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14話_たまには昔の話でもしてみようかしらね

 遥か北の大地には常に噴煙を上げマグマ滾らせる火山がある。本来雪が吹きすさび氷に覆われている大地ではあるが、その火山の周辺だけまるで熱帯地方を連想させるような原生林を育むほどの地熱が大地を暖めている。

 その熱源たるマグマの通る道を深く進んで行き着くその先には、街を作っても余るほどの広大な空間が広がっていた。光源のわからぬ光が空間を照らし、映しだすのは小さな家。白い壁に青い屋根を持つこの家の中の、さらに地下に広がる幾つもの部屋の中でシンシアは作業に没頭していた。

 カチカチ、カタカタとひたすら道具を動かしてその結果を見つめ、時に慎重に、時に大胆に指を動かしながら時が立つのも忘れてただひたすらに見つめている。しかしその作業が上手く行かなかったせいか、ふぅとため息を付き座っていた椅子の背もたれに体を預けた。体の力を抜いた後、シンシアは作業の結果に・・・オンラインゲームの結果に愚痴をこぼした。


 「はうぅ、また(狙っていたレアアイテムが)出なかったですぅ。もう一体どの位やったのかいい加減忘れちゃいましたぁ。ぐぬぬ、本当に出るんでしょうか? 怪しいですねぇ。もうしばらくやって出なかったら運営に抗議のメールを送りつけてやるですぅ。あと500、ううん、1000回ほどやってダメだったら抗議のメールを送りつけてやるですぅ。」


 気を取り直してパソコンに向かい直すシンシア。もうこれから何十時間かは作業に没頭することであろう。この状態からシンシアの気を逸らすものはあまり存在しない。たとえ地震が起きようと溶岩が流れ込んで来ようとゲームが出来ればそれでいいのである。なにせ誰にも邪魔されないようにこんな所に住んでいるのだから筋金入りである。


 ドガァン!!


 故に部屋のドアが蹴破られる音がしてもシンシアは全く動じない。間近で起こった異変に対して何も気にすることなくただゲームに夢中である。


 「もうレアドロップアップのアイテムなくなりそうですぅ。忘れない内に補充しなくちゃいけませんねぇ。100個くらい買っておきましょう。カキンカキーンですぅ。」


 「邪魔するわよ。」


 「あ、ミレイさん。お久しぶりですぅ。気配を消して近づかないで欲しいですぅ。全く気付かなかったですよぉ。」


 ミレイはドアを投げつけた。気配があろうがドアが壊れようがどうせ気づかないだろうという意思表示である。シンシアはドアがパソコンに当たらないようにその軌道を逸らすと、ミレイが何か持っていることに気がついた。

 それは1つの魂。一見普通の魂のように見えるが、目を凝らしてよく見てみるとシンシアは1歩後ずさった。たとえ魔王が降臨しようが星を壊す隕石が落ちて来ようがどうせ大したことないと無視を決め込むほどのシンシアがドン引きするほど、その魂は呪われていた。


 「な、何ですかその妙竹林な魂は!?」


 ドガバキゴスッ!!


 「きゃふぅんっ!!」


 「いきなり失礼なこと言ってるんじゃないわよ。私はちょっと解呪してくるから場所借りるわよ。」


 それだけ言うとミレイは部屋から出て行った。

 殴られた箇所をさすりながらシンシアは思う。普段なら何かしたことすらも気づかせない間に何かするミレイが、わざわざ場所をとって解呪など聞いたことがない。というかありえない事である。呪いの強さ自体はミレイが苦戦するほどでも無いように見えたので、他の要因で厄介なことでもあるのだろうか。


 「まぁどちらにせよ珍しいことに変わりはないですぅ。恐るべしは人の執念といいますか、負の感情はぐるぐるぐるぐると果てしなく深くなっていくものですねぇ。」


 とりあえずそれは置いといて、ミレイが来たのだからと他の連中も呼ぶことにする。呼ばなければ文句が来るからだ。主にミレイから。皆ミレイが来ているのは気づいているだろうけど、呼ばなければ来ないのは叱られるかもしれないと思っているからだ。

