11話_見えるものが全てとは限らないわ
雪の積もった階段を慎重に歩いて登る。足首を埋めるくらい沈む雪がザクザクと音を立てる以外は、周りは静かなものである。
足を滑らせないようにと慎重に登っていると、後ろから小さな悲鳴が上がった。ムービンが転けたのかと思い振り返ってみると案の定、後ろ向けに倒れたであろうムービンをシンシアが抱きしめるように支えていた。
「大丈夫か、ムービン。」
「う、うん。大丈夫だよ。」
無論、シンシアがいれば大丈夫だとはわかっている。そのシンシアの抱きしめ方が少し過剰ではないかと思ったが、それよりもエルアが気になったのは他にある。
「お前ら、誰も気づかないでもそんな事してんのか?」
圭吾の足跡が、雪の上に刻まれていなかった。別に幽霊でもないというのはわかっているので、魔法かなんかで浮いているのだろうと検討をつける。そしてミレイの足跡は、ミレイの足よりも明らかに大きく刻まれていた。
「これは訓練なんだよ、エルア。一見意味のないことでも長いこと続けていくときっと何かの身になるはずさ。」
「つまり今のところ何の目的も無いんだな?」
「ちなみに私も同じこと出来るよ!!」
「アイリ、お前はいつも浮いてるだろうが。」
エルアはミレイに視線を向ける。足跡を付けないようにというのはわからないでもないが、足跡を大きくするのに一体何の意味があるのだろうか。
「これはね、これから行く先で自分を大きく見せる行為なのよ。」
エルア達が向かっているのは神社である。この階段を登りきった先にとてもご利益のある神社があるらしい。全員にと言うわけではないが参拝後に明らかに運が向く人もいるらしいし、事情と金さえあればどんな怪我や病気でも、失われた四肢さえもなおしてしまうという話である。
そんな神社に向かっている時に大きく見せるということは、神様に向かってでかい態度をとっているということなのだろう。
「あんまり面倒なことしないでくれよ。」
ミレイが何かしようと思ったら自分では止められない。そんな事実に溜息しつつ、再び階段を登りはじめた。
賽銭箱に小銭を放り込みつつ圭吾が呟いた。
「こういう建物の起源ってどうなってるんだろうね?」
「何かおかしな事でもあるのか?」
「街にある建物とかとは明らかに雰囲気が違うよね?」
「まぁ、確かにそうだな。」
賽銭箱に小銭を叩き入れてアイリが返答する。
「神様が適当に広めたんだよ!! 実際は人の心の支えになるんなら何でもいいんだけどね!!」
「その理屈はわかるが、叩き入れるのはやめろ。」
賽銭箱に小銭を指で弾いて入れつつシンシアが答える。
「まぁ、人の心が強ければ神なんて必要ないということです。」
「そうかもしれませんけどね、現地で言わないで下さいよ。」
賽銭箱の小銭を落とし入れてムービンが繋ぐ。
「でも、神様が見守ってくれていると思うと何だか素敵だよ。」
「そうだな。そのくらいの気持ちでいるのが一番いいのかもしれないな。」
賽銭箱に焼き鳥を入れようとしたミレイをエルアがすかさず止めた。
「待てこら。」
「あら何よ。別に焼き鳥いれたっていいじゃない。」
「良くねぇよ!! 何で食い物入れようとしてんだよ、ここはそういう場所じゃねぇからな!?」
「なによ、神様だって焼き鳥食べたいわよ。どうせ集まったお金は神様のお菓子代になるんだから直接入れた所で何の変わりもないわ。」
「いや、さすがに維持費とかに使われてるだろ?」
さすがに自分でも何に使われているのかは知らないのであまり強くも反論できない。本坪が後ろでガラガラ鳴るのを聞きつつエルアはもうちょっと説得力のある反論はないかと考えた。
「エルア、神社に必要なのは一体何かしら?」
「え? ・・・信仰の場であることとか?」
「それもあるけれど、一番必要なのは神様よ。神様がいなければやがて人は離れていくわ。ここは定期的に人を助けてくれるから信仰の場として盛り上がってるわけ。で、神様を留めるのに必要なのはお菓子よ。お菓子がなければ神様は離れていってしまうわ。だから、お賽銭がお菓子代になるのは必然なのよ。」
「つまりお菓子云々はともかく、焼き鳥を入れる場所でないってことは正しいのでいいんだよな?」
