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12話_重要な事は早めに伝えなくちゃね

 歩くたびに膝まで足が埋まるほど積もりに積もった雪を掻き分けつつ進んでいる。空はあいにくの天気で、晴れていればそれなりに綺麗な景色が見えたのかもしれないが雪が降っていてはそんなもの感じようはずもない。

 寒さに身を震わせつつ、1人だったら確実に道を失っていたと思いつつ、エルアは旅の始めの頃を考えていた。あの時はミレイの案に乗っかって雪景色を見ようと思っていたが、実際に来てみるとこれである。雪が高く積もるような所にちょっと行ってみて偶然晴れているなんて、どうしてそんな光景を疑わなかったのだろうか。


 「おぉぅ、寒ぃ。マジでなめてたわ、これは。」


 「まったく、だらしがないわねぇ。こんなもので寒がっていちゃあ極寒の地アルスクウェルトで素潜り漁する目標を果たせないわよ。」


 「そんな事一言も言った覚えねぇよ!! ていうか何でお前は平気なんだ。会った時とほぼ同じ恰好なのに。」


 「私はほら、ヴァンパイアだから寒さにも強いのよ。」


 「もうヴァンパイアじゃなくていいから正直に答えて欲しいもんだな。」


 エルアは圭吾とアイリに視線を向ける。こちらもあまり寒そうにはしていない。


 「僕は体が丈夫だからね。これくらいならまだ平気だよ。」


 「私は不思議な妖精さんパワーに守られているのサ!!」


 こちらもわかるようなわからないような説明である。エルアはムービンとシンシアの方に視線を向ける。


 「私達は慣れてるから・・・。」


 と、ムービンから遠慮がちな返答が来た。わかってはいたが、今の寒さを根本的に解決するような何かは無いようである。


 「寒がってんの俺だけかよ・・・。」


 エルアは自分の情けなさに肩を落とす。力が抜けたら一層寒さが身にしみた。


 「大丈夫よエルア、アンタが寒さに強いなんて誰も思っちゃいないわ。たとえ寒さに弱くたって活躍してたじゃない、あの時・・・えーっと、活躍・・・なんてしてたかしら? プフッ。」


 「別に何か自慢できるようなことしたわけじゃないのはわかってるよ!! 敢えてそこをつく必要もないだろ!?」


 「え、えと、街が見えてきたよ、ほら。」


 ムービンの指差す方向を見ると、確かにこの雪の中でも街が見えてきた。実際の距離はさほどでもないだろう。当面の目的地、ムービンの故郷である。


 「・・・それではお嬢様、私はここでお別れとなります。」


 「え!? シンシア?」


 今回の旅でお別れとなるとは聞いていたが、まさかこのような中途半端な所でとは思っていなかったのだろう。ムービンが戸惑いの声を上げた。


 「このような所で申し訳ありません。今回のこと、全てこちらの都合なのです。・・・お嬢様にはもっと色々話しておきたいこともありましたが、私が至らずに、申し訳ありません。」