 シンシアはポケットから携帯電話を取り出した。この携帯電話もパソコンも、ミレイがどこかの世界から調達して使えるようにしたものである。そういえばこっちのゲームもしばらくやっていなかったなとゲームを起動・・・するのを何とか堪えて連絡を入れる。



アルワードの場合:

 「あーちゃん、ミレイさんが来たですぅ。だからさっさと来やがれですぅ。」

 「気が付かなかったってことには・・・、」

 「それが通用すると思うならやってみるといいですぅ。」

 「そうっすよね・・・。わかった、行くっすよ。」


ドルトスの場合:

 「じーさん、ミレイさんが来たからはやく来やがれですぅ。」

 「それがのう、最近ちょっと腰の調子がのぅ・・・。」

 「ミレイさんに言えば即解決ですぅ。」

 「すこぶる良いのじゃよ。今行くから待っておれ。」


マイゼンの場合:

 「マーやん、要件はわかってると思うからはやく来やがれですぅ。」

 「それって僕が行く必要があるのかな?」

 「私の所に来るということはそういうことですぅ。」

 「ま、そうだろうね。遅れないように行くよ。」


カフの場合:

 「かーちゃん、ミレイさんに殴られたくなかったらさっさと来やがれですぅ。」

 「その呼び方やめてって!! て言うかもうすぐ応募の締め切りが近くってさ。」

 「どうあがいても落選するですぅ。だからさっさと来るですぅ。」

 「ひどっ!! まぁ、事実だろうけどさ。了解、行くよ。」


ウルカの場合:

 「ウルちゃんはっと・・・。」

 「もういる。」

 シンシアが振り向くと、腰まで黒い髪を伸ばしたやる気のなさそうな女の子が佇んでいた。

 「さすが、ミレイさんの事になるとはやいですぅ。」

 「ん。」




 広い部屋に行くと既に皆が来ていて談笑していた。


 「カフはまだつまらない本書いてるっすか? 無駄だから潔くやめて僕の仕事を手伝うっすよ。」


 「いやまぁ、時々手伝う分には構わないけどさ、本腰入れてやるには僕は向いてないよ、うん。」


 アルワードはカフと会うたびにこうして誘っているが、色よい返事をもらったことはない。少しでも長い時間手伝う約束を取り付けられれば儲けモンぐらいの認識である。


 「マイゼンよ、お主はまだ死体を売っておるのか? いい加減悪趣味なことはやめんか。」


 白髪と長い白ひげを蓄えた老人が、フードを目深にかぶって顔のよく見えない男に話しかけている。


 「趣味でドルトスにどうこう言われたくはないね。それよりもさ、こんど馬車に轢かれた死体と引いた車輪を集めたその名も『轢死の証人』シリーズを出そうと思うんだよ。全部集めると100体の死体が集まって、なおかつこの世界には存在し得ない高度な医学本が付いてくるんだ。どうだい、売れそうじゃないかい?」


 「絶対に売れんわいそんなもん。医学本だけ売っとれ。」


 「えー、売れそうだけどなぁ。ちなみにウルカ、君はどう思う?」


 「置く場所が、確保できない。」


 「あちゃぁ、その問題があったか!!」


 いかなる金持ちであろうとも死体を100体ともなれば置く場所には困るであろう。ただ置くだけならば詰め込みさえすればスペースを圧縮できるが、車輪と一緒に、なおかつ腐らないように保存するとなればそれなりの広いスペースと設備が必要になる。だれがそんなものを急に用意できるだろうか。


 「そういう問題じゃないですぅ。」


 「ま、そっちの問題はさておき、ウルカにお菓子を買ってきたんだよ。」


 それを聞いた途端にウルカの目が光る。ウルカは甘いモノが好きである。しかし普段は街へ行くことが禁じられているためにお菓子を入手するにはこうして誰かから貰わなければならない。

