の届かないような中空にある。色とりどりの光が見えると思ったら光をガラス球で囲って色を付けているらしい。ガラス球自体高価なものではあるが、観光事業が成功しているのならこれくらいは出来るのだろう。

 そして光と光の間に何か細い線が伝っているのにエルアは気づいた。おそらくあの線に光の秘密が隠されているのだろうと考えたが、今それを調べている時間はない。


 「エルア、アンタもさっさと何か買っちゃいなさいな。色々と見るのは夕食後でも出来るでしょ。」


 「ああ、そうだな。それじゃカツサンドでも買ってくるかな。」





 宿の部屋は暗かった。いくら外が明るいといってもやはり内側に入る光には限度があるらしい。

 エルアは宿の主人に言われたとおりにドアのそばにあるスイッチをひねる。すると部屋全体が一気に明るくなった。


 「おおぉ、すげぇなぁ。こんな仕掛け初めて見たよ。一体どうなってるんだろうな?」


 エルアは荷物を置き窓の外を見る。そこまで高い所ではないから良い景色とは言えないが、それでも初めて見る夜の光に目を輝かせていた。


 「ミレイも別の部屋にいるからさほど気を使うこともなくのんびり出来るな。」


 「あらやだ、そんな要求通ると思ってるのかしら?」


 「・・・なんとなくそんな予感はしていたさ。」


 振り返るとミレイがベッドの上に座っていた。一体いつの間に、なんて不毛な問いかけはエルアは行わない。そんな質問をしたところで壁をすり抜けただの、隠す気もないはぐらかしを受けるに決まっているからだ。


 「それで、何の用だ?」


 「簡単なことよ。エルアはこの光のことをどこまで知っているのかしら?」


 「この光のこと? ・・・あぁ、お前は初めて知ったんだったな。俺も大して知っているわけじゃあないよ。なんでも昔な、この辺りで魔人が封印されたんだそうだ。」


 「魔人?」


 「そ。ものすごく強かったらしくてな、その魔人が見つかったのは400年程前らしい。世界中を放浪していたその魔人を退治しようとした多くの勇者と呼ばれる連中が返り討ちにあっていたそうだ。それ以外には何か悪さしていたっていう確実な証拠があるわけでもないんだがな。それでも、50年程前だったか? とうとう1人の魔法使いによってその魔人が封印されたんだ。それがこの街の教会あたりらしいな。」


 ミレイは窓の外を見る。しかしその表情はどこか別の所を見ているような、何かを探っているような印象を受ける。


 「それならどうして街がこんなに賑わっているのかしらね? いつ魔人の封印が解けるかわかったものじゃないでしょう?」


 「まぁな。それでも観光地かしちまうのは商魂たくましいというか、怖いもの知らずというか。魔人の封印だけならこんなになることもなかっただろうけど、やっぱりこの光だな。魔人を封印した魔法使いの研究の成果らしいけど、一体何なんだろうな?」


 エルアは天井を見上げて光を見る。特に体に悪いものでもないらしいし、街明かりの綺羅びやかさに慣れてしまっても便利だという認識が崩れることはないだろうこの光。魔人を封印した魔法使いは一体どのような力を使ってこれを生み出したのだろうか? エルアには1つだけ推論を立てることが出来た。


 「ひょっとして龍脈ってやつか? あれの力って結構無尽蔵に湧き出てるみたいじゃないか。」


 「残念ながら違うわね。ここら辺に龍脈なんて通っていないもの。」


 「そっか。ま、俺に言えることはそれ位だ。こんなもん観光のパンフレットにも書いてあるよ。実際のところは調べてもわかんないだろうな。わかっていたらもう知れ渡っているよ。」


 ミレイは窓から外を見つつ、どこからか取り出した焼き鳥を頬張る。その後姿を見つつ、エルアは考えていた。ミレイにも言った通り、エルアが語った内容はちょっと調べればすぐに分かる内容だ。別に自分に聞く必要はなかったわけだし、話をしている最中もミレイは特に何かを期待しているようには見えなかった。それにこの自称ヴァンパイアのことだ、今話した内容などとっくに把握していたに違いない。そこまで付き合いが長いわけではないが、ミレイは状況を把握した上で色々と行動しているように見える。


 イマイチ釈然としない感じを残しつつ、街の観光はまた明日にすればいいかと思いエルアはベッドに横になった。





 翌日2人は街を歩いていた。流石に夜のように綺羅びやかではないが、ポツポツと目立たない光が灯っているのが見て取れる。

 街の至る所には1人の男が描かれたレリーフが飾られている。魔人を封印し、この街の礎を築いた魔法使いである。魔法使いの生涯の断片が刻まれたそのレリーフのある所、観光に来た人々は足を止めて説明書きを読んだりレリーフの出来具合を堪能したりしている。

 しかし2人はそのような事には目もくれず・・・ミレイがどんどん進んでいるからエルアもついていっているのだが、真っ直ぐに街の中心へと進んでいく。


 「なあミレイ、一体どこに行くんだ? 行くとこがあるって言うから付いて来てるけど、どこに行くか聞いてねぇぞ。」


 「教会に行くのよ。別に悪魔らしく神父に喧嘩を売るとかしないんだからね。絶対にしないんだからね。」


 「その言い方だと嘘をごまかしてるように聞こえるぞ。でも教会か、別に急いで行く所でもないだろうに真っ直ぐ向かう必要なんてあるのか?」


 この街の中心にある教会は魔人が封印された地と言われており、街の代表的な観光地の1つだ。魔法使いや魔人の資料が大量に揃えられていたり、様々な講釈が聞ける大きな教会とあってそれなりに人も集まるが、中を移動するスペースは十分にあるので時間待ちが必要になるまで混むなんていうことはまずない。

 確かに観光目的ならばエルアの言うとおり急ぐこともないのだが、ミレイの目的は違うようだ。


 「この街の光の秘密、見てみたくないかしら?」





 教会は街の中央に広い敷地をもって建てられている。街中に張り巡らされた線がここに向かって収束しているため、広さを確保できなければまとまらなくなってしまうのだ。集められた線は教会を中心にすり鉢状のブラインドを作り、街の様子を覆い隠している。

 この協会に何かあるのは、この様子を見れば周知の事実である。しかし一体何が隠されているのかを知っているものはいない。過去に様々な調査が為されてきたが何も成果は上がらず、教会の関係者でさえも何も知らないというのが一般的な認識である。