注意して聞いていないと話を逸らされるところであった。エルアは改めてミレイと議論しようとしても無駄だと悟る。
「あのぉ、少しよろしいでしょうか?」
声に振り返ってみると、いつの間にか宮司がいた。話していて気付かなかっただけなのだろうが。
「はい、何でしょうか?」
「旅のお方ですよね? 少々頼みたいことがあるのですが。」
話を聞いてみると、敷地内の洞窟にミミックが住み着いたらしい。普通のミミックならば人の不意をついて攻撃してくるだけで、いるとわかっていればさほど恐ろしいものではない。
「ただ、ですね。ここのミミックは妙な幻術を使うようなのです。」
「幻術ですか。ミミックが魔法を使う事自体は珍しくないと聞きますが?」
「ええ。普通の幻術ならば我々でも対応できます。しかしそのミミックの幻術はかなり強力なうえに普通の幻術とは違う系統にあるもののようです。熟練者でも幻術にかかったことさえ気づけないそうです。そして厄介なのが、そのミミックは1人でいる時にしか姿を現さない所です。」
確かにそれは厄介だとエルアは納得する。1人の時に幻術にかかってしまえばおそらくその人には為す術がないだろう。逆に言えば危なくなったら誰かが来れば助かるのだろうが。そして頼みとは、そのミミックを退治してほしいとのことである。
「いいじゃないの、引き受けるわよこのエルアが。」
今まで黙って話を聞いていたミレイがいきなり前に出てきた。
「ちょっ、おまっ!?」
「おぉ、引き受けて下さいますか。どうもありがとうございます。ミミックを倒すとその身から青い宝石が出てくると聞いています。それを持って後で私の所へ報告へ来て下さい。」
言うなり宮司はそそくさと何処かへ行ってしまった。
「・・・おまえなぁ、何でいきなり決めてんだよ。ていうか何で俺なんだよ。お前が行けば楽勝だろ?」
「確かに楽勝ね。でも折角だからこういう珍しい経験もしてきなさいな。どうせ相手は直ぐに逃げるんだから危なくなったら助けてあげるわよ。」
ミレイがそういうのならば大丈夫なのだろうとは思うが、それでも危険な所へ行くという意識はどうにも重いものである。
「エ、エルア、大丈夫? あんまり危なかったら無理しなくていいと思うよ?」
「ありがとう、ムービン。心配してくれるのはお前だけだよ。」
アイリはエルアに向かって笑顔でシャドーボクシングをしているし、圭吾とシンシアは我関せずといった感じだ。特に危険はないと思っているのかもしれないが、こちらの不安も少しは考えてほしいものだと、エルアは溜息をついた。
「で、ここがその洞窟か。」
神社の裏手を少し進んだ所にその洞窟はあった。入り口は結構広く、何人も並んで入ることも簡単に出来るくらいある。ただ日差しの関係か、洞窟の中は手前の方しか覗くことが出来ない。
「さして深くもない洞窟らしいから安心して行ってきなさいな。こんな所に潜めるミミックっていうのはちょっと注意が必要だけどね。」
「あぁ、せいぜい抵抗できるくらいには頑張るよ。」
そしてムービンの声援を受けてエルアは洞窟の中に入っていった。他の連中は大して警戒していないようだから自分でもどうにかなるとは思いたいと、エルアは胸にかすかな望みを抱きつつ辺りを警戒しながら進んでいく。
洞窟は先細りになっているようで、進むに連れてどんどんと道が細くなっている。一番奥に祭壇があるらしく、歩いてもさほどかからないらしいから集中力を切らす心配はない。例えミミックが現れなかったとしても、一旦戻るのは簡単である。警戒しながらも手早く奥へと進んでいく。
[ピンポンパンポーン。]
「なんだっ!?」
突如頭の中に声が響いてきた。事務的なようで、少し幼い感じの女の声である。
[ようこそお越しくださいました。ここは世界の途切れ目。世界の狭間。あなたの生を見つめる泉。あなたにはこれから旅立ってもらいます。あなたにはこれから行動してもらいます。どうぞごゆるりとお楽しみ下さい。]
次の瞬間、エルアはどこかの街にいた。何の前兆もなく、何の違和感もなく、エルアは街の中に立っていた。今ここにいるのが自然なようで、しかし明らかに変わった景色に戸惑うエルア。鈍色に染まっている低い空が、何かしらの圧迫感を与えているような気がした。