 その現状にウルカは不満を抱いていた。子供ではないのだからお菓子がどこにあるかは知っている。そこから盗ってくるなんて造作も無いことだというのにまったく。それでも大人しくしているのはミレイの言いつけだからである。だからこうして誰かと接する機会を楽しみにしていたりする。


 「ほうら、堅焼き煎餅だよ。」


 すかさずマイゼンを殴りつけるが、首を横に傾けるだけで避けられてしまった。拳から開放された力が壁を破壊してなお暴走しようとするが、アルワードが無力化して即座に壁を修復した。


 「あっはっは、冗談だよ冗談。本当はこっち、酢昆布だよ。」


 マイゼンの首を刈り取る蹴りが放たれたが、姿勢を低くするだけで避けられてしまった。蹴りの余波がが建物を斜めに斬り裂いたが、アルワードが即座に修復した。


 「ウルカ、今度ケーキを買ってくるから落ち着くっすよ。マイゼンも、あんまりからかうもんじゃねえっすよ。」


 その言葉を聞いてウルカは素直に気を静めた。別に許したわけではないが、ここでゴネて貰えるはずのケーキを貰えなくなってしまえば本末転倒である。


 「ところでミレイさんはまだなのかな?」


 カフの問いかけを聞いてウルカは即座に部屋を出る。ミレイの様子を見に行くためである。


 「あ、ウルちゃん。私も行くですぅ。」




 シンシアがウルカに追いついた時には、ウルカは既に部屋を覗き込んでいた。いつもなら何かあっても入っていくのに、と思いつつシンシアも同じように覗き込む。その部屋は、光で満たされていた。

 部屋を隙間なく埋めるように展開された何千、何万もの魔法陣が一瞬で現れ、一瞬で消えていく。その中の一番簡単そうなものでさえ、シンシアには理解し難いほど複雑な文様を描いている。久々に見るミレイのまともな魔法の行使にしばし圧倒されていたが、魔法陣の中の1つに猫の模様が混じっていたのだけは見逃さなかった。

 やがて光が収まると、そこのは先程見た魂だけが残されていた。


 「まったく、厄介なものね。」


 「ミレイさんが普通に魔法使うなんて久しぶりに見たですぅ。あれは世界の根底を解析してみようとした時以来ですかねぇ?」


 「そうね。まぁ今回はそこまで厄介なものじゃないわ。形が少し特殊なだけよ。」


 ウルカは魂の方をしばし見ていたが、もう興味を無くしたようである。





 「みんな来てるわね。ぶっちゃけシンシアだけでも良かったんだけど。」


 「なら事前に言っといて欲しいっすよ。いつもどおり集まっちゃったじゃないっすか。」


 無論、そんな抗議をミレイが聞くはずもない。ミレイは席に座るついでに魂を一同の真ん中に置いた。ウルカはミレイに抱えられてご満悦そうである。


 「なんですかこれ? 一見何の変哲もない魂ですけど。」


 「呪いが食い込んでる時点で尋常じゃねぇっすよ。何すか、また世界でも滅びるんすか?」


 「今回は滅びはしないわよ。まぁ、これ自体は一度滅んだ世界で見つけてきたんだけどね。あそこにはまだ気になることがあるんだけど、まぁとりあえずはこっちよ。」


 あの時のかと、アルワードは思い出す。あの時はドルトスが修繕を任されて、もとい丸投げされて大変な目にあっていた。ドルトスもその時のことを思い出したのか、老けた顔が更に老け込んだように見える。


