02話_昼間が明るいなんて誰が決めたのかしら?
エルアとミレイは山を降りていた。日はまだ天頂に登り切っておらず、このまま行けば昼ごろまでには次の村へと着くだろう。
エルアにとって山を降りるのは初めてのことではない。これから行く村は収穫した野菜の搬出拠点になっているので頻繁に訪れる機会がある。しかし訪れる時期は収穫期に決まっているようなものだったので、今こうして向かっているのには何か新鮮味を感じている。
「向こうの村に行くのも前の収穫以来かぁ。村長さん元気にしてるかな?」
「あんた村長って肩書きの人とやたら仲が良いみたいねぇ。それはそうと、旅費を預かっているわ。」
「旅費?」
「そうよ。どうせあんた碌に持ってきてないんでしょ? 野垂れ死にでもされたら困るからって言われて預かったのよ。」
ミレイは手のひら大の袋をポイと投げる。エルアはそれを受け取った時、ジャランという音とずっしりとした手応えを感じ、少し重くないだろうかと思い袋を開ける。その中には、金貨がぎっしりと詰まっていた。
「ちょっ、なんだこれ!? なんでこんなに入ってんだ!?」
「よかったじゃない。これで当面旅費の心配は要らないわね。」
「そりゃあそうだけどさぁ・・・、確かにありがたいけど、こんな金一体どこから用意したんだ?」
「品評会の賞金かしらね?」
ミレイがボソッと言ったセリフにエルアは顔をひきつらせる。
「いや、まさかそんな所から・・・でも、このスピードで用意できる金と言ったら・・・・・・ちょっと戻って村長に確かめてくる!!」
「待ちなさい。」
「ぐへぁっ!」
踵を返そうとしたエルアの襟をミレイが掴んで引き止める。
「今更引き返そうなんて思わないことね。村長だって聞かれたくないから道中渡すように私に言ったんでしょうし、ちょっとはその想いを汲んであげなさいな。」
「ぐ・・・ぐるじ・・・わがった、わかったから!!」
ミレイの手から開放されて、エルアはゼイゼイと息をつく。まるで大木にでも引っかかったような感触に、この体をどう使えばあんな力が出るものかと考えた。
「わかったのなら行きましょう。時間は待ってくれないわ。せいぜい落とさないように気をつけることね。」
エルアはどうせ考えてもわからないんだろうと思い、ミレイと共に再び山を降り始めた。
村に着いたら夜になった。
「あらもう夜。昼ごろに着くなんて言ったのは一体どこの誰だったかしらね? まあいいわ。夜は私達ヴァンパイアが活発に活動する時間帯だし、さっさと宿をとって休みましょう。明日のために英気を養わなくっちゃあね。」
「いやいやちょっと待て!! お前の今のおかしなセリフは置いとくとしてだ、今村に入った途端に真っ暗になったぞ!? おかしいだろ、村に入る前までは普通に明るかったのに!!」
「やぁねぇ、お天道様だって休みたい時くらいあるわよ。」
「んなわけあるかいっ!!」
エルアは空を見上げた。そこには確かに夜空が広がり星も瞬いていたが、同時に太陽も見えた。ただ昼間ほど明かりを出すことはなく、周りの星の光を消すことが出来ていないでいた。ひょっとしたら満月よりも弱い光かもしれない。
「どうなってんだこりゃぁ・・・?」
エルアが現状を理解しようと必死に頭を巡らせていると、ミレイが頭をポンポンと叩いてきた。
「あんたの無い頭で考えたってわかるわけないでしょう。知りたいんなら村の誰かに話を聞いた方がいいわよ。」
「無い頭は余計だよっ!! 確かに全くわからないけどさぁ。・・・はぁ、まずは挨拶がてら村長とこ行こうか。そこで話を聞けばいいだろう。」
「別にいいけど、美味しいお菓子とお茶を用意させなさいな。」
「頼むから遠慮してくれよ!?」
エルアはミレイが何か変なことをしないか不安になりつつも、村の奥の方にある村長宅へと向かっていった。
「おぉ、よく来たのうエルアよ。」
「お久しぶりです、村長。」
村長の家に着いたエルアは挨拶を交わす。齢80程の髪の毛が1本もないこの老人が村長である。体は痩せており、深いシワの刻まれたその顔は経験してきた苦労を物語っている。
家の中へと通されたエルアとミレイは席を勧められ、村長と対面する形で座った。
「お嬢さんも、よく来なすった。」