 そのようなものを見てみたくないかと言われれば、エルアは黙って付いて行く判断を選ぶしかない。本当に見れるかどうかは正直言って疑わしい所ではあったが、あまり妙な嘘をつくこともないだろうと、今までの経験から判断した。


 「なぁミレイ、こんな真正面から入って本当にお前の言う秘密とやらがわかるのか?」


 2人は今教会内にいる。他の観光客に混じってちゃんと入場料も払い、正規のルートに従い教会の中を進んでいる。今まで誰にも知られていなかったようなものを見に行こうとしている身としては当然の疑問なのかもしれない。


 「目的地の近くに行くまではどこから入ろうと関係ないわよ。もちろん一直線の道を作ることも出来るけど、そんな荒っぽいことは嫌でしょう?」


 言われてエルアは思い直した。少なくとも目的地が教会内なのだから、こうして進んでいた方が平和的だな、と。


 「ま、そんなに心配しなくたってもう道を逸れるわよ。」


 そこにあったのは、よくある関係者以外立ち入り禁止の扉。ミレイは周りを気にすることもなくその扉を開けてそのまま中へと入っていく。


 「お、おい!?」


 いつかはこういう所に入っていくのだろうと思ってはいたが、まさかこんなに何の躊躇もなく進んでいくとは思っていなかった。誰かから見咎められやしないかとエルアは周りを見るが、誰も気にしている様子はない。と言うよりも誰も気づいている様子がない。

 エルアは不思議に思いながらもミレイの後に付いて行く。そこから先も途中で何人かの人とすれ違ったが、誰も自分達に気づいている様子がないのを見て、ミレイが何かしているのかと考えた。特に魔法か何かを使っている様子は見られなかったが、一体どういうことなのだろうか?


 ミレイが通路の途中にある部屋に入ったのでエルアもそれに続く。そこは一見書斎のようではあるが、誰も使っていないような寒々とした空気をエルアは感じた。


 「ここは例の魔法使いが使っていた部屋ね。貴重な資料とかあるみたいだし、なんせ魔法使いだから物の配置に重要な意味が含まれているかもしれないからって誰も入れないようにしているみたいね。教会関係者でも一部の人しか入れないみたいよ。」


 「特に鍵が掛かっている様子はなかったけどなぁ。魔法使いが作った秘密ならここに何かあるのはわかるけど、ここなんて一番調べられてるだろ?」


 「あら、何のヒントもない所から暗号を探せる人間なんていないわよ。ここの秘密にはね、物の配置とか置いてある本の内容とかは全く関係ないの。本当に隠しておきたい物に対して隠し場所のヒントを残すような奴は単なる馬鹿よ。」


 過去にその馬鹿のおかげで色々と貴重なものが見つかったんだけどなぁ、なんて思ったがそんなこと議論しても無駄なので黙っておく。

 ミレイは早速何かを始めるようだ。


 「まずはね、部屋を一定の波動の魔力で満たすのよ。」


 部屋の空気が何か変わったような気がした。しかし魔力を明確に感じ取れないエルアにとってはそれがどのような変化なのかは正確にはわからない。


 「次に光球、火球、氷球を部屋の真ん中に配置するの。」


 ミレイは部屋の真ん中に光球、火球、氷球を浮かべた。それぞれ白色、赤、青の色で輝いているのでエルアにもどれがどれなのか判別がついた。


 「最後にクルクル回るのよ。」


 ミレイはその場でクルクルと回り始めた。


 「なんだそりゃ!?」


 流石にそれはミレイの悪ふざけだろうと思ったが、部屋の真ん中、しかも絨毯の上に地下へと通じる階段が音もなく現れたのを見てエルアは息を呑んだ。


 「さぁ、この先にお待ちかねがあるわ。それじゃ行きましょうか。」


 ミレイが階段を降りていったのでエルアも慌てて付いて行く。それにしてもこの仕掛を作った魔法使いは一々クルクル回っていたのだろうか? この仕掛をミレイがどうやって見破ったかはともかく、最後のはどうかミレイの悪ふざけでありますようにとエルアは願った。


 「まぁ、仕掛けの云々は置いとくとして、ここって本当に教会の地下なのか?」


 「あら、察しが良いじゃない。確かに今ので全く別の所に繋げることも出来るわよ。だけどここはやっぱり教会の地下なの。アンタが思ってるよりはかなり深い所になるけどね。」


 今はミレイが光球を作り出してくれているから良いが、それがなくなれば辺りは一面真っ暗で何も見えなくなるだろう。


 「その気になれば目的地まで一気に繋げることも出来たんでしょうけど、そうしたくなかった理由があるのよね。なんだと思うかしら?」


 問われてエルアは考える。確かに言われてみればこの通路は必要ない。しかし先程から曲がりくねっているこの通路を作るに値する理由は一体何なのだろうか?


 「ここがバレりゃあ調べられるのはわかりきってることだよな。この先に罠を仕掛けてるにしたってそのうち破られるだろうし、ここがバレた時点で必死に隠そうとしても無駄か。なら直接繋げたくない理由・・・研究はしたいけど繋げるのは不便なのか・・・? それにここ魔法使いって言ったら・・・ひょっとしたら、魔人か?」


 「そ、この先には魔法使いが封印したという魔人がいるわ。今でもね。封印したのにこんな面倒くさいことしたってことは、魔法使いとしては魔人の力を利用したかったけどいつ襲われるかわからないって感じだったんでしょうね。それほど自分の封印魔法に自信が持てなかったってことは、魔人が強かったのか、魔法使いが謙虚だったのかどっちかしらね?」


 「お、おいおい、大丈夫かそんなのに近づいて!? 別に命かけてまで見ようとは思わないぞ!!?」


 「大丈夫よ、何かあっても私がいるじゃないの。」


 「お前がまともに助けてくれるかどうかも不安なんだがな。ああ、今からでも戻ったほうがいいのかなぁ。」


 なんやかんや言っているうちに2人は突き当りの扉にたどり着いた。そこまで長い距離ではないのでじっくり離している時間がないのだからエルアの退路は元から無かったと言っていい。


 「この扉の中の、更に奥から何かの気配がするわね。さ、せっかくここまで来たんだからさっさと覚悟を決めちゃいなさいな。」


 逃げようと思ってもいつもの通り強制的に進むことになる事がわかっていたエルアは、覚悟を決めるというよりも諦め混じりながらも進む意思を表すために扉に手を掛ける。特に鍵もかかっていないらしい扉を開けると、ミレイの光があったとはいえ今まで暗闇に慣れてきた目に強烈な光が入り込んできた。