 「シンシア・・・、今までありがとうね。家にシンシアへのプレゼント用意してたんだけど、渡せなくなっちゃっった。」


 「なら後で私に預けなさいな。独自ルートで届けてあげるわよ。」


 「え、あ、ありがとう。ミレイさん。」


 シンシアはエルアの方へ向き直ると、


 「それではエルアさん、お嬢様をよろしくお願いします。」


 深々と頭を下げた。


 「俺!? あ、まぁ出来るだけ頑張ります。」


 それを聞いて満足したのか、雪がチラホラと降る白い景色の中、シンシアは消えていった。


 「って消えた!?」


 エルアが辺りを見回しても、そこにシンシアの姿はなく、自分達以外に何か雪の上を動く姿も見えない。当然ながら、シンシアのいた場所から何かが動いたような形跡もない。


 「あらあらあの子らしいわね。きっとしんみりした空気にしたくないから早めに切り上げたのね。」


 「せめて街まで送ればいいのにな。」


 「そこは、私達に任されたってことよ。」


 シンシアが消えたのと同時に、圭吾とアイリも辺りを見回していた。


 「いやぁ、見事だねぇ。どこにもいない。動物とか鳥とかは見えるんだけどね。一体どうやって移動したのやら。」


 「魔力の動きも空気の流れも全く感知出来なかったよ!! 私もいつかこのレベルに・・・なれるかな!?」


 色々と考えることをやめたエルアに対して、こちらは今の現象に興味が有るようである。


 ムービンはシンシアの消えた後を見つめて寂しそうな顔をしている。


 「シンシアも、もうちょっと早めに言ってくれればいいのに・・・。」


 「ムービン、これだけは認識しておいて。あの子も好きでこんなことをやったわけじゃないわ。これがあの子の限界。あの子だってムービンと別れたくないのに別れる決意をしたの。そんなあの子が自分なりに頑張って決意が揺るがないように決めた別れ方がこんな形なのよ。あっさりした分、愛情が強かったってことよ。」


 「ミレイさん・・・。うん、シンシアは優しいから、引きずらないようにしてくれたんだよね。」


 「そうよ。もし決意が揺るぐようなことがあれば私がぶん殴っていたから結果は変わらなかったでしょうけどね。」


 それは痛そうだと、ムービンははにかんだ笑みを浮かべた。




 「さてま、それじゃあ街に着いたはいいけれど、ムービンを家に送って行かなくちゃいけないわね。圭吾とアイリ、送って行きなさいな。あんたらなら何かあっても大丈夫でしょう?」


 「うん、そうだね。何も無いのが一番いいのだけれど。」


 「ムービンに限ってそんな事はないさ!!」


 アイリの言い分に反論したいムービンだが、反論する材料はどこにも見当たらない。


 「短い間だったけど、元気でやってくれよ。」


 「うん。エルアも色々ありがとう。」


 そう言って握手を交わす。エルアの手が寒さで震えているのに、ムービンは何だか温かいものを覚えた。短い間で思い入れは出来てしまったけれど、自分がいても迷惑にしかならないと思い別れは惜しまない。


 「さて、私達は宿でも探しましょうかね。」


 「あぁ、そうだな。」


 手を離し、今度はその手を振って再び別れを告げた。




 宿に着くと外とはうってかわって暖かい空気が流れこんできた。薪ストーブを見つけたエルアは即座にその側に寄って暖を取る。仕方がないのでミレイが宿の受付へと足を運んだ。


 「3人とちっこいの1人ね。あそこに寒がりがいるから暖かくしてやってちょうだいな。」


 ミレイがエルアを指差すと、宿の主人は微笑みながら頷いた。


 「こんな時期に珍しいですね。生憎とあまり余分な薪があまりありませんので、薪を補充するまでしばらくお待ちいただけますでしょうか?」


 「あら、そんなのエルアに取りに行かせればいいわよ。」


 「お前、言ってること矛盾してるってわかってるか?」


 未だ体の震えるエルアが抗議の声を上げた。珍しく気遣ってくれたと思ったら表に出ろだ。抗議もしたくなるであろう。


 「いいじゃないの、どうせやること無いんだし。エルアが薪を取りに行ったらいくらか安くなる算段は付けてあるのよ。」


 「そうですね。取りに行ってくれたら助かりますのでいくらかお安くいたしましょう。」


 ミレイのいきなりの提案に即座に乗っかるノリの良い主人を、エルアはなんとも言えない表情で見つめた。




 「結局行くことになっちまった・・・。」


 雪の降る道を、体を再び震わせながらエルアが歩いて行く。街中の主要な道はさすがに雪がどけてあるが、本格的に降るともうどうにもならないくらい積もるらしい。雪も今は大して気にするほど降っていないが、早めに南下しなければ視界がなくなるほど降るのだとか。

