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03話_むくわれない努力ってあるものよねぇ

 村を発ってから数日後に次の街が見えてきた。未だミニチュアの用の小さく見えるだけだが、今日は空気が澄んでいるのと天気も良いために街の中が多少把握できるくらいには見通せる。

 なだらかな盆地の中にあるこの街は知の女神という、人類に英知を授けたとされる女神を信仰する街として知られているが、最大の特徴はこの街に近づけば自ずとわかるものである。

 街の隣には、雲をも貫くような巨大なゴーレムが鎮座している。人々の記録があった頃から存在し、そしてその頃から全く動かないそのゴーレムは、街の反対側に一体どれほど続くのかわからないような巨大な影を作りながら静かに彼方を眺めているように見える。もっとも、頭の部分は霞んでよく見えないのであるが。エルアはそのゴーレムを眩しそうに見上げながら感嘆の息をつき、少々テンション高めに言う。


 「いやぁ~、来たなぁ。旅に出て何がしたかったかって言うとまずこのゴーレムを間近で見てみたかったんだよな。村からも見えたけどやっぱりここまで来ると迫力が違うなぁ。知ってるか、ミレイ? このゴーレムはでっかいだけじゃあなくてとてつもなく頑丈で、欠片を採取しようとしても出来ないもんだから未だ何で出来ているのかわかっていないんだよ。しかも汚れも付かないってんだから尚更わけわかんないよな。」


 「知ってるわよ、それくらい。ちなみに名前はポチって言うのよ。」


 「んなわきゃねぇだろ!! このゴーレムには星の巨人って通称が付けられてるだけで正式名称は決まっていないんだよ。なんでも昔っからそういう習わしがあるとかでな。・・・そういやこっから東の方にも似たようなのがあるって聞いたな。なんでもでっかいクレーターの中に最古の龍の死体があるんだとか。その死体も腐らず汚れず傷つけられずってな感じらしいぞ。」


 「ああ、そっちはタマって言うのよ。」


 エルアは諦めたような表情で歩き出す。


 「はいはい、わかったよ。それじゃあさっさと行こうぜ。」


 「酷いわ!! 私の言うこと信じていないのね!! 悲しいわ、悲しいから歌っちゃうわよ!! ラ~ララ~ラ~♪」


 「はぁ、何やってんだか。ま、そんなとこも可愛かったりするんだけどな。」


 「ってちょっとまてぃ!! 何をさも俺が言ったように装おうとしてるんだ!?」


 「なによ、別にいいじゃないの、けち臭いわねぇ。」


 「けち臭いとかそういう問題じゃねぇだろ!?」


 「はいはい、さっさと行くわよ。いくら街が見えているからってそんなに近いわけじゃあないんだからね。」


 何やら納得のいかない表情をしたエルアといつもどおり余裕の表情を浮かべているミレイは、盆地の縁から街へと降りていくのだった。





 街についた頃には夕方になっていた。星の巨人はもとより豊富な水源を持つこの街には沢山の人が集まり、こんな時間でも賑やかな様相を呈している。

 エルアは石畳の道を歩きながら街の眩しさに目を細める。夕方になっても明るいのは、街を形作る真っ白な石造りの建物と、星の巨人にあたって反射する光が原因である。なので日が出ているうちはかなり明るいのだが、街の灯りの一部を反射光に頼っている分暗くなるスピードはかなり早い。


 「あら、結構お洒落な街ねぇ。街の人間も何だか着飾っていて治安が良さげなのもよくわかるわ。ほらほら見なさいよ、あの子ったら結構可愛い格好してるじゃない? 一体どんなパンツ履いてるのかしら、気になるわねぇ。ちょっとエルア、見せてもらって来なさいな。」


 「断わる!! どうしていきなりそんな話になるんだよ!?」


 要望を断られてミレイがちょっと拗ねたような顔をする。


 「なによ、男のくせしてロマンがわかってないわねぇ。」


 「お前の言ってるのは絶対に違うからな。ほら、暗くなるのが早いって話だし、さっさと宿を探しに行くぞ。」


 「はいはい、わかったわよ・・・あら、あれは何かしら?」


 ミレイが壁の方に視線を止める。エルアもそちらの方を見ると、一枚のポスターが張られてあった。


 「イリソネ美術館の出展作品募集中だってよ。近代美術と称して作品を増やすつもりらしいな。どうやら絵を求めてるみたいだし賞金も結構なものだけど、俺らには関係ないだろ。」


 「何言ってんのよ、おおありよ。私が描いて出展するにに決まってるじゃない。」


 「・・・絵の心得は?」


 「ふふん、私を舐めないでもらいたいわね。」


 何やら自信あり気に胸を張るミレイを見てエルアはため息をつく。


 「別にいいけどよ、多分沢山の中から選ばれることになるだろうし、受付期限があと1週間しかないじゃないか。期限当日に審査が行われるみたいだけど、それまでに描けるのか?」