 「えと・・・、それじゃあどうしてこうなったんすか?」


 「魔力の流れが珍妙な魔法陣を作ちゃってね。ま、自然現象よ。」


 「嘘っすね。」


 「そうよ、よくわかったじゃない。」


 嘘をついたことに悪びれた様子はない。そもそも騙せるとも思ってはいなかったようである。


 「向こうではそういう風に説明してあるってことよ。何でかわかるかしら?」


 「こんなこと出来るなんて知られたら面倒くさいっすからね。騙せるもんなら騙しといた方がいいっすよ。」


 「そういうことね。マイゼンもウルカも興味なさそうだけど、ここにいるんなら話くらいちゃんと聞いときなさい。そもそも皆、私がいない間真面目にやってたのかしら?」


 真面目にやっていない4人が一斉に目を背ける。その態度にミレイとアルワードはため息を吐きつつも、いつものことだからと特に何も言わない。

 そんな中、ウルカが自信満々に手を上げた。


 「私、この前戦争終わらせた。」


 「あらそうなのウルカ、偉いじゃないの。」


 ミレイに体を撫でられてウルカはご満悦そうである。ただ、その空気に水を差す男がいた。


 「終わらせたってあれかい? 国ごと消滅させちゃったやつ。」


 マイゼンである。その話を切り出された途端、ウルカの体が固まってしまった。


 「あら、それはどういうことかしら?」


 「以前ベイズって国があったでしょう? 魔物討伐とか傭兵稼業で成り立ってた所ですよ。あそこの経済がかなり行き詰まった時がありましてねぇ、生産性のあまり無い国だったから当然なんですけど。ただその状況を打破しようとして他国に矛先を向けちゃったんですよ。もともと荒っぽい連中が多かったからですね、攻め入られた国はかなりひどい有様になっていましたよ。それでさすがにどうにかしようって時に、国も遠征中の兵士も一緒くたに消しちゃったって訳ですよ。」


 「・・・戦争の止め方なんて知らないもん。」


 ウルカからすれば、戦争をどうにかすればミレイに褒められると思っただけであり、自分の功績に出来れば人の命なんぞどうでもいいのである。


 「僕らだってそんな画一的な方法なんて知らないっすよ。それで話し合おうって時に勝手に動くんすから。」


 アルワードにまで言われてウルカはふてくされてしまった。


 「まぁ別にいいじゃないの、別に人間が滅んだわけでもなし。だけどウルカもこれからは気をつけなさいよ。」


 「ん。」


 「ミレイさんはウルカに甘すぎるっすよ。悪い事したら叱ってやらないとダメっす。僕らが言っても全く聞かないんすから。」


 「わかってるわよそれくらい。私だって別に考えなしにこんな事言わないわよ。というわけでマイゼン、何か言い訳は用意してあるのかしら?」


 「ナンノコトデショウカ?」


 一同の視線が一斉にマイゼンに集まる。当のマイゼンはうつむき加減になってフードで顔を完全に隠そうとしている。


 「あら、この場では調べられないと思ったのかしら? その戦争の裏でアンタが動いていたことくらいわかるわよ。大方死体集めの一環なんでしょうね。死体を作るのにアンタから手を出すなとは言ったけど誰かを煽るなと言わなかったのがいけなかったのかしら?」


 「あっはっはっは、いやぁ、やっぱりミレイさんには隠し事出来ませんねぇ。・・・・・・どうもすみま」


 ゴギャッ!!


 マイゼンが謝罪し終わる前にミレイの回し蹴りが顔面にヒットした。蹴り飛ばされたマイゼンは建物の壁も屋根も突き破ったが、アルワードが即座に修理した。マイゼンはそのまま洞窟の天井も突き破り、おまけに空気抵抗を無くす結界を張られたまま飛んでいき、大気圏を突き破ってそのまま何処かへ行ってしまった。


 「飛んでいったねぇ。あれは痛そうだ。」


 カフが呑気な感想を述べる。こういったことは度々起こっているのでそんなものである。


 「あーちゃん、後で地面の方も直して欲しいですぅ。」


 「わかったっすよ。」


 「さて、あれはすぐに戻ってくるでしょうから本題に戻るけど、この子の呪いは大体解除しといたからあと何回か転生すれば自然に薄れていって綺麗さっぱりなくなるでしょ。これ以上手を加えようとすると魂に負担が掛かっちゃうしね。」