 「っ、なんだ!?」


 開けた先もまた通路になっていたが、魔法使いの罠だろうか、眩しいほどの紫電が縦横無尽に走っており侵入者を阻もうとしている。もしミレイの言っていることが正しければ、魔人が出てくるのを防いでいるのかもしれないが。


 「なぁミレイ、こんなとこどうやって通ろうってんだ? 少なくとも魔法使いは通っていたはずなんだろうけど俺にゃあ無理だぞ。」


 「あらあら、よく見なさいな。これは本物の電撃じゃあないわ。全部幻よ。」


 そう言うとミレイは通路へと入っていく。確かに紫電はミレイに当たっているように見えるが、ミレイ自信にも紫電の流れにも何ら変化はない。


 「マジでこれが幻かよ・・・。ここにいた魔法使いは結構な規格外だったみたいだなぁ。」


 電撃は本物に見えるがミレイに触れても何とも無いので本物ということはないのだろう。エルアもミレイに続いておそるおそる通路へと入っていく。


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!!!!


 「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」


 電撃に触れてエルアは倒れ伏した。


 「あらあら、いくら何でも無警戒すぎやしないかしら?」


 このやろう、と悪態をつくことも出来ず、エルアはミレイの回復魔法をジッと受けることになった。





 結局エルアはミレイに結界を張ってもらって通路を進んだ。ミレイの出来る事の多様性を再認識しているわけだが、一々驚いていたらキリがないと思いそんなことも出来るんだろう、という認識に留めておいている。

 通路は再び暗闇に覆われていた。2人は先程の事など気にもせずに奥へ奥へと進んでいく。


 「しかし真っ暗だな。何か明かりをつけようとは思わなかったのかな?」


 「もう使わなくなったからそういった仕掛けは外したんでしょうね。ほら、見てみなさい。」


 ミレイが光をかざした場所を見てみると、壁に小さな穴が開いているのがわかった。


 「燭台でも付けていたんでしょうね。研究が終わったからか、自分の死を感じたからか、ここにはもう来ないと思って回収したんでしょうね。別に親切にいつまでも付けている理由は無いわけだしね。」


 なるほど、とエルアは頷いた。しかし魔人を完全に封じようとするならばこの通路を破壊すればいいのではないかと考えた。流石にそこまでの余力は無かったのであろうか?


 「けどまぁ、よっぽどケチ臭かったのかもしれないわね。こんな所にある燭台まで売り払わなきゃ食べていけないほど食い詰めていたのかもしれないわよ。」


 「あのなぁ、街の様子見ただろ? あんな街を作れるような人が貧乏生活なんて考えたくもないぞ?」


 「だれ?」


 突然聞こえた女の子の声にエルアはとっさに身構えた。そしてミレイの方を見る。ひょっとしたらまたコイツが悪ふざけでもしているんじゃあなかろうか。


 「失礼ね、そんな疑わしい目で見て。私じゃあないわ。ほら、そこにいるわよ。」


 ミレイは自分達を照らしていた光球とは別にもう1つ光球を作り出す。それを放るように前方へ出すと光球はフヨフヨと進んでいき、声の主を照らしだす。

 そこにいたのは黒髪の男。歳はエルアと同じくらいであろうか、この世界では少々古いセンスの革鎧を着ており、両手には白い手甲をはめている。そして何よりも目立つのは両手両足に繋がっている太い鎖。その出処は暗闇に紛れて見えないが、ある程度以上に長さに余裕があるらしく、動くこと自体には不自由しなさそうだ。その男は座りながら俯いてじっとしている。

 そして声の主であろう、男の方に乗っかっているのは、


 「見なさいエルア、妖精よ。昔マナの大移動が起こってからここら辺じゃあ見なくなったのよね。珍しいわねぇ、一体どんなパンツ履いてるのかしら? ちょっとエルア、教えてもらいなさいな。」


 「阿呆かお前は!? この状況見てどうして真っ先にそんなこと気になるんだよ!?」


 正直言って阿呆だとは思っているが、何かと色々なことを知っていたりものすごく強かったりしているのは認めているので阿呆だと断定するのは少々憚られている。

 当の妖精は、背中から4枚2対の羽が生えており長いストレートの金髪にワンピースを着た可愛らしい女の子の姿をしているのだが、少々恥ずかしながら答える。


 「えっと・・・、パンツは履いていないんだけど・・・。」


 「イヤッホオオオオォォォォォォ!!!! 来たわ来たわ!! とうとう待ちに待ったこの時代が来たわよ!! これで世界の平和は確約されたも同然よおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 「黙れ馬鹿野郎!! 君も、まともに答えなくていいから!!」


 エルアは盛大にため息をつく。こんな状況になってしまっては先程まで緊張していた自分の方が馬鹿みたいだ。


 「えっと・・・、それで、君たちは一体・・・?」


 「やぁねぇエルア、こういう時はこっちから名乗るものよ。わたしはミレイ、見ての通り清らかなる美少女よ。」


 「お前のどこに清らかなイメージがあるんだよ。」


 「いやん、そこは指摘しちゃだめよ。こっちはエルアね、ただの不審者よ。」


 「なんでそんな紹介の仕方になってんだよ!? 俺は農民だよ!! 気にされてないかも知れないけどさぁ。あぁ、今は旅人って言った方がいいのかな?」


 2人のやり取りを妖精は興味深げに見ている。エルアが妖精の方を向くと、今度はこちらの番かと察したように話し始めた。


 「わたしはアイリって言うの。見ての通り妖精だよ。それで、こっちが圭吾。」


 妖精が黒髪の男、圭吾の方を見る。エルアは、圭吾がさっきから何の反応も示さないことに首を傾げた。自分でも下らないやり取りであったとは思っているが、全く反応を示さないというのは何かおかしい。


 「えっと・・・、それで、君たちは何でこんな所にいるんだ?」


 「あらあら、もう察しはついているんじゃないかしら? そこにいる圭吾が魔人と呼ばれている存在よ。」


 「や、やっぱりそうなのか? でも、全くそれっぽく見えないんだけど。」


 「当然よ。圭吾は魔人なんかじゃないわ。人間よ。ただ異世界から迷い込んだだけの、何の罪もない人間。アイリも正確には妖精じゃないわ。どっちかというと天使寄りね。ハーフかしら?」


