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01話_その美味しそうなトマトを私に寄越しなさいな

ゆっくりと書いていきます

 温暖な気候に恵まれた地域の一角、東西に連なる山脈の中に1つの村がある。地龍の祝福を受け肥えたこの土地に存在するこの村は野菜作りが非常に盛んである。地龍の意向によって人口が制限されてはいるが、その祝福により他の土地よりも早く、大量に野菜が取れるのでこの村の生産は国の食糧事情を少なからず支えている。しかし取れた野菜は安く売っているので村自体が裕福とは言えないが、貧しいわけではない。


 この村では数日後に野菜の品評会が行われる。質の良い野菜の取れるこの村で、更に一番良い野菜を作るのはこの村の人間にとっては大変な名誉なのである。この時には各地から人が集まり、取れた野菜が振舞われてお祭りのような状態となるので村には今浮かれた気分が漂ってきている。沢山の注目が集まり、賞金も少なからず出る品評会に出席する村の農家にとっては一番の頑張り時である。

 そんな村のとある場所で1人の若者が畑仕事に精を出していた。彼の名はエルア=ザウエル=ギトン、この村の農業従事者である。金髪に茶色の瞳と、容姿としてはとりわけ珍しくもない青年である。

 この世界ではミドルネームを持つものが大半である。誰かが名付けるわけではなく、ある日突然思い浮かんだものを付ける慣習がある。その名には何かしらの意味があると言われているが、自分の名に付けられた意味を知る者は少ない。知ったとしても特に何かあるわけでもないので皆特に気にしない事にしている。


 「・・・ふう、とりあえずこんなものでいいかな。」


 仕事に区切りをつけて一息つく。ここら一帯は野菜の成長が早いが、その分管理も大変である。エルアは辺りを見回す。見える範囲一体が彼の管理する畑であり、それらを毎日見まわりながら品評会に耐えうる野菜をつくるのはそれなりの神経を要する。小さい頃はこの過酷な労働に耐えかねたこともあったが、体力の付いた今ではそれなりに楽しんでいる。


 エルアは家へと足を向けた。彼は今祖父と2人暮らしである。両親は都会に憧れて家を出てしまい、祖母は彼の生まれる前に亡くなっていた。そのためか祖父が時々寂しそうな顔をしているのをエルアは見ていた。彼が昔畑仕事に耐えかねた時に踏み留まったのも、祖父にそのような顔をさせている両親への反発なのかもしれない。


 仕事道具を倉庫へ置き玄関に向かう。とりあえずご飯を作らなければならない。祖父はすこぶる元気ではあるがそろそろ畑仕事は辛くなってきている。何か他にやることはないかと探しているようだがご飯は自分が作った方がいいとエルアは思う。あの祖父はやたら甘党なので隙あらば砂糖をぶち込む暴挙に出るからだ。

 まだ朝の早い時間ではあるが祖父はもう起きているだろうからさっさと行った方がいいだろう。でなければ勝手に飯を作られてしまう。


 今日は何を作ろうかと考えながらエルアはドアを開けた。


 「たっだいまー。」


 ゴメギャッ!!


 「ぶふぁぁっ!!」


 ドアを開けた途端顔面を殴られてエルアはそのまま後ろへ吹っ飛び尻餅をつく。殴られた力はさほど強くはなかったものの、不意打ちを食らって大きくのけぞってしまった結果だ。

 何が起こったものかとドアの方を見ると、エルアの祖父が鬼のような形相をしてドアの前に仁王立ちしていた。


 「な、なにすんだよ、じぃちゃん!!」


 「こんの親不孝者があああぁぁぁぁぁ!!!」


 エルアの問いに対し、祖父はわけの分からない返答を寄越した。エルアには祖父を怒らせるようなことをした覚えはない。ましてやいきなり殴られるなんて一体何があったのであろうか?