「これが、幻術ってやつなのか?」
宮司は幻術にかかったことに気づかないなどと言っていたが、こうもあからさまに景色が変わればそう思わざるをえない。さっきの声がミミックなのだとしたら、一体何がしたいのだろうと考える。
「けどまぁ、来た道戻ればいいわけだよな。」
洞窟の入口付近に行けばさすがに誰か気づくだろうと、エルアは来た道を戻ることにした。一本道であったのに加え、さほど歩いてもいないのだから大した時間もかからずにこの景色から抜けることになるだろう。
戻っている間にエルアは街の様子をよく見てみることにした。ひょっとしたら誰か襲ってくるかもしれないよう言う警戒も忘れない。
エルアが見ている光景は、普通の街だと言ってもなんら遜色はない。周りの景色も感触もとても自然で、人々の生活の音があり、洞窟では岩道だったのに今歩いている感触ははっきりと砂利道であり、風が店から流れる匂いを運んでくる。
幻術にしてはリアリティがありすぎると思ったエルアではあるが、ならば一体何かと考えると答えは何も浮かばない。
そうして進んでいくが、いまだ街から抜け出せずにいる。洞窟に入った時間の倍くらいは歩いているのに、一向に街から抜け出せない。
この街が大きいというわけではない。幻術なのだとしたら大きいか小さいかなんて問題にすらならないのかもしれないが、とりあえず街の端は見えているし、近づいているのも見て取れる。進んではいるが、自分の思った結果が見えて来ない。ひょっとしたらどっかの街に転送でもされたのではないかと考え始めた。ミミックが幻術を使うというから幻術だと思っていたが、転送だと思った方が自然なのかもしれない。現実に起こりえるかどうかは別として。
さらにしばらく行くと、道の端に人集りが出来ているのに気がついた。中心で何か騒いでいるようだが、周りは静かなものである。ここはどこの街だ、などと呆けた事を聞くべきかどうか悩んでいたエルアは、とりあえずそっちの方に行ってみることにする。
人集りを掻き分けて覗いてみると、そこにいたのは1人の少女。が、大人の男性にリンチを受けていた。顔はもとより体中腫れ上がり、腫れた部分が出血したり、血や胃液を吐き出したと思われるその少女は、地面に横たわり動かないにも関わらずなお暴力を加えられていた。
「なにが・・・起こって・・・?」
そのあまりにもひどい光景を突然見たエルアは一瞬息を飲んだ。
[彼女はこの街のスラムに住む名もない子。日々の飢えに苦しむあまりパンを盗んだ所を捕まってしまいました。このままでは彼女は死んでしまうでしょう。あなたは彼女を助けますか? それとも見捨てますか?]
「助けるに決まってるだろう!! こんなのいくら何でもやり過ぎだ!! おい、おまムグッ!?」
少女を助けようと踏み出したエルアを、周りの人間が抑えて止めた。この国では罪人を庇うものもまた罪人として扱われてしまう。それを危惧した周りの人間が彼を止めたのである。
彼がもがいている内に、少女から人が離れていった。もう動くことの出来ない少女は、このまま放っておけば野犬にでも食べられることになる。全身から流れている血も、次第に止まることであろう。
「くそっ・・・、畜生!!」
少女を助け出せなかったことを悔いる彼の見ている景色が再び変わる。彼は森の中にいて、身を潜めながら歩みを進めていた。
[狩人である彼は今日の獲物を求めて森の奥へと進んでいきます。この先には泉があり、水を求める草食動物と、それを求める肉食動物が来て、気づかれさえしなければ格好の狩場となるのです。]
彼は気配を殺し、矢を構えつつ泉の様子を木陰から伺う。狩場とはいえ動物がいないことは珍しいことではない。その場合は息を殺して獲物が来るのを待ち続けるのだ。しかし彼が見たのは、そういった動物の類ではなく、1人の女性であった。
[彼は彼女に声を掛けることに決めました。何の装備も持たず、華奢な体つきの彼女がこの場を動かなければ狼などの餌食になってしまうと判断したからです。]
「こんな所で何をしているのですか?」
彼女が振り向くと、彼は思わず息を呑んだ。自分が今まで見たことないような、今にも消えそうな雰囲気を漂わせる美しい女性がそこにいた。