 薪は近くに集積所があるのでそこに頼めばもらうことが出来る。宿の主人の名前を出せば貰えるとのことだが、そこら辺何とも管理が杜撰だな、と身を縮こませながらエルアは思う。

 一度宿で暖まったから街に来た時ほど凍えてはいないが、早めに済ませてしまおうと足を早めた。


 「ちょっとそこのエルア君、もし暇だったら話し相手になってみないかい?」


 エルアに声をかけたのは、湖にいた露天商である。もっとも、今店を出しているわけではないが。


 「・・・何でお前がここにいるんだよ?」


 「偶然だよ、偶然。僕だって1箇所に留まって死体を集めてるわけじゃないからね。一口に死体を言っても色々な死に方があるからさ、色々な種類の死体を集めてこそ僕の商売は栄えるってもんさ。」


 「結局死体扱ってんのか。こんな所で法に触れたりしないのか?」


 以前会った湖は中立地帯という名の無法地帯だったため死体を扱えるだろうと考えたエルアだが、ここではそうもいかないだろう。


 「ま、それは蛇の道は蛇って感じでさ、死体にも色々な集め方があるもんさ。ここら辺じゃあもうじき凍死体が生産される時期になるからね、その死体を溶けないように処理して『凍死だい人形』なんて、売れると思わないかい?」


 「売れねーよ。本気で売る気があるかどうかもわからないけどな。・・・あぁ、そうそう。この前買った腕輪さ、別の効果があるんなら教えてくれればいいのに。」


 「早速お世話になったみたいだねぇ。ほらこういうのってさ、隠しているのが一般的なのさ。いざという時に秘密の力が開放されるのがロマンなんだって聞いてるよ。」


 「なんかもう、聞いてるだけで疲れるわ。」


 自分とは根本的に常識が違うのだろう。エルアはそう思って共感しないように気をつける。

 寒風が吹いて、身を震わせた。何だか力の抜けるような会話をしていた身としては、その寒さが一層染みわたる。


 「おぉ、寒ぃ。風邪引くのも嫌だからもう行くわ。」


 「もうちょっと駄弁っていたかったけど仕方がないかな。体調崩して倒れたら元も子もないからね。でももしこの街で死んだら僕がちゃんと回収してあげるから安心していっておいで。」


 「お前にだけは回収されたくない。」


 周りに猛者がいるとはいえ、自分の身が安全だとは限らない。もし死んだら回収される前にミレイにでも燃やしてもらうよう頼んでみようかと、死後の要らぬ心配をした。





 圭吾はムービンを送り届けた後、宿の広間でのんびりと寛いでいた。角度のゆるい椅子の背もたれに体を預け、小難しいことが書いてあって人気のない本をなんとなく眺めている。