 「今までどこほっつき歩いておったかああぁぁぁるあああぁぁあぁぁぁ!!!」


 「は、畑仕事だよ!! 見ようと思えば家からでも見えただろ!?」


 祖父の剣幕に少々引き気味になりつつもエルアは答える。


 「はぁ~~~たぁ~~~~けぇぇぇぇぇ」


 しかし祖父はそれでは収まらず幽鬼の如くエルアに向かってフラフラと歩き出す。エルアはそれを見て尻餅をついたまま後ずさる。


 「しごとぉ~~だとぉ~~~~~?」


 祖父はエルアに一気に詰め寄り気迫を膨らませた。


 「嘘をつくでないわあああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 「うおっ、あぶねぇ!!」


 エルアは祖父から放たれた渾身のローキックを後ろに飛んで避ける。そしてその勢いを利用して後転しながら起き上がって祖父と対峙する。


 「じぃちゃん、ちょっと落ち着いて!! 一体何があったんだよ!?」


 「何ももクソもないわぁぁぁ!! 貴様の事なんぞもう知らん!! どっか行ってしまえぃ!!! いっそ魔王でも倒して来いやああぁぁぁぁぁ!!!」


 「魔王って何だよ!!?」


 エルアが聞くまもなく祖父はバタンッとドアを閉めてしまった。それを見てエルアは呆然と立ちすくむ。


 「いったい、何だってんだよ・・・。」


 祖父が怒った理由もわからないし、何より魔王だなんているわけないではないか。


 ガチャッ


 唐突にドアが開いた。


 「これは餞別じゃ持っていけぇい!! 伝説の剣じゃぁ!!!」


 祖父が叫びながら1本の剣を投げつける。足元に突き刺さったその剣を見てエルアは祖父に叫ぶ。


 「じぃちゃん、これ倉庫にあった鉄の剣だろ!! しかも錆びてるし!!」


 エルアの抗議も虚しく祖父は再びバタンッと扉を締める。するとドアを隠すように鉄板がどこからともなく降りてきてドアを完全に塞いでしまう。


 「・・・いつの間にこんな仕掛けを・・・。」


 何だかよくわからないが、今は家に入れそうにない雰囲気だ。エルアは剣を拾い上げこれからどうしようかと悩む。しばらく待っていれば祖父も少しは冷静になるだろうが、そのしばらくというのがどの位の事なのかさっぱりわからない。祖父は昔からあまり怒ったことはなかったのだから、加減がよくわからない。


 「とりあえず、アミタの所に行って飯でも食わせてもらおうかな・・・。」


 アミタとはエルアの幼馴染で道具屋を営んでいる女の子である。事情が事情だけに頼るのは仕方がないとは思うが、その事情を話さなければいけないだろうことは気が重い。あの奔放な娘に今の事を話したら一体どのような反応が返ってくるのだろうか。

 エルアは剣の柄を持って引きずりながらアミタの店に向かう。いくら錆びているとはいえ、刃に触るような運び方をしたら怪我をしかねない。ズルズルと道に線を引きながらエルアはため息をつくのだった。




 「アミタ~、いるか~?」


 エルアはアミタの店に入って声をかける。まだ早い時間なので客もあまり来ず、そういう時は部屋にこもって客の気配を待っているのがアミタの日常だ。

 ここには色々な日用品や食料品、果ては旅の道具まで売っている。村に商店が少ないので色々売っているのだ。

 声をかけるとすぐにドタドタと駆けて来る音が近づいてくる。


 「へい、いらっしゃーい!! ってなんだ、エルアか。見てわかると思うけどこちとら今暇なんでぃ!! どうせ来るならもっと忙しい時に来なさいよね!! そんで店を手伝いなさい!! ほらほら、用事は後で聞くからかーえーれー、かーえーれーっ!!」


 「いくら何でも酷くねぇか!? 歓迎とは言わないまでももう少し受け入れてくれてもいいんじゃないか!!?」


 理不尽な理由で家を追い出されてしまったエルアにとしてはもうちょっと暖かく迎えてもらいたかった。そんな対応をされるとは初めから考えていなかったが、実際にこういう対応をされるとなんだか落ち込んでくる。

 栗色の長い髪に青い瞳、厚手の皮のエプロンを来たこの女の子がアミタである。


 「ぶーぶー、そんなに怒らないでよぅ。ちょっと冗談言っただけじゃないかぁ。そんなに怒られると私傷ついちゃうよー? ・・・みゃはははは、そんなわけないっか!! それで、こんな朝早くからどうしたのさ?」