「・・・動物が、私を食べてくれやしないかと思いまして。」
「どういう、ことですか?」
「私の体はもう、治ることのない病に蝕まれてしまっているのです。いつ死ぬともわからぬこの体のせいで周りに迷惑をかけることも心苦しいのですが、皆病気が移りはしないかと心配しているのです。ならばこれ以上私が居ることは、悪い結果しか産まないことなのです。」
[彼は悲しみました。彼女のような優しい人が、自らの死を早めなければいけない現実に。もし彼女が病気でなかったとしたら、この美しい人はどれだけ幸せな人生を歩めたのでしょうか。だから彼は決心しました。彼女を慰めるために。彼女に惚れてしまった自分のために。]
「狩人の間に伝わる話なんですが、どんな病気でも治す薬草があるそうなんです。ここからは遠い所にあるんですが、自分がそれを持ってきます。だから、死のうだなんて思わずに待っていて下さい。」
彼の説得に彼女は応じた。それから彼は旅に出ることになる。遠い遠い森の中。人が踏み入れてはいけないと言われる森の中。彼は襲いかかる数多の凶悪な生物を時に退け時に逃げ、道に迷いながらも前人未踏の秘境を奥まで進み、やっと薬草を見つけた時には1年の歳月が流れていた。
[彼は薬草を持って急いで帰路へとつきました。効果の程は、途中で自分や他の病人で試していたので問題はありません。しかし彼女がその薬を渡されることはありませんでした。彼女は彼が旅立った1月程後に死んでしまっていたのです。
彼はせめてお墓でも確認しようと思いましたが、見当たりません。彼女が死ぬ前のあまりの苦しみように恐れおののいた人々が、彼女を森の中へと捨ててしまったからです。]
それから彼は人々から距離を取って生活をするようになったが、その人々の間で彼女と同じ病気が蔓延し始めた。彼は彼女を捨てた人々を助けるつもりなどなかったが、彼が薬草を持っていると知っている人々によって、薬草が奪われてしまった。
彼女を助けるために手に入れた薬草は、彼女を見捨てた人々のために使われることとなる。
「畜生・・・!! どうしてこんなことに・・・。」
彼はなぜ薬草を処分しなかったのかと後悔した。彼女が死んだ時点でそれはもう無用の長物だというのに、なぜいつまでも未練がましく持っていたのだろうと、俯きながら考える。
なんとか落ち着いて顔を上げた時、彼の目の前には1人の男の子がボードゲームを広げていた。
[あなたはとある国の王子様。目の前に居るのはあなたの弟君です。とても強く、とても優しく、とても頭のいい将来楽しみな弟君です。でも、弟君には敵がいっぱい。弟君を亡き者にすることによって優位に立とうとする人が沢山います。だから守りましょう。守ってあげましょう。]
「ああ・・・、大事な弟だもんな・・・。」
「ん? どうかされましたか、兄上。」
「いや、何でもないよ、カイエル。」
[あなたは今戦場にいます。国力の低下しているあなたの国を攻めようとしている国は沢山あるのです。ここであなたが活躍をすれば、弟君と敵対する者への大きな牽制となるでしょう。
そしてあなたは駆け出します。背中を信頼出来る部下に任せて戦場を突っ切ります。
振りかかる数多の矢を吹き飛ばし、騎馬を馬ごと斬り裂いて、重装歩兵を蹴り飛ばし相手の大将に向っていく様は、まさに鬼神。あなたはそのまま相手の陣地へと駆け込みました。]
「よしっ、大将を見つけたぞ!!」
[大将を見つけたあなたは一気に駆け出します。指揮系統の天辺を崩せば戦況はあなたの国に大きく傾くことになります。]
ドスッ!!
「かは・・・っ、あ・・・?」
[しかし憐れ。あなたは後ろから刺されてしまいました。あなたの背中から心臓を貫いた槍は、体を突き抜けてあなたの目の前に現れました。そしてその槍の先を見ると、あなたの国の紋章が刻まれているのがわかります。]
「あぁ・・・、そう、か。てき、は、こんな、・・・ところに、も・・・」
[あなたは死んでしまいました。あなたの死によってパワーバランスは大いに傾き、あなたの国は更に混沌とした状況へと足を踏み入れることになります。そしてあなたの弟君は、]
バヂィッ!!