 ミレイが魂を指先でいじると、ふわふわと風船のように揺れ動いた。


 「それじゃあこれからやることは特にないっすね。」


 「やぁねぇ、私がそんな中途半端な真似するはずないじゃない。次の生で呪いを完全に解除するわよ。その為にはこの子には一度死にかけてもらわなくっちゃならないの。この呪いの影響でね。何でかわかるかしら?」


 「肉体を得ている時は魂は体中にまんべんなく広がってるんすよね。で、この呪いがこの子を殺そうとして外界に力を最大限出した時を狙って消し去るんすか。」


 「そうゆうこと。てな訳でシンシア、この子はアンタが育てるのよ。」


 「ええぇ!? 私がですかぁ?」


 「そうよ。それなりに裕福な家に生まれさせるから上手く忍び込んで守ってやりなさいな。この中じゃあ残念だけどアンタが一番上手く育てられそうなんだから。皆もそう思うでしょう?」


 言われてアルワードは考える。今アルワードは結構忙しい。激減した魔物の個体数を増やそうとして色々と動き回っているのだ。一度適正な数から大きく外れたせいか、何だか変な個体まで出てくる始末である。その原因を作ったミレイとしては、さすがにこれ以上の用事は頼みにくいのだろう。


 ドルトスはあまり人と関わらずに住んでいる。管理している土地に人間は居るが、そこまで関わっていない。精々が自分の存在を忘れさせないよう少し手を加えるだけである。そして趣味でちょっとしたイタズラをすることもあるのだが、それで傷つけてしまっては結構取り返しの付かないダメージを与えることになるかもしれない。そこら辺を考えると自分よりもシンシアの方が向いているのだろう。


 カフは趣味に生きている。売れないとわかりつつも朝から晩まで本を書いたり書く内容を探したりしている。誰かに殴られるまで別のことを考えないなんてしょっちゅうである。そんな自分に人間が育てられるかといえば、はっきり行って無理であろう。


 ウルカはダラダラしたい。ミレイのいない時は家でゴロゴロしてお菓子を食べてそれでまたゴロゴロして、なんて生活を続けている。あまり好みのお菓子が無い所が悩みどころだ。自分が人間を育てようとしてもめんどくさくなってアルワードかシンシアに任せることになるだろう。なら初めから自分は遠慮しといた方がいい。


 マイゼンが育てることになったら、その子を連れて行商の旅に出ることになるのだろう。旅の途中で死体を見つけては加工し、どの部位がどんな飾りになるかなんて議論しながら死体の良さを教えていくことになるのだろう。この首はシャンデリアの一部として使いたいと自分が言うと、白熱灯の中に入れたほうが雰囲気が出ると返ってくるのだ。うん、何がダメなのかさっぱりわからない。


 「思ったより早かったっすねぇ、マイゼン。そのままどっか行くのかと思ってたっすよ。」


 いつの間にかマイゼンが戻っていたが誰も特に気にしたりはしない。ただ鼻血が結構な勢いで出ているのは少しだけ気になった。


 「そうしようと思ったんだけど追い打ちが来そうだったからね。僕もあえてそっちを選ぶほど愚かではないさ。ところでミレイさん、この鼻血どうにか止まりませんかねぇ?」


 「そのくらい自分で治しなさいな。」


 「ダメージがでかすぎて回復が追いつかないんですよ。わかってるくせにぃ。」


 「頑張りなさいな。というわけでシンシア、任せるわね。」


 「で、でもでも、私も結構忙しいんですよ。まだまだ取らなきゃいけないレアアイテムとかありますし、来週にも大型アップデートがありますし、あぁ、実は新しいチームを作ろうと今準備ちゅ」


 ドゲシッ!!