「やぁねぇ、もうお嬢さんなんて歳じゃあないわよ。あえて言うんならこの世界の育ての親といった所かしらね。それくらいの歳なのよ? あら、それなら私はもっと敬われてもいいんじゃぁないかしら? ちょっとエルア、私に貢物を寄越しなさいな。」
「おかしなこと言ってんじゃねぇよ!! すみません村長、変な奴だけど悪い奴ではないと思いますんで。」
エルアが早速頭を下げる。ひょっとしたらと思ってはいたが、ミレイはちっとも自重していない。いや、お菓子とお茶をねだらない分だけマシか、とも思った。
そんな様子を見て村長は可笑しそうに顔をほころばせる。
「ほっほっほっ、構わんよ。儂はこの村からの流通を仕切っているせいかどうにも下手に出る輩が多くてのう。儂を怒らせたら食料供給が途切れる、なんて考えているようじゃがそんなことはせんよ? じゃからこうして気楽に接してくれる方がありがたいわい。」
「あら、話がわかるじゃないの。たまには年寄りの長話に付き合うのも悪くないかもね。それじゃあついでにお菓子とお茶を・・・。」
「おまえはちょっと黙っててくれ。それで村長、いったい何があったんですか? 外真っ暗じゃないですか。」
「うむ、大体検討はついておるんじゃが証拠が無くってのう・・・。どれ、お茶でも飲みながら話そうではないか。」
「・・・すんません。」
村長はお茶を淹れるために台所に向かっていった。
「村がこのような状況になったのはつい最近のことなんじゃよ。」
「そうでしょうね。でなければ話が俺達にも伝わっているはずですから。」
ミレイの方を見ると、話には興味が無いように出されたお茶とお菓子を頂いている。全く話を聞かない態度はいかがなものかと思ったエルアだが、うるさくされるよりはマシだろうと放っておいた。
「それで、検討がついているという事ですが?」
「うむ。つい最近の事なんじゃが近くの岩山に魔法使いがやって来てのう。いや、それ自体は珍しいことでもないんじゃ。あそこは龍脈が走っているらしいから研究目的の魔法使いがよく集まるのじゃよ。」
龍脈というのは、簡単に言うと魔力の流れのことである。地下深くの何処からか発生した魔力が地上に出る際に形成する流れのことで、この魔力を扱うことが出来れば人を超える力が手に入ると言われている。
ただその魔力を自在に扱えた者は過去におらず、龍脈に関する研究といえば魔力の質や源泉の調査がもっぱらである。龍脈が変動すると環境に影響が出るということで定期的に計測していたりもする。
「ただその場合、魔法使い連中は村に挨拶に来たり買い物に来たりが普通なのじゃがその者は一切こちらに来ようとせん。気になって村の者に様子を見に行かせてみれば、そこには大きな穴が開いていただのゴーレムに追い返されただのと、何ともきな臭い状況になっているようじゃ。そしてその後直ぐにこの騒ぎよ。」
「なるほど、状況証拠だけならその魔法使いが怪しい、ということですね。」
状況は大体わかったが、それだけだ。エルアはこの状況を自分がどうにか出来るとも思っていないし、あまり深く関わろうとも思っていなかった。旅に出た当日に怪しい魔法使いを調べてどうにかなったんじゃあ赤っ恥もいいところである。
ミレイはというと、村長の話が始まったころから村長の顔・・・のさらに上の方をみて「ほうほう」だの「なるほど」だの相槌を打っていたので放っておいた。
「うむ、このままでは何とも埒が明かんと思うのでそろそろ国の騎士団にでも調査を依頼しようかと思っていたところじゃ。しかし騎士団というのは・・・」
「怪しい魔法使いねぇ。いっその事この村の名物にしちゃったらどうかしら? 常夜の村、なんて素敵な響きじゃない。」
話が逸れそうになった所でミレイが割り込む。ちなみにこの村長は話が逸れやすく、自分でもそれを自覚している。そうなったら長くなるからと、村長が話をする際には長話できる環境が整えられる。お茶を用意したのもその辺に一因がある。
「そんな名物いらねえだろ!! 大体、いつまでいるかもわからないし、本気で攻撃してこないとも限らないだろう。」
「っそ、まあいいわ。ところで村長、この辺で焼き鳥売ってる所はないかしら? 私ったら主食が焼き鳥だから沢山買い占めとかないといけないのよね。」
「焼き鳥が主食ってお前・・・。」
エルアは呆れたような顔をするが、村長は呆れはせずに何やら困った顔をした。
「すまんがのう嬢ちゃん、今焼き鳥を出すことは出来んのじゃよ。」