 「え? な、なんでそんな事がわかるの?」


 アイリが驚いたようにミレイを見る。


 「私だから、とでも言っておきましょうかね。そしてエルア、この圭吾が、街の光の正体よ。圭吾の力を吸い取って街の光に変換しているのね。」


 エルアは驚き圭吾の方を見る。当の本人は未だ何の反応も示していない。


 「ま、まじかよ!? ヒデェ・・・。そ、それじゃあこんな抜け殻みたいになっているのはそれが理由なのか!?」


 「それはまた別の理由みたいね。アイリはわかっているんじゃあないかしら?」


 エルアがアイリの方を見るとアイリは圭吾の光の消えた目を見ている。


 「圭吾はね、ちょっと疲れちゃってるの。しばらく休めば元気になるから・・・、また元気になってここを出るの・・・、だから、だから・・・。」


 アイリの涙声にエルアはそれ以上何も聞くことは出来なかった。本人は元気になると言っているが、それが絶望的なことであろうことは雰囲気から察することが出来たから。


 「で、でもさ、せめてここを出ないか? こんな所じゃ休むに休めないぞ。そうだ、うちの村に来ればいい。地龍様に守られてるから安全だしさ。」


 「でもねエルア、圭吾がここを出たら街の灯りは全部消えることになるのよ。もしそうなったら相当な混乱が起こるでしょうね。」


 「関係ないよそんな事!! こんな人の力を吸い続けて発展する街なんて、絶対に間違ってる!!」


 エルアは圭吾の鎖を外そうと試みる。しかし手足に付いている鎖は一体どうやって繋げたのか、鍵穴も繋ぎ目さえも見つからない。


 「くっそ、それなら!」


 エルアは剣を抜いて鎖に思い切り突き立てた。金属同士の甲高い音が響くが、それだけだ。鎖には傷一つ付いていない。


 「丈夫な鎖だな、これ。おりゃっ!! そりゃっ!!」


 何度も鎖を切ろうと試みるが全く上手くいかない。エルアの持っている剣も全く傷ついていない所を見ると、鎖の方が圧倒的に頑丈だというわけでもなさそうだが、純粋に自分の力不足で切れないのかと、エルアは歯噛みする。


 「いいよ・・・」


 「え?」


 聞きなれぬ声を聞いて、圭吾の方を見た。圭吾は相変わらず俯きながら座っており、エルアは一瞬勘違いかな、とも思ったがアイリが圭吾の顔を心配そうに覗き込んでいるのでやはり気のせいではないのだろう。


 「圭吾が喋ったかどうかはともかくエルア、アンタには鎖が切れないってことははっきりしたわね。」


 「ぐっ・・・、」


 ミレイの言うとおり、エルアは鎖に傷一つ付けられていない。この調子ではいつまで頑張っていた所で無駄であろう。


 「でもね、2人をここから連れ出すのは賛成よ。だから2人とも良く考えておきなさい。ここから出て私達と一緒に行くか、それともずっとここにいるか。明日の夜にでもまた聞きに来るわね。ちなみに今は昼よ。」


 それだけ言うとミレイは来た道を引き返していく。


 「お、おい・・・?」


 正直言って来た道を自力で帰れるとは思わないエルアは、突然のことに戸惑いながらもミレイの後を追うのだった。




 「行っちゃったね・・・。」


 「・・・・・・・・・。」


 「他の誰かに会うなんて何年ぶりかなぁ。旅にも誘ってくれたよ。良かったね、圭吾。」


 「・・・・・・・・・。」


 アイリは語りかけるが、いつもの通り答えは返ってこない。


 「また、一緒に色んな所に行こう、圭吾。辛いこともあるかも知れないけどさ、人生そういうものだって圭吾も言ってたよね。」


 「・・・・・・・・・。」


 聞こえているのかいないのか、圭吾はアイリの言葉に何の反応も示さない。


 「2人ともまた来てくれるかなぁ。ねぇ圭吾・・・。」


 アイリの問いかけは、暗闇の中に虚しく響きわたっていた。





 ミレイとエルアは教会を出て宿に向かう。まだ時間は余っているのだが、エルアはどうにもこの街を楽しもうとは思えなくなっていた。今笑顔でここに住んでいる人達が、無自覚に圭吾を踏みつけて笑っているかのように見えた。


 「エルアは圭吾のことをどう見たかしら?」


 「え? うーん、なんだろうな。とりあえず喋れるみたいだし、俺が何やってたのかもわかってた感じだったな。でもあそこまで反応がないのは・・・こう言っちゃ何だが廃人みたいな感じかな。」


 エルアの答えにミレイはそんなものね、と頷く。


 「なぁミレイ、お前は圭吾がどんな状態かわかってんだろ? 一体何であんなことになってんだ?」


 「そうねぇ・・・、エルアは人が歳を取るとどんな風になっていくのかわかるかしら?」


 「えっと、そりゃあ体が弱ったりシワが増えたり・・・でも今はそういうこと聞いてるんじゃなさそうだな。・・・物覚えが悪くなるとか?」


 エルアはボケたかもしれない自分の祖父を思い出した。この旅が終わる頃にはどうか元に戻っていますようにと願いながら。


 「そんなところね。その線で考えれば自ずとわかることよ。圭吾はね、歳を取り過ぎたのよ。」


 「どういうことだ?」


 「圭吾がこっちに来たのは400年程前、魔人と認定されたのがそれくらいだからもうちょっと前かしらね。こっちに来てからもそうだけど、魔人と呼ばれるようになってからも世界中を旅して、色々なことを見て回ったんでしょうね。でも、それが仇になったみたい。エルアは400年の旅なんて出来るかしら?」


 「いや、無理だよ。そもそもそんなに長く生きられるはずがないよ。」


 「そうね。でも圭吾は生きている。全く歳を取った様子もなくね。それと桁外れの強さが魔神と呼ばれた所以なんだけど、でも結局彼は人間、そこまで長く生きられるようには出来ていないのよ。長い間旅をして、色んな経験をして、色々覚えて・・・もう覚えきれなくなっちゃったのよ。」


 「覚えきれないって・・・、勉強してどうのこうのという話でもなさそうだな。」


 エルアは自分が勉強している時の事を思い出す。これを覚えよう、あれを覚えようと思っても結局しばらく経ったら忘れてしまう。何度か復習すれば覚えられはするのだが、そこら辺の事情とは違う感じがする。