 「はぁ、まぁいいよ。実は飯を食わしてほしくってさ。」


 「おやおや~、何やら訳ありのご様子で~?」


 アミタの目がキラキラと輝き出す。言わなければならないとは覚悟していたが、この目を見るとその覚悟も鈍ってくる。この子は一体どうしてこうも人の事情に興味を持っているのだろうか。

 しかし祖父の機嫌がいつ直るのかわからないまま過ごすことも出来ないのでエルアは事情を話した。




 「みゃははははははは、爺さんとうとうボケちゃったかな? かな?」


 「恐ろしいこと言わないでくれよ。あれだけ元気な上にボケられちゃあ手がつけられないよ。」


 朝食に出されたパンを頬張りつつエルアはウンザリとする。別にその可能性を考えなかったわけではないが本当に、それだけは勘弁してほしい。アグレッシブなボケ老人を面倒見ながら仕事をするなんて器用な真似は出来ない。


 「それで、これからどうするのさ? ボケていようとなかろうと今帰れないんでしょ? まさかここで寝泊まりするなんて言わないよね? ひょっとしたら私襲われちゃうのかな? かな?」


 「そこまで言われて泊めてくれなんて言わねぇよ。・・・・・・はぁ、でも実際どうしよ。とりあえず村長に相談してみた方がいいかな? 村長ならじぃちゃんから何か聞き出せるかもしれないし。」


 今は品評会の準備で忙しいだろうけど、そうも言っていられない事情がある。本当に祖父がボケていたのならばそれなりの対応を考えなければならないのだ。最悪品評会の出席を諦めることもあり得る。


 「いっそのことさ、爺さんの言うとおり旅に出ちゃえばどうかな?」


 「アミタ、何を呆けたこと言ってるんだ。旅なんてそう簡単にできるわけ無いだろう? ましてや今は一番忙しい時期なんだ。ここで抜け出すなんて出来ねぇよ。」


 「何言ってんのさ。旅の準備ならうちで出来るでしょ? 必要なもの持ってっていいからさ、後で少し割高で請求しとくからさ。」


 「結局オマエが儲けたいだけじゃねぇか!!」


 アミタとしてはここは儲けるチャンスである。更に言うならば、エルアが旅をして珍しい話や土産を持って帰ってくれればいい、なんて思っている。


 「まあまあ落ち着きなよ。エルアだって今の爺さんを相手にしつつ仕事なんてしたくないでしょう?」


 「うっ、それは・・・まぁ・・・。」


 「そもそも爺さんが仕事を邪魔してくるかもしれないよ?」


 あの様子ならそれもあり得る、とエルアは思った。もしそんなことが続けば本気で旅に出ようなんて思ってしまうかもしれない。


 「ほらほら、今回のことは孫を自由にさせるための爺さんの気遣いだと思いなさいな。剣の錆くらい取っといてあげるからさ。それに誰かが抜けたら皆で補うのがこの村のルールでしょ。あんたも色々な人の仕事を手伝っていたんだからちょっとくらいサボってもいいじゃない。」


 エルアは確かに旅に憧れたことはある。畑仕事を理由にあまり表には出したことがないが、どういったことが必要かとか一通り知っている。剣の腕だって、ゴブリンやオーク程度ならあしらえる程には強い。


 「じゃあそうと決まれば私は早速この事を言いふらして来るぜぃ!!」


 そう叫ぶやいなや、アミタは店を飛び出して行った。考え事をしていたエルアはそれを止めるタイミングを逸し、エルアが旅に出る、という話は既成事実として村に広まっていったのである。





 「はぁ・・・まさか本当に旅に出ることになるなんて。」


 アミタが飛び出るまではそこまで乗り気ではなかったエルアであったが、店に尋ねる人が尽くみやげ話期待してるだの嫁さん連れてこいだの地龍の加護がありますようにだの言ってくるので今更旅に出ません、なんて言えるような雰囲気ではなくなってしまった。