「あら、どうしてなの? ひょっとしたら食べ尽くされちゃったのかしら?」
「いや、そうではないのじゃ。この村が夜に覆われるようになってからというものの、肉を捌くと途端に腐り落ちるようになってしまったのじゃよ。」
「・・・なんですって?」
「捌くと腐ってしまうもんで今は肉料理全般を控えておるのじゃよ。村の外に行けば大丈夫じゃが持ち込むことも出来んでのう。野菜なら大丈夫なんじゃが・・・。」
ガタンッと椅子を後ろに飛ばしてミレイが立ち上がる。その顔には怒りの表情が刻まれていた。
「許せないわっ!! 食べ物を腐らせるなんてひとでなしのすることよ!!」
「ああ、全くだな。お前はよくわかってるよ。」
ミレイの叫びにエルアが同意する。自分で食料を作っていた分、無意味に食料を台無しにする現象に多少なりとも怒りを覚えていた。そしてエルアのその言葉にミレイは1つ大きく頷く。
「もちろんよ。野菜ならともかく肉を腐らせるなんて許せないわよね。」
「おいこらちょっとまてぃ!!」
ちょっとでも同調出来る所があったと思ったらこれである。
「待たないわよ、時間は待ってくれないもの。そうと決まったら早速行きましょう。」
ミレイはエルアの腕を掴んで玄関の方に引っ張っていく。
「行くって、どこへ行くんだよ?」
素直に引っ張られていくエルアに歩いたまま向き直り、ミレイは自信満々に言う。
「決まってるじゃない、魔法使いを倒しに行くのよ。」
「うえぇっ!? 無理無理、絶対無理だから!!」
こんな現象を起こす魔法使いに太刀打ちなんて出来るわけがないと、当然の事を当然のように思い何とか止めようとするエルアを無理矢理引っ張りつつ、ミレイは岩山を目指して行った。
「なあ、本当に魔法使いを倒そうとしてんのか?」
「あらあら、困った子ねぇ。ここまで来て今更怖気づいているのかしら?」
「お前が無理矢理連れて来たんだろうが!!」
エルアとミレイは岩山に来ていた。見る限り草程度ならば生えているが木はなく、村と違って明るいので遠くまで良く見渡せる。
エルアとしては来ることを何とか止めようとしてたのだが、ミレイがエルアを離さずにものすごい力で引きずっていったものだから途中で諦めて素直に付いて行っている。
「ま、行きたくないって気持ちを察することくらいは出来るわよ。でもね、考えてもみなさい。こことあなたの村はすごく近いの。騎士団なんて呼んですぐに来るものでもないし、私達が村を出た後に魔法使いが本格的に動き始めたらあなたの村まで巻き込まれるかもしれないのよ?」
「うぐっ、そ・・・それは・・・。」
無いとも言い切れない。その可能性についてミレイに言われて初めて気づいたエルアは自分の考えの足りなさを恥じた。ここに来るという選択肢が得策だとは今も思っていないが、せめて状況を知らせる位の考えを持つべきだったと思った。
「はぁ・・・、わかったよ。でも様子を見るだけだからな。ここがヤバイことには変わりはないだろうからあまり無茶も出来ないよ。」
「弱腰ねぇ。ま、誰だって命は惜しいわよね。でもちょっと遅かったわね。見てみなさいな。」
ミレイが指差した先をよく見ると周りの岩肌と同化するように1つの人型が佇んでいた。
「お、おい・・・あれって・・・。」
「ゴーレムね。」
「よし、逃げるぞ。」
「待ちなさいな。」
「ぐへあぁっ!!」
エルアの首を直接掴んでミレイは待ったをかけた。
「見た感じだとアイツは結構鈍重よ。私が大技用意して倒すから、準備している間あなたが囮になりなさいな。」
「どうしてそんなことするんだよ。ここは大人しく騎士団に任せときゃいいだろ!?」
ミレイはチッチッチッと指を振って仕方ないわねぇと言いたげな顔で続ける。
「そんなの決まってるじゃない。この旅が終わったら何があったかをアンタの村に知らせなきゃならないのよ。となるとよ、アンタがここで弱腰になって逃げ出したらそれが村中に知れ渡ることになるのよ。その時一体どういう反応が返ってくるのかしらね?」
エルアは驚愕した。ミレイが村長に頼まれたのならば、確かに結果報告をするのが普通だろう。つまり自分はミレイに監視されていると思わなければならない。
もしここで逃げ出しても大半の人は納得してくれるだろうが、あのお喋りな幼馴染からは一体どういう反応が返ってくるのか、想像するだけで嫌になる。