 「当たり前じゃない、こんなの適当に描いときゃいいのよ。」


 「えっ、ちょっと何言ってんだ?」


 「さあ、そうと決まれば宿を決める前に画材道具を買いに行くわよ。」


 ミレイはエルアの腕を掴んで、どこにあるかもわからない画材道具を買いに走りだした。


 「ちょっ、速い、速いからもうちょっと抑えてくれえええぇぇぇぇぇ!!!」


 引きずられると言うよりも両足が浮いているエルアの叫びは、もちろん無視されるのであった。





 「さて、準備は出来たわね。」


 宿の一室に画材道具を広げてキャンバスの前に座るミレイの気分はすっかり一流画家である。


 「お前に絵心があるなんて思わなかったよ。」


 宿までの道までも引っ張られたエルアは腕をさすりつつその様子を見ている。


 「何言ってんのよ、私は案外なんでも出来るのよ。」


 ミレイは絵筆を持ち油性の絵の具をつけておもむろに描き始めた。


 「サササッと、はい、出来たわ。」


 「早っ!! もうちょっと真面目に描けよ!!」


 ミレイの描いた絵は、ゴーレムと戦った時に魔法陣と称して描いたあの絵である。黄色の絵の具以外一切使っておらず、キャンバスの色を塗っていない部分のほうが遥かに多い。


 「・・・おいおい、こんなの本気で出す気か?」


 「もちろんよ、絵なんてどんなに適当に書いても抽象画とか何とか言っとけば案外どうとでもなるもんなのよ。」


 「いやまあ、素人相手にならそれでも通用するかもしれないけどさ、相手はプロなんだぜ?」


 ミレイは甘いわね、と言い指を振りながら説明を続ける。


 「本当の意味で絵の価値をわかってる奴なんていないわよ。それでも絵画に高値がついたりするのは結局大きなお金を動かしたいからなのよね。一見おかしな絵でもプロと称する人間が価値があるって言っちゃえば、世間的にはそんなものかと納得してしまうのよ。大体ね、いくら有名な画家の作品だからといって無条件で高額な値段がつく現状に疑問を持ったことは無いかしら? しかも評価されている本人は死んでいるんだからギャラなんて払う必要もないわけだしね。」


 「お前サラッととんでもないこと言ってるな! 頼むから人前では言わないでくれよ!? まぁ、言いたいことはわかるけどよ。」


 「そんな訳だから絵の良し悪しなんてどうでもいいのよ。ぶっちゃけどの程度話題が取れるかに関わっているわけ。だ・か・ら、私みたいな美少女が描けば無条件で価値のある絵になるってわけ。わかる?」


 「・・・納得はいかんけど、まぁ、確かに世の中そんな風潮ではあるわな。顔を隠されているお姫様が本当は美人だって発表されてたり、明らかに財政逼迫してても大丈夫だって言われてたり、裏でどんなことが起こってるのかわかったもんじゃねぇよな。」


 「そうよ。納得してくれたところで私は受付を済ませてくるわね。アンタは先にご飯でも食べてなさいな。」


 宿を出たミレイを見てエルアはため息をつく。どうかあんな事美術館で言いませんようにと願いながら。




 そして1週間が経った。


 「はぁ、とうとう来たな。」


 なんだかんだで発表の場に同席することになったエルアはため息をつく。ひょっとしたら大きな批判を受けて恥をかくんじゃあないかと思っているからである。


 「そうね、この1週間に色々なことがあったわ。人攫いに襲われている女の子を助けたり、大量に押し寄せてきた魔物に対してとっさに私の歌で宥めて引き返させた事もあったわね。星の巨人が倒れて来そうになった時は大騒ぎになったわねぇ。そうそう、助けたお姫様は元気かしら?」


 ミレイが遠くを見るような表情でしみじみと言う。色々とあって疲れたような、それでいて満足そうな表情である。


 「一個もねぇよ!! どうしてお前はそんな直ぐバレるような嘘をつくんだ!?」


 「あらあら、それならバレないような嘘をついて欲しいのかしら?」


 「嘘自体つくんじゃねぇ!!」


 コロリといつもの表情に戻ったミレイを見て全く、と呟きながらエルアは考える。エルア自身、ミレイの言ってることがどこまで本当かはわからない。ひょっとしたら本当にバレないような嘘をつかれているんじゃあないかと思うが、そんなこと確認しようもないだろう。


 「さて行くわよ。5秒で描き上げた絵が大金になるという究極の錬金術を見せてあげようじゃないの。」


 エルアの要望は無かったことにされたようだ。別に通るとも思っていなかったが。


 「選ばれるとは到底思えないけどな。」


 皮肉でもなんでもなく、ただ純粋にそう思うのだった。




 美術館には様々な絵が並べられていた。どれも出店する作品であり、画家と思しき人達が「素晴らしい作品ですなぁ」とか「繊細な筆使いですなぁ」とか当たり障りの無い会話をしている。