 側頭部を殴られてシンシアは沈黙した。


 「そんなもん片手間でやってりゃいいわよ。アンタが引き受けなかったらそのゲームの大本がエライことになるわよ。」


 「ぐ、うぅぅ、わかりましたですぅ。」


 「それとその口調も気をつけなさいな。教育に良いとは思えないわ。それとこういうのも何だけど、あまり入れ込まないようにね。」


 「むぅ、わかりましたですぅ。」


 「それではこれでお開きということですな。また集まる予定はあるのですかな?」


 「必要になったら呼ぶわよ。でも折角集まったんだし少しはのんびりしていきなさいな。」


 それもそうかとドルトスが浮かせた腰を再び椅子に下ろそうとした時、とうとうマイゼンが出血多量で床に倒れこんだ。

 それを好奇とばかりにウルカがギロチンとすりこぎとすり鉢とイワシを取り出したが、ミレイが手を上げるだけでそれを制した。


 「まったく、しょうがないわねぇ。」


 一番好き勝手やっている死体フェチの未熟に呆れつつも、回復してやることにした。





 十数年後、一同は再び集まっていた。


 「いやぁ、『轢死の証人』シリーズ売れたよ。見事コンプリートしていったよ。」


 「な、なんじゃと? 途轍もない物好きもいたものじゃのう。いや、特典目当てか。」


 理由はどうであろうと売れたことに素直の驚くドルトス。ひょっとしたら以前聞いた以外にも特典をつけているのかもしれないが、それにしても死体を買い取るなどとは物好きである。

 その傍らではシンシアによる上映会が行われていた。


 「これが初めて笑った時の映像ですぅ。この場面は私しか見ていないんですよぉ。かーわいいですぅ。」


 ムービン0歳時の映像である。シンシアの力を無駄に使った隠し撮りにより成長記録がつけられていた。


 「初めてって、そんな事言い切れるほど付きっきりなんすね。まぁ、シンシアらしいって言えばらしいっすけど。」


「それでそれで、これが初めて私に話しかけてきた時の映像ですぅ。何言ってるかよくわからないと思いますけど私の名前を呼んでるんですよぉ。かーわいいですぅ。」


 「うん、ホントに何言ってるかわかんないや。育ててるとわかるようになるのかね?」


 シンシアの長話は始まったばかりである。ただ、そんな長話は状況が許さない。


 「集まったみたいね。」


 ミレイがウルカを引きずりつつ登場した。ミレイの足首に掴まってうつ伏せになりながら引きずられる様は、まさしく怠け者の鑑。動きたくないという意思表示を全面に押し出している。


 「ちょっとね、ムービンに恋人でも作ってみようかと思うのよ。」


 「え!? ダメですダメですムービンにはまだ早いですぅ!! 色恋なんて無縁な環境で育ってきたんですからぁ。でもどうしてもというのならこの私が!!!」


 「アホ言ってんじゃないわよ。別に相手がいるから幸せってわけじゃないけど、まともな相手ならいた方がいいでしょ? なら早めにやっときゃいいのよ。」


 「むうぅ・・・、どこの馬の骨とも知らない人間にムービンを取られるなんて・・・・!!」


 「心配症ねぇ。何ならその子を私が鍛えてあげるわよ。」


 「あ、何だか可哀想な気持ちになってきたですぅ。」


 「失礼しちゃうわねぇ、全く。ま、そういうわけだから拒否しても無駄よ。」


 「ぐうぅ、仕方がないですぅ。ムービンをいつまでも独り身にしておくわけにもいかないですぅ。」


 私情を置いといて考えることが出来るところは伊達に長く生きていないシンシアである。ついでにその頭で打算的に考えてみる。

 わざわざミレイを介するのだからその相手とムービンは確実に恋人になるのだろう。そしてそのうち結婚もするのだろう。ぐぬぬ・・・。その後もちろん子供も生まれるに違いない。ムービンの子供であるからしてさぞかし可愛い事だろう。そしてその子供をムービンと同じように自分が育てるのである。隣にはムービンもいる。まさにパラダイスである。そう考えるとムービンに恋人をという考えもわかる気がする。いや、むしろ奨励すべき事柄である。