「ええぃ、もう!! 本当に何とかなるんだな!?」
「もちろんよ。アンタを死なせたりしたら私は約束を反故したことになるわ。そんなの何よりも私自身が許さないわよ。」
意を決したエルアは剣を抜き、半ばやけくそ気味にゴーレムへと突っ込んでいった。ミレイはその様子を満足そうに見届けると、懐からスマートフォンを取り出した。最近調達した最新式である。
画面を起動させると100桁の暗証番号を素早く入力し、再びエルアの様子を見る。エルアはゴーレムの周りをうろちょろしつつ時々剣を当てて挑発している。エルアがそこそこ戦えると聞いていたミレイはその様子を見てまだ大丈夫だろうと判断し、少しの間ゲームで遊んでいた。
手早く遊んだ後、連絡帳からある連絡先を選択して電話を掛ける。
プルルルルルル
プルルルルルル
プルルルガチャッ
「はいもしもし。」
聞こえてきたのは若い女の声。その声はどこかしら焦っているようにも聞こえる。
「遅いわよ。ワンコールで応答しなさいな。」
「はうぅ、すみません。それで、何か用事ですか?」
「なんとなく掛けただけよ。」
「えぇっ!? そんなぁ。」
なんだか残念そうな声にミレイはふふっと笑う。
「冗談よ。そっちの様子はどうかしら? ちゃんと上手くやってる?」
「こっちはそろそろキツイですよぉ。あの変態の行動が日に日に大胆になってきているのでもう穏便に済ますのが難しいですよ。もう・・・始末しちゃっていいですか?」
「今はその程度で済んでいると思ってまだ我慢なさいな。こっちはあと1ヶ月程でそっちに着く事が出来るわ。それまでに最悪の事態にならなければいいの。そうすれば後はどうにでもなるわ。でも最終的な判断はアンタに任せるから上手くやりなさいな。」
「ううぅ・・・わかりましたぁ。」
ミレイは電話を切って再びエルアを見た。それなりに疲れていそうだが、ゴーレムの力強い攻撃にも怯まずに挑発を続けている様は彼が一般人よりもずっと強いことをわかるには十分な光景である。
ミレイはエルアがこのままどこまでやれるかを見てみたくもあったが、流石にこれ以上時間を取る事はできないだろうと思い、指先に黄色の魔力を灯す。
空中を指でなぞると魔力の通った後がそのまま残り空中に絵を描き出す。歪な円の中に描かれるのは龍の絵だろうか。何とか判別はつくものの、その絵はどう見ても子供の落書「私は空中に光龍の絵を描いわわ。その絵はとても神秘的で独創的かつ見るものを圧倒する迫力を秘めているわ。描き出す線の軌跡はかの大芸術家アプロソワヂカ・カンベラクワスカクルクルクル・ゾゾキンチカンタルベが生涯求めてやまなかった究極の域に達していて、こんな絵を描ける私はきっと特別な存在なんでしょうね。」
ミレイの書き終わった絵は空中でそのまま静止して明滅している。
「エルア!! 準備が出来たから戻って来なさい!!」
エルアはゴーレムの様子を見ながら素早く戻ってくる。
「結構長かったな・・・って、何だこりゃ?」
「見て分からないの? 魔法陣よ。」
「こんな魔法陣見たことも聞いたこともねぇよ。これで本当に倒せるんだろうな?」
「それは見てのお楽しみ。さぁ、いくわよ。」
ミレイが魔法陣に手をかざすと、魔法陣が強い光を放ち始めた。
「おぉっ!?」
光は魔法陣の前に収束し、1つの光球を作り出す。
「な、なんだこりゃ!? すげぇ!!」
「ふっ、行きなさい。」
ミレイが言うと、光球から一筋の太い光が飛び出してゴーレムを包み込む。その凄まじい光にエルアは思わず目を覆った。
光が収まった後、エルアはゴーレムの方を見る。ゴーレムはというと、まるで何事もなかったかのようにこちらに向かって来ている。
「おおぃっ!! どうなってんだ一体!!?」
「焦ることはないわ。ただ効かなかっただけみたいだから。」
「何のために時間稼いだの俺!!?」
などとやり取りをしている間にもゴーレムはどんどん迫ってくる。エルアはとりあえず逃げようと思った。こっちの攻撃は効かないけれど、向こうの足は遅いから逃げ切れないものでもない。
「まったく、しょうがないわねぇ。」
ミレイはそう言うと懐から1つの箱を取り出した。手のひら大のその箱の上には1つの大きな押しボタンが付いている。
「ポチッとな。」
ドガアアアァァァァァン!!!!