 旅に出ること自体にはあまり反発もなかったため、言われたとおりアミタの店から必要な物を用意して支度を整えた。そして戻ってきたアミタに剣の錆を取ってもらい鞘ももらい、とりあえず近くに村まで行くことになった。

 なんだか展開が早すぎるように感じているエルアだったが、ならばどうする、と考えても何の名案も浮かんでこない。第一自分がこの村に本気で残りたい理由もあまりないのだ。別に二度と帰ってこないわけではないし。祖父のことは心配ではあるが、周りの人がなんとかしてくれるだろう。この村はそういう所なのだ。なので本当に自分がやらなければならない、なんてこともあまりない。ただ、自分だけ抜け出すことへの罪悪感を感じてはいた。


 「おぅっ、エルア!! 旅に出るんだってな!? 面白い話期待してるぜ!!」


 「ああ、イーダさんこんにちは。」


 話しかけてきたのは農業仲間のイーダ。歳は親子ほども離れているがエルアは年上の友だちのような感覚で付き合っている。しかしアミタは一体どれくらいの人に言いふらしていたのだろうか。

 イーダはトマトの実った鉢植えを持っている。そういえば品種改良が上手くいったのだと聞いたのをエルアは思い出した。


 「なんだかよくわかんないうちにこんな感じですよ。まったく、一体どうなっているんだか。」


 「あっはっは!! 人生なんてそんなもんだ。何が起きるか見当つきやしねぇ。まぁそれはともかく、とりあえず麓の村まで行くんだろう?」


 「ええそうですね。そっからどこへ行くか考えますよ。あれを見に行くのもいいかもしれませんしね。」


 「ああ、あれか。あれは是非とも間近で見るべきだな。俺も若い頃行ったことがあるんだがよ、凄すぎて目が眩みそうだったぜ。っと、あんまり引き止めても悪いな。いつ帰ってくるか知らんが気をつけてな。」


 「ええ、それでは。」


 「待ちなさい!!!」


 エルアがイーダと別れようとした時、どこからともなく朗々たる声が響いた。エルアはその声の主を探そうとするが、辺りを見回してもそれらしき姿は見当たらない。


 「なんだ、一体どこから聞こえてきたんだ?」


 「エルア、そこだ!!」


 イーダが指さした場所、エルアが向かおうとしていた先を見ると、誰かが地面に伏せていた。肩まで伸ばした銀髪に黒いマントを羽織っているのだろうが、その姿は状況を相まって非現実的な感覚を醸し出している。


 「・・・なにやってんだ、お前?」


 エルアが声をかけると、その人物はガバァッと立ち上がる。どうやら女の子のようだ。目が赤く、まるで人形のように整った顔立ちをしている美少女だが、なぜか可愛いという感覚をエルアは抱かなかった。

 そしてその人物は体についた土を払うとエルアに向かって言い放つ。


 「なによなによ!! 私だってこんな登場の仕方は考えてもなかったわよ!! 本当はもっと高い所から太陽を背にして声をかけるシチュエーションを考えてたわよ!! だけどなによここ、台地になってるもんだから近くにここより高い所が無いじゃない!! おかげで伏せて隠れるなんて情けない待ち方になっちゃったわよ!!!」


 「えぇっと、それはご愁傷様。」


 エルアは女の子のよくわからない主張に曖昧な返事しかできない。しかしそもそもなぜ声をかけたのかという疑問に行き当たり声を掛けようと試みるが、その前にイーダが声をかけてきた。


 「おいエルア、やばいぞ。こいつヴァンパイアだ。」


 「ヴァンパイア?」


 いきなりヴァンパイアと言われてもいまいちピンと来ないエルアである。エルアの中でヴァンパイアと言えばそもそもがお伽話の中の存在であり、夜な夜な街を飛び回っては乙女の生き血をすするという男性の格好をした魔物のはずだ。今は日が照っているし、何より目の前にいるのは少女である。なにゆえヴァンパイアなどという発想に至ったのだろうか。


 「そう!!」


 しかし少女はエルアの疑問をよそに肯定の返答を叫びつつ、右手で天高くVサインを掲げる。


 「私は!!!」


 天に掲げていたVサインを下ろし、左手でマントの左側の裾を掴んで体の右側に寄せる。ちょうどマントで体の前面が隠れるような形だ。


 「ヴァンパイア!!!」


 左手で掴んでいたマントを今度は体の左側に向かってブワサァッと投げ放つ。その勢いに乗ってマントが少女の後ろ側に舞っている。


 「世界最強の美少女ヴァンパイアことミレイ=ラグシャ=フォンティーユとは私のことよ!!!!」


 ちゅどおおおおぉぉぉぉん!!