 「そうね。人っていうのはね、忘れてしまったと思っているような事でも実際は頭の中にちゃんと入っているものなの。昨日何を食べたかとか、誰と何を話したとか、実はちゃんと忘れずに記憶しているのよ。思い出せるかどうかは個人差があるのだけど。それでね、記憶出来る量には限界があるの。もし限界に達したら、もう自分が何をやっているのかわからなくなっちゃうのよ。直前の記憶も曖昧で、今自分がどうしてここにいるのかとか、何をしようとしていたのかとか、全く判別がつかなくて混乱しちゃうのよ。そんな状態じゃあまともに生きていられないでしょう? 圭吾の今の状態は彼なりの防衛反応なのかもしれないわね。」


 「そんな・・・それじゃあどうしようもないんじゃないか? そもそも、圭吾は何でそんな事になってしまったんだ? 異世界のとはいえ普通の人間なんだろう?」


 「そう、普通の人間よ。でもね、これだけは覚えておいて。圭吾は英雄なのよ。」


 「え、英雄!?」


 「彼は彼の住んでいた世界を救ったの。・・・あの事象は他の世界を巻き込みかねないものだったから沢山の世界を救ったといっても過言ではないわね。でもその過程で体が変質してしまったの。世界の崩壊に立ち向かったのだからそういうことがあっても不思議じゃないわね。でも全てが変わった訳じゃなかったのよ。」


 「それであの状態か・・・。詳しくはわからないけど、なんとなくわかったよ。で、お前は何でそういったことを知っているんだ?」


 「今回のことに関してははっきり言って偶然ね。私は昔、とあることがキッカケで偶然圭吾を発見したのよ。その時は別に手を貸す必要もないんじゃないか、何て考えたから気に留めるようなことはなかったけど、まさかこんなことになるなんてね・・・。」


 初めてミレイが悔しそうに言うのを聞いて、ミレイは根本的に優しい奴なんだとエルアは感じた。気にも留めていなかったなんて言いつつしっかり覚えてるし、今もどうにかしようとしているに違いない。


 「異世界の存在にしたってそうよ。他の連中が考え出した概念が見事に的中してたのよ。本当はそこら辺も含めて私が1番になるべきなのに・・・!!!」


 「いや、そこは別にいいだろ。」


 さらに悔しがるミレイを見て、どっからどこまでが本気なのか判断に悩むエルアであった。







 圭吾は昔のことを思い出していた。圭吾が魔人と呼ばれ恐られるようになってからのこと、どこに行くにも気を使っていたし、いっそどこか人にいない所に住んでしまえば楽なんじゃないかと考えていた。しかし圭吾は半ば諦めていた元の世界に戻るということを惰性ではあれ探していたので人のいない所に留まっているわけにはいかなかった

 果たして自分は世界を救えたのだろうか? 結末を見届ける前にここへ来てしまったので向こうが一体どうなっているかはわからない。それでも元の世界の事を思い起こすとどうすれば帰れるのかと、足が動いてしまう。あの気の良い化け物揃いの学友たちはどうなったのだろう? ギガンテスとミノタウロスに変わってしまった父と母は生きているのだろうか? これらの疑問は解けることなどない。


 「こんな所にいたか、魔人め!! この私が引導を渡してやろう!!」


 「圭吾、また来たよ!! こんな奴ボッコボコにして口封じよ!!」


 「・・・仕方がないね。」


 目の前にいる、おそらく正義感のあふれるこの騎士が死んだら多分自分のせいにされるのだろう。しかし下手に生かして妙な噂が立つのも、それはそれで困るものである。圭吾はため息混じりに手甲を構えた。




 魔神と呼ばれてから100年程経っていた。こちらの世界に来た時にお世話になったあの家族はもう全員死んでいることだろう。人と深く関わるのを止めるのを決めてから、アイリを伴い世界を放浪するうちに随分と時間が経ってしまったものだ。自分は相変わらず魔人で、アイリは囚われた妖精だと思われている。

 今も目の前で戦士の一団が圭吾を見つけ、陣を展開している。一体いつになったら自分には敵わないのだとわかってくれるのだろうか? 相当な懸賞金が懸けられているらしいが、こちらとしては迷惑な行為でしかない。別にどこかで暴れているというわけでもないというのに。


 「魔人め!! 今こそ裁きを受ける時だ!! お前ら、陣形を崩すんじゃないぞ!!」


 「ふん、いくら集まったってザコはザコなのよ!! 圭吾、こんな連中さっさとやっちゃいましょう!!」


 「・・・これで何回目かな。」


 もう数え切れないくらい人を殺してきた。望んだものではないし、身を守るためとは言え今でも抵抗はある。しかし逃げても相手は追ってくるだけ。実際に沢山殺しているのだから、もう平穏になど過ごせないのだろう。圭吾は覚悟を決めて手甲を構えた。




 もうどれくらいの時間が経ったのだろうか。最近なんだか物忘れが激しくなった気がする。一体なぜ自分が世界を彷徨っているのかわからなくなる時がある。そんな時はいつもアイリが笑顔で励ましてくれて自分に道を示してくれる。本当に感謝に絶えない。でもそれ以上に、足を進めるのが辛くなっている自分がいる。自分はこの先一体、どこへ進めばいいのだろう?

 目の前には1人の壮年の男性がいる。最近魔法使いを多く見るようになったのは、力押しでは勝てないと判断されているかららしい。今までは見た目で判断されていたのかもしれない。でも、それもどうでもいい事だ。


 「現れたな、魔人め!! 我が秘術を食らうがいいわ!!」


 目の前に現れた魔法使いが詠唱を始める。


 「ふんだ、そんなノロマな詠唱、攻撃してくれって言ってるようなものよ!! 圭吾、さっさとぶん殴っちゃおう!!」


 「・・・ねぇ、アイリ。」


 「ん? どうしたの、圭吾?」


 「僕、もう疲れたよ・・・・・・。」


 「圭吾・・・?」








 宿から眺める光景は昨日と全く変わらずに華やかな賑わいを見せている。しかし、昨日はあんなにも綺麗な光景に見えていたのに、圭吾の力を吸って作られたと知った今ではとても残酷な光に見える。

 宿に戻ってから明かりをつけてはいないが、ミレイが部屋に入ってきて魔法の明かりをつけていた。その光は部屋でつけられる明かりと遜色のないもので、地下でもこの明かりをつければ良かったのにと、エルアは思った。