 あぁ、なんということだろう。今まで自分は盲目的になっていて気付かなかったが、世界はこうして可愛らしさを中心にして回っているのである。そしてその最も可愛い一角に自分が存在できることは大きな喜びである。シンシアは今は亡き2体の創造神に感謝した。自分の想いは届かなくとも、創造神の想いは確かに自分の中に満たされているのである。


 「それとねシンシア、あんたそろそろスロークト家を離れる準備をしときなさいな。」


 「・・・・・・え? 私ちょっとミレイさんの言ってることがよくわからないですぅ。」


 「あんたいつまでも離れない気でいたわけじゃないでしょうね? 外見のずっと変わらない存在が人間の中でまともに生活できるわけないでしょ。あんたは別に平気かもしれないけど、迷惑被るようになるのはスロークト家の方なのよ。だからね、今回の事を機に離れなさいな。」


 「い、いやですいやですぜーーーったいいやですぅ!!!! 私は世界の理を悟ったばかりなんですぅ。離れないで末代まで祝ってやるですぅ!!!!」


 「訳のわかんないこと言ってんじゃないわよ。あんたが離れることは決定事項なのよ。覚悟を決めなさいな。」


 「いくらミレイさんの言いつけでもそれは聞けないですぅ!!」


 「はぁ、ちょっと説教してくるわ。」


 ミレイはシンシアの襟首を掴むとズリズリ引きずりながら部屋を出て行った。


 「いーーーーーやーーーーーでーーーーすーーーーーーーーーーー!!」


 その様子を半ば呆れながら一同は見送った。




 数時間後、シンシアは説得された。ミレイの巧みな説教により泣く泣く折れた形である。というか今も泣いている。

 あぁ、なんということだろう。折角見つけた美しい花は掴むと同時に消えてしまった。自分は所詮この世の理から外れた存在、花を愛でることは出来ても触れることなど一切叶わないというのか。シンシアは嘆いた。届かぬとわかっていても今は亡き2体の創造神に響けとばかりに絶望の声を叫び続ける。

 そんな泣き声を聞いていると、さすがに一同いたたまれなくなってきた。


 「あの、ミレイさん。もうちょっとどうにかならなかったんすか?」


 「人間とずっと一緒にいられると思っている方がアホなのよ。まったく、だからあんまり入れ込むなって言ったのに。」


 「あぁあれですか。僕はてっきりゲームの話をしたのかと思ってましたよ。」


 「・・・まぁいいわ、そのうち収まるでしょ。シンシアもまだムービンの側にいなくちゃならないんだからね。それで、恋人候補に心当たりはあるかしら?」


 誤魔化していることは明白だが、まぁ別に明確な非があるわけでもないので黙っておく。シンシアの大人気なさが招いた珍事ということで収まるだろう。

 ミレイの問に手を上げたのはドルトスである。


 「儂の管理している土地にちょうど良さげな若者が居りますな。歳も近いことですし検討されてみてはいかがですかな?」


 「管理ったってほとんど眺めてるだけじゃないの。で、その子の名前は?」


 「エルアと申します。」


 「どれどれ・・・。」


 ミレイが遠い目をしたのを皮切りに静かになる。それを知っている皆も黙っている。部屋にはただシンシアの怨嗟だけが響き渡る。


 「ふむ、なるほどね。これだから魂のつながりって面白いわ。どこでつながるのかわかったものじゃないわね。」


 「何かあったんすか?」


 「後で教えたげるわよ。じゃあこの子で決定ってことで異論はないわ。色々と下準備もしないといけないからドルトス手伝いなさい。あんたがいた方が話がスムーズに進むわ。」


 「あまり無茶はせんでくださいよ。」


 以前押し付けられた仕事を思い出してドルトスは溜息をついた。

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