「!!?」
突然の刺激にエルアは目を覚ました。辺りを見渡すと、そこは先ほど入ってきた洞窟で、自分が今どちらに向かっているのかわからないが、ただ立ちすくんているようであった。
エルアは刺激の元を見る。そこには露天商から購入した腕輪があった。
「これって舌がよく回るってやつじゃあ・・・?」
エルアは露天商が言っていたことを思い出す。
「そういや、水龍は1つの加護を入れて渡すほどけち臭くない、なんて言ってたっけ。」
それが幻術から身を守るものなのか、はたまた命を守るものなのかわからないが、助かっただろう事は事実である。購入した時に言って欲しかったとは思ったが。
腕輪はなおもバリバリと弱い電気のような刺激を放ち続けているが、それでも先ほどのようになるよりはマシだろうと思い、ほうっておくことにする。
とりあえずエルアは歩き出す。留まっていても腕輪が静まることはないであろうし、ミミックがまたいつ出てくるかもしれないので進んだほうがいいと判断した。
警戒しながら歩きつつ、エルアは先程の光景を考えていた。見たことがないと言い切れる光景の中で、エルアは自分の意志で行動していた。いや、自分の意志だとは思っていたが、やはり何か決まった動きだったのだろうと思う。
貫かれたと思った胸からは、風が抜けるような虚しい感覚が残っている。それでいてその存在を主張するかのように意識を惹きつけている。何か大切なもの見つけたはずなのに、それが何かを忘れてしまったかのような悲しい気持ちがこみ上げてくる。
そうこう思っている内に奥へと着いたようである。事前情報の通り大した距離を歩くことは無かった。そこには祭壇が備え付けられており、何故かミレイがいた。
「おい、何でお前がここにいるんだ?」
とは言いつつも、ミレイならば何時どこにいてもおかしくはないかと思うエルアである。
それに対してミレイは何も言わず、両手の拳を握りしめて頭上へ高く掲げた。
「がおー。」
「・・・・・・お前がミミックだな?」
突然の挙動に少々戸惑ったエルアであるが、目の前の存在がミミックだと考えて納得して剣を構えた。
確かに見た目はミレイである。何だかよくわからないことをする所もミレイらしい。しかし先程の挙動がなんだか可愛らしいと思ったことで、目の前の存在がミレイではないと確信した。ミレイを可愛いなどと思うなんてありえないと断言できるからである。
もっとも、ミレイ本人だったとするならば斬りかかっても大丈夫だろうという目論見もある。
「おらぁっ!!」
エルアの袈裟斬りに放った一撃をミミックは表情を変えずに受け入れた。切りつけられた箇所からは何が出ることもなく、ミミックはそのまま何も言わずにドロドロになって溶けていってしまった。
エルアは素早く後退して警戒する。確かに切りつけはしたが、倒したにしてはあまりにもあっけなさすぎる。この後何か仕掛けてくると思うのは当然であった。
しかししばらく待っても何の反応もない。ミミックが消えた場所には青い宝石が1つ転がっている。
「・・・まさか本当に今ので倒したのか?」
警戒しつつもエルアが宝石を拾い上げる。正直宝石なのかただの石ころなのか判断に迷うようなものではあるが、これがミミックを倒した証になるのであろう。
「とりあえず、戻るか。何か手違いがあったら表の連中が教えてくれるだろ。」
未だミミックを倒したと思えないエルアは、周囲を気にしつつ来た道を戻っていった。
「戻ってきたわね。」
「エルア、大丈夫だった!?」
「ああ、大丈夫だよ。多分な。」
エルアは拾った宝石を見せた。
「これでいいんだろ?」
「そうよ。それがミミックを倒した証。」
「とは言ってもさ、かなり簡単に倒せたんだが?」
「ミミック自体は正体を表せば弱いものよ。今回のミミックは通路を狭く見せかけて壁の中から攻撃するってパターンだったみたいね。たしかに他のミミックと比べれば強力だけど、エルアが一番奥まで行っちゃうから正体を表そうと思ったわけね。帰り道で待ってれば良かったのにね。」
「そういえば、帰り道は道があまり狭くなかったような・・・。」
しかしそれだけではわからないこともあるのでエルアは続けて聞いてみた。
「それじゃあさ、俺が洞窟の中で見たのは一体何だったんだ?」
「あれは別にミミックの仕業じゃないわ。別のものが見せたのよ。まぁ、あれに関してはさほど気にする必要もないわ。あれは確かに重要といえば重要な事だけど、別にアンタの人生に何か影響があるわけでもないし、何か体に異変が起こるようなものでもないわ。特に不快な感じはしなかったでしょう?」
「あぁ、そうだな。だけど何か大切なことを忘れてるような感じがしてすっげぇモヤモヤする。お前は何か知っているみたいだけどな。俺が見た光景も、その意味も。」
「別に何か意味があるものではないわよ。だけど何か意味が欲しいのならそれはエルア自信が見つけることね。」
エルアは溜息をついた。これ以上聞いても無駄そうである。何の意味もないのなら、確かにこれ以上聞いてもどうにもならないのであるが、少なくとも自分が見た以上のことは知っていそうなので色々と聞いてみたい感じはある。
「ねぇねぇエルア、一体何を見たの?」
「あぁ、そうだなぁ。どう説明すればいいのか・・・。」
見たことをムービンに少しずつ話しながら、ミミックを倒したことを皆で報告しに行くのだった。