 ミレイの後ろで何かが爆発して七色の煙を上げた。そしてその結果に満足したようにミレイは鷹揚に頷いている。その光景をエルアは呆然しながら見つめていた。


 「くっ、なんて恐ろしいんだ・・・!!」


 「そっすか?」


 イーダが冷や汗をかきながら1歩後ずさるのをエルアは何だかよくわからないといった表情で見た。何が起こったのかはよくわからないが、とりあえず恐れるような光景ではないだろう。


 「それで、一体何の用なんだ?」


 エルアが聞くと、ミレイは余裕の表情を浮かべながら腕を組んだ。


 「ふっ、わからないのかしら? その美味しそうなトマトを頂きに来たに決まっているじゃない。」


 そう言ってミレイはイーダが持っていた鉢植えに実っているトマトを指さす。


 「なっ、なんだと!? これはダメだ!! 今からこれを村長の所へ持って行って奴の鼻を明かしてやろうと思っているんだからな!!」


 「なにをやろうとしてんすか・・・。」


 イーダは身を呈して鉢植えを守ろうとするが、ミレイは余裕の表情を崩さない。


 「くっくっく、これを見てもそんなことが言えるのかしらね?」


 ミレイが出したその手には、1つのトマトが握られていた。


 「それは・・・?」


 一体どのような意味があるのだろうか? そう思った時、イーダが気づいた。


 「あぁっ、トマトがない!!」


 「なんですって!?」


 見てみると確かにイーダの鉢植えからはトマトが無くなっている。ならば、今ミレイが持っているトマトこそが鉢植えに実っていたトマトと見て間違いないのだろう。一体いつの間に取ったのであろうか?

 エルアの疑問をよそに、ミレイは握っていたトマトをそのまま口元まで持っていく。


 「あぐっ」


 「あぁっ!!」


 イーダが悲痛な叫びを上げる。


 「んぐんぐ・・・ふっ、まぁまぁね。だけど最高ではないわ。これなら焼き鳥食べてた方がマシだったわね。」


 「なっ、なんだと・・・。俺が丹精込めて開発したトマトより焼き鳥のほうがマシだってのか・・・?」


 野菜よりも肉のほうが美味い。これはイーダにとって屈辱以外の何物でもない言葉である。


 「あ、あの~、イーダさん?」


 「くっ、くそ、くそっ!! もっかい作り直しじゃああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!」


 イーダは叫んだまま家の方へと駆け出してしまった。


 「ふっ、変わった人間もいたものね。」


 「お前が言うんじゃねぇ!! ってか今のはちょっとやり過ぎだろう!?」


 エルアは流石に怒り気味だ。イーダが野菜作りにかける労力を目の当たりにしているので尚更である。しかし村長の所へ持って行く動機については知らないが。


 「あらあら、ちょっとトマトを食べただけじゃない。そんなに怒っちゃやぁよ。」


 「お前から見たらそうかもしれないけどな、イーダさんにとってはとんでも無い事だったんだよ!! ちょっと来い、説教してやる!!」


 「この私が説教なんて受けるわけがないでしょう? ふふ、それともこの私とやろうと言うのかしら?」


 ミレイは攻撃を待ち構えるように身構えた。その構えには一部の隙もなく、引っ張って連れて行こうとしたエルアは思わず足を止めた。そう言えば見た目はそれ程恐ろしくないが、イーダがやぱいと言っていたのは、あの態度から考えて何か確信を持っていたのかもしれない。ヴァンパイアというのも、自分が知らないだけで今目の前に実在しているのかもしれないし、そう考えるともうちょっと慎重になるべきだったかな、とエルアは思った。