 当のミレイはというと、何故かエルアの部屋に居座りトランプを高速で切っている。その早さは凄まじく、エルアの目ではトランプの存在を視認できない程である。


 「いや、違うか。」


 よく見てみるとミレイはトランプを持っていなかった。トランプを切っていると見せかけて、トランプ自体はミレイの横に置いてある。相変わらず何をやりたいのかわからなかったが、今見ているのは余程高度なパントマイムなのであろうことはわかった。

 ただこんなものいつまでも見ているつもりはないのでエルアは聞きそびれていた疑問を口にした。


 「なぁミレイ、異世界って何だ?」


 言葉だけで考えるならエルアでも何となくわかる。しかしそれが具体的にどういった存在なのかはエルアにはわからない。このようなことを正確にわかっているものなどあまりいないであろう。

 ミレイはパントマイムを止めてエルアに振り向く。


 「異世界? そうねぇ、どう説明したらいいかしら?」


 ふと、トランプがミレイの目に入った。


 「あら、こんな所にトランプがあるじゃない。ちょうどいいわ、これを使って説明しましょう。」


 なんだか始めっからこういう展開になるのがわかっていたんじゃあないかとエルアは訝しんだが、一々突っ込んで話を止めるのもなんなので頼むと言って先を促す。

 ミレイはトランプの束から1枚カードを取り出した。ハートのAである。


 「まずこれが私達のいる世界ね。見ての通り何の変哲もないカードだわ。」


 取ったカードをとりあえず置いておきもう一枚カードを取り出す。ダイヤのAである。


 「これが圭吾のいた世界ね。これもまた何の変哲もないカードだわ。」


 更に同じように何枚かのカードを取り出していく。


 「みんな何の変哲もないカードね。このカードそれぞれが世界で、違いと言ったら模様か数字か、はたまた絵柄になっているか、異世界の異の部分なんてこの程度のものなのよ。」


 取り出したカードを今度は1つの束にまとめていく。


 「だけどその違いをまとめることで初めて世界は成り立つの。カード1枚だけあっても遊べないでしょう? 人によっては遊び方を考えるかもしれないけど、それはもうトランプである意味はないの。だから1枚だけでも遊べるなんて考えることは世界は成り立ってなくてもいいって言ってるようなものね。」


 トランプを浮かせ、カード1枚1枚を離して円を作り出す。


 「世界にはそれぞれ不具合があるわ。その不具合を補うために隣に世界があって、その世界の不具合を補うためにまた別の世界があって・・・なんて繰り返して円環状に世界は繋がっているの。例えばこの世界では、1つの例としては文明レベルのアンバランスという形で不具合が現れているわね。」


 「なにかおかしな所でもあるのか?」


 エルアは自分の住んでいるこの世界について考えてみる。特におかしい所など思い浮かばないが・・・。


 「ここに住んでいれば気づかないのも当然よ。でもね、他の世界から見れば明らかにおかしい所ってあるものよ。」


 「そんなものか。」


 「そんなものよ。で、圭吾は異世界から来たわけだけど、そんなもの普通じゃ無理よね。世界が何の異変もなく存在しているのならば、このトランプみたいにダイヤからハートを見ることは出来ないわけ。見るように出来るとすれば、カードを透かすか破るか・・・ま、色々方法はあるけれど圭吾の場合は破れたカードのパターンね。その穴も塞がれちゃったから、今じゃあハートからダイヤを見ることは出来ないわ。」


 「そうなのか。それじゃぁ・・・、圭吾は元の世界に戻ることは出来ないってことか?」


 「出来るわよ。」


 「出来んのかっ!?」


 「私が力添えしてあげれば簡単なことよ。今のままの状態じゃあ戻るかどうか考える意思もないでしょうけどね。でもね、圭吾がまともな状態だったとしても彼は戻らないわ。何でかわかるかしら?」


 「えっ・・・と、ひょっとしたら圭吾がもう何百年も生きているからか? 元の世界に戻ったって知っている人が1人もいないとか。」


 エルアの答えにミレイはほう、と感心した声を上げた。


 「いい線行ってるじゃないの。でも残念ながら違うわ。異世界を渡るに際しては時間の概念なんてどうとでもなるの。空間を掌握してしまえば時間なんて単なる道標に過ぎないわ。圭吾が戻らない理由はね、彼が変わりすぎてしまったからなのよ。あそこまで変わってしまったら、受け付けてくれる世の中なんてなかなか無いわ。彼もそれは理解しているから戻らないのよ。生まれ育った故郷で孤立するのとこっちの世界で孤立するのとじゃあ、一体どっちが気楽かしらね?」


 「それは・・・そうかもしれないな・・・。」


 結局圭吾にとって一番いい選択肢は何なのだろうか。エルアは自分には答えを出せそうもないとわかりつつも頭を悩ませるのだった。







 圭吾は昔のことを思い出していた。こちらの世界に来てから圭吾とアイリはどうすればいいのかわからず困っていたが、そこで助けてくれたのが行商を営むとある家族である。

 小さな娘と連れて行商を営むこの若夫婦は、事情をあまり詮索することもなく圭吾達を護衛として雇ってくれた。頻度は少ないとはいえ魔物や盗賊の出るご時世、誰かしら護衛が必要だと感じていたようである。

 2人は有事以外は行商の手伝いをして過ごしていた。なんとか元の世界のことを知りたいと思っていたが、それにはまずこの世界に馴染む事が必要だと考えた2人にとっては有益な時間でもあった。

 しかし情報は集まらぬまま時は過ぎていく。6龍なら何か知っているかも知れないという話は聞いたが、実際に会って話すことは叶わなかった。常にどこかで活動しているために偶然でもない限り会うのは難しいらしい。


 そうこうしているうちに何年もの歳月が過ぎた。出会った頃には若々しかった夫婦も歳相応の顔立ちになり、小さかった女の子も大きくなっていた。しかしその反面、圭吾は自分が全く変わっていないことにも気づいていた。アイリは元々寿命など関係ないらしいからわかるが、一体自分はどうして変わらないのだろうか。