 アイリはその頭の上をクルクルと飛び回っていた。


 「明日の天気は晴れ!! 明後日からは雪が降り始めて1週間もすれば猛吹雪の日が続くようになるでしょう!!」


 「そうかい。それじゃあ遅くても明後日にはこの街を出なきゃいけないね。」


 「ここから北に行くともっと酷くなるよ!! 今の季節だと人は行かないほうがいいね!! でもでも、そういう所にこそドラマが待ち受けていると思わない!?」


 「だめだよ。僕らはともかくエルアが死んじゃうよ。」


 アイリももちろんここより北に行こうとは欠片も思っていない。ただ今はやることがないので駄弁っているだけである。

 パチパチと、薪ストーブの熱が奏でる音を聞いていると、エルアを迎えるために圭吾は首を入口に向ける。今まさにエルアが扉を開けた所である。


 「やぁ、おかえり。大変だったみたいだね。」


 エルアの疲れたような顔に、圭吾は微笑した。


 「まぁな。持たされるだけ持たされたもんだからえらく大変だったよ。」


 エルアも圭吾の向かい側に腰を下ろした。


 「そっちもちゃんと送っていったようだな。ムービンがいる時は転びやしないかと心配になったもんだけど、今は今で転んでやいないかと心配になるな。」


 「あはは、わかるよその気持ち。あの子は色々と変なのを引き寄せる力があるみたいだからね。」


 「・・・ひょっとして何かあったか?」


 エルアの問に、クルクルと飛び回っているアイリが答えた。


 「特に何も無かったよ!! 2、3人誘拐犯が来た後、雪の精霊の暴走に巻き込まれた位だよ!!」


 「十分大事じゃねぇか!! ったく、お前らが行ってくれて良かったよ。しかしなんたってそんな事になってんだか・・・。」


 「ムービンの家は資産家らしかったからね。誘拐しようと狙っている連中は出てくるよ。精霊の暴走は昔はよくあったことだよ。今は落ち着いてるみたいだけど、人知れず暴れてることがあるみたいだね。」


 「そうか。まぁ、無事そうで何よりだ。何か今後が一層心配になった感じはあるけど、俺が気にしたって仕方がないのかな。」


 シンシアがどっか行かなければその心配も杞憂のものだと納得しただろう。しかし今のムービンの近くにちゃんと守れる人がいるかどうかはわからない。何も考えていないということは無いだろうと思うエルアであるが、どうにもヤキモキしてしまう。


 「用事は済んだみたいね。」


 いつの間にかミレイがエルアの隣に座っている。近づいてきたことにも座ったことにも全く気づかないエルアだが、そんな事を今更気にするはずもない。


 「あぁ。お前はどっか行ってたのか?」


 「もちろん焼き鳥買いに行ってたわよ。でもダメね。ここら辺じゃああんまりいい鳥が手に入らないらしくって、あんまりお店が出てないのよ。大型の鹿とか熊とかならよく捕れるみたいなんだけどね。」


 「そうかい。まぁ、そういう所もあるだろ。」


 「ところでこれからどうするのかしら? やっぱりこのまま北上して極地を目指すつもりかしら?」


 「勘弁してくれよマジで。俺はもうこれ以上北にいけないよ。すまんが早めに南下して別の進路を取りたい。しばらくは来た道を戻ることになっちまうがな。」


 「私は構わないわよ。当初の目的である雪景色も見れたことだし、これ以上北に行ったらエルアがもたないわけだしね。」


 やはりわかって言っているのかと思い、エルアはため息をつく。なんだかんだで強い反発もないままミレイとここまで来た。それはつまり、ミレイが自分に合わせてくれているのだろうとエルアは気づいている。自分だけではここまで来ることも無かっただろうし、どこかで躓いていただろう。そう思うとありがたい存在ではあるのだが、何だか素直に感謝できないのは時々妙なことをしてくるせいだろう。


 「まぁ、そうだな。どこに行くかは落ち着ける所に行ってから考えるかな。それじゃあここは早めに発つとして、今は飯でも食うかな。」


 宿の主人に食事を用意してもらおうと、エルアは席を立った。歩き出したエルアの背中にミレイの声が掛かる。


 「そうそう、さっき例の変態教師を見たわよ。」


 言われてエルアは足を止めた。変態教師と言われて思い浮かぶのは、ムービンと出会ったあの街で、ムービンの教師をしていたというあの笑いの仮面を付けた男である。


 「それを早く言え!! それでアイツ、フロストゲイルとか言ったか、一体何してやがった!?」


 「さぁねぇ。ずっと見てるのも退屈だからほっといてここにいるわけだし。」


 「馬鹿野郎!!」


 言うなりエルアは宿を飛び出した。とても嫌な予感がして、フロストゲイルがどこにいたのかも聞かずに。


 「いい反応ね。それじゃ私達も行きましょうか。」


 「うん、そうだね。遅れないようにしないと。」


 「クライマックス!! 燃えるねぇ!!」

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