ミレイがボタンを押すと、ゴーレムが派手な音を立てて砕け散った。その様子をエルアは何がなんだかわからないといった表情で見ていた。
「な、なんだそりゃぁ。」
「さっき拾ったのよ。どうやら自爆ボタンだったみたいね。」
そんなわけあるかとエルアは言いたかったが、実際にゴーレムが目の前で爆発したのだ。現実的に受け入れがたい状況ではあるが、とりあえずゴーレムを倒せたので良しとしておくことにした。
「さて、それじゃあ魔法使いを探すとしましょうかね。」
「そうだ、すっかり忘れてたな。だけど本当に探していいものなのかな? あんなゴーレムを操っている奴なんだからすごく危険な感じがするんだが。」
「その懸念は当然ね。でもそれを論ずる前に、あなた怪我してるじゃない。」
エルアの体からは所々擦り傷や切り傷が出来ていた。エルアはそれを見てあぁ、と頷く。
「ゴーレムの攻撃で飛び散った岩とか、ゴーレムが爆発した時に飛び散った欠片とか当たったからな。別に大したことはないよ。」
「それくらい避けなさいな。情けないわねぇ。ま、いいわ。ちょっとじっとしてなさい。」
ミレイは指先に緑色の魔力を灯してエルアに向ける。エルアは少し警戒したが、別に悪意はないだろうと思いされるがままにする。光が触れると体に暖かな感覚が満ちていくとともに、痛みが引いていくことにエルアは気づいた。
「っな、なんだこれは!?」
「知らないのかしら? 回復魔法よ。」
「回復魔法だぁ!?」
もちろん回復魔法のことは知っている。しかしエルアの知るそれは高位の神官が使うものであり、ちょっとしたものでもかなりの高額な費用を取られてしまう。費用を高くするのは多少の怪我で魔法を求められても困るからであり、本当に危ない時は無償で使われるものだということだ。
「そんなものまで使えるなんて・・・お前一体何者だよ。」
「あら、美少女以外の何に見えるのかしら?」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないけどさ。・・・お前本当にヴァンパイアか? 聞いた話じゃあ回復魔法は人間にしか使えないってことなんだが。」
「なによ、疑い深いわね。そこまで言うのなら見せてあげるわ。見なさい、この立派な牙を!!」
ミレイは口の端を両手で吊り上げて歯を見せる。
「・・・うん、普通の八重歯が生えてるな。」
「なによ、これは牙なのよ!! 私が牙と言ったら牙なのよ!!」
口の端を吊り上げたまま器用に抗議する。別に牙じゃないと言うつもりもなかったが、本当にヴァンパイアなのか怪しいな、とエルアは思った。
「まあいいよ。とりあえずありがとな。それと、これからどうする? 魔法使いを探すのはやっぱり危険だと思うんだけど。」
「あら、その心配は要らないわ。だってほら。」
ミレイが見た先に視線を向けると、黒いフード付きのマントを来た男がこちらに歩いてきていた。
「おいおい・・・あれってまさか・・・。」
「例の魔法使いみたいねぇ。」
エルアは今度はゴーレムの時みたいに逃げ出そうとは思わなかった。ゴーレムの時は相手の足が遅かったのでそういう考えも浮かんだが、今度の相手は人間であり、魔法使いである。この状況では背中を向ける事こそが一番危険なのだと考えた。
「ゴーレムが倒されたと思って来てみれば・・・ガキどもがいるだけではないか。」
魔法使いが落ち着いた低い声で話しかけてきた。落ち着いてはいても、友好的ではない空気が肌で感じるほどに伝わって来ている。
「しかしゴーレムが倒されたことには変わらんか。貴様ら、どうやってゴーレムを倒したのだ?」
「この自爆スイッチを押しただけよ。」
ミレイが先程のスイッチを魔法使いに見せる。
「自爆スイッチだと・・・? そんな機能が付いているわけなかろう。」
「ですよねー。」
エルアは反射的に同意の言葉を口にした。実際に爆発した所を見ているわけだから完全に否定は出来なかったが、今ので確定的となった。
「ふん、言うつもりはないか。ならば貴様らは何者だ?」
「あら、そんなこと言う必要があるのかしら?」
「ふふふ、そうだったな。どのみち貴様らには死んでもらわねばならぬのだから、本当かどうかわからぬ情報など要らぬか。」