 飲まず食わずでも平気だし、段々と睡眠時間も短くなっている。アイリはこの世界に来る前のことが原因かも知れないとは言っていたが、正確なことはわからないらしい。

 そんな圭吾の様子に周りも訝しがり始めた。親子は変わらず接してくれるが、他はそうもいかない。敢えて口に出す事はないが奇異の目で見られていることは明らかだ。圭吾はそんな空気に耐えられなかった。自分がいることで親子にも迷惑を掛けてしまうかもしれないと思った。だから、アイリと共に旅立つことを決意した。


 ある日の早朝、起きてから静かに準備を始める。日が登るまでまだまだ時間があるから誰にも気づかれずに旅立てるだろう。行商のルートは把握しているからもうこの親子に会うこともない。置き手紙を残し、2人は明確な目的もないまま旅に出る。


 「どこへ行くの?」


 呼び止める声がした。

 振り向くと1人の娘が心配そうな顔で2人を見ている。この娘の成長を実感するたび、圭吾は自分の異常さを突き付けられる。


 「ちょっと、散歩にね。」


 「嘘よ。そんな荷物持って誤魔化せると思ってるの?」


 確かに圭吾の格好は散歩のそれではない。もし散歩だと誤魔化したいのなら何の荷物も持っていない姿を見せるべきである。


 「はは、思ってないけどね。だけどよく気がついたね。」


 「最近様子がおかしかったから・・・。ねえ、行かないで。あなたが何者であろうと私には・・・私達には関係ないの。周りがなんと言おうと私達はあなたの味方だから、だから・・・、お願い、一緒にいて。」


 投げられる想いに心が揺らぐ。確かにこの人達ならば自分の味方をしてくれるだろう。しかしそれが圭吾の懸念材料でもあった。直接的な暴力から守ることは出来ても、自分がいることでこの人達の人生を狂わせかねないのだ。いっそ見捨ててもらった方がどんなに気が楽なことか。

 アイリは圭吾の方に乗ったまま何も言わない。彼女は圭吾がどんな選択肢を選ぼうとも彼に付いて行くと決めているから。そもそもアイリに圭吾の悩みを解決することは出来ない。その時点で自分が口出すことは無いと思っているのだ。


 「ごめん・・・。」


 圭吾は力なく謝ると振り向いて再び歩き出す。


 「何やってんのよ!! そこは抱きしめて告白する場面でしょう!!」


 圭吾の選択が気に入らなかったのか、ミレイがチャチャを入れる。


 「お前は人の回想に入ってまで何やってんだ!!」


 「あぁ~~れぇ~~。」


 エルアに襟首を掴まれてミレイはどこかへ行ってしまい・・・圭吾は回想をやめた。


 一体今のは何なのだろうか。久々に会った人達だということで何処かに印象が残っていたのかもしれない。ただ、それについて深く考えることは圭吾には出来ない。

 しかし、それでも思う。もしあそこで踏み留まっていたならば、自分は一体どういう道を歩んでいたのだろうか。









 「ヤフゥ~、来たわよぉ!! 待ちわびたかしらん?」


 「一体どういうノリだよ、それは。」


 翌日の夜にミレイとエルアは再び教会の地下に訪れた。流石に夜ともなると教会も閉まっているはずだったが、ミレイが扉に手をかけると簡単に中に入ることが出来た。それを見てエルアも流石におかしいとは思ったが、ミレイならそんな事も出来るのだろうと納得した。

 2人を見てアイリは嬉しそうな表情を浮かべるが、圭吾は相変わらずの無反応である。


 「答えは決まっているようね。アイリはここを出たがっているわ。圭吾、あなたはどうなのかしら? 聞こえているんでしょう? でも言葉を留めることが出来ないから返事をすることも出来ないのね。」


 「どうするつもりだ、ミレイ。こんな状態じゃあ動くことも出来ないだろう。背負ってけって言うんなら別に構わないけどさ。」


 「何言ってんのよ、私達はこれからも旅を続けるのよ? ちゃんと歩いてもらうに決まってるじゃない。自分の力で進まない旅なんて旅とは呼べないわ。そんなの周りに迷惑かけるだけじゃない。まともな人間ならそういう立場は敬遠するわよ。」


 さも当然のように言うミレイにアイリは困ったような顔をする。


 「え、えと、圭吾は歩くことが出来ないの。歩けるけど、歩けないの。でもでも、私も頑張れば圭吾を連れて行くことは出来るから、お願い、一緒に連れて行って!!」


 「やあねぇ。そんな顔しちゃ嫌よ。アンタ達を連れて行くことは決定事項なんだから、置いて行かれるなんて心配しなくていいのよ。でもやっぱりこの子の意見は聞かないとね。」


 言ってミレイは圭吾の頭をポンポン、と叩く。


 「ねぇエルア、アンタもこの子の意見を聞いてみたいでしょう?」


 「そりゃあな。でも今はそんな状態じゃないだろう。何をするつもりかわからないがな、無茶はしないでくれよ。圭吾だってな、俺には想像も出来ないような色々な思いをしてそんな風に・・・ってあれ、何となく分かるぞ。何でだ?」


 エルアの疑問はさておいて、ミレイは再び圭吾に向かい直る。


 「ほら、皆アンタの事を心配してんのよ。ここで応えなくっちゃあ男がすたるってもんよ。それにアンタね、肝心なことを忘れてるわよ。」


 ミレイは圭吾の頭を掴み、圭吾の肩にいるアイリの方へと顔を向けさせた。


 「アンタにずっと付き添ってくれている子がいるでしょう? アンタの事をずっと心配してくれている子よ。いい加減申し訳が立たないとは思わないのかしら?」


 圭吾の虚ろな目にアイリの心配そうな顔が映る。圭吾がその表情を認識した時、圭吾は気がついた。出会った頃からいつも笑顔で明るかったこの小さな妖精が、いつしか表情を曇らせるようになっていた。一体何時頃からこうなっていたのだろうか、圭吾にはわからない。そんな事にも気づかずに、1番大切な笑顔を曇らせてまで、自分は一体何をしていたのだろう?

 圭吾の虚ろだった目に光が戻る。それに気づいたアイリとエルアの表情に驚きの色が浮かぶ。


 圭吾は両手の手甲を握り、胸の前で打ち鳴らす。


 キイイィィィィィィン!!