 そんなエルアの心中を見透かしてか、ミレイは余裕の笑みを浮かべる。


 「くくく、来ないのならばこちらから行くわよ、とう!! 私は両手を突き出し指を鋭く尖らせてエルアに向けたわ。その凶暴な雄牛の角を思わせる迫力に、エルアは声も出せずに固まってしまったわ!!」


 「さらにとう!! 私は両手を左右に広げて肩の上まで持ち上げたら優雅に羽ばたかせて見せたわ。怪鳥ガルーダが獲物を狙うようなその仕草に、エルアが縮こまってしまったわ!!」


 「そしてとう!! 私は両手を頭の上にくっつけて指を立てたわ。あたかもドラゴンが顕現したかのようなその威風あふれる佇まいに、エルアはたまらず気を失ってしまったわ!!」


 「・・・なにを考えてんだお前は。」


 「いやん、もうちょっと遊ばせなさいよ。」


 正直に言ってエルアにはミレイが何をやりたいのか全くわからなかったが、1つだけはっきりとわかったことがある。これ以上ミレイに付き合うのは得策ではないということだ。こんな所で時間を潰している暇はないのである。次の村までは昼ごろまでに着くとはいえ、あまりのんびりしているつもりもなかった。


 「はぁ、もういい。俺はもう行くからな。」


 エルアはミレイの横を通り過ぎようと歩き出す。


 「あらあら、私から逃げられると思っているのかしら?」


 「お前、ホント何いっ・・・て・・・?」


 今度こそエルアは驚愕した。ミレイの横に立った途端、辺りの空気が急激に重くなった。自分が今まさに捕食されようとしているかのような絶望的な感情が肌につく。そしてそれがミレイから放たれる圧倒的な威圧感から来るものと理解するのにそれ程時間はかからなかった。

 思わずミレイの方を見ると、心臓が鷲掴みにされてビックリしたように跳ね上がった。先程と見た目は変わらぬこの少女を見ただけでなぜこんなにも震えるのかエルアには理解できなかったが、ただこの少女が紛れもなく人外であることを痛感させられていた。


 「あらあら、さっきまでの威勢の良さはどこに行ったのかしらね?」


 ミレイの言葉を聞く毎にのしかかる重圧にエルアは必死に耐えていた。にじみ出る冷や汗を拭うことも出来ないほど気圧され、そして肌で感じられる程の途轍もない存在と対峙していることに絶望していた。

 ああ、自分はなんていう存在と関わってしまったのだろうか。いくら人外だからと言ってもこのプレッシャーはないだろう。今度は比喩ではなく、ミレイの後ろに本当に悪魔が見える。山羊の目を持ち、雄牛の角を生やし、巨大な猛禽類の翼を背に持つ悪魔だ。顔なんてまるで触手が集まって出来たかのように気色が悪い。

 この悪魔は本物なのだろうか? それともミレイが見せている幻なのだろうか。どのような理屈かはわからないが、こんな気色の悪い存在に殺されたくないな、と思う。この場から逃げ出したくはあったが、どうせ逃げられないだろうし体もまともに動いてくれない。

 自分はこれからどうなるのだろうか? この状況でただで済むとは思えない。こんな時、全く関係ない者を羨ましく思う。今視界の隅によぎった蝶になってこの場を去りたいと思う。しかしそれは叶わぬことと、エルアは何か助かるタイミングはないかとミレイに向き直る。


 「・・・・・・・・・?」


 ミレイの後ろにいる悪魔がどっか別の方を見ていた。その視線を追ってみると・・・さっきの蝶がいた。何をしてるのかと見ていると、悪魔が蝶を追いかけ始めた。蝶は悪魔に捕まるまいと逃げ出し、悪魔はまってーと言わんばかりに逃げ出す蝶を追いかけていき、ついには悪魔はどこか見えない所まで走り去ってしまった。