魔法使いは余裕の笑みを浮かべて言う。エルアはこの魔法使いが今までどんなことをしてきたのか知らないが、こうも呆気なく殺すと宣言できる所にこの男の恐ろしさを感じた。なにしろ明らかに敵対的な雰囲気で放つ言葉である。ただの挑発とは違う確定的な響きを感じた。
「貴様らのことは後で調べるとしようか。直ぐにでも死んでもらおうか、それとも何か言い残すことはないか? 今ならば特別に聞いてやろう。」
「麓の村を夜にしたのはお前か? 一体何のために?」
ミレイがまた余計なことを言う前にエルアが素早く聞いた。
「いかにもそうだ。だが目的は話せんな。お前らが何かしらの方法を用いて情報を外へと流さないとも限らんからな。」
「あの村でゾンビを作るのが目的でしょう?」
「!?」
ミレイの突然の発言に魔法使いの表情が強張る。
「あそこでやろうとしていたのは死体を腐らせやすくしてゾンビを作りやすくすることね。陽の光を遮ったのはその魔法自体が陽の光に弱いから。時期を見てあの村に攻め入ってゾンビを量産しようとしていたんでしょう? ただ、あの村だけじゃあ作れる数はたかが知れているわ。次は一体どこへ向かうつもりだったのかしらね?」
「・・・貴様!!」
魔法使いの態度がミレイの発言が正しいものであるということを裏付けている。
「へぇ、最終的には王都に向かうつもりだったの。あなたにはまだ仲間がいるようね。一体どこにいるのかしらねぇ? ・・・そう、リッツィオーネ山脈にいるのね。」
「どうやら本気で殺さねばならんようだな!!」
ゴォウッ!!
魔法使いが言った途端、突風が吹きエルアはたたらを踏み転びそうになったが、ミレイに支えられて体勢を立て直す。エルアが魔法使いの方を見ると、10個以上の白い光が魔法使いの回りを飛んでいるのが見えた。昼明かりをなお明るく照らすその光景はどこか幻想的でもあり、エルアは思わず見入ってしまった。
「我が[天翔ける焔]だ。貴様らは何やら得体がしれん。欠片も残さず蒸発してもらうぞ!!」
言われてみてみると、確かに白い光は鳥の形をしていた。その鳥の影響だろうか、魔法使いとの距離はそこそこ離れているというのに凄まじい熱気が伝わって来る。先程の突風はあの鳥達が出てきて空気が熱せられた事による結果だろう。
エルアは魔法使いの周りの地面が赤く沸騰しているのに気がついた。あの鳥達が地面に触れている様子はない。だとすれば鳥が発する凄まじい熱気だけで地面が煮えたぎっていることになる。それを見ただけで凄まじい熱量があるとわかるあの鳥に直接触れるとどうなるのか、エルアはそう考え戦慄した。
しかし、魔法使いの足元だけは何事もないように地面が存在した。何らかの対策を施さなければ自分があの熱気にやられてしまうので当然だろうとは思う。そしてその事実が、逃げるにせよ戦うにせよ重要な鍵になるだろうと考えた。
「ふっ、その程度でいきがってもらっちゃあ困るわね。」
「おおぃっ、更に挑発してどうすんだ!?」
何か対抗策でもないかと考えるために、話しかけて時間を稼ごうかと思った矢先にこれである。エルアは何かいい考えが浮かぶなどと言い切れるわけではなく、むしろ何も思いつかないだろうと思っていたがなるべく活路を見いだせる可能性を作っておきたかった。
「ふん、何やら自身がありげだな?」
「当たり前よ、そんな魔法簡単に打ち破ってあげるわ。喰らいなさい、[凍てつく大地の覇者]!!」
ミレイが片手を天に掲げて叫ぶとエルアの背の倍くらいの高さのあるゾウリムシが現れた。
「な、なんじゃこりゃぁ!!?」
その見慣れぬ姿を見てエルアは思わず一歩引いてしまった。
「そこの魔法使い、よーく見ておきなさい。これがアンタを地獄に導く死神の姿よ。」
「くっ、くっくく、そんなもので我が魔法を打ち破ろうと? その自信もろとも蒸発させてやるわ!!」
とうとう光る鳥の1体が放たれた。エルアは何とか避けなければならないと身構えるが、鳥の進路上にはゾウリムシが立ちはだかって? いてよく見えない。
エルアが迷っている間に鳥とゾウリムシがぶつかった。ジュワァッと音を立てた後、残っていたのはなんとゾウリムシの方だった。
「な、なんだとぉっ!!?」