 澄んだ音が響くと共に、圭吾に繋がっていた手足の鎖が崩壊した。


 「なっ、なんだ!?」


 エルアが驚きの声を上げた。自分では傷一つ付けられなかった鎖が一瞬の内に崩壊したのだから無理もない。


 「音に魔力を乗せて原子レベルで相互作用を起こさせているのね。なかなか器用な真似するじゃない。エルア、あれが世界を救った力なのよ。」


 そう言われてもエルアには何のことだかさっぱりわからなかった。そしてミレイが何をやったのかもわからなかったが、圭吾が回復していることだけはわかった。


 「アイリ、ごめん。なんだかとっても心配かけちゃったみたいだ。」


 「圭吾っ・・・!! いいの、私はいいの・・・!!」


 アイリはミレイに向き直る。


 「ミレイさん、ありがとう・・・、ありがとうね!!」


 「あらあら、私は別に何もしてないわよ。でもこれからは私の事を尊敬の意を込めて姐さんと呼びなさい。」


 「アイサー!! 姐さん!!」


 別にそこまで言わせなくてもいいのではとエルアは思ったが、アイリのうれしそうな顔を見ているとここで口を出すのは野暮だと思い黙っている。


 「それじゃあさっさとここを出ましょう。暗くて狭いったらありゃしないわ。」


 4人は揃って教会の地下から地上へと足を進めた。





 「あれ、まだ明かりがついてるぞ?」


 教会からでたエルアは、街の変わらぬ夜景に疑問を浮かべた。ミレイの話では圭吾の力を利用した明かりだったということだが・・・。


 「こんなのそのうち消えるわよ。あんまり長く保たないから明日はさっさとこの街を出ましょう。エルア、アンタは先に宿に行って人数が増えることを伝えておきなさい。私は2人に話があるわ。」


 「ん、そうか。それじゃあついでに食料の買い溜めなんかもしとくわ。」


 ミレイはエルアを見送った後、反対方向に足を向ける。


 「行くわよ。リハビリがてら付いて来なさいな。」


 ミレイが駆け出し、圭吾と、圭吾の肩に乗っているアイリもそれに続く。ミレイの駆け出した速度はまさしく人外のそれであり、どのような優秀な馬でも対向することが不可能なほどではあるが、圭吾は気にせずぴったりと付いて行く。

 圭吾にとって不思議だったのはこの人並み外れた速度よりも、周りの人間が自分達のことを一切気にせずにいることである。姿を捕らえることは出来なくとも足音や風に少なからず反応してもいいのではないかと思うのであるが、これもミレイが何かしているのだろうか?


 3人は街の端へ付いた。ミレイがそこにある一際高い見張り台に跳んだのを見て流石にバレるのではないかと思ったが、今自分が気にする事もないと思い後に続く。

 見張り台の上ではミレイが待っていて、見張りと思わしき兵士の男が眠りこけていた。


 「来たわね。」


 「うん、こんな所に呼び出してどうしたんだい?」


 「アンタこの街を見たことがないでしょう? この光も見納めになるからしっかりと目に焼き付けておきなさい。」


 圭吾は街を見た。そこはこの世界に来てから見たことのない光の海。少なからず故郷を連想させるような光景が広がっている。


 「そう・・・だね。なんとなくさ、こういうふうになっているっていうことは感じていたんだ。もちろん、さっき回復した後でね。でもさ、それが何でなんだかよく思い出せないんだ。」


 「綺麗よね。アンタの力があったからこの街はここまでこれたのよ。そこに誇りを持ちなさい。それとアンタの今の顔があればこの街は満足でしょうよ。」


 圭吾の懐かしそうな顔を見てミレイは満足気だ。


 「姐さん・・・この街のこと一体どこまで知ってるの?」


 「アンタ達に関わっている所位かしらね。」


 微妙に言葉を濁すミレイ。どうやらはっきり答えるつもりは無いようだ。


 「この街をこうして見れたのもミレイさんのおかげだね。ありがとう。」


 「あらあら、私は何もしてないわよ。回復したのはアンタ自身の力なのよ。」


 「姐さん、あの状況でそんなセリフ通じるわけないよ。」


 「やっぱり駄目かしら。私としては恩を売るようなことはしたくないのだけれど。」


 見張り台の縁に腰掛けてやれやれ、と言った具合で困ったような表情をするが、特に困っているように見えないのは2人の気のせいではないだろう。


 「まぁいいわ。圭吾、アンタの郷愁が目覚めた所で聞きたいのだけど、元の世界に戻りたくはないかしら?」


 「えっ、それって!?」


 「アンタの世界は無事よ。両親も友達も皆無事。帰りたいんならアンタが戦い終わった直後に返してあげる事も出来るわよ。」


 圭吾は力の抜けたように座り込む。今までずっと気に掛けていたことがこんな形で解消されたのだから無理もない。アイリもそこら辺の事情がわかっているので黙って様子を見ているだけだ。


 「そうか、よかったよ・・・。僕達の、皆のやってきたことは無駄にはならなかったんだね。でも、帰るのか・・・、やっぱり、ちょっと無理かもしれないな。ごめんね、アイリ。」


 「私なら構わないよ。私は圭吾の意思を尊重するって決めてるんだから。」


 「ありがとう。でもさ、ミレイさんも僕がこういうと思っていたんでしょう? エルア君に宿について指示してたしさ。」


 「エルアなら呼び捨てで構わないわよ。けどま、予想通りって言えばその通りね。私がその気になれば未来は確定したようなものなのよ。」


 「ははは、嘘には聞こえない所がまた凄いね。」


 わざとらしく胸を張るミレイだが、圭吾はその内に隠された力を感じているかのようにその姿を見つめている。


 「なによ、冗談が通じにくいわねぇ。」


 「冗談じゃないんだろうしね。それにしてもさ、君みたいな旅をする目的って一体何なんだい?」


 「あらあら、早速探りを入れてるのかしら? 元気そうで何よりだわ。」


 「別にそういうんじゃないよ。ただちょっと気になっただけさ。」


 「わかってるわよ。けどそうねぇ、どっちみちアンタには知ってもらった方がいいわけだけど、これを聞いたらあんたらは強制的に手伝ってもらうことになるわよ。その覚悟は出来てるのかしら?」


 「そう言われると、なんだか聞きたく無くなっちゃうかもしれないね。」


 「大丈夫だよ圭吾、姐さんがやることなんだからきっと良い事だよ。」


 冗談めかして返答する圭吾の後へ話をつなげるためにアイリが相槌を打つ。ここら辺のやり取りを即座に行えるあたり、流石に長年連れ添っているだけのことはある。


 「まあ嫌といっても聞かせるんだけどね。それで、私の目的はね・・・。」


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