 「なんだったんだ・・・一体。」


 悪魔が本物かどうかという以前に、あの気色の悪い悪魔が蝶を追いかけるなんていうシュールな光景を見てエルアは呆気にとられていた。


 「よそ見なんていい度胸じゃない?」


 エルアはハッと気づいた。変な光景を見たからつい忘れてしまっていたが、ミレイは先程と変わらないプレッシャーを放ち続けているのだ。


 「くくくくく、さぁ覚悟なさい。」


 ミレイがエルアに向かってゆっくりを手を伸ばす。ミレイがこれから何をしようとしているのかわからないが、エルアは言いようのない不安を覚える。その不安を払拭しようと必死になって剣を取った。


 「うあああぁっぁぁぁぁ!!」


 剣を鞘から抜き必死になって振り下ろす。これでどうにかなるとも思えないし、余計に怒らせるだけかもしれないがどちらにしたって状況は大して変わらないのだろう。ならば少しでも抵抗した方がマシ位の気持ちで剣を振っていた。


 ドガアアアァァァァァァ!!


 「ぎゃああああぁぁぁあぁぁぁ!!」


 しかし、どうにもならないと思っていたエルアの予測とは裏腹に、剣を振るった途端いきなり何かが爆発し、ミレイが吹き飛んだ。


 「・・・え?」


 一体何が起きたんだろうとエルアは訝しむ。ミレイから放たれ続けていたプレッシャーも消え、気持ちに余裕が出来てくる。ミレイの方を見ると、今まさに起き上がろうとしている所だった。


 「ぐっ、いったい何が・・・? はっ、それは!!」


 エルアの持っていた剣を見て、ミレイが驚愕する。


 「聖剣エンドゥルアーン!!」


 「なんですと!?」


 聞きなれない名称にエルアは思わず聞き返した。とは言っても返答なんて期待していなかったが。


 「なんてことなの!! まさかこんな所に聖剣イーディルンを持っている者がいるなんて!! いくら私でも宝剣ヨージャイを持つ者には叶わないわ!! せめてその妖剣ガイゾフさえ無ければ勝てるものを!!!」


 「おいおい、どんどん名前が変わっていってるぞ?」


 地面をダンダンと叩いて悔しがるミレイにエルアが思わず突っ込む。なんだか適当なことを言っているのはわかったが、それならさっきの爆発は一体何だったのだろうか。


 「はぁ、まあいいや。考えていてもわかるわけないし。おい、俺はもう行くからな?」


 エルア剣をしまっては村の外に向かって歩き出す。麓の村に行くにはまだ十分間に合うがこれ以上足止めされているのもあまり良い気分ではない。


 「そうね、行きましょうか。」


 そしてその横をミレイが並んで歩き出す。


 「って何でお前までついて来ようとするんだよ!?」


 「察しが悪いわねぇ。村長にアンタのこと頼まれたからに決まってるじゃない。」


 「村長に?」


 「そうよ。手紙を預かっているわ。」


 エルアは手紙を受け取った。その手紙には薄く光る村長の証が刻まれているので間違いないだろう。村長の証というのは、地龍が認めた人だけが刻むことの出来る印であり、これ以上無い身分証明となっている。手紙の内容も爺さんを任せろだの土産買ってこいだのとありふれたことしか書いていない。

 この短い間に村長がここまで用意するなんて、どうにも話の早すぎるような気もするエルアであったが、のんびり考えている暇もないのでとりあえず先を急ぐことにした。


 「わかったよ。でも1つだけいいか? お前もっと普通に俺の所に来れなかったか?」


 「あら、インパクトは大事よ。それにアンタがどういう人間か知りやすくなるじゃない。」


 確かにそういう理屈も通るかもしれないが、単にミレイが楽しんでいただけなんじゃあないかとエルアは思った。ミレイがついて来たら一体どれくらい疲れるのやらと考えるが、旅なんてそんなものかなと諦める。


 「ところでどっか行くアテはあるのかしら? 無いなら北の方に行ってみましょうよ。今から行けばきっと雪が綺麗よ。」


 「雪、か。こっちにも偶に振るけどあまり綺麗とは思えないからな。そういうのを見てみるのみいいかもしれないな。」


 2人は村を出る。エルアはこれから無駄に大変な事になるんじゃないかと思いつつもこれからの旅に想いを馳せた。


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