魔法使いが動揺した声を上げる。熱気だけで地面をも溶かす魔法がよくわからない単細胞生物に阻まれたのだから当然であろう。
「あらあら、その程度かしらねえぇ?」
ミレイはいつの間にか用意していたお茶を寝そべりながら飲んで更に挑発する。
「くっ、ええぃ、ならばこれならどうだ!!」
魔法使いは今度は残った全ての鳥を解き放つ。鳥達をゾウリムシは再び激突し、先程よりも凄まじい音を立てた後の残ったのは、やはりゾウリムシの方であった。
「なっ、なんということだ・・・!!」
「もうお終いみたいね。それなら今度はこっちの番よ。」
ゾウリムシが魔法使いに突っ込んでいく。気持ちの弱い人ならばこれだけで卒倒ものだが、魔法使いは気を取り直して魔法を唱え始める。
「我を守れ、[湧炎障壁]!!」
魔法使いの前に白い炎が吹き出し巨大な壁を作る。しかしゾウリムシはそんなことには構わず突っ込み、魔法使いに近づいた所でその無数にある繊毛の1本を視認できない程の速度で伸ばした。
ドスッ!!
「・・・ガフッ!」
ゾウリムシの繊毛は炎の壁をいともたやすく突き破り、魔法使いの胸をも貫いていた。
「こ・・・こん、な・・・バカな・・・。」
魔法使いが倒れ伏す。それによって炎の壁も消え、ついでにゾウリムシも消えた。
「ふっ、戦いとはいつも虚しいものね・・・。」
「そんな余裕があるんならもうちょっとマシな倒し方しろよ・・・。」
エルアは魔法使いを見た。この魔法使いの放った魔法は、エルアの知る限りではミレイを除いて誰よりも強く、ひょっとしたら王国軍をも相手取れる程の実力者だったのではないかと考えた。確かに悪人には間違いなかったし、このまま放っておけばいずれは歴史の表舞台に出てその悪名を轟かせたことだろう。
しかしそれほどの実力者が名前も知られずにゾウリムシに殺されたとあっては、自分には実害がなかったのもあって何だか同情してしまう。この男は道を誤らなければ勇者にだってなれていたかもしれないのだ。
「・・・はぁ、墓でも作ってやるか。」
「律儀ねぇ。私はアンタが墓作ってる間暇だからそこら辺で松茸でも探してくるわね。」
「こんな所にあるわけねぇだろ!?」
「まぁまぁ、期待して待っていなさいな。」
そう言うとミレイは山を降りるのとは別の方向へと行ってしまった。それを見届けたエルアは、いつの間にか冷えていた地面を確認してから魔法使いを埋めるべく、遺体を担いで山を降りていった。
エルアとミレイが魔法使いと戦った岩山から遥か離れた場所にあるリッツィオーネ山脈。その中の何処かにある隠された洞窟の中で、赤い輝きを放っていた水晶からその輝きが消え失せた。
「・・・炎のユーイがやられたか。」
最初に気づいたのは雷のザイガ。稲妻を操る魔法使いである。
「奴は我ら四天王の中でも最強の存在。」
力のマイエンがユーイの力を思い出し、その死を冗談のように見つめている。
「我らが束になっても敵わぬ豪傑よ・・・!!」
大地のインズ。ゴーレムを作った張本人である。
一同は互いに顔を見合わせ、困ったような表情をする。
「なぁ、これからどうするよ? ユーイを殺すようなバケモンがいるみたいだぜ。下手に動いたら俺達まで殺されちまうんじゃないか?」
マイエンが問う。ユーイを殺した者の正体がわからない以上自分達と敵対するとは限らないが、下手に調べて敵と正式に認定されても困るのだ。
「ユーイを倒せるなんて6龍位しかいないと思っていたんだがなぁ。」
ザイガの言う6龍とは、各地を統べる力あるものの総称である。エルアの住んでいた村の辺りを拠点としていた地龍。ミレイがちょっとその存在を仄めかした光龍。他に炎龍、風龍、水龍、闇龍がいる。この6龍は基本的に自分達の管轄以外には無頓着なので今まではそこだけに気をつけていた。
「とりあえず計画は頓挫したな。ユーイの力なくしては成り立たん。しかし全てを諦めるわけにはいかないから規模を縮小してでも実行するべきだと思うが?」
インズがとりあえず今後の予定を提案する。
「あら、そんなこと気にする必要なんて無いわよ。」
そこにミレイが割って入る。
「っ!! 誰だお前は!?」
ザイガがとっさに反応する。広大な山脈のただ中にある、誰にもわからないように隠したこの洞窟へどうやって入ってきたのだろうか?