 エルアも他の人の作品を見ていたが、適当に塗りたくられたような絵だったり図形を適当に配置しているようなものだったりと、絵を見ても題名を見ても何が何だかさっぱりわからない。とりあえず適当に褒めておいてミレイの所に戻ってみると、ミレイの絵には皆どう言ったらいいかわからないというような顔をしているが表立って駄目だという人はいない。

 こういう場所だし、あんま批判するような人はいないのかな、と思うがやはりミレイの絵はほかと比べても明らかに浮いている。


 「あらおかえり。ちょっとは楽しめたかしら?」


 「まぁ、程々にな。俺には何が何だかさっぱりだったけど。」


 「そんなものよ。所詮はマニアの集まりのようなものだしね。門外漢がいくら理解しようとしてもわかるようなものじゃないわ。」


 「おっと、それ以上は言うなよ。嫌な予感しかしねぇ。」


 「失礼しちゃうわねぇ。まあいいわ。ほらほら、さっさとこっちに来なさい。始まるみたいよ。」


 何やら騒がしくなってきたのを感じてミレイが見た方向をみてみると、一人の老人がこちらに近づいて来ていた。周りからは大先生、大先生と言われているのであの人が審査員なんだろうなとエルアは予測をつけた。


 「あの人が審査員か・・・でも1人か?」


 「そうみたいね。今日中に決めちゃうようだし、その方が早くていいじゃない。」


 「色々と話し合いされるよりはマシだけど、大丈夫か?」


 結局あの人の一声で大金が動くんだよなと考えると、ああいう立場にはなりたくないと思うエルアである。


 大先生は早速審査を始めるようだ。懐から取り出したメガネを掛け、近い所にある絵を一瞥する。


 「くだらあああぁぁぁぁん!!!」


 ドガァッ!!


 「あぁっ、僕の作品が!!」


 大先生は絵が気に入らなかったのか、怒鳴り声と共に殴りつける。周りがざわつく中、大先生はその後も投げ飛ばしたり破り捨てたり踏みつけたり魔法で燃やしたりとやりたい放題である。絵を壊された画家の悲痛な呻きが審査会場を満たしてくる。


 「おいおい、あの人やりたい放題だな・・・。どことなく楽しそうにも見えるし、ひょっとしてストレス溜まってんのか?」


 しかし止める気も起きずただ眺めている。こういった光景はもう二度と見られないだろうし、これがこの業界のやり方なんだろうなぁと納得することにした。正直言ってどこかスッとする自分がいるのも否めない。


 「色使いがなっとらぁぁぁん!!」


 ドガァッ!!


 「なんじゃこの筆使いはぁぁぁぁ!!」


 グシャッ!!


 「何が描いてあるかわからんわぁぁぁぁ!!」


 ボウッ、メラメラ



 「あの爺さん、魔法も使えるって結構凄いよなぁ。」


 画家か芸術家であろう老人が魔法を使えるという事実にエルアは感心する。魔法を使うにはある種の才能と頭の良さが必要だと聞いていたエルアには、ある分野で大成しつつ魔法を使えるというのは大いに感心すべきことなのである。


 「おっと、こっちに来たな。ちょっと避難しとくか。」


 エルアは元いた位置から少し離れるとそのまま様子を伺う。破壊神と化した爺さんが段々とミレイの絵に迫ってくるが、当のミレイは腕を組んだまま自信満々の表情である。あの自信は一体どこからくるものなのだろうか?

 大先生がとうとうミレイの絵の前にやってくると他と同様に一瞥し、その動きが止まった。ミレイの絵をまじまじと見つめる大先生に訝しみながらもエルアは黙って様子を伺う。


 「こっ、これはっ!! なんという神秘的で独創的かつ見るものを圧倒する迫力を秘めている絵なのだ!!。描き出されている線の軌跡はかの大芸術家アプロソワヂカ・カンベラクワスカクルクルクル・ゾゾキンチカンタルベが生涯求めてやまなかった究極の域に達しておるのではないか!? こんな絵を描けるなんて貴様一体何者じゃ!?」


 「あらあら、私はただの私よ?」


 大先生が褒め称えたのを見て周りの画家が集まってきた。皆ミレイの絵を見ては素晴らしいだの何だの褒め称えていて、先程までの微妙な表情とは打って変わり、その技術を盗もうと何やらギラギラした視線を注いでいる。

 エルアはその光景を目の端で捉えながら、後手でガッチリと手を握るミレイと大先生を見て世の中の汚い部分を垣間見たような気がした。

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