「アンタ等のお仲間を殺した者だって言えばわかるかしら?」
その言葉に一同が騒然となる。ユーイがいた所とこことではそれなり以上の距離があるのでこんなに早く来れるはずがない。しかしユーイを殺した者ならば・・・と思い気を引き締める。
「世界を混乱させようだなんておかしな事考えるじゃない。でもね、そんなことこの私が許さないわよ。ま、アンタ等の力でどうこうなるような世界でもないんだけどね。」
ミレイが1歩踏み出すと、魂を凍りつかせるような絶望感が3人に襲いかかってきた。
「・・・ふぅ、こんなもんかな。」
墓を作り終えたエルアが一息つく。穴を掘る道具が無かったから剣で掘っていたのだが、剣とは思えない程順調に掘れたので思ったより時間が掛からなかった。
「墓標には『小鳥をこよなく愛した男』とでも掘っといてやりなさい。」
「戻ってたのか、ミレイ。その案は却下するよ、嫌がらせ以外の何物でもないしな。」
エルアは魔法使いが放っていた魔法を思い出し、確かに小鳥と言えるかもしれないなと思った。しかしそれはこの男が小鳥を愛していたからなどでは絶対に無いだろう。
「こっちは終わったよ。そっちは・・・松茸取りに行ってたんだっけか?」
「そうよ。ほら見なさい。そして私の探索能力に驚愕しなさい。」
ミレイが自信満々に収穫物を取り出す。その手には数個のキノコが握られていた。
「それは松茸じゃねぇ、ワライタケだ!! どうして松茸と間違えるんだよ!! 今直ぐ捨てろ!!」
「あらそうなの? 残念ねぇ。でもせっかくだからこのお墓に供えておきましょう。」
「・・・これ以上泣かせるようなことするんじゃねぇよ。」
ミレイは墓の前にワライタケをぶっ刺した。
「これでいいでしょ。さて、帰りましょうか。きっと焼き鳥が食べられるようになってるわ。」
「お前、最初からそれが目的じゃないだろうな?」
ミレイはエルアの言葉には答えず、村に向かって歩き出した。
後日、その墓は4つに増えており、墓標には見慣れぬ名前が刻まれていたとう言う。
村に戻るともう日が沈もうとしていた。村の入口では村長が立っており、2人が帰るのを待ちわびているようだった。
「・・・ふぅ、ハゲが眩しいわね。」
ミレイは目の上に手をかざす。二人の背後には夕日が沈もうとしており、村長の頭はその光を見事に反射していた。
「そういうことは口にすんじゃねぇよ!!」
エルアが咎め得ると同時に、村長がこちらに向かって歩いてきた。
「2人とも無事じゃったか。いきなり出て行くからどうしたもんかと思ったが何とかなったようじゃな。村は見事に光を取り戻したぞい。」
「なんだか大げさな言い方ですけど、魔法使いは倒しましたよ・・・ミレイが。」
「そういうことよ。さぁ、さっさと焼き鳥を用意しなさい。私の食べる量は半端じゃあないわよ。」
「ほっほっほっ、喜んで御馳走させていただきましょう。」
3人は村へと入っていく。エルアは色々とあって疲れたのでまず休みたいなあと思いつつ。